ばばの日記

団塊世代 仲良し夫婦の暮らし
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クリスマスとサツマイモの天ぷら

2010年12月26日 00時16分31秒 | 家族のこと

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12月25日(土)雨

天気予報通り、朝から雨。

実家の庭木剪定ができなくなったので、

じじと二人で母がお世話になっている施設の「クリスマス会」に行ってきた。

この施設は、今年の春にオープンしたばかりだが、

職員さんがとても良い方達ばかりで、いろいろな行事も工夫して開催している。

これまで、敬老会・運動会・クリスマス会と行事があり

じじとばばも毎回参加している。

病院に入院していた頃は、暗い顔をしていた母も

今の施設に移り、自分で車椅子を操縦して移動できるようになり

昼間はトイレで用を足し、趣味の編み物もほぼ元通りできるようになった。

だから、ばばはなるべく毛糸を切らさないように補充している。

義母のタンスには編み上げた帽子が数十個も入っている。

これからも、義母ができるのをなるべく見つけ勘を取り戻してもらいたいと思っている。

今日のクリスマス会、歌あり、日舞あり、サクスフォンとギターの合奏あり、ダンスあり、

施設の職員さんによる島歌「稲すり節」の踊りあり・・・と盛りだくさんで

母も補聴器を耳に当て、楽しそうに体でリズムをとりながら

時には手拍子をしながら舞台を見ていた。

今日の会では、ばばが30年ほど前に関わったH君がギターを弾き

また、20数年前の同僚Mちゃんが仲間を誘って、

ボランティアでダンスを披露してくれた。

行事の度に顔を合わす、かつての教え子や同僚、

またじじの関わりで親しくしていただいてる方や

義父母の入院中に顔見知りになり仲良くなった方など

たくさんの方々の善意に支えられ、義父母を介護しながらも

今の平穏な日々があると思うと、本当に人と人のつきあいを大事にしなければいけないなあ・・と思う。


クリスマスと言えば・・・・・・プレゼント。

我が家でも、娘達が小さい頃はいろいろな駆け引きがあったなぁ・・・・

娘達も「サンタさんはいない」と分かってからも

「サンタさんはいる」と信じている演技をしていたなぁ・・・

娘達に「サンタさんはいる」と信じさせるために、じじも靴下代わりに

裾を縛った自分のジーパンを枕元に置いて、

「大きなプレゼントが入りますように」・・・なんてお祈りしたり・・・

ある人は「クリスマスやバレンタインデーはお店を儲けさせるだけよ」って言うけれど

子ども達に可愛い夢を持たせるのも良いのかな?

最近はクリスマスのプレゼントも年々高価になり、準備する方は大変だね。

自分で自分に9万円の時計をプレゼントするっていう人もいたな・・・・ラジオで聞いたんだけどね。

ばばが子どもの頃から、クリスマスはあったよ。

明治生まれの母が、そぅっと枕元にプレゼントを置いてくれていた。

ザラ紙のノート(ばばに時代は今のようにノートも真っ白でなく、少し黄色っぽかったよ)

