小説『生活小説』

『生活小説』の実戦・実戦版です。半分虚構、半分真実。

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キーワード辞典。「朝」

2007年02月22日 | Weblog
 その翌日も、ぼくとヨシタケは朝の街を駅まで向かった。まだ午前5時。段ボールをもった人たちが地下通路をてくてく歩いている。

 改札を抜けてホームへ。それぞれの職場へ向かうわけである。では、さようなら。

「ヨシタケさん、なんだか、寂しいもんですねえ」
「ご不満?」
「何に?」
「全体的に、こう、ひっくるめて」
「いや、特に。ヨシタケさんは?」
「わたしも、別に」
 それから、軽くキスをして、ちょっと気まずくなって、携帯を取り出して、メールをチェックしたりなんかする。

 あ、ヨシミからメールが来てた、とヨシタケが言う。

 ぼくの方にも来ている。それは、ヨシタケには言わない。

「こんど、4人で飲もうっていうメール」
「4人? ぼくとヨシタケさんとあと、誰だろう」
「あ、ほんと、4人目って誰のことなんだろ」
「『3』と『4』を押し間違えたんじゃないの?」
「そんなことは無いわよ。見りゃ分かるわよ」
 誰なんだろうねと二人で、首をひねる。と言っても、ただ、その場がきまずかったので、考えてるふり。先生、まだ、考え中です。

 ぼくの方に来ていたヨシミからのメールには、「あなた、私のこと、好きでしょ」と見も蓋もないメール。

 ああ、好きですよ。あなたの友達といっしょに過ごしていても、好きですよ。忘れたときなんてないですよ。たまに、ちょびっと泣いたりしますよ。

「なんというか、朝日って、すごくない?」とヨシタケ。「夕日もすごいけどさ」

 やっぱり、ヨシミとヨシタケのダブル・ヨシは、そこら辺を歩かせておくにはもったいない人材ではある。


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キーワード辞典。「バレンタイン」

2007年02月20日 | Weblog
ぼくのとなりにはヨシミがいるべきだったんだなあ、などと思いつつ、そういう部屋に備え付けの、そういう緑茶や、そういうコーヒーをヨシタケに淹れてあげるのだ。

ヨシタケと並んで駅へ向かっているうちに、明日がバレンタインデーだということを、ついつい思い出してしまったので、半分笑いながらヨシタケにそのことをつたえると、「ほら、これ」。

有名なメーカーの生チョコ。

はいはい、いいんですか? ぼくは、ずぶずぶと足場を失われていっておりますよ。「ごめん、ちょっとトイレ」。

「うん、待ってる」

トイレで、ヨシミに電話。

「もしもし、ぼくです」
「なによ、こんな朝っぱらから」
「それがですね、まあ、意外と、素敵な朝ですよ」
「まあ、そうでしょうねえ。いま、外?」
「いえ、まあ。あのですねえ、ヨシミは、あれかな? ぼくに惚れてるかな?」
「なに言ってんのよ」
「じゃあ、惚れてないということで」
「さっきから、わっかんないなー」
「それから、ぼくらの間に、特に、貸し借りは無いよね」
「ごめん、もう一眠りさせて」
 
 電話は切れる。

 ここで、ぼくに、なぜだか、安堵感。呼吸が、ゆったりと出来ていることに気付いたので、それまで、ぼくは、どんな呼吸をしていたんだと不信に思う。

 なあ、ヨシタケには、彼氏いないの? と、非常にずるい聴き方をする。

「いや、別に」ヨシタケは髪をいじりながら答える。

 二人並んで、そういう感じの建物が密集しているところを、歩いて抜ける。

 駅が見えてきた。ヨシタケがぼくをひきとめたので、そういうことをして、あまり、人前でそういうことは好きじゃないなあ、と嘘八百をいいながら、もう一度、そういうことをした。

 電車から見える風景はどことなく、鮮明に見えて、コンタクトレンズを換えて良かったなと思う。理由はそれだけではなかろうに。
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キーワード辞典。「誤字と脱字の関係」

2007年02月19日 | Weblog
ヨシタケと二人で飲みに行ったとき、彼女が話したことは、三分の一が、難しい話で、三分の一が、簡単な話で、もう三分の一が、ヨシミについて。

ヨシタケが言うことには、「私とヨシミは、誤字と脱字の関係のようなものなの」。

よく意味が分からなかったのは、ぼくが飲みすぎていたからではあるまい。しかし、なんとなく、通じる気持ちもあったので、その晩、ぼくは心地良い眠りについた。なぜだろう?

ぼくが「心地良い眠り」につくためには、最低、3つの条件がいる。何かを理解できた時。何かを相手に与えた時。眠い時。

深夜2時。目を覚ます。

そして、隣には、ヨシタケが寝ているのである。素晴らしいではないか。別にぼくらは、やましいことはしていません。ヨシミに知られたって、特にやましいことはしていません。

ただ、二人が並んで寝ているだけです。

これまた目を覚ましたヨシミが言う。「いつも、そうなの? そういう感じなの?」

どうにでも受け取れる質問に、やや面食らいながら、「まあ、たいてい」と、どうにでも取ることができるように答える。

では、こうしましょう。とりあえず、今夜は、せっかくなので、楽しみましょう。と、ヨシミが言う。

そうですね。せっかくですから。「でも、全部、ヨシミに話すんでしょ、こういうこと一部始終」。

ヨシタケが言う。「まあ、言っても言わなくても、それは誤字と脱字の差しかないわよ」

「ということは、誤字も脱字も訂正されて、すっきりとするわけですか?」

「そうですね、たいていにおいて。では、続きを楽しみましょうか」

事の次第によっては、また、ゆっくり眠れそうです。

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キーワード辞典。「お前」

2006年07月18日 | 小説+日記
ヨシタケは、「お前」と呼ばれることが嫌いだった。彼女は、どんなに愛している男性であったとしても「お前」と呼ばれると、つい、二、三歩、後ずさりしてしまう(実際には、ほとんど二歩)。

彼女を「お前」と呼ぶようなやつらは、西日本出身の連中なんだから、気にするな、とヨシミは言う。言葉の感覚が違うの。あなたが思ってるほど、きつい意味で言ってるのではないの。

