ばばの日記

団塊世代 仲良し夫婦の暮らし
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まさか、東京で・・・

2016年09月30日 20時28分00秒 | 日常生活
9月30日(金)晴れ

東京では、滞在中、ほぼ曇りか雨天で

真っ青な空を見ることはできなかった。

島の今日の天気は快晴!

暑い暑い1日だった。

こんな天気の良い日に、何をしようかな?と考えた。

まだまだ庭仕事が終わっていなかった~と思い

濡れ縁周辺を綺麗に掃いて、鉢を並べ替えたり

庭を掃いたりした後、室内に入り掃除機をかけたら、

あっという間に半日が終わってしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日も旅行中のことを少し。

ばば、上京して3日目に、手足に発疹が出来た。

その発疹があまりに痒くて掻きむしっていたら

直径2,3センチほどの大きさにプックリ脹れてきた。

何かのアレルギーだったのだろうが、

じじや娘たちが心配して「早く病院へ行きなさい!」と

強く言う。

家から一番近い皮膚科の病院もいくつか探してくれて

行き方まで懇切丁寧に教えてくれたので

気の進まなかったばばも、都会の病院へひとりで行くことになった。

(方向音痴のばば、上手く病院にたどり着くことが出来るだろうか?)

心配しながら、娘のメールを確認しつつ病院を探した。

すると、何のことは無い、家からわずか数百メートルの場所に

そのクリニックはあった。

いつも、夕食の食材買いに通っていたコースの途中だったのに

関心が無いから全く気づかなかった。



4時から午後の診察が始まると書かれていたので

しばし、クリニック前で待機。

定刻になって、ドアが開いたので中に入って保険証を提出した。

名前が呼ばれ、診察室に入ると40代くらいの先生がおられ

開口一番「徳之島からいらしたんですか?」とビックリされていた。

さらに「○○さんって姓、珍しいですね」とも。

一応ばばの症状を聞いたり、見たりした後

飲み薬と塗り薬を出して下さると言う。

ばばが立ち上がろうとすると、「徳之島」がよっぽど珍しかったのか

「人口は何名くらいですか?」とか、「観光スポット」とか

色々興味深そうに聞かれるので、

徳之島の自然や生き物のこととか、人情豊かな島であることとか話した。

途中から、看護師さんも2名顔を出して興味深そうに聞いてくれた。



あまりお喋りしても、次の患者さんも待っておられるし・・・と

立ち上がろうとすると、

先生が「僕の同級に、徳之島出身でMというドクターがいるんですよ」と・・・

あぁ~、Mさんという姓なら、ばばのが小さい頃お世話になっていた

医院の先生がM先生だった。

偶然かもしれないけど、もしかしたら、その先生のお子さんかなぁ・・・

と思ったりした。

ばばが診察室を出る時、先生が「ごめんなさいね。症状を聞くことより

徳之島のことを沢山聞いちゃって」っとおっしゃった。



ばばも、初めて都会のクリニックに、ひとりで行き、緊張していたが

徳之島のこととかお話しているうちに緊張もほぐれて良かったなぁ・・・と思った。



さて、クリニックでいただいた薬2種。

塗り薬を発疹に塗り、食後には飲み薬も飲んだ。



しかし・・・飲み薬を飲んで何時間かたったら吐き気がして・・・・

飲み薬は1回飲んだだけで止めた。

その数日後、別のクリニックへも行き、又塗り薬と飲み薬を貰ってきた。

薬が効いたのか、時間が治してくれたのか・・・

ばばの発疹は2週間くらいでほぼ治まった。



それにしても、都会で病院へ行くなんて・・・

そして、まさか、徳之島のことを聞かれるなんて

今回の旅行で、一番のハプニングだったかなぁ。



今回、旅行して、あらためて鹿児島県の小さな離島、徳之島について考えた。
徳之島

ばばにとっては、最高の故郷だけど