今の子ども達は「ザラ紙」という言葉さえ知らない子が多いだろうね。

あと、鉛筆2,3本。

そして、毎年何故か「お芋さんの天ぷら」。

サツマイモを輪切りにして、小麦粉の衣を付けて揚げてあるんだけど

ばばの大好物だった。

そのサツマイモを包んだ紙に油が滲んでてね・・・・・・

母は、きっとばばが気付かない時間に天ぷらを揚げて

ばばの目に付かない場所に隠しておいて、ばばが寝た後枕元に置いてくれたんだろうね・・・・・

貧しかったけど、ばばを喜ばせようとしていた母の心遣いに

今思い出しても、むねがジィ~~ンとなる。

普段、ばばは母に反抗ばかりして口答えばかりして・・・・本当に悪い子だったのに・・・・

クリスマスが来るたびに母の揚げてくれたサツマイモ天ぷらを思い出す。

ちょっとほろ苦い、ばばのクリスマスの思い出。。。。。

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あぁ~~忙しい、忙しい!・・・のはずが・・・

2010年12月24日 22時25分36秒 | 日常生活
12月24日(金)曇時々雨

「明日明後日は、実家の庭木の伐採をしよう」と

H兄さんから昨夜電話が入ったので、

俄然、ばばのスケジュールがギッシリに。

なら、今日は病院へ行って薬をもらってこなくちゃ。。。

明日は、義母の施設でクリスマス会があるが、じじだけに行ってもらおう・・・

・・伐採作業の時の茶菓子の準備・昼食の準備・・・・することは次から次に出てくる。

10時過ぎ、病院へ行き帰って来たら、もう昼ご飯の時間。

昼食を食べながら、じじが

「妹達が26・27日の二日間来るって電話があったよ」って。

わっ、庭木伐採で26日ばばはいないよ~。

せっかく来てもらっても、お茶や食事どうしよう~~。

じじが「ばばは実家の庭木伐採でいないよ~~」っては言ったらしいけど、

せっかく、じじ妹夫婦が来てくれるのに・・・26日は朝から1日中実家へ行き、

27日は美容院の予約をしてあるよ~~~

一体どうしたら良いんだろう・・・こういう時のばばの頭はすぐ動く。

一瞬で決断、すぐ27日に予約した美容室に電話したら、

「2時頃から来て良いですよ」とのこと。

せっかく朝シャンプーリンスして病院へ行ったのに、

またすぐお風呂に入り再びシャンプーだけして美容院へ。

終わったのが6時前。

天気予報通り雨が降り出した。

雨の中、義父を見舞い、明日のお茶菓子やおかずになる物を買って帰り、じじの夕食作り。

食べ終わって、「さて、明日の準備できるのからしておきましょ」

「アンバソーメンでも作るかな?」「それとも?煮豚でも作った方が良いかな?」

などと考えていたら、H兄さんから電話。

「ばばちゃん、明日、明後日は天気悪くなりそうだね。

伐採は年明けてからしようか?」って。

ヘナヘナヘナ~~~っと力が抜けた~。

天気には勝てないものね。

めまぐるしく動いていたばばの頭は急に思考停止。

もう、何にもする気がありませ~~ん。

ミカンをやけ食いして。。。。

でも・・・伐採が中止になって良かった~。

義母のクリスマス会にもじじと二人で行けるし、

じじ妹夫婦ともゆっくり過ごせるから。。。。

「災い転じて福となる」か・・・な?


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あぁ~~疲れた~

2010年12月23日 22時15分02秒 | 日常生活
12月23日(木)晴

師走のこの忙しい時期、やらなければならない仕事はいくらでもある。

あぁ~~それなのに、それなのに・・・・・・・・・・

じじは「浅間干潟に行こう!珍しい鳥が来ているかも~」と

しきりにばばを誘う。

キッパリ断ればいいものを、ばばも、のらりくらりで

結局11時前になって、おむすびやあり合わせのおかず、デザート、コーヒーなど準備し

浅間干潟へ向かった。

ほぼ干潮であったが、珍しい鳥なんてそう簡単に現れはしない。

じじは、例によって例の如く、重いカメラ担いで干潟横のグラウンドを走り回り、

ばばは干潟に沿ってブラリブラリ。

。。。と、後ろから来たトラックが、ばばを追い抜いてからすぐ止まり

Mさんが顔を出した。

このMさん、以前から干潟へ撮影に行く時、何回か会っていたが、

10月だったか、ばばが病院へ受診に行った時、

たまたまばばの横に座った女の方のご主人と言うことが分かり

女の方kちゃんと友達になったのをきっかけに、ご主人とも友達になったのだ。

Mさんが「干潟の横にあるパパイヤ、どうせ熟れたらカラスの餌になるだけだから

ばばちゃん達と会えたら採ってあげようと思っていたんだよ。

ちょっと、待ってて」と言ってトラックで走り去った。

ばばが、干潟付近を散歩していると、またトラックがピ~ピッと警笛を鳴らして止まった。

Mさんが袋を右手に持って、ばばに手招きをしている。

走って行ってみると、青々とした大きなパパイヤを6,7個手渡してくれた。

「昔ながらの品種だから、余り大きくはないけど・・・」って。

ありがとうございます!

ばばの家では、パパイヤは1年中欠かせない野菜なんです。

じじの刺身のツマとして、また佃煮の原料として大活躍。

いくらあっても良い野菜。

それにしても・・・人間の縁って不思議。

Mさんの奥様Kちゃんと病院の待合室で隣同士に座ったのがきっかけで、

Kちゃんがいろいろばばに話しかけてきて、話が弾み

初対面なのに、ばばの家まで来てもらって、コーヒー飲んで・・・・

「パパイヤの佃煮作り方レシピ」をあげて・・・・・

その後、Kちゃんが「家にいくらでもあるから」と大きなパパイヤを届けてくれたり

ミカンをくれたり、「イリコがたくさん送ってきたから」と「お福分け」してくれたり・・・・

しばらく経って、干潟に撮影に行ったら、kちゃんのご主人と会って、

一緒にお茶飲んだりして・・・というお付き合いが始まった。

Mさんは週3日、干潟周辺の清掃や、植物の手入れなどをしている。

丁寧な仕事をする方で、枯れ葉1枚残さず綺麗に片づけをする。

陰で頑張っている方がいるからこそ、総合グラウンドや干潟周辺がいつも綺麗なんだね。

せっかく結ばれたMさんご夫婦との「ご縁」大事にしていきたいと思う。

。。。で、今日の干潟撮影行結果はほぼ収穫無し。

ただ、3羽だと思っていたヘラサギが1羽増えていたなぁ。。。

Mさんが、「昨日だったら、ヘラサギと鵜が餌を巡ってバトルを繰り広げ、

良い写真が撮れたのに、残念だったねぇ~~」って。

「もう少し潮が引いたら、今日も又、鵜が来て昨日と同じようなことが始まるかもよ」と

言ってくれたけど、そういう場面もなく・・・・・

ガックリ疲れて帰って来たじじとばばでした~~。


たまには、こういう日もあるよね。

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実は・・・・・・・・・

2010年12月22日 14時09分16秒 | 日常生活
12月22日(水)

懺悔します!