そのようにして、ダブル・ヨシたちは、お互いの瞳を見つめ、お互いに、相手の瞳は輝いているなあ、などと思ったりする。

そんな彼女達をぼくらは、遠くから眺めている。あくまで、遠くから。

「お前」と、ぼくは、軽い冗談でダブル・ヨシの片方、ヨシミを読んでみる。「なんだよ、てめえ」とかわいらしい声でこたえるヨシミ。

おお、かわいすぎるではないか。

そのかわいらしさは、ぼくとヨシミの幅をぐっとせばめるどころか、じつは、ヨシミは「人間的」なので、ぼくのような「非人間的」な人間には、彼女のことば、ひとつひとつは切なく、左耳から右耳へ通り抜けてしまうのである。ああ、切ない、切ない。
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キーワード辞典。「人間的」

2006年07月13日 | 小説+日記
 ぼくが疲れているのは、「今日から」であって、「昨日から」ではない。「なぜ疲れているのか」と、自分に問い始めると、強い疲労感が襲ってくる。なぜ疲れているのかを知るために疲れるのは、あまり、人間的なことではないだろう。
「人間的」という言葉が何を意味するかは、昨日の、ヨシミやヨシタケのような行動が作り出すものであって、ぼくが、机の前で、ああだ、こうだと、考える類のものではない。

 ヨシミは働き者で、ぼくの数十倍もの働き者で、当然、収入は数十倍もらってもおかしくはないが、世の中というものは、そうは行かないらしく、多く見積もっても、五、六倍である。これが、正しいことであるのか否かは、後世の判断に任せるしかない。仕方ないので、ぼくは、彼女に、苦労をねぎらう言葉を掛けるのである。それは、極めて正しい。

 そのヨシミという女性は、ヨシタケと同じく、「人間的」な人間で、ヨシミとヨシタケとでワンセット、「ダブル・ヨシ」と名付けられ、「ヨシヨシ」などとも呼ばれてしまい、これは、「良し」とも通じることは明白で、やはり、「人間的」な人間は、良心に基づいて行動するということの確証にもなるのであった。

 そういうヨシミは、チャーミングとしてくくられる女性の中でも、はるかにチャーミングであって、ぼくが惚れるのも、当然のことである。

「犬の足はしっぽを合わせると、何本?」
 あるとき、ヨシミは、そう訪ねた。チャーミングである。

 ぼくは、答えなかった。

 それが、「人間的」と呼ばれる人間と、「疲労困憊でミネラル不足」と呼ばれる人間の差である。
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ブルガリとヨーグルト。(2)

2005年11月27日 | 小説+日記
「俺っち、馬鹿だから、わかんね」と横山は首を振った。「ほんと、俺っち、馬鹿だから」。
馬鹿だから、かわいいんじゃないの?と藤田は思う。ヤマダちゃんも横山のこと、かわいいって言ってたし、玲子さんも、横山のこと、好きだと思う。嫌いだとしても、玲子さんのことだから、横山のこと、もっとよく知ったら好きになると思う。ただ、高橋くんはダメだ。横山のこと、嫌いなままだ。だって、いかにも、そりが合わなさそうだもん。だから男同士は面倒だ。高橋くんには、横山みたいな、ふにゃふにゃで柔軟なんだけど、キュっと締まるような格好良さないもん。
「藤田ちゃんは、高橋とまだ付き合ってんの?」
「付き合ってるよ」
「じゃあ、帰りなよ」
「なんで?」
「今みたいな感じだと、嫌だから。こんな時間に、今みたいな感じだと、嫌だから。俺、馬鹿だけど、そういうことには、うるさいから」
 私は、横山に無理やり、帰れ、と言われて、店を出た。一人で、とぼとぼ帰る。
 横山の、そういうところが、またかっこいい。いや、泣けるくらいのかっこよさだ。
 暗くて、寒くて、星がチカチカしてる。信号待ちで、高橋くんに電話をかけると留守電。さては、と思い、玲子さんに電話を掛けたら、案の定、高橋くんは玲子さんと一緒だった。
「あ、藤田ちゃん、高橋に電話掛けなおさせようか?」
「いや、いいです。玲子さん、高橋の風邪の具合、どんな感じですか?」
「直接、聞きなよ、隣にいるから」
「あの、玲子さんの見た目でいいんです」
「咳の一つもしてないわよ」
「だって、風邪気味だって、言ってたから」
「そうなの?」
「ごめんなさい、電話切ります」
 私は電話を切ったあと、コンビニに寄って、お金をちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、下ろす。
 高橋くんは、確かに風邪気味だと言ってたから、すごく心配した。とっても心配したから、今日は何度も、頭が痛くなりそうになった。でも、高橋くんは何も言わない。いつも、何か隠してる風なので、とても不安。だから、横山に付き合ってもらって、いろいろ相談にのってもらった。でも、高橋くんは、玲子さんと一緒に飲むくらい元気だった。なんだか、やな感じだ。心配した分、利子が欲しい。ここのコンビニも、もうちょっと、ちゃんとしたカスタードのプリンを売り出してもいいはずだ。なにか、おかしい。「おかしい」と思い出したら、全部おかしい。信じられない。おかげでお腹が空いた。どうしようもなくお腹が空いた。高橋くんは、玲子さんに、ねえねえ、今の電話、誰から?とか聞いてるはず。ぜったいに。それで、玲子さんは、いつもの玲子さんっぽく、そうねえ、誰かしらねえ、なんて、とぼける。ああ、やだ。電話なんか、掛けなきゃ良かった。
 もっと、かわいくなりたい。関係ないけど、かわいくなりたい。今の私じゃ、かわいくない。お金欲しい。腹減った。あと、ヴィレッジ・バンガードで売ってた計算機が欲しい。計算機買ったら、ちゃんと、レシート整理する。誓った。いま、私は誓った。計算機を買う。それで、お金が余ったら、高橋くんになんか、かっこいいキャラクターの時計を買って上げる。たぶん、変に喜ぶ。予想がつく。あいつは単純だ。気の利くプレゼントを上げてたら、なんとかなる。
 私は、郵便受けを開けて、ピザの宅配のチラシだけ取り出して、自分の部屋へ向かった。
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ブルガリとヨーグルト。(1)

