ばばの日記

団塊世代 仲良し夫婦の暮らし
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京都から奈良、三重へ・・・

2015年12月31日 20時31分21秒 | 日常生活
12月31日(木)晴れ

今日は大晦日。

でも、一切の家事から解放され、朝からバスに揺られ・・・

朝、京都のホテルを出てから、10時間後に

三重県のホテルにチェックイン。

朝は京都の清水寺へ行き、その後、奈良へ移動。

清水寺は、2回目だったし前回より観光客も少なかったので

ゆっくり落ち着いて回れた。
清水寺

今晩から明日にかけて、沢山の人たちが訪れるんだろうね。

お寺に続く沿道には、お土産屋さんが何十軒あっただろう?

いろいろなお土産を売っていたが、

八つ橋・お香・そのほか京都銘菓がたくさん!

京都と言えば、なぜか「舞妓さん・抹茶・八つ橋・お寺」が

頭に浮かぶばば。

八つ橋の中の餡も果物や、梅干しなども使われていて

種類の多さにビックリした。



清水寺散策が終わると、奈良へ移動。

お昼は、奈良公園内のお店で茶粥をいただいた。

茶粥は初めてだったけど、あっさりしていて美味しかった。

昼食後は、お店の外へ出て鹿を見たり、写真を撮ったりしながら

東大寺の大仏様を拝観したり、公園内の神社を

あちこち回った。

いたる所に鹿がいて、観光客が餌をあげたり記念撮影をしていた。

この公園でちょっと気になったのは、トイレ。

使用後の紙を流さずにトイレ内備え付けのくず入れに入れてあって

それが山盛りになって溢れていたので、ビックリした。

日本のトイレの使い方を知らない外国の方が

ついついやってしまうのかなぁ・・・と思いながらも

何とか外国の方にもわかるようなトイレ使用法の表示ができれば

良いんだけどなぁと思った。

せっかくの有名な観光地のトイレが、あまりに汚れすぎていて

残念でたまらなかった。



大仏様の拝観が終わったら、バスに戻り今夜の宿のある三重県へ。

ホテルに入る前に夕食。

かの有名な「松阪牛のすき焼き」だったが、残念ながら

ばばは牛肉が食べられない。

そこで、娘が前もって旅行会社に連絡をしてくれて

ばばだけ別メニュー。

じじと娘がすき焼きを食べる横で、ばばはエビフライを食べた。

食べながら、娘が「お母さんは、安い牛肉ばかり食べるから

松阪牛の美味しさがわからないんじゃない?」って笑っていたけど

安いも高いも、ばばはあの臭いがいやなの!

ばばより好き嫌いの激しい娘だと思っていたが・・・・・

いつの間に牛肉を食べられるようになったんだろう?

そう言えば・・・夕べの夕食は刺身が出たけど、

娘もばばも刺身が苦手だと伝えてあったら、

代わりに「お麩」の刺身」だった。



旅行会社には迷惑をかけてしまうけど

いろいろ配慮していただいて感謝している。



明日の昼ご飯は「手こね寿司」だけど

ばばと娘には、どんなメニューが準備されているんだろう?



