ばばの日記

団塊世代 仲良し夫婦の暮らし
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鳥・モグラ・日本復帰の歌

2010年03月31日 14時42分42秒 | 日常生活

3月31日(水)曇り後晴れ

去る28日、「米軍基地徳之島移設反対郡民大会」に参加した後

浅間干潟に寄った。

一番会いたかった鳥に会えた。

ヘラサギ・・・・・親鳥?が2羽もいた。

遠目にも、嘴は黒っぽく体も大きかった。

この2羽と大瀬川にいるピンクの嘴のヘラサギとは、どんな関係だろう?

ばば達が見ている前で羽づくろいをしたり、干潟を嘴で探ったりしていたが

急に飛び立ち、ばば達の前から100メートル近く離れた場所に舞い降りた。

じじはカメラを構えたが、あまりに距離がありすぎて

うまく捉えることが出来ず諦めて帰ってきた。

数日前から大瀬川のヘラサギは姿を見せなくなった。

何処へ行っているのかな???気になる、気になる~。


29日夕方の散歩は、じじと別コースだった。

じじは、大瀬川で又珍しい鳥を見つけたと喜んでいた。

その鳥の名前はカンムリカイツブリ。

じじの画像を見て、ばばも俄然興味を持った。

もう一度しっかり写真を写そうと昨日出直した。

いた、いた。。。。。。

潮が満ち始めている川を優雅に泳いでいる。

少し風があり、川面には波が立っていて、彼はその波にうまく乗って

フンワリ、フンワリ浮いているように見えた。

でも、近くで見ると、両足で必死に水をかいているの・・・・

可愛いね。

川上に向かって泳いだかと思えば、不意に方向を変え河口に向かって泳ぐ。

かと思うと、急に潜水する。

次、どのあたりに顔を出すか予想も出来ない。

思いも寄らぬくらい先にヒョコッと顔を出す。

潜った時は魚を捕っているのかな?

上へ、下へ・・・彼の動きに会わせてじじ&ばば&姉は小走りで移動する。

風は強いし、だんだん寒くなってきたので撮影はじじに任せ

ばばと姉は散歩を続けることに・・・・・

歩いて、歩いて普段歩かない場所まで歩いたよ。


帰りに岸壁近くを歩いていたら、急にモグラが飛び出してきた。

ばばは、写真を撮ろうと構えたが必死に逃げるのでなかなかうまく捉えられない。

モグラも必死で雑草の中に体を隠すが、そこをばばが足で探るので

彼も「窮鼠猫を噛む」状態になってばばの足に這い上がってきた。

ギャァ~~!!!!!

悲鳴を上げて逃げ出したのはばばだった。

悔しい~~~モグラに負けちゃった。


その後、いくつか用事を済ませ家に帰ると6時過ぎ。

テレビをつけると、ローカルニュースで徳之島の3町長が出ていて

米軍基地の徳之島移設反対をテレビを通して訴えていた。

3町長の話を聞きながら、鳩山首相は・・・と言うより国は

ある日、突然「米軍基地を徳之島へ移します」と決定するのではと

恐怖をおぼえた。

そんなこと絶対無いよね!させないよね!


米軍基地徳之島移設?が話題になり、じじとばば共通した事をするようになった。

なぜか分からないけれど、いつの間にか「日本復帰の歌」を口ずさんだり

ハミングしたりしているのだ。

どうして?


奄美群島が米軍統治下にあった時代のことを、ばばは知らない。

日本に復帰した当時のことも記憶にない。

学校で教わった記憶もない。

じじは、微かに提灯行列のことなどおぼえているらしい。

でも、物心つくか、つかない時代でも両親や周囲の大人の会話などから

当時の生活などについて聞いたり、

「日本復帰の歌」なども聞いたりしていたのかも知れない。


「米軍基地移設反対」の気持ちが心の底に絶えずあって

「日本復帰の歌」が、しぜんに口をついて出るのかも知れない。


鳩山首相の5月の決断がどう出るか?

まだ予断を許さぬ状況だが、この美しい徳之島の自然

ゆったりとした時間の流れが永久のものでありますように・・・

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地でいく「意地悪ばあさん」

2010年03月30日 14時41分00秒 | 日常生活
3月30日(火)曇り

花曇りとでも言うのだろうか?