2005年11月25日 | 小説+日記
 それで、「藤田ちゃんのことを好きか」と言われたら、きちんと答える自信が無くて、じゃあ、なぜ付き合ってるのかと言われると、「好きだから」と自信満々に答えそうな自分に嫌気がさしつつある11月の終わり。
店は午後10時まで開けていなければならないのだが、上司の東尾さんが、「今日はもう、閉めちゃってもいいんじゃない?」といい加減なことを言ったのを幸いに、売り上げをチェックしたあと、9時半に店を閉めることにする。
 このあと、どこへ行くの? いっしょに飲まない? と、客に紛れていた玲子が言う。いや、ちょっと、今日は、ダメかな。あまり酒を飲む気分じゃないんだ、と言うと玲子が、「ほらあ、やっぱり、藤田ちゃんは結構、しばりがきついんだなあ。彼氏に、女友達とお酒を飲ませるぐらいの度量があってもいいんじゃない? そこが子供なのよねえ」と言う。
 お茶はいいけど、お酒は怒るよ、藤田ちゃんは。と、回答にならないことを言いながら、ぼくは携帯電話のアドレス帳から藤田ちゃんを探し出して、メールを送る準備をする。「今夜は、仕事が早くおわったので、このまえ借りてきたビデオをいっしょに見れるね」とか、「明日、どこかへ出かけようか。ぼくんちには車で来た?」などと文面を考えた。
 ぼくが生まれてから、元西武の田辺選手並みのナイスバッティングだったと心から呼べるメールがあって、それは、玲子がまだ、二十五歳のころで、ぼくは同じ年なのに、とくにあてもなく、ぶらぶらしていたのだが、あるとき、特に深く考えずに玲子にメールを送ったら(結構、男が書くにしてはかわいくて、ちょっと心温まるメールだった)、泣きながら玲子から電話が来た。そして、一挙に二人の溝が埋まって、埋まった溝の代わりに深い絆が出来た、という代物だ。それは、たぶん、家の引き出しにしまっている、古い古い携帯にまだ残っている。その携帯電話が充電可能なら、暗い液晶を我慢して、何度でも、読んでみたい代物だが、いかんせん、充電器を紛失したため、読めやしない。
 でも、玲子がこうして、そばにいるのも、そのメールのおかげなわけで、ぼくが藤田ちゃんと付き合ってるのに、いろいろと世話を焼いたり、面倒を見てくれるのもそのせいである。
 玲子が言う。「やっぱり、藤田ちゃんに悪いから、早く帰りなよ」。店の鍵を閉めているぼくに言う。
 この瞬間に、自分の頭の中のスイッチが切り替わった。《理由》は二つ。『寒いから』と『お腹が空いたから』。
「よし、飲もう。玲子、飲もう」
「藤田ちゃんに悪いって」
「自分から言い出しておいて、何だよ」
 何がなにやらわからないが、玲子といっしょに、まだ賑わってる街の方へ足を向ける。《理由》と言うものは、すべて、後付の理由である。
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一休み。

2005年03月27日 | Weblog
すみません。小説のほう、休みすぎです。

でも、まあ、なにか、書かなきゃ。

そう、その「なにか、書かなきゃ」というのが、大事ですよ。うん。

11時ごろに目を覚ましてから、そのまんまなんですけど、まあ、いいか。

風邪を引いてから、生活のリズムが狂ってきて、とうとうこの調子。

テレビも面白くないし。

格闘技は見逃すし。アキラ兄さんは、どうだったんだろう。

で、朝を迎える、と。

あまりにも、虚ろ‥‥。

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未完成の品ですが。台本用。

2005年03月13日 | 小説+日記
なんとか商事恋愛部(仮題)

高橋 男30代 以前は職場のエースだったが最近はちょっと閑職に追いやられている。塩谷と昔付き合っていた。
塩谷 女30代 高橋と恋愛経験あり。
水谷 女20代 高橋に恋心をいだくOL
西尾 男20代 塩谷に恋心をいだく社員。
部長 男か女50代