旅行は観光も楽しみだけど、食事も楽しみ。

明朝は朝8時ホテルを出て、伊勢神宮で初詣。

天気に恵まれますように・・・・



1年最後の日、楽しく過ごせました。

新しい年も、「家族が健康で、楽しいことが沢山ありますように」

と、お祈りしてきます。

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久しぶりの・・・

2015年12月30日 21時33分54秒 | 日常生活
12月30日(水)晴れ

今朝は5時に起きて、簡単に弁当を3個作り

それから朝食を済ませ、6時過ぎに親子3人で家を出た。

今日からしばらく家族旅行~

待ち合わせ場所に着くのが早過ぎて1時間も待つことに。

座る場所はなし、しゃがんだままで足がしびれるまで待った。

次々と他のお客さんも集まり、7時過ぎにバスは出発。

総勢20名くらいのツアーなので、座席もゆったりで

2つの座席を一人で使えて楽ちんだ~。



それからは、途中数回のトイレ休憩を取りながら

ずぅっとバスの中。

何と、6時間もバスに乗っていた。

バスでは朝食」に、おむすび2個と唐揚げ1個と漬け物が入ったパックが配られ

お昼前には「浜ちらし寿司」のパック弁当が配られた。

この「浜ちらし寿司」は駅弁なんだって。

家からもお弁当準備して行ったので、とても食べきれない。

ちらし寿司には、苦手なイクラと小さなシャケの切り身が入っていたので

「あぁ~、食べられないな」と思ったけど

シャケとイクラを隅っこに寄せて食べちゃった。

ちらし寿司なんて、自分で作ることも絶えて久しいし

外食で食べることも無いのでね。

途中、渋滞も2,3回あったけど、ばばは、ずっとウツラウツラ寝ていたので

さして気にならず、2時過ぎには京都着。
京都
何と6時間もバスに乗っていたことに。。。。

京都に着いてからは、八坂神社周辺を自由散策し

その後、「花咲」という料亭に移動、京懐石をいただいて

ホテルにチェックインした。



久しぶりに6時間にも及ぶ大移動で、クタクタ~。

じじが、小型パソコンを持ってきていたので

忘れないうちに、ちょっとメモってみた。



バスで移動中、起きていた時も気になったのは鳥を見つけては

「何て言う鳥だろう?」と思ったこと。

京都で散策中にもアオサギやマガモの番を見つけては喜んだり。

歩いていると、たくさんの外国の方がいた。

たまたま日本人の夫婦が、着ぐるみを着せた小さな男の子と歩いていたら

近くを通りかかった外国の青年が、日本語で「カワイイ」と言ったので

思わず、じじとばばも笑顔になってしまった。

又、若い方達は、いろいろな場所で自撮り棒を使って

写真を撮っていたことにもビックリ。

ある場所では、たまたま舞妓さんを見かけたが

遠く離れていたので、しっかり見ることはできなかった。

観光客の人たちなのか、一緒に写真を撮っている人もいたよ。

京都は、貸衣装の和装で町中を歩く若者も沢山いるね。

他の観光地で、観光客が和装で町中を歩くって、あまり見かけないものね。

京都独特の雰囲気があって良いなぁと思いながら見ていた。



明日は、清水寺に寄った後は、

またまたバスでの大移動になるけれど、今晩しっかり寝て

明日の観光、楽しむぞ。
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誰が得して、誰が損したの?

2015年12月29日 18時55分48秒 | 日常生活
12月29日(火)晴れ

今日は、じじは単独行動、ばばは娘とお出かけ。



ゆっくり家を出てランチを軽食で済ませ、その後スイーツを・・・

と計画して、お昼前後に家を出た。

途中、川縁を通ったので、ふと川を見ると鳥が一羽泳いでいた。

「オシドリ?」と思って、近くまで行って写真を撮ってみたが

遠すぎて、うまく写せない。

目視しただけで、はっきりとは分からないが

カモメのようだった。

帰ったら、じじに名前を教えてもらおうと思いながら

何回もシャッターを切るが、なかなか写せないので

娘にカメラを渡して写してもらおうとしたら、

何回かシャッターを切ってみた娘曰く、

「お母さんのブログ写真、いつもモヤァ~~していてブレブレだし、

お母さんの写し方が悪いのかなぁとばかり思っていたけど

そうじゃなかったんだ~カメラのせいだったんだ・・・」って。

ばばをフォローしているつもり?

そりゃ、このカメラは買って20年くらい使ってきた。

今時のカメラとしたら機能も劣るだろうけど

ばばは、現職時代は毎年アルバムを作っていたので

毎年何百枚もの写真を写していた。

退職後はブログにちょこっと載せるだけの写真を撮っていただけ。

写真が綺麗かどうかとか考えた事も無いし

「何が移っているか、分かれば良い」くらいにしか考えていなかったから

娘に指摘されるまでカメラの機能の事なんか考えてもいなかった。

「新しいカメラ買おうかな?」とも思うけど、どうしたものだろう?



