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安全ではなく、『安心』にかけているお金

2010-01-24 | 毎日いんふぇくしょん(編集部)
24日(日)の読売新聞1面「地球を読む」に、国立がんセンター名誉総長の垣添忠生先生の論説がありました。

ちなみに青木編集長は垣添先生が院長か総長のときに、がんセンターで講演をしたことがあるそうで、「そんなにたくさん(量)の抗生剤を処方するのかね。キミ以外の医師は最低限っていっているぞ」という会話をしたことがあるそうです。(十分量投与します、という話で)

その垣添先生は「科学と政治判断:安全と安心のギャップ」ということを書かれています。

ひとつ下の記事でかいた「安全と安心は別もの」に通じる話なので紹介をしたいとおもいます。

感染性たんぱく粒子プリオンが原因のBSE(牛海面状脳症)は、英国で1986年報告があり、1995年にヒトの変異型クロイツフェルト・ヤコブ病患者が初めて発生。
1996年に英国政府が牛肉・牛製品を介したヒトへの感染を認めて世界中で問題になりました。

日本では千葉県で2001年にBSE発症牛が確認され、2001年10月から食用牛の全月例BSE調査がはじまります。(2002年のBSE対策は総額2000億円)

EUでは2001年1月から生後30ヶ月以降に、2009年1月は48ヶ月以降に基準を変更。

日本は2005年8月には検査対象を月例21ヶ月以上とし、2008年7月に月例20ヶ月以下の食用牛検査の国庫補助を終了。

しかし、今も全国でBSEの全頭検査が行われており、ゼロリスクを求める人への要望に答えるために、科学としては無意味と思えても膨大な費用と手間をかけた対応が行われている、、という指摘です。

対比としてタバコの問題と遺伝子組み換え食品の事例が紹介されています。
例えば、タバコによる超過死亡(タバコが亡ければ生じなかったと推定される死亡)は男女併せて19万6000人、がんで死亡する男性の61%、女性の31%が喫煙者。

『たばこが健康に及ぼす害が科学的にこれほど明瞭であっても、なおかつその対策に抜本的に取り組まないこの国の政治は一体何なのだろう』

『科学的なリスク評価と行政・政治との関係、その科学的リスク情報をいかに国民に伝えるか、一般人の常識や人の感性に同受け止められるか、いわゆるリスク・コミュニケーションといった問題の重要性と困難性を示している』

・・と指摘されています。

Trans Scientific Issues/Questionsといわれる領域です。
Science and Trans-Science(Weinberg, 1972)

「科学的な問いをたてることができる事項だが、科学では答えが出せない問題」があります。
それは開発された新しい技術などを社会・政策にどう位置づけるか?という段階で問題になります。新しいゆえに長期的な影響はみえません。不確実性が残ります。

利害がからんだり、得るものもあるが副反応として負荷が生じる、また優先順位付けが必要な判断事項について、「政治におまかせ!」とはいいきれず、科学者ふくめ関係者の合議で最適、ベターの検討や決議をしなくてはなりません。

「Social Decision-making」の場合、その過程、根拠、正当性(公正かどうか)が問われます。

垣添先生のご指摘のような無駄や不条理は考えるといろいろありそうです。

個人的には安心じゃなくて、批判逃れ・自己防衛的な予算のようにもおもえます。
(かつて、BSEが原因で自殺 した人は、酪農家やBSEを見逃した獣医など5人いるといわれていますし)

民主党に政権がうつってから、いろいろなところでそのプロセスが公開されていますので、
リスコミ議論も成熟していくのかなと期待すると同時に、医療や健康の政策について、もっと現場からも情報発信や発言が必要なのだろうと思いました。
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