水谷モノローグ 「高橋さん、相変わらず、疲れた顔してるなぁ。朝食、きちんと食べたのかなぁ。朝食食べなきゃ、集中力と判断力が低下しちゃうんだぞ。もし高橋さんがミスして、それで、うちの会社が傾いちゃったらどうするんだ。どう責任取るんだ高橋! でも、うちの部署じゃ幾ら失敗しようが傾きようがないわね。でも、あんな歳して独身なんだからなあ。誰かいい人捕まえりゃ、いいのに。かわいくて、やさしくて、わたしみたいな人。もし良かったら、わたしでもいいぞ。わたし、結構、かわいいし。おう、水谷ななえ、いいぞ、プラス思考。落ち込んでいた水谷ななえに、元気な水谷ななえから、パンチ! 略して、ななパン!」
高橋 「よう、水谷。あれ? このコーラ、俺の? いただきまーす。あ、コーヒーか」
水谷 「ねえ、高橋さん、先週、部長から頼まれてた、あの書類の‥‥」
高橋 「なに? あ、あれかぁ‥‥(なんだっけ?)。(気付いた!)忘れてたよ。ごめん、急いで、なんとかするよ。やっちゃったよ、まったく。ありがと」
水谷 「高橋さん、朝食、食べてないでしょ」
高橋 「え? ああ。でも、だいじょうぶ、だいじょうぶ。じゃあ、ちょっと部長のとこ、行ってくるよ。うん、まあ、軽いもんだ(本当は軽くない)」
水谷モノローグ 「ほーらね。朝食とらないからだよ。わたしだったら、高橋さんにスクランブルエッグに、メイプルシロップ付のホットケーキも焼いちゃうんだけどな」
高橋モノローグ 「まずいなあ。まあ、今日中に提出すれば、問題ないよな。あれには、もっと力を入れたかったところだけど、仕方ねえよな。ついてねえよな。そういや、水谷のやつ、朝食がどうのこうのって言ってたよな。最近、遅い夕食なのか、早すぎる朝食なのか、よくわからん食生活だったもんな。気をつけよう。おっと、あんなところに、塩谷じゃん」
高橋 「おい、塩谷」
塩谷 「あら、高橋くん、今日は遅いご出社のようね」
高橋 「嫌味言うなよ。おれはどうせ、お前と違って、暇な部署で、だらだらやってますよ。すみませんね。なにこの饅頭、お土産?いただきます!」
塩谷 「もう! ところで、何の用? わたし、もうすぐ会議なんだけど」
高橋 「(もぐもぐしながら)いや、ちょっとさあ、『塩谷、がんばれよぉ』っとか、言おうかなって思って」
塩谷 「あらまあ、高橋くん、優しいところあるのね(まったくそう思ってない)」
高橋 「ほら、同期じゃん。同期の優しさだよ」
塩谷 「ごめんね、会議始まっちゃうから。その言葉、そっくり高橋君にお返しします。(ちょっときつめに)じゃあね」
高橋モノローグ 「あらあら、行っちゃったよ。冷たいなあ。むかし、付き合ってた仲じゃん。あの頃は結構、まあるい、角のない、こう、なんていったらいいかな、ふんわりした性格だったのに。いまじゃ、まさにキャリアウーマンだよなあ。ああも、ひとは変わるもんなんだな。もし戻ってくりゃ、昔とは違う、素敵な日々でも送らせてあげるんだけどな。根拠はないけどさ」
塩谷モノローグ 「(ぷんぷんして)ひさしぶりに声を掛けてくれたと思ったらなによ、高橋くん。もっと優しくしてくれたって良いじゃない。わたしだって、別れたくて別れたわけじゃないのに。まあ、仕方ないのかな。『わたし、会社のほうを選ぶわ!』なんて、言っちゃったしな。あのときは仕様がなかったのよ、ごめんね、高橋くん。いまだったら、楽しく、二人で過ごせるんじゃないかな、根拠はないけど。まあ、そんなこと考えちゃうなんて、わたしには、贅沢な話よね。」
部長 「おい、塩谷くん、高橋のやつ見なかったか?」
塩谷 「あ、さっき、会いましたよ」
部長 「あ、そう、わかった」
塩谷 「高橋が何かしましたか?」
部長 「書類の期限が今日までなんだが、あいつ多分、わすれてんじゃないか。こまるんだよなあ。高橋。あんなやつでも、入社当時は期待の星だったんだけどなあ」
塩谷 「あ、そうですか‥‥」
部長 「すまんね、呼び止めちゃって」
塩谷 「いえいえ‥‥」
部長 「えーと、たかはし、たかはし‥‥」
塩谷モノローグ 「そっかぁ。高橋君は期待の星だったのか。もしかしたら、わたしが高橋君のこと、ダメにしちゃったのかも‥‥。そんなことはない。そんなはずもない。ありえない(キッパリ)。でも、まあ、5%くらいはわたしのせいか。あのころは、わたし、わがまま、いい放題だったしなあ。それが今では、高橋君はお暇な部署に。ああ、かわいそう。助けて上げられるものなら助けてあげたいわ。あ、ちょっといま、おおげさなこと言っちゃったわ。うそうそ。えーと、『励ましてあげたいなあ』くらい。あらあら、おっと、西尾くんだわ」
塩谷 「西尾くん、早いじゃん」
西尾 「あ、塩谷さん、お久しぶりっス。あ、髪形変えました?(塩谷ちょっと照れる)あ、ぼく、急ぐんですみません!」
塩谷 「はいはい、気をつけてね。行ってらっしゃい。あ、ネクタイまがってるわよ(西尾ちょっと照れる)」
西尾 「‥‥す、すいません、じゃあ得意先、回りに行って来ます。あ、あのお土産のお饅頭、みんなでわけてくださいね。では」
塩谷 「西尾くん、こんど、いっしょに飲もうね」
西尾 「(照れる)え、ええ。ぜひ、ごいっしょさせてもらいます!(がちがち)。では!」
塩谷 「ばいばーい」
西尾モノローグ 「まったく、塩谷さんって、どきどきさせる人だよなあ。みんなにも、そんな感じで接するのかなあ。いや、そりゃないよなあ。いやあ、でも、ほんと、どきどきしちゃったよ。目なんて、見て喋れないもんな。きれいだしなあ。いいなあ、ああいう人がぼくの上司だったらなあ。上司じゃなくても、恋人でも良いなあ。恋人かあ。そりゃちょっと連想が飛びすぎだなあ。まあ、いいや、塩谷さんと、恋愛してるとして‥‥。ああ、だめだ。ドキドキしちゃって、口聴けないよ。ぼくなんて、相手にしてもらえないか‥‥。いかん、そんなことを考えてはいかん。今は、一生懸命、仕事に生きる大事な時期だ!あーあ。でも、いいなあ、ああいう人。(ひとにぶつかりそうになる)あ!すみません!」
水谷 「あら、西尾じゃん!ちゃんと前見て歩きなさいよ!ぼぉーとしてないで。あなたは、わたしたち同期の希望の星なんだから」
西尾 「あ、そ、そうなの? う、うん。じ、じゃあ、ぼく、急ぐんで。また。こんど飲もうね」
水谷 「そうね。久しぶりに。いいわね。じゃあね」
水谷モノローグ 「そういえば、高橋さん、ちゃんと部長相手にうまく立ち回れたのかなぁ。なんだか、心配させる人だな、もう。高橋さん‥‥。なんで、こんなに、さっきから、高橋さんのこと気になってるんだろ。もしかして、これは恋なのかしら?! まあ、そんなことはないだろうけどなぁ(とか言いながら、そうかもしれないと思っている)」