外の水道に繋いであったホースを30センチくらい切ったのは、何を隠そう、ばばです。

じじ~~~ごめ~~ん。

一昨日、ボイラーを点けて温水を使って洗い物をしていると

急に水道が止まり、お湯が出なくなった!

はて?断水か?いや、渇水期でもないし断水するはずがない・・・と思い

ボイラーのスイッチを確かめに走ったばば、目を疑ったね~。

ボイラーの下の方に、何やら栓をしてあったが、その栓が朽ちて抜け落ち

抜けた跡の穴から茶色の水(きっとサビが混じっているのかな?)が

勢い良く飛び散っている。

洗濯機にも、裏口玄関にも、開け放ったドアにも・・・・

慌ててばば、じじを呼んだ!

走ってきたじじ、「あちゃ~~、こりゃダメだな。

もう、栓が朽ちてボロボロだ。でも何とか止めなきゃ」とあちこち元栓を捜すが分からない。

「ばば、長くて細長い物はないか?」と言うので赤の水性マジックを持って行った。

角張っていちゃいけないし、水性マジックは、たまたま丸かったからね。

そのマジックにテーピング用のテープを撒いて、栓の代わりに差し込んだら何とか水が止まった。

ホッとして、ばばは洗い物開始!

・・・と、又断水!