そう言えば、夕べじじが、ばばに一眼レフカメラをくれた。

ばばに使いこなせるかどうか分からないけど、

コンパクトだし、使ってみようかなとは思った。

でも、やはりコンパクトなデジカメが良いと思ったので娘に

「最近のデジカメって、2万くらいで買えるかなぁ」と聞くと

「買えるんじゃない?おy父さんに聞いてみたら?」と言う。

そして、さらに「お母さんが一眼レフいらないんだったら

私にちょうだい」とも。

娘には、一昨年買ったデジカメを、じじがあげてあるらしい。

娘は、コンパクトなデジカメよりも一眼レフが欲しいそうで。

どうしようかな?と思いながら買い物を済ませ

ランチも済ませ、4時過ぎに帰宅した。



ばば達より遅れて帰って来たじじに、ばばが写した鳥の写真を見せながら

話は、しぜんとカメラの話に。

結論として、娘が、じじからもらったデジカメを、ばばが娘からもらい

ばばが、夕べ、じじからもらった一眼レフカメラを娘にあげる事に。



じじが横でボソッと言った。

「一番損するのは誰かなぁ・・・」と。



じじ、どちらのカメラも「自分から」娘やばばにあげたんだから

「得」とか「損」とかないでしょう。

「がっかりしないで良いよ。ばばが、じじには100万円位のカメラ

買ってあげるから」と言ったら、じじ「誰の金で買うの?」ってさ。

それは、勿論、じじのお金で買うしかないでしょう。

これから、じじがコツコツと貯金して、100万円貯まったら

ばばが解約して来て、じじの好きなカメラ買ってあげるね。



いつの事になるやら・・・・・
1カメラ2台
と言う事で、ばばが明日から使う事になったカメラで試しに写してみた。

向かって左が、ばばが10年以上使ってきた年代物の?カメラ、Fine Pix。

Fine Pixさん、長い間ありがとう!。

右は、ばばが夕べじじからもらったけど、娘にあげた一眼レフカメラEOS M2さん。

EOS M2さん、これから娘の仕事の手助け、頑張ってね。


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好き嫌い

2015年12月28日 16時55分47秒 | 日常生活
12月28日(月)晴れ

良い天気が続いている。

年末年始も穏やかな天気だと良いんだけど。。。。

今朝、姉から電話があった。

1年中顔を合わせていて、誰かが1日顔を見せないと

心配になってメールをするか、電話をし合う。

現在、姉とばばは、ちょっと離れた場所にいるので

メールは毎日しているが、今朝は電話がかかってきた。

姉も一人で彼方此方出歩く方ではないし、

ばばも食材調達以外ほとんど外出しない。

今日も、何をするでもなく家で暇を持て余していると言う。

「やるべきことはいくらでもあるのにね」と言いながら

ばばも家の中であっち行き、こっち行き。。。。

ちょっとだけ台所の片付けをしていたら、もう、4時前。

「今夜の夕食、何にしようかな」・・・と考え始める。

考えても、特別なメニューがあるわけでもないのに

いつも考える。

姉は「Tちゃんが伊勢エビのブツ切りくれたんだけど

食べ方が分からないから、豆腐とネギだけ入れて

鍋物にしたよ」と言う。

わぁ、豪華、豪華。

「残ったら雑炊にしても美味しいよね」と言うと

「そんなに言うほど、残っていないよ」と笑ってた。

さむい時の鍋物って良いよね。

ばばも毎日鍋物。

入れるのは、野菜と豆腐と肉で、いつも同じ。

豆乳鍋にしたり、味噌鍋にしたり。

本当はすき焼きとかも良いんだけど、ばばが牛肉を食べられないので

じじとばばだけの時、すき焼きはほぼ無し。

じじとばば、食べ物の好き嫌いで一番対照的なのは肉。

じじは、牛・豚・魚・鶏の順に好きらしい。

でも、ばばは牛肉は全然食べたくないし

どちらかと言うと、鶏・魚・豚の順。

脂身が全く食べられないけれど、子供の頃は少しくらいの脂身は

食べていたような気もする。



ばばは、刺身も全く食べられないが、これは、きっと食わず嫌いだと思っている。

子供の頃、ばばの家では隣集落から魚売りのおばさんが来たら