気温20度、湿度50%、青空は見えない今日の天気。

半袖を着たかと思うと、ヌクヌク着ぶくれる日が交互にある。

寒さに弱いばばにとって、ポカポカ陽気が待ち遠しい。


朝食の時、ポケットから何やら取り出し、

いかにも「どうだっ!」と挑戦的に小さな紙片をばばに突き出すじじ。

「なに?なに?どれ、どれ」と覗くばば。

小さな紙片には110~120台と80~090前後の数字が・・・・

去年末から、今年初めにかけてじじの血圧が極端に変動するので

とても心配していたが、どうやら正常値に落ち着いたらしい。

じじも「血圧のことは、もう気にしない」と言っている。

「フム、フム、なるほど・・」とじじの数字を確認した後、

ばばも自分の血圧を測る。

ばばは120~130台と80~90台で落ち着いている。

若い頃は、真剣に血圧とか考えたこともなかったけれど

年と共に血圧・コレステロール・内脂肪など数値がやたら気になる。

昨夕、友人Kちゃんを見送りに港に行った時

30年以上前からの知り合いと久しぶりに会い

「ばばちゃ~~ん、全然体型変わらないね~。20代の頃から変わってないでしょう」

・・・なぁんて、お世辞言われたけれど・・・・

変わってるよぉ~~。

ウエストなんか独身時代は58だったのに、今ではしっかり64。

体重は、かえって減ってるかなぁ~~。

結婚した当時、じじったらばばに「体重が大台(50㎏)超えたら離婚する」なんて

言っていたけど・・・・どうよ、じじ!

当時、ばばが一番太っていた時期で本当は53㎏もあったんだよ~~。

じじ、知らなかったでしょう~。

年と共に、顔つきも体つきもどんどん変わってくるよね。

ばばが、自分を「おばさん体型」と認識したのは加計呂麻への単身赴任時代。

ショックだった~。

でも、クヨクヨしたって始まらないし、ありのままの自分を受け入れなくちゃね。

食事や運動など少しの努力は大切だけど・・・

ばばに「大台超えたら離婚」なんて言っていたじじは

数年前までは「成人式の時に作ったスーツがまだ着られる」なんて自慢していたけど・・・・

去年あたりから、ズボンのウエストが、やたらきつくなったとぼやいている。

ウエストがきつくなったら、ズボンはもう着られないよ。


ばばは、6,7年前大きなストレスを抱え、スナック菓子を異常なくらい食べまくった。

毎日、一袋半くらいは食べていた。

そのお菓子を、箱単位で買って・・・・・

効果は覿面だったね~~~。

みるみるうちに体重は増し、3,4ヶ月でスラックス(最近はパンツというらしいが・・)の

ウエストがどれもきつくなった。

慌てて、2センチウエストの大きいスラックスを4枚ほど買った。
(落ち着いて、食生活の改善をすれば良かったのにねぇ~)

1年経たないうちにウエストは元に戻ったけれど、

今では、あのスナック菓子はもう見るのも嫌になってしまった。

人間の精神状態は、体に大きな影響を及ぼすと身をもって知った。

これから、じじとばば共に大きなストレスを抱えず

穏やかに過ごせると良いねぇ。


朝が血圧対決なら、昼は????

今日の昼はじじの大好きなステーキを準備した。

付け合わせにズッキーニが手に入ったので肉の傍らで一緒に焼いた。

お皿に盛り合わせて出すとじじが「この野菜何だっけ?」と聞くので

(じじのためを思って)フルネームは教えず頭文字の「ズ」とだけ教えた。

まぐれだろうか?じじは一発で「ズッキーニだったよね」と正解!

悔しぃ~~~。(おい、おい、ばば。ここは喜ぶべきではないのかい?))