都会の人たちにとって、徳之島っていう島の名前、

そして、その島がどこにあるのかさえ分からない人の方が多いんだよね。

逆に、ばばだって、自分が住んでいる徳之島以外の小さな離島のこと、

さらには他の都道府県のことなんか、ほとんど知らないことの方が多い。

もっと、自分の住んでいる島以外にも目を向けたら

新しい世界が沢山開けるだろうな・・と思うけど、

ばばは、もう、年をとり過ぎた「井の中の蛙」のまま、人生終わるのかなぁ・・・

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メッセージ、他

2016年09月29日 15時30分04秒 | 日常生活
9月29日(木)晴れ

今日も、旅行の後始末と外回り片付け。

外で、旅行バッグなどを干していたじじが

「今年最後の蝉かなぁ」と言うので、ベランダに出て上を見上げたら

ベランダの屋根に、蝉が1匹留まってた。

鳴くことは無かったが、昨日は日中桜の木の方から

鳴き声が聞こえた。

蝉が大群で鳴くと「うるさいなぁ~」と思うけど

1匹で、それも今年最後?今生最後の鳴き声だと思うと、ちょっと切ない。

もう、秋だものね・・・

9月の蝉


旅行に持って行った用具や衣類を片付けていたら

娘たちからのメッセージが出てきた。

9月6日、娘宅に到着すると玄関にメッセージが置かれていた。

じじ宛と、ばば宛別々に・・・・
メッセージ


じじは年に何回か上京するので、じじ宛には

「いらっしゃい。勝手知ったる何たら・・・

ゆっくりしていてね。」とかかれ

ばば宛には「いらっしゃい。スリッパ使ってね!

クッションとか座布団とか使ってくつろいで。」と。

玄関には二人分のスリッパが並べられ、

エアコンも最適温度に設定されていて、

スイッチを入れるだけに準備されていた。

娘たちの心遣いが感じられ嬉しくなると同時に

滞在中は、何か役立つことをしなくちゃ・・・と思った。



「ただいま~」と普段より、ちょっと早めに帰宅した娘たちを

「お帰り~」と迎えた。

お互い笑顔で食卓を囲み、島から持って行った、

雑穀米入りおむすびや卵焼き等でささやかな夕食。



普段、じじと二人の食卓でも、いろいろなことを話しながら

食事をするが、若い声が加わると一気に賑やかになる。

食後も色々お喋りをしながら、久しぶりの親子団らん。



ばばが子供たちのために役立つ事って?

食事の準備と洗濯、掃除くらいかなぁ・・・

なら、毎日美味しいお味噌汁作ってあげよう!

そして、温かいご飯を炊いてあげよう!

という訳で、滞在中できる限り食事の準備をした。



島での生活と違うことは?

刺身だけは、じじが自分で食べたいものを選んで買ってくること。



ばばは、なんとかひとりで行ける2軒のスーパーへ交互に通い

商材を調達、何とかお味噌汁だけは家でも使っている出汁を使い、

じじの分を作る時より格段に沢山の具材を入れた。

娘たちが大きめのお茶碗で「美味しい!」と食べてくれるのが毎日、嬉しかった。

考えてみれば・・・お肉以外に野菜やお豆腐など10種類前後の

具を入れた味噌汁なんて、じじのために作ってあげてるかなぁ?

と言えば、答えはノー。

(ばば~じじより、娘たちが可愛いの?)

と、毎日、自問自答していたよ。



そうそう、毎日スーパーへ通って気づいたけど

店員さんたちの応対が、とても親切で、こちらが恐縮するくらいだった。



それと、野菜とかの値段は島より、かえって高いのでは?と思った。

果物も、一房1500円以上のブドウがあったりして

島にもこんな高級なブドウあったっけ?と思いながら、一度だけ買ってみた。

シャインマスカットっていうブドウだったかな?

じじと二人なら絶対買わないだろう商材にもポイポイ出費してしまうばば。

せっかく都会に出てきたんだから、

島では食べられないものも食べてみなくちゃね。

これが旅行の醍醐味?



