寄り道ばかりでいいですか

久々に学生に戻れた日々は終わりに近づいている(たぶん)、そんな微妙な日々を不定期に綴ります。

雨の日のひまわり

2005-06-30 09:21:09 | 日記
あめの日のひまわりは、
大好きな太陽を
見失ってしまって
どこを向いていいのやら、

たった数滴のしずくの重さに
コウベヲタレ

それでも大好きな
太陽のことを思っているのだろう、、か?



(でもこの写真は、下から空が写るようにとったので、
ぜんぜんコウベ垂れてないように見えますね。
なんだかちょっと、素通りできない姿だったのです。)


コメント (2) | トラックバック (0) | goo

ANA株主総会での質問から 〜給与削減と働く気力と安全〜

2005-06-28 12:39:23 | 日記
暑い暑い暑い。
今日、全日本空輸の株主総会に行ってきました。
毎年案内は来ても、「平日に休みとってまで行けないよな」
と放置してきた案内状。

今年は無職であることを奇貨として
行ってまいりました、全日空ホテル。

地下にある大きな宴会場の入り口付近には
社員の方々が大勢で出迎えてくれます。
そして、受付や案内をしてくれるのは
全日空の新しい制服を着た(おそらくは)
キャビンアテンダントの方々です。

(まさかキャビンアテンダントのコスプレというかふりしている
社員ではないでしょう??)とても丁重な感じで
迎えてくれます。あとまだ開けていないけれど
なにかのおみやげじみたものが入ってます。

大きな宴会場は、椅子がぎっしりと置かれていますが
9割方は埋まるというぐらい、大勢の株主が来ています。
壇上で過去三年間の実績のグラフなどを示しながら
収益状況を連結も含めて淡々と説明されます。

最後に株主が挙手をして質問する時間がありました。
その第一バッターは、

「これまでの説明で、人件費削減による収益構造の改善がとても強調されてきましたが
パイロットやCAなど、命を預かる職に就く人の給与を下げて
やる気を失わせ、安全に支障をきたす恐れがあるのではないか、
そうまでして配当を増やさなくてもいいから、
安全であることを第一に考え、企業価値を高めていってほしい」

という要望でした。ANAでは、社員全員の給与5パーセントダウンを行って
こうした収益体質改善を図ってきたそうです。それによって
そわそわして安全に支障がでてくるのであれば、
確かにそうだな、と思う気持ちもあります。

一方で、職業のやる気と賃金の相関関係は確かにあるものであるけれど、
安全を守るという人命にかかわる義務というか倫理観といったものと
賃金とのかかわりをいうのは、たしかにつながらないものではないのかもしれないが
(賃金がさがるー>やる気がおちてきてそわそわー>うっかりミス?という構図)

どうも納得いかないというか、そういう職業に就いている人には
賃金とは別次元のプライド・使命感・倫理観といったものが
あるのではないかなあ、と感じました。

そしてそれは、航空業界に限ったことではなくて、
どんな職業でももちろん、賃金が下げられるとやる気は削げるけれども
それとは別次元で、仕事をきちんとするということについての
特別な感情というものは、あるのではないかなあ、
あると信じたいな、と思うのです。

とはいっても、給与削減と安全とに明確な相関関係があるのならば、
もちろん配当なんていいから、安全に関わる人々の給与を下げすぎることは
やめてもらうのには賛成なのです。零細株主にはどうせ微々たるものですし。 :)



コメント (0) | トラックバック (2) | goo

職安ワーク

2005-06-27 11:01:31 | 日記
甥っこが「みゆき、しょくあんわーく、いくんでしょ?」と、
無邪気な大声で聞いてきます。や、やめてくれ。傷口に塩塗りこむのは。。
(みゆき、は私の仮名、わたしは甥には
おばちゃんと呼ばせないために
下の名前で呼ぶよう教え込んでいる。)

教え込むといえば、だれが私が「しょくあんわーく」に行く
って教えたんだか、もう!(^^ゞ 

 で、今日もいってきました。
専任アドバイザーがついてくれているのです。
キャリアの棚卸しや職務経歴書の作成を週一のペースで
やっているのです。完成マジカ。 

七月は求人がとても活発になる勝負時らしいです。
八月はお盆にはいり停滞するので総会もおわって
落ち着く七月、が重要というわけです。 

総会といえば、いくつか案内状がきているので、
世間勉強のためひとつ行ってみようかな、と思ってます。
もういくつかは終わってしまったけれど。行ったらまた報告します。
コメント (0) | トラックバック (0) | goo

ごめんなさい!

