いぶろぐ

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自分の子供だったら?

2017-06-01 02:59:58 | 超・いぶたろう日記
青森で、取手で。
いじめを苦に自殺する中学生たち。
何を言うのも空しくなる事件だけど。

取手では、教育長が謝罪に訪れた…というが、
いまさら、何のための謝罪なんだろうか。
散々知らん顔決め込んで、あったこともないことにして、
文科省に叱られて、ようやく重い腰を上げて。
本人が亡くなってしまった以上、誰も救われない。

仮にも教育に携わる立場にありながら、
まるで心の痛みのわからない人たち。
都合の悪いものはことごとく蓋をして、
保身を図るばかりの人たち。

中学生くらいを預かっていると、それは様々なことがある。
大人ならなんとも思わないことで悩んでいる子もいる。
周囲はふざけているだけのつもりでも、
本人は心底苦しんでいることもある。
どうしたら周囲とうまく人間関係を築けるのか、
わからないまま傷ついてもがいている子だっている。

幸い、僕の15年間の教え子たちの中には、
ここまで追い詰められたケースはなかったけれど、
それでも周りとうまく折り合えなくて
辛い思いをしていた子は少なからず居た。

そんなとき、何も特別なことはできないけれど、
僕は決してないことにはしなかった。
その都度、僕は彼らの話をじっくり聞いてきた。
少しでも俯瞰して見られるように、思い詰めないように、
居場所は提供してきたつもりだ。

ほんのそれだけのことでも、
少しは孤独感を和らげてあげられたかもしれない。
ほんのちょっと先の未来を一緒に語ることで、
わずかでも希望が持てたかもしれない。

彼らが立派な大人になって、
辛い時期のことも笑って振り返れるようになっていたとき、
僕は心からホッとする。

たったひとりでもいい、味方が居てくれたら、
死ななくて済んだケースはたくさんあるはずなのだ。
他ならぬ僕自身だって、かつてはそうだったのだ。
この子だって、そうだったかもしれないのだ。

教室で起きてしまったことは、
教育委員会の直接的な責任ではないかもしれないよ、そりゃあ。
担任の先生ですら、自分のせいにされても…と思うのかもね。

「よりによって自分の管轄でこんなこと起こしやがって」
「いじめたヤツが悪いのに、いじめるような子を育てた親が悪いのに、なぜ自分が…」

そんな本音がどうしようもなく言動の端々に滲み出てしまっている、
と感じるのは僕だけだろうか?

だけど、あんたらが正面切って取り組まなけりゃ、
いつまで経っても同じような悲劇がくり返されるばかりじゃないか。
「起きたこと」に対する責任の押し付け合いばかりが目立つけれど、
あんたらには「取り返しのつかないことになる前に」
「なるべく早く対応する」ことで、
少しでも「最悪の事態が起きないようにする」責任があるんじゃないのか。

そんなこともわからないで、その程度の覚悟もなくて、
あんたら、どうして教育に携わったんだよ。
親御さんはずっとずっと、自責の念に駆られ続けてきたろうに。

みすみす子供を死なせるなんて、
公立の小中学校も教育委員会も、存在価値自体を疑わざるを得ないよ。

「自分の子供だったら」

そう考えてみるだけで、
どうしたらいいかはすぐにわかるはずなのに。
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