じじは、滞在中、毎日のように秋葉原通いだったけど

地理音痴のばばは、娘たちが休みの日以外はお留守番。

島では3年以上観ていないテレビをつけっぱなしにしたり・・・



3週間は長いと思ったけど、帰って来てみれば、あっという間だったな。

時間の流れを感じたのは、生い茂った庭木や枯れてしまった草花を見た時。



まだまだ庭木の手入れや草花の植え替えなど、ばばの作業は続く、続く・・・

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ただいまぁ~

2016年09月28日 19時47分58秒 | 日常生活
9月28日(水)晴れ時々曇り

ただいまぁ~



お盆前に、じじ妹夫婦が孫ちゃん二人とお墓参りがてら帰省。

お盆明け、孫1号君が都会から一人で徳之島入り。

その後、娘ファミリーや娘が次々と帰省し、

娘が帰って行ったのが9月初旬。

例年以上に忙しく、無我夢中で動き回っている夏だった。

忙しくも楽しかった時間が過ぎ・・・・



じじの用事がてら、一緒に旅行でも行こうかと。

というわけで、何と3週間も家を留守にしていましたぁ~。



都会で暮らす娘の家に居候しながら

一緒に1泊旅行をしたり、寄席や劇場へ行ったり

美味しい食事をしたり。

楽しかった思い出は、明日から少しずつ書いていくことにして・・・



まずは、昨日の事から。

普通の旅行なら、いつも昼前には徳之島着の便を利用するのだが、

今回は、その便のチケットが取れず、3便で帰ってきた。

飛行機の出発時刻委は10時20分なのに、朝5時過ぎから起きて

朝食の準備をしたりして、食事を済ませ家を出たのが6時45分。

電車の1回乗り継ぎ、空港へ向かったのだが。

早朝なら電車のお客さんも少ないだろうと思ったのが大間違い。

初めのうちは旅行バッグを抱えて立ったままだった。

始発に乗れば良かったかなと、一瞬思ったくらいだったが

途中から席も空き、じじと二人とも座ることが出来、

空港へは8時過ぎに着いた。



しかし、飛行機の出発前に「台風の影響で奄美諸島への便は

条件付きで飛びます」と。

エェ~~ッと思ったが、じじの「このくらいの天気なら大丈夫!」

という言葉を信じ、搭乗。

予定より10分くらい遅れて鹿児島到着。

天気も穏やかで、無事夕方には徳之島へ戻れた。



車庫から家に向かったら、何とまぁ!

夜香木が玄関先まで生い茂り、ゲンペイカズラが通路をふさぎ

たった3週間留守にしただけなのに・・・とビックリ。

裏手の菜園に向かうと、周りの通路をふさぐように

サツマイモの葛が地面を覆っていた。
サツマイモの蔓

怖くて、ハブでもいるのでは?と、さすがに歩くのはやめた。



夜は11時過ぎには床についた。

朝まで一回も目覚めること無く、グッスリ。

資源ゴミを出す日だったので、袋に詰めて出したりした後

ゆっくりと3週間ぶりの家での朝食。



その後は、庭の夜香木の枝や、ゲンペイカズラの枝等を

剪定鋏、花切り鋏、枝切り鋏、鎌等使い分けて、これでもか!

という位、次々切った。

庭には木の枝の、うず高い山。

花壇の植物の枝を適当に切って、ふと庭の隅の桜の木を見たら

何とまぁ!季節外れのゴーヤが10本くらい下がっていた。

嬉しくなって、作業中断。

なんせ、2メートル以上の高さにぶら下がっているので

又、鎌や枝切り鋏を使い分けて、うんと背伸びをしながら

次々切り落とし、収穫。

収穫後すぐに、お隣さんと、

たまたま用事で寄ってくれた姉にも「お福分け」。

そして、我が家でもお昼ご飯のおかずの1品には、ゴーヤチャンプル-。



昼からも、まだまだ草花の枝を切り落としたり

まとめてゴミ袋に詰めたり、夢中で頑張っていたら

何と、右手薬指と親指に大きなマメガできて、つぶれてしまった。

「痛いよぅ~」。

でも、我慢、我慢・・・

サツマイモの蔓を切る作業が残っている。。。。

ということで、夕方5時過ぎまでかかって、ほぼ今日の作業終了~。



ばばは、マメガできて、つぶれる位、外仕事頑張ったのに・・・

じじは、ずぅっと家の中で作業。

ばばには全く意味の分からない仕事を黙々とやっている・・・・



遊び回った3週間分の仕事が溜まっていたから仕方ないね。

婆の仕事は、外仕事も、内仕事もまだまだ残っているけれど

まぁ、3週間かけるつもりで、無理せず少しずつやっていくことにした。



今回、3週間旅行して、帰って来て、最初見た庭や菜園の様子は

まさに「帰ってみれば、こは、いかに・・・」という状態だった~



でも、留守中、何回か発生した台風被害も無く

枯れてしまった草花も無く、良かった!



又々、台風18号が発生しているらしいけど

被害が出ませんように・・・・



楽しんできた分、明日からは気分も新たに

家事頑張るぞ!