静かに静かに・・・ゆるりゆるりとお湯を出していたのに・・・・・

又、ボイラーの所へ走っていくと勢い良く水は噴き出している。

たまたま遊びに来ていた、じじの友人Kちゃんが

「ブロックを持ってきて栓に密着させておいたら良いんじゃないですか?」

と言うので、じじは両親宅の庭から5キロぐらいはあるブロックを「よいしょこらしょ」と運び上げ

マジックで栓をしてそれが落ちないようにブロックを密着させた。

そしたら、何とか水は止まった。

その前に、じじが友人のAさんに修理の電話を入れてはあったが、

年末でなかなか忙しいらしく、個人の家の小さな修理などはすぐ来てくれないかも知れない・・・・

と諦めていたんだけど、お昼ご飯が終わった頃、Aさんがひょっこり来てくれ、

仮の栓をしてくれ、一件落着・・・したはずだった。

暇ができた時に、きちんと修理をしてもらいついでに

使い勝手の悪い外の水道も使いやすい場所に移してもらうことにした。

うちの外水道と来たら、1つは階段の降り口にあるが、いくら捻っても何にも出ない。

もう一つは、ボイラーの真後ろにあってとても使いにくい。

この水道はトイレ掃除をする時など近くの水道の蛇口がホースに合わないので

トイレ掃除専用・・のような形で使っている。

もう一個外に水道があるが、これは洗濯機専用。

・・で、トイレの中に水道があれば・・・とAさんに話したが、ちょっと無理みたいで

結局、ボイラー裏にある水道の代わりに、玄関の近くに新しく水道を付けてくれるそうだ。

いつになるか分からないけど、Aさんの仕事が落ち着いたら、年明けには付けてもらえるかも・・・・

今、ボイラーの裏にある水道はパッキンが悪くなったのか、水漏れがする。

窮余の策として、じじが長いホースを繋ぎ、両親宅の花園に垂らし、

ホースを伝って溢れる水はホースの先にバケツを置いて溜めて満杯になる度に

両親宅の植物にかけていた・・・・・

そこまで分かっていたばばなのに、あぁ~それなのに、それなのに・・・・

いつも水が溢れて裏玄関のコンクリートが濡れていた・・・という先入観があったばば。

家の裏玄関=濡れていると、ばばの頭にはインプットされていたのよね~。

今朝、裏玄関を徹底的に掃除して「あぁ~~きれいになった。水漏れもなくなって良かった~~」と

何故か思った。

その次の瞬間、セメントの上を這うホースが気になった。

このホースを伝って水が下へチョロチョロ流れているのは千も承知のはずだったのに・・・・

何故か「このホースがあると目障り。外そう!」と思い、ホースを引っ張るのだが抜けない。

じじの強い力で差し込んであるらしい。

それなら・・・と、園芸用のハサミを持ち出し、苦労の末やっとホースを30センチくらいちょん切った。

(あ~~すっきりした)と家の中に入り、雑用を済ませてチラッと裏玄関を覗いたばば、

現実に引き戻された!何と!・・・なんて言っちゃいけないよばば、

当たり前でしょう・・・ってことが起こってた。

裏玄関のコンクリートが又濡れている~~~。

そりゃそうでしょう~、じじが一時的に溢れる水をホースで階下の両親宅花園に流してたから

コンクリートは乾いていたんでしょ。

そのホースをばばが切っちゃったんだから、水は漏れて濡れるの当たり前でしょ。

何でこんな単純なことが分からないんでしょう~ばばったら~。

分かっていながら、ホースを切っちゃうばばの行動、自分でも理解できない。

思考と行動が全くバラバラだね。

その後のばばは、じじに見つからないように焦って、焦って、ホースを蛇口に差し込む作業に没頭。

まず階段下りて、ホースを担ぎ上げてきて、蛇口に残ってたホースを必死に引き抜いて

長いホースを差し込む。単純な作業。

ところがドッコイ、そうは問屋が卸さない。

狭い隙間に右手で持ったホースを入れて手探りで蛇口を探し当てるのがまずできない。

蛇口を捜したら、今度はホースの径と蛇口の径がキツキツでなかなか差し込めない。

やっと、差し込めたと思ったらホースがボイラーの他の配線に絡まって階下まで届かない。

又やり直し。

何度も何度もチャレンジして、やっと作業終了。

じじは、ばばがこんな苦戦したことなんか全然知らないね。

いや、知られちゃ困るんだけどね・・・・と言いつつ書いちゃった!

じじが、これ読んだら何て言うかな?楽しみでもあり、チョッピリ怖い。

きっと、「ばば~、やるとは思ったが、お主、相当やるな」って、言うだろうね、確率99%!

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「ドジ王」争いしようね~~~

2010年12月21日 21時33分02秒 | 日常生活

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12月21日(火)曇時々小雨

今日は我が家の次女、みーちゃんの誕生日。

おめでとう~~~。

娘達の誕生日がくると、誕生の瞬間やその後のいろいろなことを思い出す。

次女が生まれる前も、ばばはじじ両親と一緒に生活し出産の日を待っていた。

1年前の長女出産の時と比べ、少しは余裕もあったけど、

やはり、出産が終わるまでは不安もあり、期待もあり・・・・・

長女と同じ病院で、元気に産声を上げた、みーちゃん。

長女は生まれてすぐ産声も上げず、痩せてヒョロヒョロで、

じじ父は、加計呂麻のじじに「覚悟した方が良いかも知れない。

この子は、ダメかも・・・」と無情な電話をしたが、

みーちゃんは元気そうに丸々太って、真っ赤な顔をして誕生したんだよ。

お姉ちゃんと体重は50グラムぐらいしか違わなかったのにね。

名前由来は、小さい頃から何回も言っているから知っていると思うけど

お父さんは、可愛い名前を必死に考え、お母さんのお父さんの名前を

そのままもらって、字を入れ替えてつけたんだよね。

お母さんは嬉しかったよ。

お母さんが一番尊敬もし、大好きな花徳のじいちゃんの名前を、

お父さんが、みーちゃんに付けてくれたこと。

花徳のじいちゃん、ばあちゃんも何も言わなかったけど、とても嬉しかったと思うよ。

みーちゃんは、生まれてしばらく経って、お父さんとお母さんの働く加計呂麻へ行ったけど

小さな集落故、みんなのアイドルだったよ。

集落中の方が声を掛けてくれたし、お父さん、お母さんもあのころは毎日ゆったり過ごしていたから

みーちゃんと過ごす時間もたくさんあって、幸せだったよ~。

お父さん、お母さんの後輩達もしょっちゅう家へ来て、みーちゃんと遊んでくれたしね。

何年経っても忘れられないのが、みーちゃんのが一才になるちょっと前くらいから

じじの後輩が遊びに来るたびに「みーちゃん、犬は何と鳴くの?」「ネコは?」「牛は?」

「ヤギは?」と聞いて動物の鳴き真似をさせていたこと。

それと、散歩帰りにみーちゃんがお隣のお宅へ上がり込んでいるのを知らず

お父さんとお母さんとても心配して探し回ったこと。

お母さんと二人で川で洗濯をした帰りに、みーちゃんがおむつを当てたお尻を振り降り

お母さんの前を歩いて、必ず近所のお店(集落に2軒しかなかったよ)に入り込んで

「キャンコ(アイスキャンディー)ちょうだい」と言ったこと。

お父さんが東京へ行って帰って来た時、よく言うよ。

「みーは相変わらずアイスが好きらしい。家の冷凍庫には、いくつもアイスが入ってたよ」って。

1歳の誕生前後くらいから、ガリガリってアイスを美味しそうに食べてたのが

大人になっても、ずぅっとアイス好きに繋がっているのかな?