2005-06-26 21:10:52 | 日記
朝の記事が携帯からだったので書き足そうとしていたのですが
なんだかぐじゃぐじゃになって
削除してしまいました。

そしたら、コメントも一緒に飛んでしまいました。
大変申し訳ありません。。せっかく書き込んでいただいたのに!

車掌もひとりぼっち、売れ行きどうですか?
またリンクはってください。
コンサートには、無事行けましたか?

これに懲りずに、今後ともどうぞ宜しくお願いします。
コメント (0) | トラックバック (0) | goo

6月ももう終わってしまう。ももう〜ももう〜

2005-06-25 20:55:59 | 日記
今年がもう半分終わるのです。
残りの半年で、これこれだけは
必ずやっておく!ということを
少なくとも一つは考えるのもいいかもしれません。

今日は、とっても暑くて、なんだかウキウキしてしまいました。
太陽の力をいっぱい浴びたい!という気分です。
それで、チャリンコをギコギコギコと乗り回し、
公園の道をぐるぐる無意味に走ったり、コーヒー屋で
アイスコーヒーを飲みながら、ちょっとお勉強したり。

暑くて、日浴びして、汗がにじんで、水分とって、
読書して、というのは、とっても健康的で気持ちがよかった。

ところで、コメントありがとうございます。
ランキングに登録すると、何か違いが出るのでしょうか。
ぼちぼち続けるので、まあいいかなあ、と思うのですが。
ちょっと考えてみます。

健全な一日のおかげで、もう眠たくて仕方ありません。


コメント (0) | トラックバック (0) | goo

大学院の授業に

2005-06-24 16:28:41 | 日記
先生に了承を得て、週一でとりあえず今学期限りですが、
もぐりこむことになりました。

とても久々のゼミで、とてもわくわく、ドキドキしましたが
愉しく無事に一回を終えました。
モグリなので、それなりの授業への貢献もしなくちゃ、
と思うと、いい緊張感です。一回あたり100ページちょっとの
課題の本を読むだけで、他の科目はないので、
学生さんに比べるとずっと楽です。おまけに
新しいことを学ぶのは、いつでも愉しいですよね。

勉強しなおすことが、自分にできるのかどうか、
将来にわたって糧を得るための手段にはなりそうもないように
見えるけれども、何にどうつなげていけるのか、いけないのか、などを
考えるきっかけを得たと思うと、とてもありがたいです。

こうなったきっかけについては、また書きます。
それから、ハローワークのおじさんの
特訓も続いているのです。その話もまた。




コメント (1) | トラックバック (0) | goo

〜多元的時系列?〜最近、スイーツ紹介ブログみたいになってきて。。

2005-06-24 15:10:53 | 日記
本来の趣旨から大幅にずれてしまっています。
今週はへんな天気のせいか、気が狂いそうになる
直前の感覚はこんな感じなのか、と思うようなときも
少なからずあり、

「そう思うには原因があるでしょう、原因が」

と自省してみたところ、

1.天気
2.天気
3.自分の位置がわからない
4.すべての努力が水泡と化(そうと)している気がする
5.何を最も大切に思うのかが、究極のところが
わかっているようでいて、それに踏み切るだけの地盤がないと感じている
6.そのためか、とりあえずできることをして
7.さらに4に戻ってしまい
8.1.2.の天気が続く。。。

という、どうどう巡りをしているせいだと思われます。
そもそも論からして、10年近く前の自分の選択から遡って
諸々のことを辿って考えてみるに、
あまり先々のことを考えて行動したことは
なかったよな。おまけに、まっすぐな線でつなげて
つながることが、あるようで、ないようで。。