大きな魚を丸ごと買って、2枚か3枚に下ろして焼くか、揚げるかして

アラではお味噌汁を作っていた。

成人するまで、刺身を食べたことがなかったから

社会人になって、職場の歓迎会で刺身が出て、生魚のにおいで、

一気に拒絶反応を起こしてしまい、未だに食べられない。



見た目とか、においとか、味とか、食べ物の好き嫌いの原因は

人それぞれだろうね。

ばばは、たまたま親が生魚を食べさせたことがなかったから

刺身が食べられなくなったかな?と考えた時期もあったけど

そうでもないかも・・・・とも思ったり。

我が家の娘達でも刺身も牛肉も食べられる子もいるし、

食べられない子もいるから。

子供の時食べられなかったものが、大人になってから好きになる人もおれば

子供の時は食べられたものが、大人になって食べられなくなるものもあるからね。

「人が食べるものであれば、何でも食べられる」と

豪語するじじが羨ましい~~~

irumine-syonn

写真は記事とは関係なく、昨日駅へ行く途中通った

建物の中で写した物です。

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ささやかなプレゼント、他

2015年12月27日 19時01分50秒 | 日常生活

12月27日(日)晴れ

親子4人、お昼は外食しようと決め出かけた。

娘達が場所を決めてくれた。

徒歩でも行ける距離にあるお店。

ピザとパスタを2種類ずつ頼んで、4名で分け合うことに。

食後に飲み物を頼んだ。

カフェラテ・補とコーヒー・オレンジ系ハーブティー・ルイボスティーと

それぞれ違う物を頼んだが、運んできてくれたお店の方が

誰が何を頼んだか分からなかったはずなのに

間違えることなく、それぞれが頼んだ飲み物を

それぞれの前に置いてくれたのには、ビックリ!

「どうして分かったんですか?」と聞いたら

じじが何を注文したかは会話をちらっと聞いて分かったそうで、

ハーブティー2種は、誰がどれを頼んだか勘で置いたとのこと。

すごいなぁ。

食事の後、じじは一人別行動。

女3人は一緒に近場のショッピングモールへ。

駅へ行くのに、急な坂道を上がらなければならないんだけど

楽に行けるルートがあるとのことで、娘達に付いて行った。

ある建物の中を通り抜けていくのだが、その建物の中の装飾が凄かった。

廊下はイルミネーションや浮世絵風の絵で彩られていた。
浮世絵

娘がトイレに誘導するので「?????」と思いながらも付いて行くと

トイレの前には10人位の人たちが並んでいた。

天井も浮世絵風の飾りが施され、トイレの入り口の作りから

時代劇の中の建物の内部みたいだった。

トイレは3つあるそうだが、別にトイレに入りたくもないので

そのまま外へ出た。

その後は、エスカレーターを使って駅の近くまで行き電車に乗った。

約2時間、母娘3人でショッピングを楽しんだ。

3人でじじに、お土産を買った。

セーターや手袋、暖かい上着。



帰りながら夕食の食材を買って、じじより一足早く帰宅。

じじが帰ってきたら、すぐに試着してもらったら

「暖かい、暖かい」って喜んでくれた。

女性3名に、いつもいじめられているじじに

心ばかりのプレゼント。

喜んでもらえて良かった!
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サプライズ!

2015年12月25日 12時05分16秒 | 日常生活
12月25日(金)曇り

娘達が幼かった頃、クリスマスイブといえば

いかにサンタさんの存在を信じ込ませるか

色々な作戦を練った。

娘達がそれぞれ靴下をベッドの枕元や足下に置いて寝るので

じじは負けじと、ジーパンの裾を縛って

大きなプレゼントがもらえるように・・と早めにベッドに入り

寝る真似をしたり、ばばは前もって買ってあったプレゼントを

娘達に見つからない場所に隠しておくか苦心したり・・・

でも、ある時期から子供達も「サンタの存在を信じているフリ」を

していただけだったり・・・

親子それぞれ、騙し合い?(笑)