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ついに・・・・

2016年09月23日 13時33分33秒 | 日常生活
9月23日(金)曇り&小雨

器械音痴なばばに、「お母さんもLINE始めたら良いのに~」って

娘達からは何回か言われていた。



器械大好きなじじは、自分でタブレットとかiPhoneを

何個も入手してきて、いろいろ触っていたが

いつの間にかLINEを始めて娘達とも、メールをやり取りしていた。



ばばは全然やる気にならず、無視、無視、無視。

ところが・・・

娘が「お母さんもLINEやってごらんよ。

そしたら、離れていても家族で会話楽しめるよ」って。

ふぅ~ん、ばばは携帯のCメールだけで十分なんですけど・・・



という状態がずっと続いていたけれど

娘が、ばばの携帯番号とかいろいろ聞いて

じじのタブレットを使ってLINEができるように設定した。
タブレット


設定した途端に、友達の名前がダァ~ッと表示された。

「何故?」と聞くと「お母さんの電話番号とか

知っている人の名前が表示されるからかも」って。

確かに、良く知っている方たちの名前だ。

その後、間もなくスタンプなるもの付いたり

メールも入りだした。

えっ、えっ?どうしたら良いの?

文字入力もできないよ~。

すると、じじと娘達が文字入力の仕方など教えてくれた。



それにしても、Back spaceキーは何処?

濁点や半濁点はどうするの?

文字入力だって人指し指で文字画面の上を

左右上下へス~~ッとなぞるのだけど

体を左右前後に動かしながら奮闘しても、なかなか上手く出来ない。

もう、フラフラやぁ~



それでも、せっかくメール送ってくれた友達には返信しなくちゃ!

と頑張って、何とか完了・・・良かった!



その後、続けてメールをもらった友人には、ほぼ自力で返信。

何とか出来るぞ!とは思ったけど、

やはりばばはパソコンか携帯のCメールしか使わないだろうなぁ。

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遠くへ行きたいけど・・・・・

2016年09月21日 20時17分40秒 | 日常生活
9月21日(水)曇り

ばばは、なんでも自分に都合の良いように考える人らしい。



ばばが2、30代だった頃は、60代の方を「お年寄り」と思っていた。

しかし、自分が60代になると「60歳なんてまだまだ若い」と思ってしまう。



娘達からは「不思議ちゃん」と言われるが

ばばの行動は、時として娘達からは理解できないらしい。

でも、ばば本人は、「いたって真面目で自分の行動は真っ当だ」

と思っているから・・・・



ばば、普段はビビり屋で小心者で過度の方向音痴だ。

年に数回上京する際、一人ではどこへも行けない。



何年か前は、じじの後について秋葉原へ行った。

じじには秋葉原のお店は「宝の山」に見えるらしい。

しかし、ばばは一切興味がない店ばかり。

だから、2度とじじの後について行くことはやめた。

もし、数週間、東京に滞在する時は娘たちの休日に

誘ってくれたら、娘たちの後からついて出かけ

買い物をしたり、食事をしたりする。



その時、方角も分からないのに、娘たちより前に出て速足で歩く。

何で?

外出したいけど、一人では出歩けない。

だから、強力なサポーター(娘)が傍にいると思うだけで

気が大きくなってしまうのかな?



たまには、恐々だけど一人で冒険したくなる時がある。

そんな時は、家から千歩以内位で好きな方向へ歩いてみる。

帰る時、絶対迷子にならないように数百メートルおきに

目印をいくつか決めておく。

そして行けるようになった場所が3か所はある。

歩いて行く事はできるけど、電車は数年経っても

まだまだ一人で乗る自信がない。



娘からは「お母さん、絶対間違いようがないんだから

一つ隣の駅まで、電車で行って来てごらん」と言われる。

行く事は、ほぼ「行けるだろう」と自分でも思うのだが

無事、戻れるかは自信がないと言うと、家族から笑われる。



駅に行くと、何千人という人達が急ぎ足でいろいろな方向に歩いている。

あの人達は、ばばのように不安なんかないんだよね。



あぁ~ばばも、自由に自分の行きたい時に、行きたい場所に

電車で出かけてみたい。
電車


と言っても、ばば、どこに行きたいの?って自問自答の答えは

「うぅぅ~~~ん」と考え込んでしまう。

行きたい場所、無いんかい?
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そうかなぁ・・・

2016年09月20日 21時54分15秒 | 日常生活
9月20日(火)雨

昨日のブログでコウモリを見た事を書いた。

ばばが「フワリフワリ飛ぶコウモリを見た」と言うのに対し

娘たちは「お母さん、それはコウモリでなくて

大きなチョウか蛾だよ。コウモリはフワリフワリなんか飛ばないよ」

と言うけれど・・・そうなの?

