「本当に美味かったな・・・・・・・」
僕と「英兵衛」はステージ会場付近の「バル」でカフェを取っていた。
バルからは ステージを映し出す巨大なスクリーンモニターを見る事もできた、
何が美味かったのかというと、この会場に来る前の出来事である
ホテルまで我々を車で迎えに来た「佐藤氏」はさりげなく言った。
「どうだい 会場に入る前にちょっと うちの店見てってよ・・」
今までも 何度も声をかけていただいたのに スケジュールの関係で
ずっと立ち寄る事が出来なかったのである。
店内に入って 僕は息を呑んだ・・・
そう まぎれもなく 日本食レストラン「勝軍」は本物だった!!
カウンターの前には 寿司のネタが並び、中庭には日本庭園があり、
絵やら、掛け軸も全て日本なのだ。日本食レストランのほとんどが
華僑で経営されているであろうスペインで こんな繊細な場所があるとは!
案内された 僕たちのテーブルに 味噌汁とのり巻きが並んだ
佐藤氏は、またもさりげなく言う
「ちょっと食べてみてくれない?!」
これも 本物の味だった。一点の曇りもない日本の味である、
この押し付けがましさや、嫌らしさ等無縁である佐藤氏のさりげなく
そして最高の気配りは 僕の胸を打った。最後に彼は言う
「食べてくれて ありがとう・・・・」
僕は思う「この方に会えただけで この遠征は素晴らしかった・・」と
ステージの出番は刻々とせまる、僕の胸はこの世界最高の「味噌汁」のおかげで
アドレナリンが爆発しそうだった。こんなに高ぶって
「早く俺をステージに上げろ!」みたいな気持ちは初めてかもな・・・・
しかし こういう時 時間通りに出番が回ってこないのは 何ともスペインである。
予定の 夜11時?をすぎても始まる気配がないのだ、
我々は 既にステージの袖に待機していた、こうなってくると先程の
アドレナリンはどこかに消え去り 集中力すら失せてくる。
「次か!!!」という時 副市長ホアキンが舞台に上がり 何やら話し始めた
どうも カンテコンクール部門の表彰式が行われるらしい
「??? 表彰式の次に 僕たちがショーをやるの?????」
いくら何でも そんな茶番はないだろう?おまけに僕たちには何の話もない。
眠る人が出るのでは?と思うぐらい長い表彰式
やがて僕たちもステージにあがり、リーダーである関口氏が
本イベント参加の記念として盾と記念品を受け取った。
基本的には 村祭りだから このイベントに関与した人は皆舞台に上がって
何やら話して「オーーレー・・・」という時間が果てしなく続く
たぶんこの間 無礼にも僕は、ステージで「あくび」した気がする
でも隣にいた「ベンハミン アビチュエラ」もあくびしてた。
この長い表彰式がやっと終わるも僕たちの出番は来ない
行われたのは コンクール優勝者の歌と演奏だ。これも終わり さてどうなる?と
思っていたら 「ベンハミン」ともう一人のスペイン人ギタリストが席についた
「ああ ファイナルのブレリアやるのかなあ・・そうだよなあ・・・」
「むむ??? 我々の出番は自然消滅か???しかし 聞いてないぞお!!」
等の考え事をしていたらば ステージ上からベンハミンが僕を呼び隣の席につかせた。
ますます 判らない状況に僕は心細くなり彼に聞いた
「マエストロ これから何を始めるのでござりますか?」
「はあ? ブレリアに決まってるだろう!!」
そんな会話していたらば ベンハミンが凄い勢いでブレリアを弾きはじめた
何が何だかわからないけど 僕も弾きはじめた、やがて 歌が入り 踊りが入り 宴が始まる
(念のため書いておくと ブレリアというのは 12拍でテンポの速いフラメンコの形式で
ステージの最後等で即興的に行われる事が多い)
「これはもの凄く嬉しい機会ではないか??」
そうなのだ スペインでスペイン人達とステージで共演できるなんて機会はそうそうない
これを楽しまずして 何を楽しめというのか!!
僕は、エネルギー溢れる歌と踊り、そして圧倒的にドライブするベンハミンのギターに
細胞とあらゆる感性を全開にして堪能した。
「コザト」も唄い そして「関口氏」「小島氏」も踊る。
こうして僕のマジョルカの宴は幕を閉じた。
着替え終わり 外に出てみると 先程まで騒然としていた会場が
宴のかすかな痕跡を残しつつも静寂につつまれていた。
宴の後の静けさ
僕は、この静けさの中に「諸行無常」の響きをかすかに聞いた気がする
良きも悪しきも時は流れ、存在するのはその「モメント」(瞬間)だけ、
そのモメントだって もしかしたら「夢」や「幻」かもしれない
僕は思う この響きが聞きたかったのだなと
真夜中の3時 僕と「英兵衛」ホテルのテラスに座り「コカコーラ」で
ささやかな祝杯をあげた
「5時間後には グラナダだな・・・・・・・・・・・・・」
マジョルカの宴編 完
僕と「英兵衛」はステージ会場付近の「バル」でカフェを取っていた。
バルからは ステージを映し出す巨大なスクリーンモニターを見る事もできた、
何が美味かったのかというと、この会場に来る前の出来事である
ホテルまで我々を車で迎えに来た「佐藤氏」はさりげなく言った。
「どうだい 会場に入る前にちょっと うちの店見てってよ・・」
今までも 何度も声をかけていただいたのに スケジュールの関係で
ずっと立ち寄る事が出来なかったのである。
店内に入って 僕は息を呑んだ・・・
そう まぎれもなく 日本食レストラン「勝軍」は本物だった!!