ばばが子供だった頃・・・そう半世紀以上前も、クリスマスはあって

サンタさんからのプレゼントを楽しみにしていたなぁ。。。

田舎で、今のように情報もなく、学習雑誌さえ買ってもらえなかった時代。

もちろんテレビは無いし、新聞を購読している普通の家庭はなかったと思う。

ばばは、活字を読むのは好きで、登下校中、字の書かれた紙切れが

道路に落ちていたら、拾って読むくらいだった。

小学校時代は図書館もなかったと記憶している。

だから、ばばは活字に飢えていた。

サンタさんのことは、きっと学校の先生が話してくれたんだろうね。

サンタさんがどんなプレゼントをくれるか、12月25日朝目覚めると

ばばの枕元には「ざら紙」と呼ばれていた茶色っぽい髪に包まれた

さつま芋を練り込んだ天ぷらが入っていた。

その天ぷらの油が「ざら紙」に染み込んでいて・・・・

おやつも黒糖の粒とか、お芋の蒸かした物くらいだった時代、

自家製の米粉とサツマイモで、母や姉が準備してくれたんだろうね、

ばばが寝た後に。。。

貧しい時代だったけど、「子供を喜ばせようとする親の愛」は変わらないね。



さて、さて、昨夜はクリスマスイブということで

娘がサプライズでおいしいケーキを買って帰って来た。

じじとばばは、フライドチキンやフライドポテト等の

詰め合わせパックをスーパーで買って、娘達の帰りを待っていた。

そして、本当に久しぶりの親子4人でのクリスマスイブ。

食べて話して、笑って、楽しいひとときを過ごした。

そして、寝る前に娘達からサプライズが・・・

サンタさんやツリーの形をしたクッキーと、じじにはコーヒーや、お菓子

ばばにはハンドクリームとかリップとか・・・・
プレゼント

全く予想もしていなかったので、ありがたくて、嬉しくて。。。。。

子供からプレゼントをもらったけど、じじとばばは何も準備もして無くて、ごめん



もう、大人になった娘達だから、品物をプレゼントするのに

じじとばばのセンスで選んだって、喜んでもらえるかどうかは疑問、疑問。

だから、休みになったら一緒に外食でもして

好きな物をおなかいっぱい食べてもらいましょ。
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環境変われば。。。

2015年12月24日 22時47分20秒 | 日常生活
12月24日(木)晴れ

昨日から、じじとばばの生活環境がちょっと変わった。


まず、びっくりしたこと。

携帯の着信音が鳴ったんだけど、

じじとばばの携帯に着信履歴はなし。

しばらく経って、今度はタイマーのような音が鳴るんだけど

タイマーをかけた人は無し。

びっくりすることが続く。

不思議。。。。。。


今日は、夕方買い物に行った。

じじとばば、二手に分かれてそれぞれ好きなものをカゴに入れ

レジ前で待ち合わせることに。

ばばは野菜や肉などを入れ、じじは魚やパンなどを入れていた。

じじがレジで支払いをし、ばばは買った品物を袋に入れる。

エコバッグ一個と、大きなレジ袋3枚分も買った。

結構な量で重い。

ふたりで荷物を2個ずつ提げて帰った。

荷物を持つ手にレジ袋の持ち手部分が食い込んで痛い。

普段、車で買い物には行くし、

最近、こんなに大量の買い物をすることもないし

ましてや、じじと一緒に食料品を買うなんてこと無かったなぁ。


今日の買い物でびっくりしたのは、

食料品などの値段が高かったこと!

野菜も、肉も調味料なども高くて、

いったん手に取ってはみたものの戻したりしたけど、

結局は買ってしまった。

ミカンなど、普段は300円でも高いと思っていたら

今日行ったお店では、それより100円も200円も高い。

結局、ミカンは買わずに帰ってきた。

代わりにチキンの唐揚げセットを買って

夕食後はおいしいケーキと紅茶で楽しいひとときを過ごし

今日も幸せな1日でした!
ケーキ
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自販機も人を見るって?他

2015年12月23日 21時28分19秒 | 日常生活
12月23日(水)曇時々小雨

ばばは、自動販売機で飲料を買うことはほぼない。

今日、じじの為に温かいお茶のペットボトルを買ってあげようと思った。

1本130円だったので、100円硬貨1枚と、何故か50円硬貨2枚持って

自販機の所に行き、まず100円硬貨を投入、

次に50円硬貨を投入したが、「50円」としか表記されず

「あれっ?間違ったかな?」と返金レバーを押し、

再度挑戦するも、ダメ。

今度は50円硬貨を先に入れ、次に100円硬貨を入れてみたがダメ。

それならと、50円硬貨2枚入れて、最後に100円硬貨を入れて

「今度こそ!」と念じたが、またまたダメ。

何故なんだ?