1歳半でお父さんお母さんと離れて、徳之島で姉ちゃん、じいちゃん、ばあちゃんと暮らしたけど

あの時は幼いなりに不安で寂しかっただろうね。

仕事を終え徳之島に帰ってきたお父さんお母さんにしがみついて離れなかったもんね。。。。

1歳違いのお姉ちゃんとは一番仲良しでライバルだったね。

幼稚園、小学校、中学校と島で過ごし、高校から親元を離れ

そして、今、大都会で妹と暮らしている、みーちゃん。


たまぁにお母さんが旅行でみーちゃん達のところへ行くと、

退屈だろうに、1日費やしてお母さんをあちこち連れて行ってくれたり、

寒い季節には暖かい肌着をそっとプレゼントしてくれたり・・・・

その思いやりにお母さん嬉しくて涙出そうだったよ。

今年もね、数日前の一番寒かった日に、以前プレゼントしてもらった肌着をつけてみたよ。

ほっこりあったかくて、すぐ身近にみーちゃんを感じたよ。

お父さんお母さんがいつも思うことは、「頑張りすぎないで欲しい」ということ。

そして「健康第一」ということ。

美味しいものをいっぱい食べて、天気の良い休日には外の空気をいっぱい吸って

そして、お姉ちゃんや妹や友達と、たまにはバカ話をしていっぱいいっぱい笑って欲しいな。

性格も、容姿も、一番お母さんと似ていると言われるみーちゃんだけど、

これからも、家族の中での「ドジ王」争いバトルしようねぇ~~~。

そろそろ、じじも参戦したいらしいよ~~~。

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暖房で20度だって!

2010年12月20日 17時44分19秒 | 日常生活
12月20日(月)晴

一昨日、ばばのブログに「東京の長女の家では室温28度に設定したら

ほどなく温風が出て、とても暖かかった。」とじじが言い

当日、我が家の室温14度で「寒い寒い」と言っていたじじが

「暖房点けようか?」と28度に設定しても、ばばが30度に設定しても

全然暖かくならなかった・・と書いたら・・・・・

長女からメールが来た。

「お母さん、我が家では暖房20度、冷房が28度です。

暖房28度なんて反エコなことなんてしないよ~~~」と。

ワオ~~~~。

じじとばばは、「冷房16度」「暖房28度」。

何と!娘んちの冷房が、じじとばばの暖房・・・・ってこと????

いや、いや、いや、これは大変なこっちゃ!

これまで、数十年、暖房なんて一度もしたことのないじじとばばが

「夏の暖かさまで一気に室温上げれば暖かく眠れるか~~~」と

単純に考えたのがいけなかった。

これからは「暖房」なんて贅沢なことは考えないことにしよう!!!

居間には、カーペットを出せばいいし、寝室には羽毛布団と毛布があればいいか!

ところがここでも、ばばは変らしい。

実は、急に寒くなった時、ばばは羊毛のフワフワ掛け布団を掛け、

その上に羽毛布団を掛けて寝たのだが・・・・

翌朝、羽毛布団は見事!横へずれ落ち、薄手の羊毛掛け布団のみになっていた。

何日か試してみたが、どうしても翌朝まで羽毛布団をきちんと掛けていることがなかった。

ばばは、年と共に寝相は良くなっていると思っていたが、

もしや?自分では気付かないまま夜中暴れ回っているのでは???とさえ思った。

ところが、数日前、姉が言った。

「あのね、羽毛布団を掛けて、その上に他の布団や毛布は掛けた方が良いんだって。

その方が、暖かい空気が逃げないんだって」・・と。

え~~っ、せっかくの羊毛フワフワの掛け布団?を羽毛布団の上に????

何だかもったいないような気がするんだけど。

そうしたら、羽毛布団もずり落ちないのかなぁ~~。

今度、寒くなったら試してみる価値ありかな?

・・・と言う、今日の室温は21,9度。

これで、羽毛布団云々なんて言ったら、娘達には笑われてしまうかな?

今、ばばは薄手のTシャツを腕まくりして、パソコンに向かっている。

今夜も寒くなりませんように・・・・・・
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「こはいかに」は、「怖いカニ」?

2010年12月18日 21時56分02秒 | 日常生活
12月18日(日)晴

昨日は、日中も寒かったが夜も寒くて、なかなか寝付けなかった。

結婚以来初めて、我が家で暖房を入れた。

クーラーは使うが、暖房機能は使うことが全然無かったのだが・・・・

おしゃべりをしていたら、じじはいつの間にかスースー寝息をたてはじめ

ばば一人だけラジオを聴きながら、布団の中で体を丸めていた。

・・・と、じじが目を覚まし「寒いね。暖房付けようか」と言った。

じじは、まず自分の電位治療器のスイッチを入れ、クーラーの暖房機能をセットした。

ところが・・・ところが・・・・いつまでたっても部屋は暖かくならない。

一度消した電気をもう一度点けて、セットし直す。

まだ暖かくならない・・・・・・

こんな事を、3回、4回と繰り返す。

じじは電位治療器の敷き布団が暖かくなったので再びスヤスヤ夢の中へ。

ばばは、まだまだ寒い。どうして?