ということくらいしか明らかになりません。
そして、以前にも書いたように、

キャリアプランなくして生きているお前が馬鹿だ

と、今の世の中の常識に言われている気がして、
余計に、ちっぽけな気分になってしまいそうになるのです。

けれども、私は幸運なことにゴム鞠のようなところもあり、
ぺしょん、と叩きつけられて、ちぢこまっても
ぽわんぽわんぽわん、と広がろうとするようなものが
自分の中に見つけることもできなくもないのです。

そんなこんなして、日々を読書やら情報収集やら
その両者を言い訳にしたカフェめぐりやらをしているのです。

そういうちぢこまった私に、たまたま読んでいた論説文が
少し違った光をあててくれました。

ホールという人が、私たち人間の活動を秩序づける二つの種類の時間がある、
ということを論じていて、その二種の時間とは
多元的時系列と単一時系列、のようなもので、(適当に訳ししました)

私たちは、このどちらかに属した感覚で日々を過ごしている、
というものです。
具体的にいえば、多元的時系列で過ごす人のほうが
時間を帯のような感じというよりも、点のようなイメージで捉えて
同時に抱え込んで、複数の事柄を同時並行でやっていてもOKよ〜

というイメージです。この具体例として、その論説文では
歌舞伎を挙げていました。歌舞伎は筋を追って見なくても、見所を点として
愉しみつつ、幕の内弁当も食べるし、途中でトイレに行ってもいいし、
という具合です。

単一的時系列の世界に生きると、この時間はこれこれをやる、それを片付ける、つぎにこれ、
はいつぎこれ、というようにして、秩序立った世界です。

で、何がいいたいのかというと、
今の少なくとも日本の社会は単一時系列に対応して生きることがとても重要な社会で、
その世界に生きない人間は、人間として失格だよ、

とでも言っているような風潮もあるけれども、
「その価値観だけが絶対ではないのかもしれない」
ということを多元的時系列の世界もあるという事実が
教えてくれた、

ということです。

会社人間だった私の秘書のポジションは、
日々の優先順位は当然つけて
単一時系列的な思考方法による仕事の処理が求めらますが、
様々な性格の異なる業務を同時並行で多忙時には寸暇を惜しんで
こなしていかなければならないので
どちらかというと多元的時系列の性質も強かったように
思われます。

ところが、そこにどっぷりつかったままでいると
自分の人生における長期的な展望における単一的時系列の
観点を意識することがなかなかできなくなり、
キャリアプランを形成することに注意を払わずにきてしまったのかも
しれません。それで、今、色々な意味で気分がすっきりせず
ベクトルをどう向けるべきか考えあぐねて、身動きが取れないような
状況になってしまったわけですが、

自分で時間を組み立てて過ごす今の生活に移ってから、
こういうやり方でもやり続けてゆけるような
多元的時系列的思考ででも長くできることはないかな、と
探してみるのもいいかも、

と、少し肩の力が抜けた感じなのです。
これで肩こりも解消されるといいな〜







コメント (0) | トラックバック (0) | goo

朝の静かなひとときとオレンジゼリー

2005-06-24 13:01:42 | 日記
すこしでもフレッシュな気分で
一日を始めたいとき、
オレンジゼリーなど、いかが?

コメント (0) | トラックバック (0) | goo

おとといの一日のつづき 〜丸の内にあるちょっとしたオアシス〜

2005-06-23 23:16:39 | 日記
ビルに覆われた景色をみてげっそりしたあとで、
ひとまずインターネットで英語講座の情報を仕入れて、
めぼしいものがあれば、詳しい情報を仕入れに
出向いてみよう、と思いました。