こんなことって、初めて。。。。。

自販機が壊れてる?と思いながら、あきらめてじじの所へ行き

「どうしても、ばばには買えないから、じじ、自分で買ってきて」

と、お金を渡した。

すぐに立って、自販機へ向かったじじ。

なんの苦も無く、ホットティーを買って、ニコニコ帰って来た。

戻ってきて曰く。

「ばば、自販機も人を見ているんだなぁ・・・」って。

えっ?自販機が、ばばを嫌っているという事?

自販機に嫌われるって、ばばくらいだって。

あまりにも自販機利用をしないから、嫌われてしまったの?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日夕方、姉と町の運動公園に行き

その時、桜が数輪開花していて嬉しかったと書いた。

その他にも、タンポポが綿毛になっていて・・・
綿毛

ちょっと強い風が吹けば、この綿毛は、

それぞれ何処かへ吹き飛ばされていくんだなぁ、

そして、落下した地で芽を出すんだなぁ・・

もしかしたら、遙か遠くまで飛ばされていく種もあるんだよなぁ

とか、いろいろ考えた。



小学校2年生の国語の教科書に、「たんぽぽの ちえ」という説明文があった。

その中で、タンポポは花が咲いて2,3日たつと

花がしぼみ、茎がぐったりと倒れ、花に栄養をどんどん送ること

綿毛ができると、茎はまた立ち上がり、

天気の良い日には綿毛をいっぱい開き、さらにグンと背伸びをして

綿毛が遠くまで飛ばされやすくすること、

反対に湿り気の多い日には綿毛をすぼませて、

吹き飛ばされにくくする事などが書かれていた。

天気が悪いと、綿毛も重くなり、遠くまで飛ぶことが出来ないからね。

植物って凄いね。

自分の子孫を増やすために色々な知恵を働かせているんだよね。

誰が教えてあげるわけでもないだろうに

季節が巡れば花を咲かせて、人間にも季節を教えてくれたり。



タンポポの綿毛を見ながら、植物って凄いなぁと改めて思ったよ。
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桜開花