部長 「高橋君、これ、なかなか立派に仕上がってるじゃないか」
高橋 「部長、まあ、これは通常の出来ですけど。これでよろしければ、こちらで。もう少し、なにかプラスします?」
部長 「いやいや、これで構わないよ」
高橋 「ありがとうございます。では」
(廊下)
塩谷 「ねえ、高橋君」
高橋 「あ、塩谷、なに?(ウキウキした気分のまま)」
塩谷 「ねえ、今日、夜、いっしょに食べない?」
高橋 「ああ、いいよ。俺でよかったらな」
塩谷 「なんか、最近なにやってんのかなって思ったから。じゃあ、あとで」
高橋 「おう、じゃあな」
高橋モノローグ 「塩谷のやつ、やっぱり、俺のことまだ好きなのかなあ。まあ、そんなことはないだろうけど(とか言いながら、そうかもしれないとおもっている)。ああ、いかん、たぶん、さっき部長に誉められたから、おれは、そんな妄想に浸ってるんだ。いま、塩谷と食事したら、おれは絶対勘違いする‥‥。勘違いするどころか、家にも帰れない‥‥。または飲みすぎる‥‥、あるいは、かなり荒れる。または、‥‥だめだ、だめだ。食事はいかん。止めた止めた」
西尾 「高橋さん!」
高橋 「お、西尾じゃん。‥‥そうそう、あのさあ、塩谷が食事の相手をさがしてたから、どう? いっしょに、飯食ってあげて」
西尾 「あ、ぼくが、塩谷さんとっスか? 二人でっスか? ぼくと塩谷さんが、二人でですか?」
高橋 「ああ、二人で行ってらっしゃい。じゃあ、たのむわ」
西尾 「は、はい!」
西尾モノローグ 「塩谷さんと、二人で食事かあ。あがっちゃって、食べ物が喉を通らないかもなあ。大丈夫かなあ。でも、なんで、食事の相手がぼくなんだろ。うわあ、なんだか緊張してきた。手に汗かいてきた。でも、塩谷さんは、優しそうなひとだもんなあ。緊張しているぼくもあたたかく包んでくれそうだよなあ。うわぁ。どうしよ。いかん、緊張するな、ぼく、緊張するな、ぼく。塩谷さんはどんな店が好みかなぁ」
水谷 「あら、西尾くん、何、顔真っ赤にして、突っ立ってんの?」
西尾 「わりい、今日、いっしょにメシ、行けなくなっちゃった」
水谷 「いいわよ、べつに」
西尾 「この穴埋めはまた今度」
水谷 「いいって」
西尾 「じゃあ、ごめんね」
水谷 「はーい」
水谷モノローグ 「ああ、よかった。西尾君にこちらから声掛けてたから、断ってくれて助かったなあ。だって、高橋さんに、声掛けられちゃったんだもん。そりゃ、西尾君と高橋さんじゃ、高橋さんのほうをとるわよ。たぶん、きょうも部長に怒られて落ち込んでるんだろうなあ。励ましてあげなきゃ!あー。わたしの高橋さんへの母性本能が目覚めてきたわ。どうしよう(わくわく気味)」
*レストラン
高橋「まあ、偶然この四人で夕飯ってのも、珍しいね。うん、いい顔合わせだ(うろたえ気味)」
塩谷 「なんでこうなっちゃったのか、わからないけど」
西尾 「で、でも、ぼく、たのしいっスよ! たのしいっス、この4人!(かなり無理して)」
水谷 「まあ、偶然って恐ろしいわね(遠くを見ながら)」
高橋 「どう、今夜、これから、この四人で飲む?」
塩谷 「さんせい」
水谷 「わたしも」
西尾 「ぼ、ぼくもさんせいっス!さんせいっス!」
(‥‥)
高橋・塩谷・西尾・水谷「(笑)」
高橋「まあ、なかなか世の中はうまくいかんねえ、西尾君」
西尾「は、はあ。そうっスね‥‥」
四人「(笑)‥‥あーあ(ため息)」
西尾「で、でもぼく楽しいっス!楽しいっス!ほんとに!」(F.O)


軽妙な音楽 
(了)



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(33) スリーアウト。1

2004年11月22日 | 小説+日記
 高橋は目を閉じる。息を深く吸って、ゆっくり吐く。
 再び目を開けると、自分が、電車の中で、つり革につかまっていることに気付く。さっきまでの、激しい頭痛は治まっている。窓の外を、景色が流れていく。杉山美香が、高橋の服の袖を引っ張りながら、「大丈夫?」と聞く。ああ、だいじょうぶ。ちょっとめまいがしただけで、べつに、なんともないよ。とりあえず、新宿で、服と本を買って、それからバスにでも乗って、海のほうにでも行こうか。高橋君、そんなに無理しちゃっていいのかな、と杉山美香は言ってみるのだが、高橋がその気になっているなら、多少、無理させちゃえ、高橋君が優しいときなんて、滅多にないんだから、と思う。

 高橋と杉山美香は、デパートの中の書店で、英会話の勧誘につかまっている。もしよかったら、いまから、ご一緒に教室のほうへ行きませんか? そこで、かるくテストを受けてもらって。すぐ終わりますよ。授業も体験できますし。かるいものですから、どうですか、お二人でいらっしゃれば。高橋と杉山美香は顔を見合わせて微笑む。
 はい、ここまでは、営業用のトークでした。美香、じゃあ、後から、また連絡するね、ちょっと遅れるかも知れないけど、いいよね。英会話の営業の女性は杉山美香に軽く合図する。ほらね。ユキちゃんでした。高校の同級生。杉山美香は高橋にささやく。随分、君も顔が広いね。そりゃそうよ。ただ、ぼーっとしてたわけじゃないもん。

 なんだか眠い。なら、寝ちゃいなよ。バスから見える夜景も結構いいもんだね。いいから、いいから、高橋くん、寝ちゃいなよ。ああ。

 ユカリのナイスバッティング! 略して、ユカナイ。栗山っち、もう一球。たのむぜ、ど真ん中へストレート。へいへい、栗山っち、ビビるなよ。ほーら、ほらほら、ユカナイ。
 ユカリちゃんにはかなわないなあ。いやいや、たいしたことないっス。ちょっと調子に乗ってたっス。ユカリちゃん、これからどうする? おっといけない、バイトの時間が近付いてるっス。あ、ユカリちゃん、まだパン屋で働いてるの? いいじゃん、今日は休んじゃえ。だめっス。わたし、パン、好きっスから。結構、責任感強いんだなあ。せっかく会えたのに。申し訳ないっス。じゃあ、送ってくよ。あ、ありがとうございます。
 栗山っち、優しいな、優しいな。でも、わかってますよ、栗山っち。そんなにたやすくバイト先へは送ってくれないってことぐらい。ばればれっスよ、栗山っち。ほらきた、国道。ほらきた、怪しい建物。ほらほら、車、入ってくよ。やっぱ、栗山っち、やってくれるねえ。

 午後6時を過ぎるとすっかりあたりも暗くなり、ネオンはちかちか輝くのだけど、高橋君はスースー、寝息を立てちゃってるし、バスは揺れるし、私の化粧はうまくのってない。
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閑話休題。

