床屋と瓜

三角

2017-06-19 02:49:27 | Weblog
ちょっと考えをまとめるね

悪魔をやる上で、自分の中のイーブルを引き出してこなくてはいけなくて、必死に自分の過去や現在の怒りや悪に触れる作業をしてきて、それと同時に悪魔を体現している資料を探していたのですね
で、今日やっとやっぱ、一番怖いのはアンソニーホプキンスがやったレクター博士だなと思ったのです。
一番私が怖いなと思う芝居だったやっぱ。悪魔ものもサイコキラーものもシリアルキラーのドキュメンタリーやインタビュー、シリアルキラーの脳科学、悪魔崇拝、ほんと結構見たし調べたんですけど、アンソニーホプキンスが一番怖かったで。


で、実際こないだ悪魔やって思ったのですが、自分の中の本当の悪を舞台上で出すだけでは、足りないなと思ったのです。
実際引き出せたと思うのですが、表現としてこれでは足りないと思った。
つまり、本当の私の中の悪をそのままやるだけではもうだめで
私の中のリアルだけではスクリプトを面白くすることができないんだなと思ったんです。

デフォルメとか、大きくやるってことでなくて、もう新しいものを創造しないといけないんだと思った。
こちらの台本を読んでるとそう思うんです。

で、そういう思いでいろいろDCやMarvelものを見ていて感じたのですが、
アメリカンは、別に芝居をでかくやってるわけではないんだなって
創造してるんですよ。
日本と違って、スーパーヒーローをやらないといけない、ソシオパスをやらないといけない、悪魔も天使もやらないといけない、日常から拾えないことをたくさんやらないといけない。
たくさん考えて、時間をかけて入り込むことはもちろん絶対必要なんだけど、それ以上に、その考えたものを壊してそれ以上になっていかないといけないんだなって思いました。

内に向かっているものを外に向けないといけないんだなって。
こないだ、モンローが酒と薬におぼれて自殺しようとしてるとこのシーンをやったときに、もう私めちゃくちゃに暴れて、泣き叫んだんですけど、それは確かに自分の確固とした経験と、知識を礎に、超クリエイティブになれたんですね。
これと同じことを、たとえ死神やってても同じことをやらないといけないんですね。

アメリカ人は日本人の芝居を大きすぎだと全員が思ってるんですね、
で、日本人はアメリカ人の芝居を大きいと勘違いしてるでしょ。
かわらんで、別に二者とも。

最近フレンチの子と芝居してるけど、なんか面白い。
どういう感じなんでしょうね、ヨーロッパでは芝居論ってね。
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