2015年12月22日 20時32分27秒 | 日常生活
12月22日(火)曇り

夕方、姉が我が家へ寄ったので一緒に魚屋さんへ。

空はどんより曇っていたけれど、ちょっとドライブでもしようかと

町の総合運動公園へ向かった。

何ヶ月ぶりだろう?運動公園。

グラウンドゴルフを楽しむ人たちが沢山いた。

姉とばばはグラウンド周辺を歩きながら

「あっ、ハクセキレイだ」「鳩だ」「シロハラだ」と

知っている鳥を見付けては喜んでいた。

途中から雨がポツリ、ポツリ・・・

慌てて車に戻り、傘と双眼鏡を持って、又歩き出した。

途中、桜並木を見ていると、

あれっ?花が咲いている!
桜

まさかねぇ・・・半信半疑で写真を撮ろうとしたけれど

花は上の方に咲いているし、曇っているので、

なかなか上手く写せない。

被写体がとらえられているかさえも定かでない中で

シャッターを押した。

木によって薄いピンク、オレンジっぽいピンク、

濃いピンクとと花色が違っていたのも嬉しかった。

まぁ、12月に桜が咲いてたという、じじへの報告用だから

じじが「桜」と認識さえしてくれたら良しとしよう。



例年、この桜並木は1月中旬以降しか開花しないと思っていたから

ビックリしたり、嬉しくなったり。

花が咲いている木は5,6本だったが

花を見ながら姉と話した。

自分の両親や、じじ両親を満開の桜の木の下に

連れて来たかったねぇ・・・と。

父は植物大好きだった。

今でも実家には父が丹精した盆栽や庭木がある。

父が元気な頃、県外から来た業者が、ある木を見て

「300万で譲って欲しい」と父に言ったそうだが

父はきっぱりと断ったそうだ。

父亡き後23年間、年に何回かシルバーセンターの方々にお願いして

庭木の剪定をして貰っているが、父が元気だった頃のように

こまめに手入れは出来ず、枯れた木も何本かあり

申し訳なく思っている。

父が元気な頃、庭木の剪定方法を教えて貰えば良かったなぁと

父亡き後、痛烈に思ったが「後悔先に立たず」。

母は、乗り物に弱くて、バスなどにあまり長距離乗ることは出来なかった。

だから、ばばの車で父と母を、実家近くの海に連れて行ったことは数回ある。

ははとばばがお喋りしている間に、父は海岸に漂着した浮き球とか

植物の実を拾ったりして家に持ち帰り、それらを上手く生かして

飾り物を作ったりしていた。

両親を満開の桜の木の下に座らせて、一緒に食事をしたり

お喋りをしたりしたら、どんなにか喜んでくれただろうと思う。



当時は、まだ姉もばばも仕事をしていて

休みの日は、家事でテンテコ舞いで両親を喜ばせること等は

二の次だったよねぇと話しながら、何だか胸がいっぱいになった。

ばばが子供の頃、母が「親孝行、したい時に親は無し」って

話してくれていたけど、本当にその通りだなぁと思う。



少し早めに開花した桜の花を見ながら

今は亡き両親に思いを馳せた夕刻でした。

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おめでとう~

2015年12月21日 19時18分33秒 | 日常生活
12月21日(月)曇り

今日は次女さんの誕生日だったので

じじがジョギングに出た後、朝一で「おめでとう~メール」。

クリスマスホーリー

長女と1歳違いで、幼い頃はいろいろあったね。

長女は、誕生3ヶ月で徳之島の祖父母に預け

加計呂麻で仕事をしていたじじとばば。

次女が誕生した時は、幸い子守をして下さる方が見つかり

昼間は次女を集落の方に面倒を見て貰っていた。

毎朝じじが自転車の前カゴに次女を乗せ

世話をして下さるお宅へ連れて行き

夕方、迎えにも行ってくれていた。

休みの日は、親子3人手をつないで散歩をしたりもした。

ある日、3人手をつないだまま、じじとばばが手を少し高く上げて

娘を持ち上げた瞬間、ガキッというような鈍い音がして

娘の肩が脱臼!大変!と思ったら

じじがサッと入れて(はめて)くれた事があった。

当時はおむつも紙おむつでなく、布おむつだったので

洗濯は家のすぐ近くの川でしていた。

洗濯後、ばばと娘で家に向かっていたら

急に娘がいなくなり、探したら、

ちゃっかりお隣さんの先輩宅に上がり込んでいたり

家のすぐ傍のお店にあったアイスクリームケースに

ぶら下がるような形でつかまって

「キャンコちょうだい、キャンコちょうだい」とおねだりしたり。

キャンコって、アイスキャンディーのこと。

休日前等は、後輩同僚がしょっちゅう遊びに来てくれ

娘に動物の鳴き声を教えてくれた。

「犬は?」と言えば、娘は「ワンワン」と答え

「牛は?」と言えば「モーモー」と答える。