悔しさついでに「まさか、ズと言われて(ズアカアオバト)とか

思い出さないよね~」と意地悪の毒針を突っ込んだばば。
(だって、最近じじは、やたら、鳥のこと詳しくなっているんだもん)

何て意地悪なんでしょ!ばばったら。

正に意地悪ばあさんを地でいく自分が恐ろしい~~。
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さようなら~~~

2010年03月29日 19時59分08秒 | 日常生活

☆☆☆ ↑ 上のテーマ(題名)をクリックしてテーマのすべてを表示させてからご覧下さい☆☆   

3月29日(月)晴れ

行っちゃった~~。

 

ばば30年以上前からの友人、Kちゃんが40年間の教員生活を無事勤め上げ退職、

今夕の上り船で帰っちゃった~~。

彼女が徳之島へ赴任して、もう、5年が過ぎた。

生活根拠地以外での退職となったKちゃんだが

40年間、よく頑張ったね~。

ばばは、「中途退学」だったけど、Kちゃんは立派に「卒業」した。

頑張ったね、えらかったよ、パチパチパチ(拍手)。


このKちゃんとの最初の出会いは、ばばがじじと結婚して、すぐ赴任した

加計呂麻の職場で、彼女は当地の出身でご両親と一緒に暮らしていた。

当時、彼女は独身でいろいろな話をした。

仕事が終わると、まず、ばば宅へ寄り、おしゃべりをしながらお茶を飲んだ。

「ばばちゃんの、卵焼きとおかきが美味しかった」と数十年経っても言ってくれる。

我が家の長女、次女をよく可愛がってくれた。

また、お産で奥様が里帰りした同僚におかずを作って

10日ほど一緒に届けたりもした。

たまには恋愛談義をしたり、他愛もない話をしてはたくさんの時間を共有した。

また、ある時は、散歩がてら山道を歩きツワブキや野草を収穫したりもした。


ばばが、数十年経っても、まだ、自責の念に駆られることがある。

それは、一緒に散歩に行った時、畑の周りのツワブキをたくさん収穫して

ホクホク帰宅したが、後日、そのツワブキは農家の方が

自家用に収穫するため植えてあったと言うことが分かった。

悔やんでもみても、後の祭り。

地元出身のKちゃんが、うまく謝ってくれたと思うけど、

思い出すたびに今でも身の竦む思いがする。

若かったねぇ~~、Kちゃんも、ばばも。


3年間一緒に仕事をし、転勤で彼女は加計呂麻を離れ、数年後に結婚した。

そして、ばば達はKちゃんが転勤して行った1年後に徳之島に帰った。


それからは海を隔てて、年賀状だけのおつきあいで空気のような存在だったが

5年前、Kちゃのが徳之島赴任が決まり、ビックリもしたが、それ以上に嬉しかった。


家もばばの近所だったのに、5年間のうち、

一緒に食事をしたりお茶を飲んだりしたのは数えるくらいしかないが

Kちゃんは長期休暇などで帰省するたびにお魚や野菜など届けてくれた。

いつも、お世話になりっぱなしだったね。

Kちゃんは「ばばちゃんが近くにいると思うだけで心強かった」と言ってくれたけれど、

ばばは、心苦しい。。。。。


去年のある日、突然「無人市場巡りしない?」とKちゃんからの電話。

職場で色々あったり、モヤモヤした時、彼女は車で無人市場巡りをして

気分転換をしていると言った。

Kちゃんとばばと姉の3人でおやつを持ってドライブがてら

無人市場巡り。

走りに走って、全島半周くらいして、海へ行き

遙か彼方の海を眺めながらいろいろなおしゃべりをして時間を過ごした。

それが一緒に行動した、最後となった。

その後は、Kちゃんの仕事が忙しく、なかなかゆっくり会うことは出来なかった。

そして・・・退職・・・・・


健康面、家族のこと、いろいろなことで悩みはあっただろうけど

Kちゃんは、いつも明るく振る舞って、ばばに元気をくれた。

Kちゃんは、半単身赴任のような生活だったので、

これからはご主人とたくさんお時間を共有して欲しい。

また、加計呂麻でお一人暮らすお母様孝行をうんとして欲しい。


今日の、上り船は定刻4時45分入港。

kちゃんが勤めた職場の同僚・保護者・子供達がたくさん見送りに来てくれていて

「お別れの式」をした。

校歌を歌ったりして、万歳三唱で送り出した。

船上の人となったKちゃんとご主人。

五色のテープが舞う中、いつまでも甲板で手を振っていた。

Kちゃんが目頭を押さえている。

ばばは、両手を頭上で大きく振った。

Kちゃんはハンカチをクルクル振りながら何度も頭を下げた。

船はゆっく動き出し、岸壁を離れた。

ばば達は船の後を追って走った。

毎年繰り返される、島の別れ。。。。。。。。。


Kちゃんの中で、徳之島は良い意味で「忘れえぬ地」となってくれただろうか?