そこで、丸ビルの受付のお姉さんのところへ。
「インターネットを使えるところはありますか?」

お姉さんは、モバイルPCを持っていないのであれば、
ここから5,6分のところに丸の内カフェ、というところがあり
そこでできますよ、と教えてくれました。

普通のインターネットカフェを想像して到着したその
丸の内カフェは、いい意味で予想を裏切ってくれる場所でした。

まず、
「カフェ」なのに、自販機が並んでいる。店員がいない。
緑がたくさんよく育っている。(間仕切りだけでなく、自販機の上にまで!!)
利用が無料。お客さんのおしゃべりが全くなく、うるさくない。
それなのに、冷たい空気でない。むしろまったりしている。
客層がおもしろい。(就活中とおぼしき学生さんから、おじさま、OL、いろいろ)
おもしろそうな雑誌がたくさん置いてある。
環境にも配慮されている。
ソファーがある。不思議な秩序がある。
癒されるための、ひとやすみするための、暗黙の秩序、のような感じです。

殺伐と見えたビルの中にも、
こうやってひっそりとしたオアシスがあるのでした。
それにしても、ここのコストはどうやってまかなっているのだろう、、、

いずれにしても、ちょっと一休み、ちょっと考え事、
ちょっと情報集め、に、とってもいい場所です。
これがそのサイトです。

http://www.marunouchicafe.com/index.html
コメント (0) | トラックバック (0) | goo

昨日の一日

2005-06-22 06:55:46 | 日記
昨日はガンと入院保険料の年払いを
月払いに変えてもらうために年払い引き落とし
一時停止の手続きをしに銀行へ出かけました。

(がん検診をしてみて、ガンじゃなかったら
解約しちゃって共済の入院保険に変えようかと思っています。年に10万近くは痛い!)

そのついでに、霞ヶ関のあたりを運動がてら歩き
丸ビルでお昼を食べました。
丸ビルからの眺めは、
ビルビルビルビルビル。
なんと殺伐とした風景でしょうか。
東京というところは、見渡すばかりビル。

食事を終えて、英語のブラッシュアップの夏の講座の募集が
そろそろ始まるのではないかな、と思い、
ひとまずインターネットでめぼしいものを見つけてから
資料をもらいにいってみることを思いつきました。

おっと時間がなくなったので、続きはまた。


http://www.marunouchicafe.com/index.html
コメント (0) | トラックバック () | goo

駅前の焼き鳥やさんで

2005-06-20 15:20:51 | 日記
駅前に、小さな焼き鳥屋さんがある。
オープンエアーというか、焼き場と銀色の台を隔てて
座席が数席あるだけで、あとはロータリーを前にした外のベンチで、

道行く人を眺めながら
ビールを一杯よろしくやりつつ焼き鳥を食べる人や、
ちょっと小腹を満たすために一本食べていく人や、
持ち帰りでまとめて買って帰るひと、
自転車の荷台に乗る子どものおやつに差し出す母親、
部活帰りの高校生、、

なんかが、焼き鳥を焼く匂いのする、うっすら煙をくぐって
集まってくるのです。

そして私もそんなお客のひとり。(どれに該当するかは、まあいいことにして、、、 :)
そこでアルバイトを募集していたと思ったら
新しく高校生(とおぼしき)女の子が入っていました。

「いらしゃいませ」
と、てきぱきと、次々に来るお客さんに
こびるでもなく、ぶっきらぼうでもなく、
汗をにじませながら気持ちのいい挨拶をして
気持ちのいい接客をして、炭火に熱されながら働き
「ありがとうございました」
と見送っていきます。

なんと清々しい。
私はそれをぼんやり眺めていて、
はっとしてしまいました。労働すること
それによって対価をもらうこと、
身体を動かして、人に気持ちよく帰ってもらい
自分も気持ちよく働いて、お金をもらう。

そういう、とても単純な、労働それ自体が持っているといっていい(と思う)
純粋な喜び、みたいなものを、その女の子から、
気づかせてもらいました。
こちらこそどうもありがとう、焼き鳥やの女の子。







コメント (0) | トラックバック () | goo

シナモンロール

2005-06-17 14:23:20 | 日記
こんなにベタベタに塗り立てられたシナモンロール、見たことがなかったのでつい、挑戦。でも日によってはべたべたすぎて最初から無視してたかも。 職務経歴書もシナモンロールのあたまのクリームの飾り立てと同じかも。
コメント (0) | トラックバック () | goo

