ばばの日記

団塊世代 仲良し夫婦の暮らし
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はまり過ぎですよ~~

2009年01月31日 18時01分33秒 | 家族のこと

1月31日(土)風強し

今日で1月が終わり。

早いなあ~~~1日が。

朝からポカポカいい天気。。と思いきや

風が強い!

せっかく、ドライブがてら写真写しに行こうと

じじと約束していたのに断念!

終日家の中で、好きなことをして過ごすことに。。。。

 

お昼は、玉ねぎ・人参・大根・ピーマン・ネギなどをみじん切りにして

合い挽き肉と炒め、甘辛く味付けした後に卵を落とし、

半熟になったら熱々のご飯にかけて・・・

定番の野菜たっぷりの味噌汁を添えて。

じじも「おいしぃ!」と言ってくれたので

「じゃ、夕方、お母さんにもあげようよ。夕ご飯に」と

ばばが応えた。

「少し早めが良いよ。母ちゃん、今夜は早く寝るかも」

と、じじが言うので「何で?」とばば。

「夕べも、母ちゃん12時頃まで起きていたから。。。。。」って。

 

母は、時々真夜中まで起きていることがあり

初めのうちは心配で様子を見に行っていた。

母は、真夜中に何をしているの??????

 

母は器用で料理なども大正生まれにしては

色々工夫し、現代的にアレンジしてばば達にも振る舞ってくれる。

荷造り用の平たいロープでカゴを作ったり

背負いカゴのヒモを作ったり

着物や洋服を解いてはリフォームしたり。。。

見ていて感心することが多い。

 

去年あたりから、母が特にはまっているもの。

それは、帽子作り!

去年秋頃はタオルを使って帽子を作っていた。

1枚のタオルから頭頂部に当たる部分を切り離し、

残りのの部分で輪にして縫い、頭頂部とつなげて

あっという間に帽子に仕上げる。

タオルで出来ているので、

お風呂上がりにかぶって髪を乾かすのにももってこい。

・・・こうして使わないタオルを利用して作ったタオル帽子の数

・・・・・20個以上?かな?

花柄・チェック柄・無地・カラータオル等々を使って・・・

母は作ったタオルを次々友人、知人にあげる。

じじとばばも何枚かもらったし、娘たちももらった。

タオル帽子作りが一段落したかと思ったら・・・・

今度は毛糸で帽子を編み始めた。

熱中すると時間の概念がなくなるらしい。

それで、夜中の1時、2時までも編み物をしているのだ。

 

いつまでも電気が消えないのを心配して、じじが下りていくと

母が編み物に熱中しているってことが何回もあった・・・・・というわけ。

 

母は、毛糸の帽子も30個以上くらいは作ったのではなかろうか?

作品が増える度に母の技術は進化し、

初めシンプルだった帽子にもリボンがついたり

花飾りが付いたり・・・・・・

 

母は、自分の作品を喜んでくれる人には

惜しげもなく、どんどんあげている。

ばばにも「好きなだけもらって良いよ」と言う。

じじとばばが3枚、ばば姉が2枚、正月に帰ってきた娘たちが3枚?・・・・

他にじじ妹も3枚くらいもらったかな?

数時間で1枚編み上げるが、今は毛糸がなくて・・・・とこぼしていた。

母の望む色の毛糸がなかなか入荷しないらしい。

 

帽子など編んで少し残った毛糸ではアクリルタワシを編んでいた。

それが終わると、毛糸の色を組み合わせてストラップにも出来そうな

小さな花モチーフを編んでばばにも5個くらいくれた。

 

その後、今度はモヘアの毛糸があるからと

マフラー(ストール)を編み始めた。

しかし、幅が大きかった・編み方がちょっとおかしいと

解いては編み直し・・・を何回か繰り返しているようだ。

一昨日は、以前ばばにあげたマフラーを参考にして

編みたいからとばばのマフラーを借りていった。

そのマフラーを返すついでに、

ばばが毛糸のネックウォ-マーをしているのに気づき

今度はネックウォーマーに挑戦する気らしい。

 

3月末に帰省予定のうちの長女と、その子どもふたりのためにも

帽子を作ると張り切っている母。

 

母のチャレンジ精神は留まることを知らない!

