埼玉のおじいちゃん社長不動産コンサル奮闘記

賃貸、売買、格安、不動産に関する最近物件情報や川口、蕨、戸田市を中心に物件情報の提供

5月22日(月)のつぶやき

2017-05-23 05:05:31 | Weblog
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長寿の秘訣?

2017-05-22 10:07:23 | Weblog

83才を迎えようとしている私は最近「長生きの秘訣は何か?」とよく聞かれるようになりました。自分ではさして長生きしていると言う自覚症状はないのですが、周りの人がそう聞くところを見ると、平均寿命位は生きたのだから、やはり長生きの部類なのかな?と言う気がしないでもありません。若い頃肺結核を患っていたので、とても70才までは生きられないと思っていたので、10年以上も前に、夫婦で公証人役場に行き公正証書遺言書も作成済みなのに、幸か不幸か、未だお呼びがかからず、人生最後の10年間の計算が狂って、年金の少なさに苦しんでおります。

そこで、長寿の秘訣って何だろうと自分なりに自分に問合わせてみましたら、答えは次の様な事になりました。

1.年をとったら、くよくよしない。

2.楽しい事を考える。

3.物忘れは良い方なのですが、自分にとって都合の悪いこと程、早く忘れる様に自分から       

  努力すること。    

4.相続などの心配などをするよりは、

  A.全部使って無くしてしまうか、

  B.大きな借金をしてしまうこと。

5.TVも最近はあまり面白くないので、くだらないニュースを見続けるよりは、時代劇に切     

  り替えて、「水戸黄門」や「大岡越前」等の様な、主人公が幾らピンチであっても必ず 

  最後迄は生き残って勝つという、安心して見れるものにする事。

6.競技を見るときは、カメレオン式応援法をもちいること。

  私のあみだしたカメレオン式応援法とは、以下の通りです。

 カメレオン方式応援法によれば、私の応援するチームは常に勝ちます。なーんでか?

それは勝っている方を常に応援するからです。試合の途中で自分が今まで応援して来たチームが負けかけたら、即相手のチームに乗り換えて応援すれば良いのです。

 選手の一挙手、一投足に杞憂しても、返って自分の精神上身体に悪いので、即乗り換えて相手側を応援します。そんなの本当の応援じゃ無いよと周囲から皆に言われますが、他人が負けたからと言って自分の血圧まで上げて不快になることはないのです。

 どうしても試合の経過が知りたかったら、試合が終わってどちらが勝ったか聞いてから、納得してTVニュースを見ればいいのです。

 何だか薄情の様にも聞こえますが、負けていたチームが勝った時は、負けた悔しさをバネに頑張ってのだから逆転したのだとその頑張りを讃え、今まで勝ってきたチームが負ければ、勝ったチームよりは努力が足りなかったのだからと、今度は勝ったチームの努力を讃え、即乗り換えて応援すればいいのです。

 例えば女房は、学生時代に早大の野球部で優勝した時の、キャチャーをしていた兄の影響もあり大学野球は早大、プロ野球は巨人と決めているようですが、私はそんなことには関係なく、女房と観戦中に、私が応戦するチームを替えようとすると、貴方は「敵か身方か」と口論に成る事も有りますが、明日からの食事の事を考えると、女房と喧嘩しても何も得することが無いので、他の部屋に退散する事にいています。夫婦円満であることも長寿の最大の秘訣であるかも知れません。 

 (株)市川不動産

 

 

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5月15日(月)のつぶやき

2017-05-16 05:18:45 | Weblog
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高層マンションの問題

2017-05-15 11:35:16 | Weblog

昨年は高層マンションで階により同じ面積でも同一の固定資産税の徴収はではおかいのではないのか?高層階は固定資産税徴収額が割り増しでも良いのではないか?という増税問題でしたが、今年は老朽化したマンションを建て替え安くするために地域を指定して、割増し容積率を認め、高層化できるようにして、デベさんの出番を作り耐震化しょうと言うものでした。以下新聞記事を見てみましょう。

 H28/10/25の朝日によれば、マンション高層階増税検討のタイトルのもとタワーマンションの所有者にかかる固定資産税について、政府・与党は「高層階ほど増税、低層階ほど減税」にする検討を始めた。

 フロアー毎に資産価値は違うのに、どの階も床面積当たりでは同じ税額となる不公平感や、一部の富裕層が相続時の節税に使っている問題が指摘されていた。―中略―新築マンションは階に応じて固定資産税を増減する方向で調整中だ。1棟の課税額はかえない。

 H29/4/26の日経によれば、都が容積率緩和と言うタイトルで、東京都は老朽化した分譲マンションの建て替えを促進するため、容積率を緩和する。1981年5月までの「旧耐震基準」の建物が対象で、建て替え後の戸数を増やせる様にして民間のデベロッパーが参加しやすくする。分譲マンションは区分所有者が多いため建て替えが難しい。都内には、旧耐震の分譲マンションが約1万棟有り、建て替えが進めば全国への波及効果も期待される。と報道されました。

 ―中略―都は17年度、容積率の緩和で都市開発を誘導する「総合設計制度」の運用を見直す。具体的には土地毎に定められた「基準容積率」の上乗せされる「割り増し容積率」の上限を、これまでの300%から400%に高める。―中略―指定した地区内の旧耐震マンションは、周辺の共同建て替えを条件に容積率の上限緩和を受けられる。

 ―中略―例えば敷地面積3,000㎡の土地の容積率が100%高まれば、単純計算で広さ75㎡のマンションを40戸多く供給出来る。建て替え事業の収益性が高まり、不動産会社等が再開発に加わりやすくなる。

先ず区市が計画を定め、それに基づいて都が対象地域を指定する事から始まり、周囲との共同建て替えを条件に容積率の上限緩和を受けられる。といういくつもの関門があり、それをいちいちクリヤーするには時間と資本が続かなければためで、大手デベロパーの出番となりますが、民間資本の活用をしようという企画で、耐震化をより早く達成しようというものです。

 大前研一氏はその著書で、最近建築技術が特に向上しているのだから、都心に経済特区を設け容積率や高度規制を撤廃すれば高層ビルが出来もっとやりやすく自由な住宅の選択が出来るようになると提唱していますが、だらだらと個別にいじくり回すのでは返って大手デベの出番を作るだけで庶民はあまり浮かばれ無いと思います。

 阿倍政権が続く限り、こんな事の繰り返しで、中間所得層がだんだん無くなり、大手企業のみが元気になり、我が国全体の元気が失われて行く様な気がしてなりません。

 (株)市川不動産

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5月8日(月)のつぶやき

2017-05-09 05:18:37 | Weblog
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目撃!にぽん 旅立ちの春

2017-05-08 09:43:46 | Weblog

去る4/23のNHKの早朝番組(6Am~)を見ていましたら、多分フィリピン人だと思いますが、父を2年前に失った翼(ツバサ)(兄)君と4才違いの弟、勝(勝る)君の兄弟が兄弟揃って働きながら、兄は夜間高校を、弟は昼間の高等学校を同時に卒業する話が紹介されました。

 兄弟は、兄の翼君が高校2年の時父を失い、当時はバイトをしながら兄は夜間高校に、弟は普通高校に行ってしたが、生活が苦しくなって、自分は夜学をやめる決心をして、弟と相談したとき、弟はこれまでの兄の苦労もしているので僕もアルバイトしながら頑張るから、兄さんの学校をやめないでお言われ、以後二人はタックルを組み貧乏生活に耐えながら今年2人は揃って社会人になるというお話しでよかったと思います。