2004年09月11日 | Weblog
デニーズ国分寺店にて。

ユカリ「すんまへん。遅刻しました。すんまへん。丸井で、服、見てたっス。そしたら、そしたら、時間が経ってました。すんまへん。あ、わたし、アイスティーで」
一郎 「いいっス。別に」
ユカリ「なんか、一郎さん、ウキウキしてませんか? おっかしー。なにか、おかしー」
一郎 「あら、お気付きになられましたのね、ユカリさん。あたくし、明日、デートなんざますの」
ユカリ「うわっ。いいじゃないですか。どんな人なんですか?」
一郎 「そりゃ、かわいいっスよ。もう、メロメロっス」
ユカリ「‥‥」
一郎 「で、なんだか、ふにゃふにゃしてるんですけど、ぱしっとしてて」
ユカリ「‥‥」
一郎「そんで、目がかわいいですね」
ユカリ「‥‥」
一郎 「あ、聞いてる」
ユカリ「すんまへん。メール打ってました」
一郎 「‥‥」
ユカリ「悪気はナッシング」
一郎 「‥‥あ、アイスティー二つお願いします」
ユカリ「あと、ブラウニーチョコサンデー」
一郎 「じゃあ、それを」
ユカリ「あと、クリームあんみつも」
一郎 「はい、はい、以上で。はい」
ユカリ「ごち。ごち。ごち。」
一郎 「そんなに食べたら太るよ」
ユカリ「あら、そうですわよね。一郎さんはご存知ないですわよね。はい、そうでしたね」
一郎 「栗山っちと付き合ってんでしょ。それぐらい、こちらの情報網はキャッチしてます」
ユカリ「あ、聞きました?」
一郎 「本人から、直接、聞いております」
ユカリ「栗山っち、最高っスよ」
一郎 「‥‥」
ユカリ「栗山っち、すごい、照れ屋さんですよ」
一郎 「‥‥」
ユカリ「腕、太いんですよ。で、爪がなんかこう、ピキピキしてんの。ピキピキ」
一郎 「‥‥」
ユカリ「あ、一郎さん、聞いてます?」
一郎 「すんません、メール読んでました」
ユカリ「‥‥」
一郎 「‥‥」
一郎・ユカリ 「(爆笑)」
ユカリ「すみません、トイレ」
一郎 「あのお、水ください。それから追加で、鶏肉のみぞれ煮」

襲い掛かる恋愛の魔力で二人はバカ寸前。 一郎のデートは? ユカリの栗山への愛は? どうなる、一郎?! どうする、ユカリ?!

次回の読みどころ

 杉山美加っちは、ホテル・ノーチラス。死んじゃダメです、高橋さん。ユカリと栗山っちは、もうラブラブ。最近登場しない、永田は? 羽田は? そしてナカムラは? 次回を待て! 


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(32) インディアン・サマーの前。 3

2004年09月10日 | 小説+日記
 ユカリはパン屋でのバイトを終えると自転車をこいで駅まで向かい、急行に乗って帰ってくる、栗山を待っている。もしもし、ユカリです。今、駅にいます。この留守電聞いてますか? 聞いてたらメールください。今、どこですか? ぱくぱくぱくぱく。しばらくして、ユカリの携帯にメールが届く。「名古屋は楽しかったよ。もうすぐ着きます。ユカリちゃん、荷物を縛るゴムひもは持ってきた?」。ユカリは再び、栗山に電話する。着信音がしばらく鳴った後、留守番電話サービスに切り替わる。はいはい、了解。ひもはもってきてるよ。はやく帰ってきてね。ぱくぱくぱくぱく。以上でーす。さっき、着信してるとき、栗山のポケットの中で、携帯がブルブル震えてたんだろうな、と思うと、ユカリは楽しくなってくる。きっと、くすぐったくて我慢できないぜ、栗山っち。もう一回、わたし、かけちゃいます。ごめん。ユカリはまた栗山に電話をかける。着信の合図が鳴る。しばらくして栗山が電話に出る。おいおい、着いたよ。もうすぐ改札。はい。栗山さん、待ってますから。はい、はい。改札に、旅行かばんを二つ携えた栗山がやってくる。ユカリは手を振る。栗山は笑顔で応える。ユカリちゃん、お待たせしました。お土産もあるよ。あ、ちす。ども。それ、持ちます。いいよ、いいよ。俺、自分で持つから。二人は駐輪場で、ユカリの自転車の荷台に旅行かばんをのせ、ゴムひもでくくりつける。じゃあ、この自転車、俺が押していくよ。いや、いいっスから。わたしが、やりますから。ユカリちゃんも相変わらずだなあ。電車の中で、携帯をあんなに鳴らされたのは初めてだよ。ユカリは心の中で、まばゆい光に包まれたかのようなときめきを味わう。やさしー、やさしー、栗山っち、やさしー、ぜんぜん、おこらないでやんの。すげー、やさしー。栗山は、ユカリが自転車を押している後ろで、荷台を支える。ユカリちゃんは、俺と二人になると口数減るんだね。なんだか、ユカリちゃんって面白いね。いや、そんなことないっス。なんか、照れるんだけど。あれですよ、愛の表現ですよ。栗山さんへの愛の表現です。栗山はそれを聞いてクスクス笑う。ユカリは自分で言った台詞に耳を真っ赤にする。それで、ユカリちゃん、留守電の「ぱくぱくぱくぱく」ってなんだったの? あ、それも愛の表現っス。ユカリちゃんは、楽しいね。そういう人って、俺も好きだな、すごく。やりー、やりー、栗山っち、わたしに惚れてる。ぜってー、惚れてるって。うれちー、うれちー。不幸なユカリへ、幸せなユカリから、幸せパンチ。ユカリパンチ。通称ユカパン。あの、栗山さん? なに?ユカリちゃん。栗山さんは、そういうことは好きですか? え?そういうことって?え?そういうことって?と杉山美加は高橋に尋ねる。だから嫌いなわけじゃないし、君に魅力が無いわけじゃ全然無いんだよ。じゃあ、安心していいの? もちろん。良かったあ。杉山美香は高橋の横に転がる。天井の一メートルを超える大きさの鏡が二人を写しだす。部屋に流れる勇壮な音楽が急にカウントダウンに変わる。「ホテル・ノーチラスは緊急事態。全員、配置に着け!」。ナレーションが聞こえる。5、4、3、2、1、0。ゼロと、ナレーションが告げた瞬間、爆発音とともに、ストロボライトが炊かれる。チカチカするなかで、高橋の動く姿がストップモーションに見える。きれいだな、と杉山美香は思う。そして、部屋は徐々に明るくなっていく。「作戦終了。作戦終了」。301号魚雷室は、急に静かになり、赤い照明でぼんやり照らされている。ずいぶん、派手な部屋だね、ここは。高橋は笑いながら、杉山美加の髪をいじる。さっきの話なんだけど。ああ、その話か。だからね、事故のせいで、機能不全になったんだよ、うん。だから、君の魅力とか、君のことが嫌いとか、全然、関係無いの。治らないの? わからない。困らないの? ぼくは困らないけど、相手は困るんじゃない? わたしは困らないよ。そういうことは無くてもいいもん、ぎゅっとしてくれれば。ぎゅっとしてるだけで、済むといいけどさ。出来ないときは他のことが、いろいろ出来るようになるもんだよ。そう言うと、高橋は杉山美加に覆い被さる。最中に、高橋の頭の中には、ホテル・ノーチラスの屋上のことが蘇る。まあ、あのとき、ぼくは死んじゃったようなもんだもんな。何回死にそうになってんだよ、おれ。まあ、今回は自分の意思だから、意味合いは違うけどね。杉山美加は、高橋の肩に噛み付いたり、背中をぱちぱちと叩いたりしながら、なんだか、高橋君は面白い人だよなあ、と思う。高橋君とはなんだかんだといろいろあったけど、なんだか、奥が深いし、一緒にいても全然飽きないなあ、と思う。わたしが高橋君と初めて会ったときから、高橋君は高橋君だけど、絶対に中身は同じ高橋君じゃない。毎日のようにころころ高橋君は変わる。わたしも変わったのかな。そう、強くなったもん、強くなった。杉山美香は高橋の首に抱きつく。高橋の首から背中が汗で濡れている。再び、部屋は暗くなり、計器が点滅した後、「魚雷発射用意」とのナレーションのあと、すさまじい爆音がとどろく。
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閑話休題。