カウンターの前には 寿司のネタが並び、中庭には日本庭園があり、
絵やら、掛け軸も全て日本なのだ。日本食レストランのほとんどが
華僑で経営されているであろうスペインで こんな繊細な場所があるとは!
案内された 僕たちのテーブルに 味噌汁とのり巻きが並んだ
佐藤氏は、またもさりげなく言う
「ちょっと食べてみてくれない?!」
これも 本物の味だった。一点の曇りもない日本の味である、
この押し付けがましさや、嫌らしさ等無縁である佐藤氏のさりげなく
そして最高の気配りは 僕の胸を打った。最後に彼は言う
「食べてくれて ありがとう・・・・」
僕は思う「この方に会えただけで この遠征は素晴らしかった・・」と
ステージの出番は刻々とせまる、僕の胸はこの世界最高の「味噌汁」のおかげで
アドレナリンが爆発しそうだった。こんなに高ぶって
「早く俺をステージに上げろ!」みたいな気持ちは初めてかもな・・・・
しかし こういう時 時間通りに出番が回ってこないのは 何ともスペインである。
予定の 夜11時?をすぎても始まる気配がないのだ、
我々は 既にステージの袖に待機していた、こうなってくると先程の
アドレナリンはどこかに消え去り 集中力すら失せてくる。
「次か!!!」という時 副市長ホアキンが舞台に上がり 何やら話し始めた
どうも カンテコンクール部門の表彰式が行われるらしい
「??? 表彰式の次に 僕たちがショーをやるの?????」
いくら何でも そんな茶番はないだろう?おまけに僕たちには何の話もない。
眠る人が出るのでは?と思うぐらい長い表彰式
やがて僕たちもステージにあがり、リーダーである関口氏が
本イベント参加の記念として盾と記念品を受け取った。
基本的には 村祭りだから このイベントに関与した人は皆舞台に上がって
何やら話して「オーーレー・・・」という時間が果てしなく続く
たぶんこの間 無礼にも僕は、ステージで「あくび」した気がする
でも隣にいた「ベンハミン アビチュエラ」もあくびしてた。
この長い表彰式がやっと終わるも僕たちの出番は来ない
行われたのは コンクール優勝者の歌と演奏だ。これも終わり さてどうなる?と
思っていたら 「ベンハミン」ともう一人のスペイン人ギタリストが席についた
「ああ ファイナルのブレリアやるのかなあ・・そうだよなあ・・・」
「むむ??? 我々の出番は自然消滅か???しかし 聞いてないぞお!!」
等の考え事をしていたらば ステージ上からベンハミンが僕を呼び隣の席につかせた。
ますます 判らない状況に僕は心細くなり彼に聞いた
「マエストロ これから何を始めるのでござりますか?」
「はあ? ブレリアに決まってるだろう!!」
そんな会話していたらば ベンハミンが凄い勢いでブレリアを弾きはじめた
何が何だかわからないけど 僕も弾きはじめた、やがて 歌が入り 踊りが入り 宴が始まる
(念のため書いておくと ブレリアというのは 12拍でテンポの速いフラメンコの形式で
ステージの最後等で即興的に行われる事が多い)
「これはもの凄く嬉しい機会ではないか??」
そうなのだ スペインでスペイン人達とステージで共演できるなんて機会はそうそうない
これを楽しまずして 何を楽しめというのか!!
僕は、エネルギー溢れる歌と踊り、そして圧倒的にドライブするベンハミンのギターに
細胞とあらゆる感性を全開にして堪能した。
「コザト」も唄い そして「関口氏」「小島氏」も踊る。
こうして僕のマジョルカの宴は幕を閉じた。
着替え終わり 外に出てみると 先程まで騒然としていた会場が
宴のかすかな痕跡を残しつつも静寂につつまれていた。
宴の後の静けさ
僕は、この静けさの中に「諸行無常」の響きをかすかに聞いた気がする
良きも悪しきも時は流れ、存在するのはその「モメント」(瞬間)だけ、
そのモメントだって もしかしたら「夢」や「幻」かもしれない
僕は思う この響きが聞きたかったのだなと
真夜中の3時 僕と「英兵衛」ホテルのテラスに座り「コカコーラ」で
ささやかな祝杯をあげた
「5時間後には グラナダだな・・・・・・・・・・・・・」
マジョルカの宴編 完
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