日本刀の周辺

日本刀に関連した事物についての随想

吉原義人作品の分析 日本刀のテクニカル分析とファンダメンタルズ分析2

2017年04月20日 | 日本刀

 先日「情熱大陸」というテレビ番組に吉原義人刀匠が出ていた。番組冒頭で吉原刀匠が童子切り安綱写しを作るとのナレーションが入る。私は吉原義人が童子切りを写すとは意外に感じた。そして「童子切りと言えば最高の鉄(かね)と地斑(じふ)が特徴だが、どうやって写すのだろう? 再現できれば大したものだが・・・」と強い興味を持った。
 地斑とは地鉄の中で一際深い輝きを発する部分である。地斑にはこれといった典型は存在せず、古来様々に説明されている。それほど個別的で微妙な働きである。
 地斑があると刀身全体を見渡した時、文字通り斑(まだら)に見える。地斑は湯走りと飛び焼きの中間状態であるという説と、映りの一種であるという説がある。つまり沸本位の作品に現れた地斑が前者、匂本位の作品に現れた地斑が後者である。童子切りの地斑は前者である。この種の地斑は細かい地沸が凝集してあたかも星雲のように茫洋と輝き、神秘的な美しさを醸し出す。童子切りはそれが鎬地にまで及び、空前絶後の働きとなっている。
 地斑があると刀身の硬度に斑(むら)が生じ、機能的には刀身の弾力性が増すと考えられる。古刀期にはそうやって意図的に刀身の強度を増す焼入れが行われていたのだろう。
 しかしこのような斑(むら)を作る発想は吉原刀匠のファンダメンタルズ(作り方や考え方)には無いのである。
 氏のファンダメンタルズでは刀の美とは機能美であり、冶金学的に優れた作り方が機能美に通じるとされる。冶金学的には鍛錬も焼入れも均一な方が優れており、斑(むら)がない事を良しとする。地鉄は冶金学的には混ぜ鉄よりも単一の鋼を鍛えた方が良く、氏は相州伝で行われる複数の鋼を混ぜ鍛える方法を嫌う。焼入れも冶金学的には沸・匂が均一に付く方が良いと考えており、焼きに斑(むら)が生じる裸焼きを否定している。
 一方、地斑に満ちた童子切り安綱の作刀方法は裸焼きか裸焼きに類する焼入れだったと考えられる。恐らく童子切りは刃の部分にだけ土を置き、地に土を塗らない焼き入れだったのだろう。地に土を塗らない事で焼きに斑(むら)が生じ、鎬地にまで地斑が現出したのだろう。
 吉原刀匠が自身のファンダメンタルズの対極にある童子切りとどう切り結ぶのか、私は非常に興味を持った。
 しかし氏が写したのは童子切りの法量(刃長・反り)だけで、他はいつもの自分の作風だった。模写ではなく現代の刀鍛冶からの回答といった所か。
 それも良いが、吉原義人がやるからにはキッチリと童子切りを写して貰いたかった。

 この件から言えるのは、現代刀匠に写し物を依頼する場合は作品のテクニカルと作者のファンダメンタルズを分析した上で本歌の持ち味を再現可能な人物を選定しなければならないという事である。

 吉原刀匠は職人にしては珍しく自分の仕事を理論的に説明できる人である。刀鍛冶であれほど明快に刀の話ができる人はいない。しかもカリスマ性があり、氏の話を聞くと刀好きなら誰もが「なるほど!」と目から鱗が落ちたような気がするし、刀を知らない人でも「なるほど、刀とはそういうものか」と納得してしまう。そして氏の作る刀が史上最高の名刀のように思えてくる。氏にはそうした自己神話化の才能がある。
 また氏は若い時から今日までメディアに取り上げられる事が多い。海外でも盛んに活動している。確かに一介の刀鍛冶の域を超えている。凄い事ではある。
 それだけに氏の技術や作品が実際以上に過大評価されているのも事実なのだ。
 今回のテレビ番組の童子切り写しを依頼した人も、氏の評判に幻惑されて氏の分析をしようともしなかったのだろう。
 例えば氏はメディアでは「新刀以降誰にも焼く事ができなかった映りを再現した人物」と紹介される事が多いが、実際の氏の作品に映りのある物は少ない。というより私は氏の作品で映りのある物を見た事がない。
 氏の映りは土取りと温度管理によって焼かれるもので、いわゆる地映りである。手に取って光を当てる事でかろうじて判別できる程度のものだ。古刀のように博物館のガラス越しに明瞭に見て取る事ができる映りではない。古刀の映りは裸焼きのようなラフな焼入れの結果であるが、氏のように焼入れに際して沸・匂を均一に付ける事を良しとすると自然な映りは出ないのである。だが氏の話を聞いた者は、古刀の映りより氏の映りの方が良いと思ってしまう。

 吉原刀匠の作品は氏のファンダメンタルズを端的に表しており、高度な技術力が示されている。だが古名刀の自然な美しさはない。機械のような正確な美しさなのだ。
 だが自然とは何だろう?
 現代に古名刀が作られた当時の自然はない。現代の我々は人工物の中で生きている。人工物が現代の自然ではないか?
 その意味で吉原義人の作品は現代ならではの美と言えるだろう。




ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 本物の「武士の魂」とは | トップ | 訂正および武家目利きについて »

あわせて読む