ICT甲府
世の中が左になびけば右に立ち、右に行くなら左を観る、へそ曲がりの天邪鬼




9月6日に書いた記事、甲府の仮設住宅展示と木材彫刻の実演、8日まで の続報です。「FSC森林サミット2011 in 山梨」で11時過ぎに始まるトークセッションに間に合うように山梨県立大学に出かけました。まずは彫刻展示を拝見・・・
FSC国際彫刻シンポジウム FSC国際彫刻シンポジウム

岩間 弘さんの作品、「大気の器」
FSC国際彫刻シンポジウム FSC国際彫刻シンポジウム

川村兼章さんの作品、「瓢箪(ひょうたん)から駒」、甲府駅北口よっちゃばれ広場で9月6日に拝見した時は馬の頭部だとは思ったのですが・・・鉈で削られた木肌について川村さんのお話の中で木喰上人のことを伺ってハッとしました。私は山梨で有名な木喰については作品を一二度どこかで見たきりでよく知らないです。身延町や県立博物館などを訪ねてみたいのでTO DOリストに追加。
川村さんの作品には国立新美術館で開催される新制作協会第75回展(9.14~26)で再会できます。
FSC国際彫刻シンポジウム 川村兼章さん

FSC国際彫刻シンポジウム 梶本良衛(りょうえい)さんの作品、会場でお会いできませんでしたので題名は不明です。人体のボディーを表わしているような気がしました。

どうしても完成品を拝見したかったファン・ブスティージョスさんの作品、本日の目的のひとつでした。
FSC国際彫刻シンポジウム FSC国際彫刻シンポジウム

FSC国際彫刻シンポジウム ファン・ブスティージョスさんの作品はひとつが、「絆(きずな)」と題されています。原語では「結束は力だ」という意味になるとのことですが固過ぎるので日本語訳はこのようにしたとのこと。
もうひとつの作品、9月6日の制作中には、どんな作品になるのか想像も出来なかったのですが、作品名は「小さいものは大きいかも知れない」 私テキには宮城県村井嘉浩知事におかれてましては、この作品を観ながら水産特区についてじっくりお考えいただきたいと思います(^o^)

FSC森林サミット2011 in 山梨 「FSC森林サミット2011 in 山梨」 のトークセッションは秋吉久美子さんと岩手県住田町町長の多田欣一さんが参加され、FSCジャパン副議長の速水亨さんの司会でした。住田町のことは前の記事に書いたのですが、秋吉久美子さんと今回のイベントの結びつきが私には全く理解不能でした、最初のお話を聞くまでは。速水さんの紹介の中で早稲田大学大学院公共経営研究科卒業の修士だと聞いてびっくりし、熱の入ったお話を伺って納得しました。帰宅してネット確認したら「早稲田ウィークリー」に「女優と大学院生の両立を実践中!! 秋吉 久美子さん」という記事が保存されていました。
FSC についても今回初見です。そもそも林業などまったく無知な私ですから仕方ないですが、会場に置かれていたパンフレットを持ち帰って読みながら山梨県庁サイトで、FSC森林管理認証への取り組みを確認しました。入手したパンフレットに該当するPDFファイルは、「FSC認証を支える県有林の経営・管理システム(PDF:506KB)」としてアップロードされています。
「恩賜林100周年」というのは県内の話なのでいわば身内のお祝いに過ぎませんが、FSC認証では山梨県が全国で突出しているという事は山梨ブランドとして既に存在し広くアピールできる成果であると私は感じました。今回のFSCイベントに出かけたことで山梨県の林業について少し分かってきたような気がしています。
いつもひと言多い私の悪い癖ですが、「恩賜」という言葉が使われると「葵の印籠」のような空気を感じるので、これを用いたがる人々とはおそらくスタンスが違う私は尊皇民権です。

にほんブログ村 山梨情報←このテーマで情報を探すなら 人気ブログランキング  ブログ記事索引
<script src="http://e-yumura.saloon.jp/js/blogzine_ext.js" type="text/javascript"></script><script type="text/javascript">ext();</script>