じじが「長女の家では温度を28度に設定したら温風が出てとても暖かかった」

と言っていたが、我が家は断熱構造ができていないので

30度にセットしたらどうだろう?とばばが勝手に温度を上げても見たが・・・

仕方ないので、暖房のことは諦め、ラジオを聴きながらじぃっとしていた。

すると、ばばがよく聞く深夜番組で、とても面白いことを話していた。

「日本語はメロディーのある言語」なんだって。

とても興味ある話だったが、一晩寝たら忘れてしまって詳しくは書けない。

特に憶えている事を書くと・・・・

NHK紅白歌合戦のフィナーレで「蛍の光」を全員合唱するが、

その時指揮をしていた藤山一郎さんは、最初の「ほたーるの ひかーり」の部分は

口をつぐんで絶対歌わず次の歌詞から歌っていたんだって。

「なぜ、初めの部分は歌わないんですか?」と聞くと

「気持ち悪いから」って答えたそう。

「ほたる」と言う言葉が、メロディーと合わないってこだわっていたんだって。

また、やはり紅白歌合戦で、ある歌手がソロで「お正月」の歌を歌った時は

「♪コマを回して遊びましょ♪」と歌ったのに、

全員でもう一回歌った時は「♪コーマを回して遊びましょ♪」って歌ったそうだ。

メロディーは「コマを回して・・・」が正しいのだそうだ。

あと、面白かったのは、昨夜話していた学者の方は

昔、中曽根美樹さんが歌っていた「川は流れる」という歌の

「♪病葉を今日も浮かべて まちのたに 川は流れる♪」という歌詞を

「・・・町の田に 川は流れる」と思っていたそうで、

また、「浦島太郎」の歌の「帰ってみれば こはいかに・・・」の歌詞を

「帰ってみれば 怖いカニ・・・」と思っていたそうだ。

瀬川瑛子さんの「命くれないの」の歌詞で「♪命くれ~~ない」の部分を

「命をくれない冷たい人」というように解釈する人も多いんだって・・・

面白いね。

それとね、ばばの姓は4文字で、ばばは3音目にアクセントをおいて発音していると思うが

2音目にアクセントをおいて発音する人も多い。

何だか異様な感じがする。

自分の姓や名前を、違うアクセントで言われたら・・・・・どんな気がするかな?


深夜、寒くて眠れずイライラしていたけど、おかげで楽しい話が聞けて良かったな。。。


それに、今日は浅間干潟で珍しい鳥とも遭遇できたし・・・


この鳥のことは、明日、じじがアップすると思うのでお楽しみに。


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シギロッキィ~~~

2010年12月17日 15時00分52秒 | 日常生活

12月17日(金)曇時々雨

今朝の室温14度。

寒かった~~。

これで「寒い」なんて言うと笑われるかな?

ヒートテックの服を着てタイツから、ぬくぬく靴下から・・

頭に帽子かぶって、更に腰までのベスト着て、お腹と背中にカイロ貼って・・・・

アハハハ~~~、自分の事ながら書いていて笑い出してしまった。

そんなわけで、スーパーで買い物をして、

エコバッグ忘れたことに気付いたが後の祭り。

いくらビニル袋を開こうとしても開かない。

両手でクシュクシュ揉んで袋の上の方を何とか開こうとするんだけど

手がかじかんでしまって、開けられない。

ばばの両脇の人達は、買った物をどんどんビニル袋に詰めている。

だんだん焦ってきたよ~~。

周囲の人達がばばを見ているような気がしてきた~~。

かと言って、店員さんに「ビニル袋開けて下さい」何て頼めないしね。

さっさと品物を詰め終えて出て行く人達を見ながら、悪戦苦闘を続けるばば。

こんな時一体どうしたら良いんだろう??

かじかんだ手でビニル袋を開けるコツがあるのかな?

両手に「フゥ~~~フゥ~~~」って熱い息を吹きかければいいのかな?

さんざんチャレンジし、付かれてしまったばば。

そのうち、ふと気付いた。

そうだ!マチの部分を両方に引っ張ったら開くんじゃないか????と。

早速やってみた。

一回では上手くいかなかったけれど、6,7回チャレンジしているうちに

片方が開いた!片方開けばしめたもの。。。。と思ったが甘かった。

反対側もやっぱり6,7回引っ張ったり、クシュクシュ揉んだりしてやっと開くことができた。

何で、スーパーの袋って、寒い日は、あんなに開きにくいんだろう?