ばばは未だに「あれは、ぜったいコウモリだった」

と確信している。

じじと結婚するまで、実家ではコウモリなんて見たことがなく

友人知人、集落の先輩方からも、コウモリの話も聞いたことがない。

ばばの実家の方が、じじの実家(現在住んでいる場所)よりも、

ずっと田舎なんだけど・・・

コウモリって、街中(まちなか)の方に多く生息しているのかな?
コウモリ

そう言えば・・・

昨日「占い師さんの所へ行った」と書いたが、

その占い師さんが、ばばに言った。

「あなたは、一人でお墓へ行ってはいけません。

もし、法要関係とかでお墓へ行く時も

絶対先頭に立って行ってはいけません。」と。

?????とその時は思ったが、今では一人でお墓へ行くこともある。

自分のご先祖様のお墓をきれいにするために行くんだから

両親はじめ、ご先祖様はきっと守ってくれると信じているから。



じじは超常現象とかミステリー的な事を信じない。

ばばは、信じる時もある。



それは、肉親が亡くなった時のこと。

兄が亡くなった時は「たった一つの命について」話していた時

上司が「ばばちゃん、お兄さんが・・・すぐ帰って下さい」と連絡に来た。



4年後、父が亡くなった時は、たまたま13日の金曜日だったので

「今日は13日で金曜日。、外国では魔の金曜日とも

言われることがあるそうです・・・」と話し職場外に出ていた時

職場の同僚が息せき切って走ってきて

「ばばちゃん、お父さんが・・・すぐ帰って下さい」と言った。



それから3年後、母が体調を崩し入院していた時

ある日の夕方、病院から電話があり階段を駆け下りて

病院へ向かおうとした時、階段の一番下で

木の葉を数枚巻き込んで、風がグルグル渦巻いていた。

4,5分後、ばばが病院へ到着した時、母は・・・・・



偶然と言えば偶然かもしれないけれど・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それから又時間は流れ、ばばが早朝6時前、職場に向かっていた時のこと。

空には、まだ月が見えていた。

しばらく車を走らせ、右手に海、はるか前方に山が見える場所にさしかかった時

突然、山の頂上辺りに大きな赤い光が見えた。

あまりに不思議で、車を止めて外へ出て、その赤い光をもう一度確認した。

ほんの数秒で赤い光は見えなくなったが、

何とも表現しがたい思いが沸き上がってきた。

その日、職場で同僚の数人にも「赤い光」の事を話した。

みんな驚きながらも「何だったんだろう?その光」と不思議がっていた。



その光を見た後、ばば自身にも信じられないことが次々と起こった。

しかし、数週間後、赤い光が現れたその場所に

緊急搬送で飛来した自衛隊機が墜落するという悲劇が起きた。



ばばがこの話をした時も、じじは「偶然だよ」の一言。



そして、「ミステリー好きなばばは、なんでもミステリー化している」って。

そうかなぁ・・・
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ばばが見たのは、何だったの?

2016年09月19日 22時03分03秒 | 日常生活
9月19日(月)雨時々曇り

「お母さん、それはきっと違うよ」って

娘達から言われた。



コウモリが話題になった時のことだ。



過去何回か、家の中をコウモリが飛んだことを

ブログに書いた。

最初は、2年ほど前の早朝だったか?