今夜9時過ぎには、自宅に着くことだろう。

ゆっくり、手足を伸ばしてお休み~~~Kちゃん。


これから、なかなか直接会うことはないだろうけど

電話も、メールもあるし、Kちゃんのこと決して忘れないからね~。

明日から、新しい生活の始まり。

お体に気を付けて、いつまでもお元気でね~。

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今 黙ってたら故郷は基地の島になる

2010年03月28日 22時22分26秒 | 日常生活

3月28日(日)曇り

「今黙ってたら故郷は基地の島になる!!」

米軍基地徳之島移設反対郡民大会にじじ&姉&ばばで行ってきた。

会場は天城町総合運動公園野球場。

13時30分開始ということだったが、ほんの2,3分遅れてしまった。

会場に着くと、たくさんの人たちが「基地反対」と書いた鉢巻きを締め

決意を書いたプラカードを持ち、横断幕や団体名を書いた旗を持って熱気ムンムン。

普段「島時間」という言葉もあるくらい時間にルーズな一面もあるといわれるが

今日は定刻きっちりに開会したそうだ。

各自治体代表の方や近隣の島から駆けつけた方

県議会議員や現職衆議院議員の方も数名駆けつけてくれていた。

次々といろいろな方が登壇して「基地反対」を訴え

そのたびに集まった人たちは拍手やエールで応えた。


しかし、途中から雨がポツリポツリ。。。。

小池百合子さんが登壇する頃には雨脚が少し強くなり・・・

それでも小池さんは熱弁をふるい観衆を引きつけた。

ばばも、絶対最後まで帰らないぞ・・・と決めていたが

3人とも濡れて体調を崩しても困るので一旦車へ戻り3人分傘を取って来た。

傘を差すほど降り続けることもなくホッとした。


上空をヘリコプターが飛び、

会場にはNHK初め民法のテレビ局や新聞社も取材に来ていて

あちこちにカメラやマイクを向けていた。


14名の方が登壇し、いずれも基地移設反対を力強く訴えた。

最後に伊仙町長さんの「がんばろう!」三唱で会は終わった。


会が終わって、会場を出る時は出口付近は人々が殺到し

なかなか外へ出ることが出来なかった。

そんな時、若くて綺麗な女の方がばばと姉へ

「今日の集会について何か一言お願いできませんか」とマイクを向けた。

「いえ・・・」と慌てて場所を変えた。

ばばのすぐ後ろにいた、元同僚Mちゃんはマイクに向かって何か話していたが

夕方のテレビにしっかり映っていた。


ばばは、マイクに向けては言わなかったけれど・・・・・

昨年末島民劇「北緯29度線」を観て感動し改めて自分の親や大先輩、

泉芳朗さんに対する尊敬の念が強くなった。

日本国民でありながら「アメリカの統治下」に置かれた戦後の奄美の人たちの悪夢が

今回の基地問題で再燃するような恐怖をおぼえた。


先祖達の血と汗と涙で勝ち取った、島の平和を再びあの悪夢へ変えてはいけない。

島民劇「北緯29度線」は奇しくも、今回の基地問題を予知させた様な気もする。

今日プラカードに「太平洋の潮音は 我が同胞の 血の叫び」と

「日本復帰の歌」の歌詞を書いていた人もいたが

ばばも全く同感だ。

プラカードには「人殺しの練習地はいらない」とか

「基地は絶対いらない」「命どぅ 宝」「子や孫に美しい自然を残そう」

「米軍基地はグアムへ」等と書かれていた。


良いことずくめなら、沖縄の方達が基地移転を望むはずがない。

危険なこと、迷惑なことが多いからこそ基地移転を希望するのに

その移転先が、なぜ徳之島なのか?

距離的に沖縄に近く、地形的に良いから?


