ICT甲府
全ての自由を奪えても、自由を求める自由だけは奪えない




追記・2007年10月20日に公式ホームページが公開されましたので、10月22日の追加記事をご参照ください。

4月の記事に続報が出ましたので更新します。
2007年05月18日の山梨日日新聞で、『一般市民から資料提供を受け、展示に反映する「市民参加型」が特長。満州事変から太平洋戦争終戦までの「十五年戦争」を中心に関連資料を展示する。提供者ごと個別に資料を展示できるブースも設ける。建設を進めてきた山梨平和資料センター設立準備会事務局長の浅川保さん(山梨県立大講師)は「市民の資料から、戦争の実像を伝える平和の拠点として、地域に根付かせたい」と話している。』


2007年04月22日の山梨日日新聞などが伝えましたが、平和資料センターと仮称されて建築中だった資料館が竣工しました。MapFanの地図


山梨平和ミュージアムが完成、来月開館 戦争の史実伝える
山梨平和ミュージアム  山梨平和資料センター設立準備会(武川義彦代表)が、戦争の史実を伝え平和活動の拠点となる施設として甲府市朝気1丁目に建設を進めていた資料館が完成し、21日、現地でしゅん工式が行われた。正式名称を「山梨平和ミュージアム(石橋湛山記念館)」として、5月26日にオープンする。
 同ミュージアムは木造2階建て、延べ床面積165平方メートル。バリアフリーに対応している。1階には、B29爆撃機の模型や甲府空襲の米国側の記録などを展示。2階には石橋湛山の関連資料を並べ、生涯一貫した平和思想を紹介する。戦争体験者の証言や資料を発表するコーナーや会議室、資料室も備えている。
 しゅん工式には約30人が参加。同準備会の春日正伸運営委員長が「歴史の事実を究明し、発信する拠点として発展させたい」とあいさつした。


私は2006年12月9日の記事と、2007年2月18日の記事でこの山梨平和ミュージアムの事を書いていました。(石橋湛山記念館)と併称されるようですから、2006年11月30日に書いた偉大な言論人・石橋湛山展という記事もあります。それぞれから関連したホームページなどへのリンクも張ってありますが、今後は山梨県戦争遺跡ネットワークを読んでいきたいと、私は考えています。
甲府大空襲も甲府連隊も私には直接関係ない山梨県の歴史ですが、それが時間と地理空間をネットワークして現在の自分に繋がっているのが歴史を見る時に考えるべきことだと思っています。その場、その時に居合わせなかった私が、竹中英太郎・竹中労、その記念館に強い関心を抱いた理由もここにあります。

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