ICT甲府
全ての自由を奪えても、自由を求める自由だけは奪えない




最終更新です-2011年3月30日の館長日記、どうしても欲しかった一冊・・・・・・で、「主婦の友・昭和5年2月号」をオークションで落札され、『ようやく思いが叶い何年もかかりましたが10冊全てを収蔵する事が出来、本当に嬉しく思っております。』 との事です。

更新です-2008年4月19日の日記では、主婦之友10月号が入手でき、あとは2月号を残すだけになったとのことです。

追記です・・・2008年3月21日の館長日記によると、「主婦之友」 昭和5年6月号が埼玉県からのお客様により記念館に寄贈されたとのことです。残るは2月号と10月号になりました。なんとか見つかるとよいですね。


2月17日の日本経済新聞「春秋」を読んでいたら、『この雑誌が今年6月号で姿を消す。』と書かれていました。
普段ならなんとなく読み飛ばす記事なのですが、17日の竹中英太郎記念館の館長日記『主婦之友の昭和5年1月から10月まで三上於菟吉著・銀座事件に英太郎は挿絵を書いております。』とはじまる日記が書かれているので大変気になりました。
『2、6、10月号がまだ記念館にございません。』とのことです。昭和5年-1930年ですよ! その5月号が17日に記念館に届いたという事にも驚きました。

「主婦の友社」の会社案内ページには創業が1916(大正5)年9月18日と書かれています。1917年(大正6年)創刊の月刊誌「主婦之友」を「主婦の友」、社名も「主婦の友社」に変更されたのが1953年(昭和28年)ですから、私が母の購読していたこの雑誌を盗み読みした時の誌名は「主婦の友」だったのですね。

内容の記憶はありませんが、このブログを書きながら「大林清」という作家の名前が頭に浮かびました。検索してみるとこの作家のジャンルの小説は私の読書遍歴には無いので、多分、「主婦の友」の連載小説を早熟な子供時代に読んだものに違いない(^o^)

「大林清」は竹中英太郎と関係ないからおいといて、昭和5年の「主婦之友」がお手元のどこかに残っていないか、土蔵の中もお調べください。そして2、6、10月号が見つかったら是非とも竹中英太郎記念館にご一報くださいますよう・・・

2008年3月号 別冊付録、「1カ月食費2万円の1週間献立ブック」、そうなんですよ、年末には来年の家計簿とか毎月こういう付録が多かった事も思い出しました。これ役に立ちそうです、3月号買いに行こうかな(^o^)

主婦の友社のページで案内図を確認したら場所が移転していました。私が知っているのは明治大学と向かい合って御茶ノ水駅から駿河台下に行く左側でした。仕事の関係先が主婦の友ビルに入っていてしばしば訪問していたのです。やれやれまた浦島太郎を実感か、次回東京行きのTO DOに追加だ。

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