現在、徳之島は人口は減り、観光も廃れ、失業者も多い。

しかし、観光客が少ないのは運賃が近い外国へ行くより

遙かに高いことも大きな要因だろう。

それでも、景気の良かった時代は観光客もけっこう来てくれていたし

観光地もそれなりに整備されていた。

けれど、観光客の減少と共に観光地は荒れ果て、負の循環が続いている。

せっかく美しい自然という財産があるんだから

島民がもう少し自覚し、行動を起こせば何か出来るのでは????


アメリカ軍基地の移転が実現すれば人口が増え島が潤うと言う人たちもいる。

考え方は人それぞれだから、自分の考えを決して人に押しつけるべきではない。


ばばは、生まれ育ったこの島が大好きだ。

この島の美しい自然が、孫、ひ孫の時代まで、もずぅっと、ずっと残っていて欲しい。

自然は一度壊してしまうと、元に戻すには膨大な時間がかかる。


短絡的な考え方で島を外国へ売ってはいけない。

「日本復帰」当時の島民の熱く大きなうねりを

今こそ再び起こすべき時ではないか?


改めて「日本復帰の歌」を書いてみたい。

1 太平洋の潮音は 我が同胞の血の叫び

  平和と自由をしたいつつ  立てる民族20万

  烈々祈る大悲願 


2 われらは日本民族の 誇りと歴史を高く持し
  
  信託統治反対の大スローガンの旗の下
  
  断固と示す鉄の意志

3番略


4 二十余万の一念は 諸島くまなく火と燃えて

  日本復帰貫徹の のろしとなりて天を焼く

  いざや団結死闘せん

  民族危機の秋(とき)ぞ今

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別れの季節・・・他

2010年03月27日 21時43分50秒 | 日常生活
3月27日(土)晴れ時々曇り

終業式が終わったと思ったら人事異動。

当事者の方は大変ですね。

じじとばばは加計呂麻へ行った以外は島内勤務だったので

我が家からの通勤だったから転勤の苦労は、他の方と比べたら少ないと思う。

自分の転勤が無くても、毎年同僚の転出入があるので

春休みは腰を落ち着ける事がないくらい忙しかった~。

去年まで、ばばも母校での同僚が転勤することになり

荷出しに行ったりした。

今年は、ばばが初任校で一緒だった友人が退職。

この友人は島在住なので荷出しなどはない。

後一人、加計呂麻の職場で一緒だった友人Kちゃんが退職なので

荷出しなど手伝おうと思っていた。

あと一人、公民館講座で知り合った友人、Yさんのご主人が転勤で

今日、荷出しと聞いていたので朝電話をかけたら、10時半からと言われた。


いつもより早起きして、準備をし、エプロンを持って出かけた。

Yさんの家に行く前に、Kちゃんお家に寄った。

すると、たくさんの女の方が・・・・

なんと、まあ!kちゃんの家も今日荷出しで、既に荷物は運び出して

職場の同僚達が掃除をしていた。

ごめんなさ~~い。

まさか、こんなに早く荷出しをするとは思ってもいなかった。

明日か、明後日だろうと勝手にタカをくくっていたら

明後日、夕方の船でもう帰るのだという。

最近は、辞任式が早くなったのねぇ~。

ばばが務めていた時は31日が辞任式だったのに・・・・

時代と共に色々変わるのね。

辞任式は早いほうが良いね~。

次の地へ行っても、やることがたくさんあるもの。。。。

・・・と言うわけで、Kちゃんのお手伝いは何も出来ず

Yさんの家に向かった。

さすが、高校の先生の転勤は、力持ちの高校生が20名くらい手伝いに来ていた。

ばばは、中へ入って少し片づけのお手伝いをしたら

もう、11時半になった。

Yさんが「ご主人のお昼の準備があるでしょう」と言ってくれたので

ばばは、そのまま帰宅した。


せっかくお友達になったのに、数年でお別れ。

Kちゃんとも30年以上のおつきあいだけど、明後日には奄美市へ帰ってしまう。

転勤族の「さだめ」です・・・・

でも、心はきっとつながっているよね、いつまでも。。。。


家に帰る途中、選挙カーのうるさいこと。

明日は町議選の投票日。

候補者の車が通るたびに、小さい子供達までが門へ飛び出して

候補者と握手したりしている。

ばばも、投票したい人は何人もいる。

その中から、一人選んで投票する。

必死に頑張っている候補者の方々を見ていると

みんな当選して欲しいと思う。

年配の方は経験豊富だし、若い方は年配の方から色々学び、

行動力で町政の場で活躍して欲しい。

16名の定員に対し20名が立候補している今回の選挙。

あと24時間後には結果が出る。。。。。。。。
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これが最後!