朝目覚めた時、黒い何かがカーテンの方へ飛ぶのを見て

ビックリして飛び起き、謎の生き物の後を追ったが

見つけられず、階下に降りて朝食の準備をしていると

階段の上から何か黒い物がフワリと飛んで来て

そのまま奥の部屋へ飛んで行った。

慌てて後を追うと、板を外してあった天井の穴の中へ消えた。

「コウモリだ!」と、じじが教えてくれた。

それから数回か同じようなことがあった。



友人が「ばばちゃん、家じゅうの戸やカーテンを

全部あけ放っておきなさい。

そしたら、コウモリは外へ飛び出していくよ」と。

教えてもらった通りにすると、

その後、コウモリの姿を見ることはなくなり安心していたら

ある日、又、家の中を飛ぶ姿を発見。

そのたび追い出し作戦を繰り返しているが、

まだ家の中にいるのかいないのか?・・・・・・

家をリフォームして間もなかったのに・・・・・



家の中で、あまりコウモリを見かけることがなくなって

コウモリのことは忘れかけていた。



ある日、台所で食事の準備をしていたら

窓の外をフワリフワリと移動する生き物が。



慌てて外へ出て後を追うと、狭い通路を倉庫の方へ飛んで行った。

通路の幅は1メートルくらいで、両側は壁で、突き当りが倉庫。



倉庫の戸を開けて周囲や天井を隅から隅まで見て

一歩外へ出てプロパンガスの容器の周辺なども隈なく探したが

黒い物体(生き物)はどこにもなかった。



「不思議だなぁ」と思いながら家の中に入ったが

体形と言い、顔と言い、確かに「コウモリ」だった。



それから数日後、今度は前庭をフワリフワリ飛ぶ黒い物体を見た。

「先日のコウモリだ!」と後を追っかけたが

あっという間に姿は消えた。



こういうことがあったので、先日、家族でコウモリが話題になった時

ばばは「フワリフワリ飛ぶ、コウモリ」の事を話したら

娘たちは「お母さん、それはコウモリじゃないよ」と一瞬で否定。

「確かに顔も見たし、絶対コウモリだったよ」と主張するばば。

しかし、娘たちは「お母さん、コウモリはフワフワ飛ばないよ。

それはね、きっと、亡くなったじいちゃん(じじ父)か、

ばあちゃん(じじ母)が会いに来たんだよ」って。



自分が見たのは絶対コウモリだ」と信じているけれど

娘達からそう言われたら、(もしかして?)と一瞬思った。



28年前、半年の間に、ばばの兄と姉が亡くなった。
ススキ

その後、しばらく経った、ある夜

家族がそれぞれの部屋に行き、ばばだけが表の間に残った時

急に、ばばの頭の上を黒い影?が、さっと横切った。

何!何?と思い、パニックになりながら大声で、じじを呼んだ。

じじは、すぐ来てくれたが、すでに黒い物体は見えず

家中探しても見つかることはなかった。

後で、じじが「それはコウモリだよ」と言ったが、

その後、2度と姿を見たことはない。



その時、あまりにびっくりもしたし、思うこともあったので

党内の占い師さんの所へ行った。

ばばがコウモリの話をすると、占い師さんは

「亡くなったお姉さんとお兄さんが、自分たちの子供の事

よろしく頼むねって、あなたにお願いに来たんでしょうね」と言った。



28年前は占い師さんから

「亡くなったお姉さんとお兄さんが・・・」と言われ

昨日は娘達から「亡くなったじいちゃん(じじ父)か

ばあちゃん(じじ母)が・・・・」と言われ・・・・・・・



ばばが見るコウモリって、ばばに何か伝えるために現れるの?



そういえば、今日は、大好きな兄が亡くなって28回目の命日。

数週間前から、時々、兄の事を思い出していたので

昨日から、又、娘たちに言われた事が気になる。



亡くなった姉や兄、そして両親・・・・会いたいなぁ・・・

いろいろ話してみたいなぁ・・・

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「何ですか!あなた達!」

2016年09月15日 14時35分16秒 | 日常生活
9月15日(木)曇り

「過日、僕が上げた貝細工を返してください」

ある日、突然、じじの知人が我が家へ上がり込んできた。

今まで見たこともないような怖い顔をした、じじの知人。

いくら知人でも、無断で家に上がり込んでくるなんて・・・

今まで無かったことだ。

ばばは慌てて飾り棚の所へ行き、飾っていた貝細工を取り

知人に渡した。

その人物と関わりたくないので、さっさと帰ってほしくて

ばばは奥の部屋へ引っ込んだ。

すると、そこには8歳くらいの見たこともない男の子が立っていた。

「どこから来たの?おうちに帰らないと、

お母さんが心配しているよ。」とばばが言うと

どこからか見たこともない若い女の人が現れ

男の子を手を引いて、無言で家の外へ出て行った。

ホッとして、隣の部屋の戸を開けると、

何と、知らない男の人3,4人が床の上にゴロゴロ寝転がていた。

「あなた達、誰?そのシーツ等、三女がきれいに洗って干したばかりなのよ。

出て行って!」と恐怖を感じつつ大声で怒鳴った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そこで、パッと目が覚めた。



「あぁ~夢か。良かった」と思ったけど、

まだ心臓がドキドキしていた。

じじが起き上がる気配がした。

「怖い夢見てた」と、ばばが言うと

「何か分からなきけど、ムジャムジャ、

何かずっと意味不明なことを喋っていたよ」とじじ。



そうか、やっぱり声を出していたのか。



でも、なぜこんな夢を?



最近は、なかなか夢を見ないばばだが。



夢の中で、見知らぬ男の子や、複数の男の人たちと

対峙していたばば。



あぁ~あ、あ。

せっかく夢を見るんだったら、自分が子供の時の夢とか

懐かしい故郷の風景が出てくる夢を見たかったな。
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