2004年09月10日 | Weblog
ユカリ「こんにちは」
一郎 「こんばんは」
ユカリ「あ、こんばんは」
一郎 「あの、遅刻とか、そういうのは、いいんですよ、慣れてるから。でも、今、何時でしょう? 時計読めるかな? ほら、この短い針が時刻の『時』の部分ね、で長い針あるでしょ、これが『分』なのね」
ユカリ「なんか、すごい、嫌味」
一郎 「あの、時間もあれなんで、テレコ回していいですか?」
ユカリ「なに? 『テレコ回す』って」
一郎 「録音はじめていいですか?」
ユカリ「はい、別に。一郎さんのお好きなように」
一郎 「うわ。すげー、むかつく」
ユカリ「おあいこですぅ」
一郎 「あの、本題に入っていいですか?」
ユカリ「はい」
一郎 「あんた、クビ」
ユカリ「はいはい。都合が悪くなったらクビですか。はいはい」
一郎 「じゃあ、荷物まとめて」
ユカリ「うん。お世話になりました」
一郎 「なんつって。引越しセンターでも呼びますか」
ユカリ「引越し祝いに、そばでも注文しますか」
一郎 「あー。おもしれえ」
ユカリ「受けるー、受けるー、おもしろい」
一郎 「はい、今月のお給料です。明日からもがんばってください」
ユカリ「あ、どうも。ちす」
一郎 「で、給料袋の中は五円玉一枚」
ユカリ「うわ、ほんと。受けるー、受けるー。すごい受けたんですけど。あー、おなか痛い」
一郎 「まあ、要するに、疲れ気味ってことですわ」
ユカリ「ああ、そんな感じする、するー」
一郎 「では、皆さんによろしくお願いします」
ユカリ「そういうの、得意だから。だいじょーぶ。だいじょーぶ」

 謎の発言を残して、ドトールコーヒーから立ち去った一郎さん。そして、残されたユカリの運命は? 

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(31) インディアン・サマーの前。 2

2004年09月09日 | 小説+日記
 なんだか、疲れちゃった、と杉山美加は言う。ここから、家に帰るまで、どれくらいかかるかな、三、四時間かかっちゃうかな? そんなにかからないとは思うけど。いいよ、美加、ここら辺に泊まろうよ。なんだか、いろいろあるけど、高橋君はどこに泊まる? ぼくは別にどこでもいいよ。そういう場所には何のこだわりも無いから。じゃあ、あの潜水艦のネオンのホテルがいいな。ホテル・ノーチラスと書かれた看板をくぐって、中へ入る。なるべく安い部屋を探して、その部屋の写真についているボタンを押し、鍵を受け取る。「お泊りですか?」「ええ」「301号魚雷室です」「え?なんですか?」「301号魚雷室です」「あの、301号室、ということですか?」「まあ、そういうことですが、301号魚雷室なわけです」。ふたりはエレベーターにのり三階へ向かう。高橋は途中で、きつく美加の手を握る。痛いよ、高橋君。痛いってば。じゃあ、美加、キスして。馬鹿じゃない? と美加は笑いながら高橋にキスをする。部屋の入り口の上に「301」と書かれたランプが赤と青に点滅している。ドアを開けると、部屋の中には、パイプが張り巡らされていて、計器類があちこちに取り付けられてあり、メーターが揺れている。随分、凝った作りだね。わたし、座りたいんだけど、椅子とかソファーは無いのかな? と美加は言う。あれかな、あの狭い二段ベッドが椅子代わりかな? なあ、美加、そうじゃない? じゃあ、そこで寝ろっていうの? いいや、ベッドはほら、向こう。高橋が指を差した先には巨大なベッドがある。うわあ、四、五人、眠れちゃうんじゃない? すごいなあ。美加と高橋は、二段ベッドの一段目の上に座って、テレビを見ている。高橋は、思いついたように、ちょっと俺、外に出てくる、と言う。どうしたの? お買い物? まあ、そんなところ。美加は怪訝そうな顔をする。高橋はフロントに電話して、ドアを開けてもらう。じゃあ、すぐ、戻ってくるから。はあい。高橋は建物の階段を見つけると、上へのぼる。八階で階段は終わる。高橋が、八階にある、鉄の扉を開けてみると、そこは屋上で、暗闇の中で巨大な潜水艦の模型に赤いネオンが光っている。高橋は潜水艦に近寄って、ポンポンと胴体を叩く。下を覗くと、ホテル・ノーチラスの前の道路を、何台もの小さい車が行き交っている。さて。高橋は屋上の縁に腰を掛け、足を空中にブラブラさせる。今、飛び降りた方が、良いのかな? それとも。高橋は考える。まあ、いろいろあったけど、楽しかったし。頭痛がして、もう何も書けないかもしれないけど、そこそこ納得は出来てるし、美加はかわいかったし、まあね、そんなもんでしょ、人生とか、そういうものって。だから、いいんじゃないのかな、今、飛び降りても。足をブラブラ。痛いなあ、まだ痛むよ。手術跡を撫でる。何だかどうでも、いいや、別に。ねえ、ちょっと待ってくださいよ、そりゃないっスよ、と高橋の耳に、若い男の声が聞こえる。高橋さんがそういう風になっちゃったのは、こっちの責任もあるんですから、困るんですよね、そういうの。だから、お返しが出来るまで待っていていただきたいんですよね。とうとう幻聴まで聞こえるようになっちゃったかな、と高橋は思う。高橋さんも空手とか、やられたらいかがですか、楽しいもんですよ、体も丈夫になるし、当然、喧嘩も強くなるし。高橋はなんだか、可笑しくなってきて、その幻聴に返事をする。うん、わかったよ。空手、やってみるよ。ずいぶん変わった幻聴だな、と高橋は笑いをこらえる。そうですよ、空手、ぜひ。いい道場、紹介しますから。ありがとう。だから、まずは、部屋に戻りましょうよ、ね、高橋さん。高橋さんがそんなことじゃ、ナカムラさんだって悲しんじゃいますよ。ナカムラ? ナカムラかあ。そうだよな。あいつは絶対、人一倍悲しむ奴だもんな、わかった、わかった、幻聴さん、ありがとう。部屋に戻るよ。わかったよ。幻聴だ、なんてひどい扱いですね、判ればいいんですよ、わかれば。高橋は階段を下りて、フロントまで行き、部屋のオートロックを開けてもらう。「301号魚雷室、ただいまロックを解除致しました」。ドアを開けて中に入ると、美加は二段ベッドで、テレビをつけたまま横になっている。高橋は、彼女の頬と髪を撫でる。耳を美加の胸に当てて、心臓の鼓動を聞く。それから、彼女の手を握る。美加の目が急に開いて、寝てると思ったのか、このスケベ高橋。そう言って、高橋に飛びついて抱きつく。帰ってくるのが遅いから、心配したよ。こっちもいろいろあるんだよ。男の事情。なによ、それ。美加、早く、休もうよ。高橋君が、休もうって言って、素直に休んだためしはないじゃん。そりゃ、当たり前だろ、こういう場所なんだから、覚悟しておけよ、と言って高橋が部屋の明かりを消すと、計器類が、細かく緑や赤や青に点滅して、スピーカーからサイレンの音や、勇壮なマーチが流れ出す。なんだか変なホテルだな、と美加はポツンとつぶやく。高橋が、まあ何事も、結果良ければ、全て良し、うん、素敵なホテルだよ、と答える。ほんと、素敵なホテルだよ。
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(30) インディアン・サマーの前。 1