2010年03月26日 19時14分15秒 | 植物のこと
3月26日(金)曇り

不安定な天気が続いている。

暑くなったり、寒くなったり、雨が降ったり、風が強くなったり・・・・

そんな中、今日は去年11月から3度目の「ギンモクセイ」植え付け。

甘い香りが好きで、何とか育てたいと

生協から苗を2本、3本と取り寄せて植えてみるが

一本も根付かない。

植える前には園芸店に電話してアドバイスを頂いているにもかかわらず・・・・

一体何が悪いの?

ばばには分からない。

朝、晩、気にかけて語りかけ

風の強い夜は玄関に取り入れたり、

水もきちんと根腐れしない程度にかけているし

土だって、園芸店から買ってきて使っているのに・・・・

後から買った「沈丁花」が花を咲かせ葉を茂らせているのに・・・・


ばばは、自分がした通りのことを園芸店の方にも話した。

園芸店の方も「今している通りで、問題は無いんですけどねぇ。

強いて言うなら、鉢をもう少し小さくしてみたら、どうでしょう?」って。

今まで、「6号以上の大きさの鉢で育てましょう」と書いてあったが

ばばは、8号鉢を使っていた。

鉢の大きさが1号違うだけで????ばばは納得できなかったが

今回は7号鉢にした。

そして、土もインターネットで調べた

赤玉土と腐葉土を7:3の割合で混ぜた物も使うことにした。

でも・・・やはり心配なので、一本は「野菜と花の土」に

一本は「赤玉土と腐葉土を7:3の割合で混ぜた土に

一本は赤玉土と腐葉土と野菜と花の土を、混ぜた物で試験的に育ててみようと

準備し、植え付けた。

3鉢、玄関先に並べた。

そして、ばばは決心した。

今度は、絶対過保護にしないと。

だから、雨が降ろうが、風が吹こうが「知らんぷり」をする。

人間の子供でも、あまり過保護にしたらいけないものね~。


大学生の頃から育ててみたいと思っていたキンモクセイは

徳之島では育たないと聞いた。

そこで、数年前にギンモクセイを試しに育ててみたら

見事、葉が生い茂り可憐な芳香を放つ花も咲かせた。

ところが・・・・・その後間もなく葉が全て落ち木は枯れてしまった。

原因は分からない。

その後、育てようと試みては何回失敗したことか?

それでも諦め切れないばば。

何で、こんなにもギンモクセイに執着するのか自分でも分からなくなってきた。

今度失敗したら、潔くギンモクセイのことを諦めよう・・・・


ギンモクセイを大事にするくらい、じじを大事にしたら、

良い妻になれるのにね。

じじが言うことには、まず「嫌だ!」と反抗するばば。

じじ、ごめ~ん~~。
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何したらいいの?・・・・どうしたらいいの?

2010年03月25日 17時21分42秒 | 日常生活
3月25日(木)曇り時々雨

「今、何をしようとしていたっけ?・・・・・」

「何を取りに来たんだったっけ?・・・・・」

自分の次の行動が分からなくなる・・・ど忘れするってことが

じじとばばの日常では、しょっちゅうある。(こりゃ、危ないぞ~~)

お昼ご飯の時、お茶を入れようとお湯を沸かし、急須も準備し

さて、お茶の葉を・・・・とお茶の葉を入れている棚の前まで来て

「はて????何で、自分はここにいるの?何をしようとしていたの?」と

すっかり、頭の中が空っぽになったばば。

じじが笑ってる~~。キィ~~~悔しい!!!

でもね、しばらく考えると又すぐ思い出したよ。

(年取ってない)と思うのは自分だけ。

外見上も、頭の中も、日々老化しているんだねぇ~。


しょっちゅう、もたもたしているじじを笑っているばばに

「ばば~~50歩100歩だね~」とじじ。

「誰が100歩よ~」と聞くと、「勿論ばばだよ~~」だって。

テストの点数とか、お小遣いなら数字の大きい方が良いけど・・・・

それにさ、「50歩、100歩」という諺、

「戦いで50歩逃げた人が100歩逃げた人を笑った」っていう基になった寓話があったのでは?