10種類近くの動物の名前を言っては、

娘に答えさせていた同僚達。

今思えば、ゲーム感覚で娘は動物の名前や鳴き声を覚えたよね。

娘中心の楽しい生活も、長くは続かなかった。

世話をして下さっていた方が、都会へ引っ越していって・・・

次の方が見つかっても、又すぐ引っ越していったりして

1年くらいの間に、世話をして下さる方が次々と変わっていった。

その上、ばばが破傷風になって生死の境をさまよったり・・・

娘には申し訳なかったけど、徳之島のじじ両親が

次女も長女と一緒に育ててくれると言うので、甘えることに。

その時は、あと半年で、

じじとばばも徳之島へ戻れると分かっていたけど

苦渋の決断だった。

長女を3ヶ月で手放した時は、まだ授乳中で

娘のことを思うと胸が張って痛くなるので

さらしを胸にきつく巻いて、痛みに耐えていた。

次女は1歳半になっていて、少しは色々なことが分かっていたらしい。

じじが一人で次女を徳之島へ連れて行った。

土曜日の午後、じじと次女の乗った船が

加計呂麻の港を離れると、ばばは胸が張り裂けるようだった。



一方、徳之島ではじじ両親と義母の姉、

Mおばさんが次女を迎えてくれた。

2歳半になっていた長女や、祖父母、おばちゃんとの再会を

次女はどう思っただろう?

両親達が次女の相手をしている隙に

じじは逃げるように港へ向かい、加計呂麻へ戻った。

自分を溺愛してくれていた父親(じじ)が

どこかへ行って戻って来ない。

何時間経っても、何日経っても。

あの時の次女の気持ちを考えると、今でも涙が出る。

次女も徳之島で暮らし始めたが、

義母のお姉さん、Mおばちゃんが両親宅に来ると

次女は「バイバイ、バイバ」と手を振って

Mおばちゃんを玄関から入れなかったそうだ。

幼かった次女にしてみれば、Mおばちゃんが

父親(じじ)を加計呂麻へ逃がした?と思っていたらしい。

まぁ、次女の気をじじから逸らして、

その隙に、じじは港へ向かったのは事実だけど

その日の次女にとっては、Mおばちゃんは

「憎い敵」に他ならなかったんだよね。



半年後、加計呂麻での仕事を終えた、じじとばばも

無事徳之島に戻って親子4人の生活が始まった。

3ヶ月から3歳まで祖父母と暮らした長女は

祖父母を親だと思い込み、最初の頃は

じじとばばには抱かれることさえ拒否した。

半年だけ、じじとばばと離れていた次女は

すぐにじじとばばの胸に飛び込んできた。



ばばは、長女の態度を見て「生みの親より育ての親」

という言葉を実感した。

そして、これからは今まで寂しい思いをさせた分も

愛情をたっぷり注いであげなくちゃと思ったけど

家庭より仕事を優先したかなぁと反省もある。



1歳しか離れていない姉妹だったので

幼い頃から色々な意味でライバル心も強かった長女と次女。



高校卒業後は、同じ大学に進んだ娘達。

今でも年に数回「姉妹会」と称して

集まって楽しい時間を過ごしているようだ。

当たり前のことだけど、子供達が仲良いって

本当に嬉しい。



長女と次女には、ばばが仕事を続けたために

本当に可愛そうなことをしたなぁと思うこともあるけれど

「お父さん、お母さんの子で良かった。

お母さんが働いていてくれたから、今の私たちの生活がある

ありがとう」と言ってくれる娘達。

これは、じじが「あなたたちの今の生活があるのは

お母さんが、ずっと働き続けてくれたからだよ」と

言い聞かせてくれたからだと思う。



じじとばばに代わって、幼子二人を育ててくれた

じじ両親、Mおばちゃんには、いくら感謝しても、し足りない。

また、「お母さんが仕事を続けてくれたから

今のあなたたちの生活があるんだよ」と

娘達に言い聞かせ続けてくれた、じじにも感謝しなくていけない。

いつも、じじに直接向かって「ありがとう」って言うことは

滅多にないけれど、子供達の誕生日には

じじにも心から感謝しなくてはいけない日なんだよね。

だって、夜中や明け方にミルクやちっちゃなおむすびを作ってあげたり

お風呂入れ、おむつ替え、朝のランニング、自転車の乗り方教示等々

我が家は、じじが一手に育児を引き受けてくれていたなぁ。



ばばがじじと結婚する時、ばば両親が

「じじさんは床の間に飾っておきなさい」と言ったけど・・・

じじを大事にしない、今のばばの姿を見たら、

両親は怒るだろうな。



今は、ばばより遙かに大人になり、

物知りになった娘達。

「老いては子に従え」という諺もあるから

子供の言うことも良く聞くようにします。



次女さん、お誕生日おめでとう。
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