それとも?ばばだけがよっぽど不器用だと言うことなのか?

今日のこの恥ずかしい不器用さを反省し、次からは絶対エコバッグ忘れないぞ~。

・・・実は、車の中には3枚もエコバッグ入れてあったのよ。

 

そうそう、話題はがらっと変わるけど昨日、ラジオで面白いこと聞いた。

東北地方では「け」って言うと「食べなさい」とか「来なさい」とか言う意味があるんですって。

ところが鹿児島で「けけけけ」と言うと・・・・さて、何という意味でしょうか?

答えは「貝を買って来なさい」(貝を買って来て食べなさいだったかな?)

と言う意味になるんだって。

4つの平仮名の「け」。どんなアクセントで言うんだろう?

ラジオのアナウンサーも分からないって言ってたけど・・・・・

面白いねぇ~、言葉って。

数日前、東北地方のAさんから「おばんです~~~」と電話がかかってきた事を書いたが

純粋な東北弁を直に聞いたばば、しばらくは気分が高揚していたよ。

Aさんの「おばんです~~」に、ばばも「おばんです~~~」と返したら

Aさんが「徳之島では、おばんです~とは言わないでしょう」と言うので

ばばは「ヨウネェ、ウガミンショラ」と改めて挨拶するとAさん、笑ってた。

たまたまじじが留守だったのでAさんとばばは、初めて話したが

約20分くらい,Aさんはずぅっと東北弁で話した。

アクセントが独特で、とても木訥な感じがするね、東北弁って。

徳之島の言葉「島口」は余所の方が聞いたらどんな感じなのだろう?

ばばが島口で話すと、小さい子ども達は「ばばちゃんが英語しゃべった!」って感心していたけど。。。。

 

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約400個から、2リットル

2010年12月16日 13時42分15秒 | 日常生活
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12月16日(木)朝から雨

花徳の知人宅の庭にミカンの木が一本ある。

昔からある、余り甘くない小ミカンが実る。

先日、数ヶ月ぶりに寄ってみると、生ってる、生ってる。

今年もキンカンより二回りほど大きい小ミカンがギッシリ。

座ったままでも収穫できるし、ハシゴをかけないと採れないくらい高い所にも

無数のミカンが。

見ただけで、ばばは異様にボルテージが上がる、上がる。

ミカンの数は、数千個はあるだろう・・・・

ミカン星人を名乗るばばにとって、至福の空間。

余り甘くないって分かってはいたけど、一個だけもいで食べてみると

「食べられる!」。

酸っぱすぎもせず、かと言って甘くもないけれど・・・・

知人が、大きなビニル袋2枚と、サンテナを(この上に乗って高い所のミカンをとるため?)

出してくれた。

ばばは、夢中になって採る、採る。

いつの間にかビニル袋は満杯に。

もう一枚、ビニル袋をもらって又、採る採る。

薄暗くなるまで・・・と言っても採り始めてから30分くらいで

ビニル袋3個分。

意気揚々と帰って来たばばだが、数にして400個くらいもある小ミカンを

とてもばば一人で食べきれない。

じじが手伝っても、おそらく完食はできず、大部分を腐らせてしまうだろう。

そこで、ばばは考えた。

そうだ!絞って、じじが刺身を食べる時のお酢にしよう・・・と。

でもなぁ~~、400個くらいの小さなミカンを半分に切り絞り器で搾る。。。。

どのくらい時間がかかるだろう?

難儀でもやらなければ、腐らせてしまう。

一念発起。

倉庫から「シトラスジューサー」を出してきて・・・・

ミカンを半分に切った物を1つずつ絞っていく。

絞っても絞ってもきりがないくらいミカンはある。

朝8時半から始め、全部絞り終わったのは12時少し過ぎ。

約4時間頑張った結果は?

天然ミカン果汁約2リットル。

ふぅ~~疲れた!