じじに対してはいつも挑戦的なばばなので、

100歩逃げたばばは、50歩逃げたじじより

危険察知能力が優れ・・・・なんて、思ったけど、

やはり逃げたことには違いないので引き分けか~~~。


じじが、いつもばばをからかうので、ばばも負けずにやり返すよ。

定期検診のため、10日ほど留守にしていたじじ。

帰ってきた当日夜のこと。

いつものように晩酌を始めたけど、途中から「ん??」「んん??」と

何か腑に落ちない様子の動作を繰り返している。

しばらく経って、そんなじじに「どうしたの?」と声をかけると

「何となく変だな?と思っていたけど、ビールに氷入れるの忘れてたよ~~」って。

そう、じじは、焼酎だけでなく(焼酎は滅多に飲むことはないけれど)

ビールに氷を入れて飲むの。

変わっているよねぇ~~~。

この方が飲みやすいし、じじの体には良いらしい。

数年前からすぅっとこの飲み方をしている。


ところが、たった10日家外で食事をしたからって

ビールの飲み方まで忘れてしまうなんて~~~。



父が数年前「どうしたら良いの?」って口癖のように言っていたけど

じじとばばは父より20年も早く父と同じセリフ言っているよ~~。


どうしよう~~じじ~~~二人とも、どうしたらいいの????
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母校の卒業式へ・・・・

2010年03月24日 22時19分12秒 | 日常生活
3月24日(水)曇り

母校(小学校)の卒業式に行ってきた。

前日から準備をし、朝もいつもより早起きして家事もこなしたのに

式場に着いたのは15分前。

式場にはいると、在校生はもう席に着いていたが

何名かがばばを見つけ手を振ったので、ばばも振り返した。

可愛いね、教え子って・・・・・


保護者席、一番後ろの席に座って卒業生の入場を待った。

10時ジャスト、卒業生入場!

5年生がピアノとリコーダーで「威風堂々」を演奏する中

卒業生は舞台の上手と下手から二人ずつ入場。

その後、卒業証書授与・告示・祝辞・祝電披露・お別れの言葉など

式は滞りなく進み・・・・約1時間ちょっとで終わった。

「卒業生退場」の場面では目を真っ赤にした子供達が私の前に来た。

一人一人にささやかなプレゼントを準備して行っていたので

子供達の顔をしっかり見て手渡した。

6年前の幼かった子供達が大きく成長して、今、ばばの前にいる。

ばばも、感動で胸がいっぱいになって・・・・

式場の外へ出ても、しばらくは感動の余韻が続いた。


式中の歌が変わっていたり、子供達の活躍の場が多くなっていたり

時代と共に「式」も変わっていくのね。

時代に合わせ、良い方にだんだん変わっていくのは大いに賛成。


式後、元同僚たちと談笑していると

在校生が何名か式場の後始末ついでに集まって来たので

「来年の卒業式も再来年の卒業式も、きっと来るからね」と約束した。

あと2年、ばばが関わった子供達の卒業式が続く。

1年後、又ばばは母校の卒業式場の保護者席の一番後に座っているだろうな。
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ペットと散歩