2004年08月30日 | 小説+日記
 高橋と杉山美加は、ふたりで観覧車に乗っている。下の客室では子供連れの家族が、上では年の離れたカップルが、窓の外を眺めている。ねえ、高橋君、どうしたの、黙り込んじゃって。いや、別に。ほら、ディズニーランドが見えてきた。あれが、スプラッシュマウンテン。ほら、海。すごい、すごい、海、すごいね。ねえ、ほら高橋君、海だよ。高橋君、海好きじゃん。僕は海、好きだよ。ね、ね、好きでしょ、いいよね、海、広くて、青くて。船、船、ほら、昔の船。なんて言うんだっけ?帆船だよ。そうそう帆船。うわあ、よし!くぁ!と高橋は声を出した後、首を振って、両手で頬を叩く。どうしたの、高橋君?!びっくりするじゃん。いや、ごめん、目が覚めた。寝てたの?いや、そういうことじゃなくて。なあ、美加、キスしよう。いいよ。下の窓から子供がのぞいている。美加、あっちが新宿?そうだね、だから、あのあたりが、事務所かな。そうだろうな。じゃあ、あっちが俺の家あたり?それで、その向こうが美加の家かな。うん、そうだね、高橋君の家だね。美加、もう一度、キスしよう。うん。下の客室で、子供がこちらの二人を指差し、窓を叩いてはしゃいでいる。親がそれを止める。高橋君、見世物じゃないんだから。ごめんごめん。ねえ、ほら、あれがスプラッシュマウンテン。そうだね。なんだか、ここ、傾いてない?ほんとね。そろそろもっとも高い位置に到達します、とアナウンスが流れる。水族館があそこで、あっちがスプラッシュマウンテンね。美加、ディズニーランドにこだわるね。だって、いっしょに行きたいじゃない。いいんだよ、別に行ったって。なんか、とげのある言い方するのね。杉山美加の携帯電話が鳴る。杉山美加は、着信の相手の表示を見て、留守番電話に切り替える。いいんだよ、出たって。例のあいつからよ。うちの事務所の羽田君。もう、ほんとにしつこい、しつこい。ふん、いいじゃん、そいつとディズニーランドに行けば。美加とだったら、美男美女で、さぞかし、ミッキーとミニーも嫉妬するんじゃないの?うわ、なんか、いやな感じのこと言うのね。でも、明日、羽田君と仕事で会うのよね。憂鬱、憂鬱、すごい憂鬱。いいんじゃないの?別に。変に意識するからだめなんだよ。ほおっておけよ。そう、出来ればいいけどね。出来ないかもしれないの?そんなんじゃないけど。だから、当分、俺とどこかに行こうって言ってるのにさ。無理よ。わたし、仕事好きだもん。俺より?うーん、ディズニーランドよりは好き。ほら、スプラッシュマウンテン。おい、美加、ごまかすな。ごまかすなよ、しっかり、数えろよ、空手青年。ナカムラはソファに横になりながら、計算機にむかっている空手青年を眺めている。ナカムラさん、どうします?結構な額になりますよ。じゃあ、とりあえず、適当に手続き済ませて、うまく流して、あとは、あっちにお任せ。どうする?お前、リムジンでも乗る?あんまり、そういう無駄使いはいやだなあ、成金みたいじゃないですか。しょうがねえじゃん、成金になっちゃったんだから。税金対策にいろいろ使うよ、悪いけど。ナカムラさん、そういうの嫌いじゃなかったの?いいの、いいの。とりあえず、次の仕事をうまく仕切れれば、なんてことはないよ。ナカムラさんにそういう才能があったとはね。いや、才能は全然無いよ。とりあえず、もうどうなったっていいと思ってるから、変な度胸がついちゃってさ。ふん、そんなもんですかね。そんなもんだよ。
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