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




9.11が巡ってきて、3.11から半年になりました。どちらも世界観が変った日ですが、3.11は特に日本国民の考え方が転換した日として歴史に刻まれたと思います。
毎日放送のテレビ番組、「情熱大陸」が、新聞が発行できない─「存亡の危機」に彼らが下した決断は? というタイトルで石巻日日新聞について放映する事を知りました。2011年09月11日 23時放送だそうですが、残念ながら山梨県甲府市では視聴できません。告知記事のみ引用しておきます・・・

東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市にある社員28人の小さな地域新聞社。あの日、輪転機が止まり、津波は容赦なく記者たちに襲いかかった。
『新聞が発行できない存亡の危機』に彼らが下した決断は“手書きの壁新聞”の発行だった。
 4000人近い死者・行方不明者を出した石巻市で震災後6日間にわたり避難所などに張り出された壁新聞は地域住民にとっての重要な情報源となり、「これぞジャーナリズムの原点」としてアメリカの新聞博物館に永久保存されるなど国際的な注目も集めた。
 あれから半年、彼らは地元で何を伝え続けてきたのか?地域ジャーナリズムの使命とは一体?番組では14年の歴史上、初となる「生中継」を行い石巻日日新聞の「今」をお伝えする。

石巻日日新聞は二日に一度は確認しています。私は宮城県にいる知人をネットでサポートしているだけなので現地を知りません。私の今の体力では出かけて行っても役には立たないでしょう。

2011年09月10日の河北新報では、東日本大震災から半年 村井嘉浩知事に聞く が出ていました。
平成23年8月26日、宮城県震災復興計画(案) 『宮城県震災復興計画は,平成23年9月を目処に策定する予定』とのことです。確か水産特区が考えられているはずですが、気になるところです。
『震災から10年後(平成32年度)には,新たな制度設計や思い切った手法を取り入れた復興を成し遂げることにより,壊滅的な被害からの復興モデルを構築します。』 というのが松下政経塾出身である村井嘉浩知事の基本的なスタンスなのだろうと思います。

『(2)水産県みやぎの復興 震災により水産業に関連する生産基盤や関連産業は壊滅的な被害を受けました。また,漁業者の高齢化などが進む厳しい状況下においては,これまでの水産業の「原形復旧」は極めて困難です。このため,本県水産業の復興と発展に向けて,法制度や経営形態,漁港のあり方等を見直し,新しい水産業の創造と水産都市の再構築を推進します。』(PDFファイル 12/89) ここに特区が構想されているのですが、『国の「東日本大震災からの復興の基本方針」に基づく民間資本導入の促進に資する水産業復興特区の次期漁業権切替までの検討及び漁業者との協議・調整』(PDFファイル 15/89) という課題がネットでも話題になっています。
県外から大型ショッピングセンターを誘致すれば町が活性化するかという問題との類似性を思うのは私だけでしょうか。

表現としては不適格かも知れませんが「天災により廃墟と化した地域」を再構築するという大きなプロジェクトが始まろうとしています、それも10年という短い期間で成し遂げようとしている。県立射撃場を何処に移転するかという仕事に10年以上かかってやっと計画が廃案になった自治体もありますが・・・
たまたま宮城県の復興計画の進行は4月以来県庁ホームページから追いかける事ができました。計画最終決定はほぼこの8月26日案で行くだろうと思います。一つの国を創る仕事が始まる、そういう目で観ながらこれからも宮城県から学んでいけたら良いと思っています。
河北新報はこの大事業を見据えて県知事インタビュー記事を出したのでしょう、それも地域ジャーナリズムの使命だと感じます。知事からのメッセージを地域の方がどう受け止めるか、それは都会で生まれ育ってペーパーワークしか知らない私にはわかりませんが、今後の記事にも注目したいと思います。

にほんブログ村 山梨情報←このテーマで情報を探すなら 人気ブログランキング  ブログ記事索引
<script src="http://e-yumura.saloon.jp/js/blogzine_ext.js" type="text/javascript"></script><script type="text/javascript">ext();</script>


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )