今もっともはまっている作家、葉室麟さんが「蜩の記」で直木賞を受賞した。
ここで書評を・・というわけではない。
そもそも、音楽とも、ましてやチェロとも何の関係もない。
もっとも、荘厳な鎮魂曲を聴き終えたという読後感ではあるが。
その葉室さんが、産経の読書欄で書き手と読み手について書かれている。
その中で
「小説は楽器でありその作り手は素晴らしい演奏家を待っている」とし
さらに、素晴らしい聴衆(読み手)にすべてを託すというような主旨である。
それはそれとして、
先月、アンサンブルレッスンを録音し、じっくり聴いてみました。
恐ろしくてなかなか聴く気にならなかったのですが。
案の定、がっかりでした。悲惨とも言える。
最新機器というものはビデオにしろカメラにしろ、録音機にしろ、
物事を忠実に記録し再生します。
本来、音楽をすることはそんなことを前提としていないわけで、
弾いて、聴いて、それで空の彼方に消えてしまうはずなのですが、
テクノロジーがそうはさせてくれなくなった。
しわの一本一本までリアルに描き止めます。
録音したバッハのアリア一つとってみても、
4thはいきなり音程が不安定だし、鈍重な歩みで、
確かにこれでは笛子先生たち1stは弾きづらいことでしょう。
かといって、
1stを含め他のパートも信じられないほどよじれて悲鳴を上げています。
実際の練習現場ではそこそこかな・・・と感じているのに。
弾き手であり同時に聞き手でもある我々は
そもそもあまりいい聞き手ではないらしい。
本番まで1ヶ月を切った12日、あらためてその辺を意識しつつ
練習しましたが、さてさて、どうなる事やら。
まあ、生の演奏というのは、
人生と同じでプレイバックはなしということで。
ここで書評を・・というわけではない。
そもそも、音楽とも、ましてやチェロとも何の関係もない。
もっとも、荘厳な鎮魂曲を聴き終えたという読後感ではあるが。
その葉室さんが、産経の読書欄で書き手と読み手について書かれている。
その中で
「小説は楽器でありその作り手は素晴らしい演奏家を待っている」とし
さらに、素晴らしい聴衆(読み手)にすべてを託すというような主旨である。
それはそれとして、
先月、アンサンブルレッスンを録音し、じっくり聴いてみました。
恐ろしくてなかなか聴く気にならなかったのですが。
案の定、がっかりでした。悲惨とも言える。
最新機器というものはビデオにしろカメラにしろ、録音機にしろ、
物事を忠実に記録し再生します。
本来、音楽をすることはそんなことを前提としていないわけで、
弾いて、聴いて、それで空の彼方に消えてしまうはずなのですが、
テクノロジーがそうはさせてくれなくなった。
しわの一本一本までリアルに描き止めます。
録音したバッハのアリア一つとってみても、
4thはいきなり音程が不安定だし、鈍重な歩みで、
確かにこれでは笛子先生たち1stは弾きづらいことでしょう。
かといって、
1stを含め他のパートも信じられないほどよじれて悲鳴を上げています。
実際の練習現場ではそこそこかな・・・と感じているのに。
弾き手であり同時に聞き手でもある我々は
そもそもあまりいい聞き手ではないらしい。
本番まで1ヶ月を切った12日、あらためてその辺を意識しつつ
練習しましたが、さてさて、どうなる事やら。
まあ、生の演奏というのは、
人生と同じでプレイバックはなしということで。
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