2010年03月23日 16時15分29秒 | 日常生活
3月23日(火)曇り

元々曇り空なのか、はたまた黄砂の影響なのか

今日も空の色がスッキリしない。


今日は又町議員議員選挙の公示日で亀津の町は賑やかになった。

けっこう顔見知りの方も多いけれど、票は一人一票しかないので辛いところです。

各候補者のご健闘お祈りします。


ばばは、ペット類を飼ったことがない。

昨夕、姉と父がお世話になっている病院へ行く途中

友人Kちゃんが愛犬を連れて散歩に出かける後ろ姿を見かけ後を追った。

ばば達も、最近は家の中で、あれこれしていて

ながいこと散歩にも行ってない。

Kちゃんと愛犬に付いて行って散歩しようという魂胆から。

「Kちゃ~~ん」と後ろから声をかけ、追いついて同行した。

亀徳新港まで行って引き返すコースだ。

Kちゃんのペットは名前を聞きそびれたが、フサフサした長い毛をしている。

Kちゃんは片手に移植ごてとバッグを持っている。

飼い主のマナー、糞処理のためだ。

3人と一匹で歩き始めたが、しばらくするとペット君が道の端っこで止まった 。

????と思っていると「オシッコだって。先に歩いてて」とKちゃん。

少し歩くと今度はコンクリートの橋の上で止まった。

Kちゃんによると、このペット君、オシッコが一滴くらいになるまで

何回でもオシッコをするんだそうだ。

マーキングをしては自分のテリトリーを広げているんだって。

途中、大きい犬が来ると、Kちゃんは意識的に方向を変え

犬同士が直接顔を会わさせないようにしているということだった。

あっという間に港に着き、方向変換。

四方山話をしながら、ペットちゃんにオシッコをさせながら散歩は続く。

Kちゃんがこのペット君を飼い始めて、12年くらいになるそうで

人間の年齢で言えば60代になるとか・・・・・

ペット君は、定期的にトリマーさんによって毛や爪の手入れもして貰うそうで

その代金が8000円くらいかかるって。

ばばの美容院代より高いねぇ~~。

わずか、30分くらいの散歩だったけど、いろいろなこと教えて貰った。

今後もKちゃんとペット君を見かけたら追いかけて一緒に散歩しようかな?
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ベルト?ネックレス?

2010年03月22日 22時02分35秒 | 日常生活
3月22日(月)晴れ

大好きな人からプレゼントをもらった。

姉と色違いでチュニック。

白黒のボーダー柄をばばが、茶色と黒のボーダー柄を姉に。

アクセサリーが付いていた。

上の方が大きめのチェーンで、下の方には細めで三連のチェーンがあり

所々四角や細長い黒い飾りが付いている。


ばばや姉が滅多にしない派手で大振りなアクセサリーだ。

「きっとネックレスだよね~」と言いながらも

姉が「これ、ベルトじゃない?」と言うので

「それもありかも~~」って思った。

でも、ベルトにしてはフックがないし、やはりネックレスだろうと

ばばは、チュニックの上から首にかけた。

こんな大振りなネックレスなんてしたことないし・・・・

でも、白と黒の柄とうまくマッチングして、思ったほど目立つこともなさそうだ。

試着したばばをじじはニヤニヤ、姉はニコニコ見ている。

「二人ペアルックで歩こうね~~~」と言いながら一旦脱いで、タンスに入れた。

その後、また、いつもの日課、父の見舞いに行った。

父の手を握ると少し冷たかったので布団の中に入れようとしたら

父は布団を握りしめて、なかなか手を放さなかった。

「お父さんに、こんな力が残っていたんだぁ~~」と嬉しくなった。

いくら呼びかけても、ほとんど反応してくれなかったが

「ミッちゃんが(姉の名前)来たよ~~~」と言うと薄目を開けた。

いつも、「ミッちゃん」という言葉には反応する。

不思議だなあ~と姉とも話している。

嫁であるばばと、ばばの姉を我が子のように同等に可愛がってくれた父。

目をつむっていても、姉とばばが来たことを

きっと分かってくれていると信じている。

病院へ寄った後も薬局やあちこち寄ったので帰りが遅くなり

夕食が終わったのが8時過ぎ。

夕食を終わった頃電話が・・・・・

出ると、プレゼントをくれた人から。

お礼を言った後、話しているうちに

「チュニック、ベルトでウエストマークして着たらいいかもよ」と言う。

姉とばばがネックレスだと思っていたのは、やはりベルトだったんだ~~。

「どこかにフックが付いているでしょう」と言われ、

ばばは、現物を持ってきて上下逆にしたり、裏返したりするけれど

「フックらしき物は見えない。」・・・と言うと

「やはり、ネックレスなのかなぁ・・・」って。

アハハハハ~~。

電話を切った後、何だかとても可笑しくなって笑い続けた。

そう言えば・・・・もう、何年も大ぶりのネックレスなんて付けたこともないけれど

まず、家の中で付けて・・・その後、外へ出る時も付けてみようかな??
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