 この2年間の彼等は、弟が朝食を作って兄を起こし学校へ、朝食を終えた兄はアルバイト先の食堂に仕事に行き、昼過ぎに兄が一旦帰宅し夕食を作り、弟の帰宅を待って2人で夕食を取った後、兄は夜間高校へ、弟はアルバイト先へ向かい兄は学校が終わった後も一杯飲み屋に変身する食堂へ行き深夜まで仕事をし、弟はアルバイトから帰宅するとすぐ寝て明日にそのそなえるという毎日で、夕食時のみが2人で話せる至福の時間の毎日です。

 兄さんは父を亡くして困った時、食堂の店主から「本当に困って食えなかったら家に来い2人位何とかなるだろう」と声をかかられ、その一言に助けられ無事卒業までこぎ着けたと言って店主に感謝しており、店主はよくやったと誉めていました。

 卒業の日は、兄が弟の父親代わりに、弟の卒業式に出席し、弟は卒業生を代表して赤い羽織袴を着て答辞を読みましたが、この2年間の苦労話もチョット入れ、ほろりと来る場面もありましたが、今度は背広に着替えて、兄の卒業式を一目見ようと駆けつける弟の姿が父兄席にありました。

 見ていてああ良かったと思えるような番組でした。こうした番組をもっと多く放送すれば非行も少しは減るのではないかと思いました。HNKさん久し振りに感動をいただき、有り難う御座いました。

(株)市川不動産

 

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5月2日(火)のつぶやき

2017-05-03 05:27:45 | Weblog
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羽生、ヘルシンキで大逆転でV、更に代々木の国別対抗でも1位

2017-05-02 09:08:29 | Weblog

去る4/2の朝日によれば、フィギャスケート男子の羽生結弦(ANA)が1日、フィンランド・ヘルシンキで開催中の世界選手権で総合321.59点を記録し、3大会振り2度目の優勝を決めた。ショートプログラム5位の羽生結弦(ANA)は自身の持つ世界最高記録を塗り替える223.20点を出し、合計321.59点で3大会ぶり2度目の優勝を逆転で果たした。2度目の優勝は日本男子では初。SP2位の宇野昌磨(中京大)はフリーテで214.15点の2位となり、合計319.31点で2位に入った。日本男子が1.2を占めるのは、2014年大会(さいたま市)以来。と報道されました。

 叉、昨年は7位に終わった大舞台で、宇野は大きく成長した姿を見せつけた。自己最高を20点近く上回り、総合2位、で「ユヅ(羽生)君に勝てるような実力を付けたい。それだけが僕のモチベーション。それは、これからも変わらない」と報道されました。彼の祖父は洋画家の宇野藤雄氏だそうです。(週間新潮4/6号・山本富士子の対談より)

 同紙では、右手の一差し指を天に向かって突き上げた。羽生が王座に返り咲いた。限られた選手にしかできない4回転ループも、今季これまでの全5試合で失敗していた4回転サルコー3回転トーループ、も完璧に決めた。

 集中し、自分の世界に入り込んだ。「風の中や川の中にドブンと入っている感覚、自然の中にとけ込んでいる感覚だった」。最後のスピンで会場は総立ち。歓声と拍手の渦になった。

―中略―少し簡単なジャンプにしてミスなく滑れば、他選手を上回る地力がある。それでも羽生は現状維持を拒否した。

 -中略―挑戦する。向上する。何度、頂点に立っても、羽生の流儀を貫いた。「限界を作らず練習できたこと、限界を高められた事が収穫」と今季を振り返った。

 と言うが、私もTV見ていて、本当に素晴らしいと感動しました。有名な選手であっても、勝っているのだから、無難にまとめて優勝を目指す選手が多い中、自分とも安易な妥協はせず失敗を恐れずに頑張る、本当の意味でのチャンピオンの姿勢を見せてもらった事に感動しました。そしてこの場を借りて惜しみない拍手を送りたいと思います。