雨の日の森のなかの、匂ひ

2005-06-16 15:30:06 | 日記
ちょっとした森を散歩してみました。
さっきまでトロピカルだったけれども、
外はやっぱり雨で、梅雨で、紫陽花でした。

トロピカルも好きだけれど、
静かな雨の日の森のなかの、湿度と、雨音だけの静けさと
土と雨と緑の匂いは、これまた素敵なのです。
コメント (0) | トラックバック () | goo

雨でもトロピカルな場所

2005-06-16 13:32:38 | 日記
店員さんはアロハシャツ、音楽もアロハ、トロピカルな花が飾られてハワイアンキルトのクッション、隣の席からは女性のまとう甘い香水のかほり、ほわほわしながら飲むマンゴージュースです。無機質なビルの一階ロビーにひっそりとあるハワイ、アロハ。
コメント (0) | トラックバック () | goo

「心の習慣」 読んでます

2005-06-15 01:45:10 | 日記
アメリカの社会学者の書いた結構古い本ですが
(みすず書房、1991年)
もう、これのおかげで、モヤモヤしていたものが
一体なんだったのかが、すご〜くはっきりしてきた
感じです。

なぜ、履歴書を真剣に書き始める気が起きないか、なぜ
こんなにも色々な選択肢を持ち出してきて悩み始めているのか、
焦る気持ちと、焦りたくない気持ちのない交ぜのモヤモヤ。

「早く仕事をさがさなきゃ」
の、一言で言ってしまうから、話がややこしくなるのですね。
仕事といってもjobを探すのか、vocationなのか(できることならcalling)。
この本のなかで「仕事」という感じの横にちいさく
このvocation, job, callingというルビが振ってあるので、ああ、なるほど、
と合点がいったわけです。

そこらへんが、ごちゃまぜになって考えているから
ハローワークのおじさんはjob matchingをしようとしているだけじゃないか、
と疑うような気分になったり、でも生涯にわたって一人で不自由なく
愉しく「自立」して暮らせる収入を得続けることのできるvocationを
この歳になってから見つけられるのか?と不安になってみたり、

という、ああでもない、こうでもない、という状況になってしまっているのです。

おまけに、仕事なり職業なりを見つけた先に、何を望んでいるのか、
そういうものがはっきりしないまま
自分と募集しているポジションとのマッチングの
具体的な段階に入ってしまうことを、
要するに行き当たりばったり、になってしまうことを
極度に恐れている、ともいえます。

この本は、もともとアメリカにおける個人主義が到達(してしまった)状況とその未来を
開拓の時代から遡って、成功の意味、自由の意味、独立独行と職業観、
結婚・家族観、宗教と政治、セラピー的思考方法(の功罪)、などなど多様な切り口から
考察する、というもので、

直接的にキャリア構築が云々とか、そういう本ではないのですが、
それが逆に、少しでも離れて自分のいる位置を把握するのに、
また、現実的な切迫した、今そこにある問題も大切であるけれども
それが解決された先に何を見るか(見たいか)を、あなたは
本当に知っているのですか、と自分に問いかけるのに
役に立った、という感じです。
(切実な現実から離れてしまった、ともいえるかもしれないのですが。。)

モヤモヤが少しすっきりしてきたことで、
ちょっとやる気が出てきました。

ところで、日本語にほんとうに仕事以外に言葉はないか、と考えてみたところ、
職業、というのがありましたね。よく考えると、手に職の職、と、
「業」というところが、とっても重々しいですね。

私の秘書としての経験は、「仕事」からはじまって、
最後には「職業」とこたえられるくらいのものには
なっていたと思いますが、業(ごう)か、と聞かれると、ちょっと
悩んでしまいます。業(なりわい)か、と聞かれれば、そうでした。
言葉って、奥深いですね。。
なんて言ってる余裕もないのですが。

10年早くこの本を読んでいればなあ、と思ったり、
でも10年前の自分では、こんなふうには読まなかっただろうなあ、
と思ったり、です。

コメント (0) | トラックバック () | goo