さて、冷凍庫に入れましょう。

冷凍しておけば、半年以上保つんだよ~~~。

あぁ~~あ。

半日は、ミカン絞りで終わってしまった。

昼からは、冷蔵庫整理でもしましょうか。。。。。


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せっかくの誕生日なのに・・

2010年12月15日 20時24分52秒 | 家族のこと
12月15日(水)晴時々曇

今日は、長女の誕生日。

午前中で「おめでとう」コールをしようとしたが電話に出ない。

午後になって再度電話すると、出るには出たが何とも元気のなさそうな声。

吃驚して、「どうした?」と聞くと「ちょっと目眩がする」って。

それにしてもこんなに元気のない声を聞くのは初めてではないかと思うくらい

声に元気がない。

朝はどうもなかったのに、昼前頃、出先で急に具合が悪くなったとのこと。

心配はすれど、島にいて何にもできないばば。

こんな時は「地続きだったらなぁ~~」と思う。

幸い、次女が休みだったので、次女に電話して、

いろいろ手伝ってもらってるとのことで一安心はしたが

親にとって、子どもの具合が悪い時のように心配することはない。

よりにもよって、今日は誕生日なのに・・・・・

と、思いながら、ばばは、長女が生まれた○○年前のことを思っていた。

当時、加計呂麻にいたばばだが、お産は島で・・・と

産休に入ってからは、じじの実家に帰省していた。

自分の実家に帰るのが普通だろうが、ばばが初産だったこと、

じじの実家の方が病院も近かったことなどから、

じじ両親が「こちらに帰っておいで」と言ってくれ、ばばは甘えていた。

義母は、体に良いからといろいろな料理を作って毎日ご馳走してくれた。

今にして思えば、舅と姑と嫁の3人の生活を2ヶ月近くしたことになる。

ばばは、何にも仕事もせず、じじ両親にただ甘えていた。

厚かましい嫁だったなぁ~~~。

いよいよ出産当日。

お昼まで、どうもなかったが昼過ぎから定期的にお腹が痛み出した。

(もしかしたら、今日生まれるかも・・・・)と思い

義母に話すと、「お産の前に温かいものを食べて元気を出しなさい」と

温かいうどんを作って食べさせてくれた。

義父は、いつでも病院に行けるように待っていてくれた。

うどんを食べ終わって、5時過ぎだったろうか?

父の運転で病院へ行った。

お腹が痛くなる間隔は短くなるし、お腹の痛みはだんだん強くなるし・・・・・

初めてのお産に不安が尽きないばば。

痛みは永遠に続くのかとさえ思われるほど長く感じられた。

夜、8時前くらいだったろうか?

やっと先生がいらして・・・・・・そして、長女はこの世に出た!。

義父が「ヤセゴロビッキャ(痩せたカエル)」と表現したように

長女は手足が妙に長く、とても痩せていたそうだ。

(そうだ)と書くのは、ばばは生まれてすぐの長女を見ることもできないくらい

体力を消耗してしまっていて、長女と対面したのは大部経ってからであった。

「生まれてすぐの赤ちゃん」を見たことがなかったばばは

長女が大部痩せていたなんて思いもしなかったが、

義父は加計呂麻で長女の誕生を待っていたじじに

「この子は、上手く育たないかも知れないから、覚悟しておきなさい」って電話で言ったんだって。

長女がとても痩せていた上、生まれてしばらく産声も上げなかったから・・・・・って。

「ヤセゴロビッキャ」と義父が評した長女だが、生後は3ヶ月からじじ両親と育った。

ばばが「仕事」を続けるために・・・・・・

加計呂麻では、赤ちゃんを預かってくれる人も、施設もなかったから・・・・

一番は、義父が「ばばちゃん、これからの世の中、女性も仕事をする時代になるから、

大好きな仕事続けて良いよ。赤ちゃんは、父ちゃんと母ちゃんが世話するから。

でも、仕事がキツイと思ったらいつでも辞めて良いんだからね」って言ってくれたから。

丁度、ばばが結婚した頃、結婚後、女性も働き続けるという時代の幕開けの時期だったのかなぁ・・・・

加計呂麻での仕事は残すところ、2年半。

じじとばばは、長女を両親に預けることを決意。

じじとばばが仕事を終えて島に帰った時、赤ちゃんの時から祖父母と育った長女は、

祖父母を「自分の親」だと思い込んでいて、

じじとばばは、とても悲しかったけど、仕方ないね・・・・

だって、親らしいことほとんどしてあげてなかったものね。


高校まで親元で暮らし、大学は東京へ・・・と大きく羽ばたいた娘。

卒業後、東京で就職、そして結婚。

今は、2男児の母として肝っ玉母さんしてる・・・・かな?

ばばは、女の子しか育てたことがないから、二人の男の子を育てる長女を逞しいと思って見ている。

ばばが、娘の年だった頃と比べ、遙かにしっかりしているな。

ばばの良い相談相手にもなってくれる。

生まれた時は「ヤセゴロビッキャ」と言われたけれど、背もばばよりうんと高くなったし

料理もばばよりうまくなったし、どんどん、どんどんばばを追い抜いていく。

そういう娘を見ていると、ばばは嬉しくなる。

遠く離れていて、娘に何もしてあげられないけれど、

もし、娘がばばを頼ってくる時は、最大限受け止めてあげるよ。


せっかくの誕生日。

体調が優れず、悲しい日になってしまったかも知れないけど、

頼りになる妹がすぐ駆けつけてくれるし、

最愛の旦那様が精一杯手伝ってくれるし、

はなちゃん、あなたは幸せ者ですよ。

早く快復して、又元気な声を聞かせてねぇ~~。

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