日本刀の周辺

日本刀に関連した事物についての随想

刀は生きている

2017年01月04日 | 日本刀

 私はシュールなデザイナーズマンションに住んでいる。白と黒のモノトーンで構成された各部屋は、多方向から光が射し、非常に明るい。古い神社の境内のような清(さや)けさと生命感に満ちている。高度に設計された家だけが持つ美である。だが私はこの家を「刀を観る」というただそれだけの理由で選んだ。

 日本刀は北窓の部屋で観ると良いとされる。それは北窓から射す光が最も安定しているからである。
 研師の仕事場は北窓の部屋でなければならないとも言われている。
 確かに昔、北窓がある家に住んでいた時、私もそれは実感した。
 特に初心者時代、マルテンサイトの粒子が織りなす地刃の働きを感得する上で大いに役立った。

 白熱灯で刀を見ろと言う者がいるが、そんな奴はモグリだ。客に白熱灯で刀を見せる刀屋がいたら要注意である。白熱灯で刀を見せるのは刀屋が客の目を欺くために発明したトリックなのである。白熱灯では刀にとって最も重要な鉄の色が判らないし、マルテンサイトも沈んでしまって刀身の生きた景色が見えない。疵欠点も見落とし勝ちになる。第一刀全体の姿が見えない。
 そもそも日本で白熱灯が作られたのは1884年(明治十七年)。一般に使われるようになったのは廃刀令(明治九年)の遥か後だ。白熱灯自体、LEDの普及で早晩消えてなくなる、歴史の一時期点った陽炎のような灯りに過ぎない。日本刀の長い歴史において白熱灯で刀を見るなんて事はなかったのである。

 日本刀は日の光で鑑賞された時、その真価が観える。

 現在の私の家には北窓はない。
 その代わり普通の家ではあり得ない自然な明るさがある。
 実は明るすぎる光は金属を見るのに適していない。光が過剰に反射するからである。だが過剰な光の反射は日本刀を見るには好都合だ。刀の真の姿が照らし出されるからである。
 強い光の中では、凡刀は地刃の働きが潰れてただの白い鉄にしか見えないが、名刀は光を超えて尚強い輝きを発する。日光の白色とは異なる青黒い異界の輝きである。
 過剰な光に照らし出された時、マルテンサイトの粒子は殊の外浮き上がり、踊るような幽玄な情景が立ち現れる。刀が生きているように見える。否、刀は本当に生きているのだ。

 どんな初夢より楽しい、刀と共に幽玄の世界に遊んだ新年であった。

 



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