羽生選手、おめでとうございました。そして素晴らしい試合を見せて頂き感謝します。

 日経4/21によれば、フィギュア国別対抗競技4/20東京・代々木競技場で開幕し、男子ショートプログラム(SP)で世界選手権2位の宇野昌麿(中京大)が103.53点で1位になるなど、順位点によるチーム得点で日本が44点で首位発進した。世界選手権王者の羽生結玄(ANA)はジャンプのミスが相次ぎ83.51で7位だった。「明日は明日フリーで力を出し切りたい」と報道されました。4/1フィンランド・ヘルシンキでショート5位の羽生はフリーで叉大逆転をして優勝しましたが、今回もSPで7位と出遅れ、フアンをドキドキハラハラさせました。

 翌2日の朝日によれば、羽生フリー1位王者の意地というタイトルのもと、前日のSPで7位に終わった羽生を突き動かしたのは、それだけだった。と報道。合計点では宇野に及ばなかった。それでもフリーは唯一の200点を超えた。今回はもともとSPとの合計点で順位を競う試合ではなかったそうで、羽生が前日7位だったのに、今回1位と報道されたのだそうです。

 普通の選手なら高得点を取った時以後はペースを落としてでも守りに入るのが普通ですが羽生選手は失敗を恐れず常に難しい課題を見つけ挑戦し続ける姿勢を崩さないところが好きで見ているのですが、肝心な所で、失敗を見るのがいやで目をつぶってしまたり、何のための応援か分からない傾向が年を取ると増えてくるので、最近は勝ったのを確かめてから、ニュースを見るようにしています。そのほうが精神衛生上も良いと思うようになりました。叉、何時も勝っている方を応援する遣り方に切り替えました。これを自分で名付けて、カメレオン型応援法と言っています。

 (株)市川不動産

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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4月29日(土)のつぶやき

2017-04-30 05:36:48 | Weblog
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迎賓館見学バスツアー

2017-04-29 10:00:48 | Weblog

去る9/27、2週間位前に新聞を見て参加する事に決めた、「国宝・迎賓館赤坂離宮 本館内部一般公開」バスツアーに私達は夫婦で参加しました。

 先ず赤羽の第一集合場所で、前日にもお電話を頂いた、牛坂景子添乗員様と会い登録を済ませ見学場所のパンフレトを貰い本日参加の人達が揃うと、バスは7.40Am出発、王子の弟2集合所で叉何人かが乗り込したみ、第3集合所は板橋区役所前で、最後は池袋東口サンシャインの裏から乗客全員約30人が揃ったところで8.40Amやっと迎賓館に向けて出発しました。

 バスの中でガイドさんの細かい説明がありました。例えば最初バスをおりたら、集合場所へ行きクラブツルーリズムの団体集合場所で参加者は茶色のマークのバッチを目立つところに付け、ガイドさんの旗印を頼りに2列に並び、その後順番が来たら、道路を渡り今度は4列になり、その後2列、最後に入門するときは1列で入門し、叉手荷物検査等のための待合所で2列になり、最後は1列で、身につけている金属類は手持ちカバンに入れ検査台にのせ、カバンの中が見えるよう口を開いて検査官の検査をうけ飲みかけのぺットボトルの水は検査官の前で一口飲んで人畜無害を証明して見せるという厳しさ、そして人間様の方は電波探知機のゲートを潜って手提げカバンを再び受け取るという海外旅行の税関カウンター並みのチェックがあるのにはびっくりしました。これは次の国会見学のときも同様でした。

 館内では、1人ずつローカの真ん中を歩くか、手すりの有るところは手すりを伝って移動する様に注意が有り、チョットでも壁に振れたりすると係員から注意をされますと言われ、笑うに笑えない現実がありました。

 見学コースの最初は朝日の間からだったのですが、現在改装中なので見られず、花鳥の間から見て、ガイドさんの旗に続いて進むのですが、部屋にはいると専門係員からの説明が有り、次へという具合でした、彩鸞の間はローマのルーブル美術館の様な内装でシャンデリヤとか天井の壁画とかまるでフランスのルーブル美術館の中にいる様でした。次が羽衣の間でしたが、行く途中のローカに今回見られなかった朝日の間の調度品や壁の展示があり、その壁だけは、手を触れて自由に感触をお確かめ下さいと表示してあり只一つお触り出来るものでビックリしました。

