COCKPIT-19

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「コルシカ島への旅」 (2)パリ・ニース・カンヌ

2016-10-18 04:37:46 | 旅行記
深夜パリに向け離陸したB-777は日本海を跨ぎ、漆黒のロシア大陸をひたすら飛び続け、北欧を通過して暫くするとフランス領空に入る。 簡易ベッドと睡眠薬のおかげで熟睡できたが、化粧室を使って不満だったのはウオッシュレットの無いこと。 次の機会にはこれを完備したJALのB787に乗ってみたい。 3時55分着陸態勢に入ると室内灯が消え、アナウンスに従ってシェードを全開にすると眠そうな街の灯りが見えてきた。 ボーディングブリッジを抜けて機外に出ると、夏の夜明けの涼しさではなく早くも晩夏の感じで、パリの夏が短かかったことを思いだした。

84人が死亡し200人以上の負傷者を出した「ニース・トラックテロ事件」から間もなく1カ月を迎えるシャルルドゴール空港は、マシンガンで完全武装した兵士が3人1組でくまなく巡回する厳戒態勢。 しかしテロなどどこ吹く風で、ニースへ向かうエアフランス7700便(エアバスA318)は満席。 40分遅れで離陸した短距離仕様の国内便はリクライニングなしで、前席との間隔がこれほど狭い旅客機に乗るのは初めて。 厚い雲を抜けると晴天で、南に向かうほどに青さを増してくる空の変化を見ていると、年に一度何があってもバカンスを優先するフランス人の心情が伝わってくる。

早朝のニース空港には受け入れ準備のため先発してたEさん夫妻と現地に住むお嬢さん、それにドライバーを兼ねて同行してくれるフランス人の青年を加えた4人が出迎えてくれた。 それに我々を加えた総計9人のフルメンバーが揃って今回の旅がスタートする。 用意されたフォルクスワーゲンのワゴン車は、日本車の規格より一回り大きく9人がゆっくり座れて、9人分のトランクやバッグが後方の荷物スペースにすっぽり収まる優れもの。 今日はこれからEさんのワインの仕入れ先で、南仏最大のワイナリー・プロヴァンスの「フォンデュブロック」を訪ねる。

南向きの広大な斜面に、ブドウやオリーブ畑が延々と続くワイナリーの面積はおよそ30万坪。 敷地内には工場や展示場をはじめレセプションホールや美術館などが森や泉の中に点在し、どれも煉瓦や石を使った見事な芸術品。 さらにワインと並ぶメイン事業である馬の飼育・繁殖・訓練施設には280頭の競走・競技馬が居り、オリンピックにも多数貸し出されている。 地下20Ⅿの貯蔵庫で巨大なステンレスタンクと昔ながらのオーク材の樽とのコントラストが微笑ましい。 試飲を兼ねてのコースランチはケータリングながら秀悦で、接待役の女性営業部長と工場長も我々をまったく退屈させなかった。

今夜の宿泊先はカンヌ郊外で、ピカソが1973年に亡くなるまでの12年間を妻のジャクリーンと過ごしたガストロノミー(美食)の村ムージャンの丘の上に建つ彼のマナーハウス。 今回もっとも楽しみにしていたプチホテルだったが、見事に期待外れ。 周辺の庭木も建物もまったく手入れが行き届かず荒れ放題、人手不足で荷物は林の中の駐車場から部屋まで各自が運び入れる始末。 窓を開けると展望できるはずの湖水も、干しあがってしまったのか見当たらず。 せめてもの救いは、老ウエイターの給仕するディナーが思ったより美味しかったこと。 失われていく貴重なレガシーを目のあたりにして、たいへん残念に思った次第。     



  
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