 次は羽衣の間を見て外へ出ると主庭で噴水があり、手入れの行き届いた庭で迎賓館全体の建物が見えて、写真も自由に撮れて開放感が有りました。その庭を前庭につながる門を一旦潜ると後戻りは出来ない厳しい規則のもと前庭に出て、迎賓館全体の写真を幾枚も撮りました、後は正面につながる長い道を写真に撮り、私達は迂回路を通り正面から外え出ました。そしてバスに乗り次は国会議事堂見学です。

 今回は衆議院を見学する事になり、一階の集合場所で叉ガイドさんの旗のあとに続いて入館し、今度はガイドさんの代わりに、グループ毎に館内説明のベテラン係が付いて説明を受けながら歩きますが、先ず前回同様の出国手続きのような手荷物検査を終えて、二階でもう一度集合してから、歩き始め、本会議場へ行くには90段近くも有る階段を上り下りしながら行くのですが、後からきくと今回の86才の最高齢者がエレベーターを使って階段をつかわなかったそうですが、その方の万歩計はここまでの見学コースのみで1万5000歩となったようです、これから上野国立西洋美術館と旧岩崎邸庭園を回るので我々は1万8000歩位の強行軍になるのではないかとアナウンスがありました。

 先ず国会は参議院と衆議院とに分かれているのは誰でも知っているところですが、職員の採用も別々でそれぞれに独立しているのだそうです。天皇陛下がこられるのは、会期の初めに両院の議員が参議院の本会議議場に集まり、国会開会式の当日、ご休憩所で陛下は両院の議長とお目にかかり、開会式では、衆議院議長が両議院を代表して式辞を述べ、天皇陛下からお言葉を賜るそうです。選挙後の初登院の議員が登院するときだけ前庭の正面玄関の門扉が開けられ、建物の正面入り口も、新しい議員バッチを付けて貰うときだけ開くのだそうです。通常は参義員の議員さんも衆議員の出入口から出入りし、参議員は、その昔、貴族院と呼ばれていた頃の名残がいまも風化せず残っているとの事でした。

 今回は衆議院の本会議場を傍聴席の方から眺め、2階の各党の議員控え室や委員会室等々何十室もの部屋の前を通り,最後は前庭に行き記念写真を撮る人はグループ毎に別れて時間の制限の許す限り、順繰りに行動し、終わり次第外に出てバスの待機場に向い、駐車場の一角にある事務所の中の記念の土産品売場を見て、外に出てバスに乗ると国会見学は終了です。

 バスの中で昼食弁当が配られすぐに上野国立西洋美術館に移動が開始されました。次は国立西洋美術館の見学ですが、今回世界遺産に登録され、1957年ル・コルビジュの設計で建設されたものであり、現在日本・デンマーク外交樹立150周年記念と言うことで、シャセリオー展、19世紀フランス・ロマン主義の奇才のデンマーク芸術村を展示中でした。ここを見ること約1時間。

 次は上野駅をぐるりと西へ回って、不忍池の前の通りを反対側にチョット入った道に接している旧岩崎邸庭園の見学です。ジョサイア・コンドル(1852年英国ロンドン生まれ)が明治10年日本政府の招請により来日、現東大工学部建築学科の初代教師に就任し、日本に初めて西欧式建築教育を行い、門下には東京駅の設計で知られる辰野金吾、赤坂離宮を設計した片山東熊等、近代日本を代表する建築家を育てた人です。ここでも約一時間の見学時間を取り、今度は靴を脱いでの入場でした。3.40Pmに全行程を終え、朝とは逆順で赤羽に返ったのは5.30Pmでした。

 一度見たかった迎賓館の見学が出来て、疲れましたが、良い思い出の出来た一日でした。旅行社の皆様が素晴らしいツアーを企画していただいた事に感謝し、帰宅後早々に入浴し早寝をしました。

 (株)市川不動産

 

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