恐るべし!、イヤ違った、尊敬すべし!母のチャレンジ精神!!

 

右が同系色で編んでくれたマフラー

左は上二つは毛糸の帽子、下の一つはタオルを使って作った帽子。

 

 

 

 

 

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えっ~。。。。。他

2009年01月30日 17時42分10秒 | 植物のこと

1月30日(金)

テレビを見ながら昼ご飯を食べていたら、

柑○○というミカンの、ある成分をを原材料?にした

養毛剤の(育毛剤?)のCMが出た。

すかさず、じじが

「ばばは、ミカンいっぱい食べるから、薄毛とか心配ないよね」だって。

「なぜ~」とばば。

応えてじじ曰く「だって、ばばは外からでなく体の中から

ミカンエキスいっぱい摂っているから」だって。

ばばは、そんなこと考えたこともないよ~。

じじの思考回路って凄いね~~~。

 

 玄関先のギンモクセイ。

花が咲いた。いい・か・ほ・り・・・・・・

右の方へ傾いている枝は

ばばが「ゆずりは」の木だと信じこんで散歩途中、

引き抜いてきてギンモクセイの横に挿していたもの。

健気に頑張っているが、まだ「ゆずりは」という確証はない。

 

奥の発泡スチロール箱と植木鉢は

三女が冬休みに、「植えてみて」と持って来てくれた

チューリップを植えてある。

まだ、芽は出ない。

手前は、先日、ニンニクをいっぱい頂いたので

葉っぱだけ使って根っこはプランターに植えてみた。

新しい芽が出るのか・試験中。

 

島は暖かいよ~。現在(夕方6時15分)の室温25.3度。

先日、数輪の花がほころんでいる桜の木を見て喜んでいたら

散歩途中の住宅の庭で満開の桜を数本見つけた。

花見が出来そうなほど見事だった。

もう、島の桜は葉桜になっている所も多い。

 

いいな~~~~。

ばばも庭に桜の木と、ミカンの木植えたいな~。

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「暴走族おじいちゃん」の復活を願う????

2009年01月29日 17時58分31秒 | 日常生活

1月29日(木)

じじとばばの散歩コースの畑で働いていた

90才過ぎのTおじいちゃんのこと・・・・。

広いキビ畑で、草取り・キビかさぎ・追肥など

一人で頑張っておられた。

90才過ぎと聞いたけど元気!元気!

去年だったか、ばばのブログの「暴走族おじいちゃん」に

登場したおじいちゃんだ。

ある時、ばば達が砂利だらけのデコボコ急な坂道を

下から上に歩いていると

もの凄いスピードで上の方からぶっ飛ばしてくる

おじいちゃんがいた。

ばば達とすれ違いざまに「ニコ~~ッ」と

何とも表現しがたい優しぃ~会釈をして走り去った。

「暴走族おじいちゃん」と勝手に命名し

ばばは一目でおじいちゃんのファンになった。

その後も、舗装された長い坂道を

「ギギギギイィ~」とブレーキ音を響かせて

気持ちよさそうにぶっ飛ばすおじいちゃんの

勇姿を何回か見たことがあった。 

 

ところが。。。。。。。。。。。。。。。。

あれから半年以上「暴走族おじいちゃん」の姿を

とんと見かけなくなった。

今まで一人で色々な作業を頑張っていた畑にも

おじいちゃんの姿はない。

一体どうしたんだろう・・・・・・

気になってしかたがない。

 

たまたま散歩コースで、ある方と雑談した中で

「暴走族おじいちゃん」が転んで怪我をしたと聞いた。

やっぱり。。。。。。

90才以上という高齢だから回復は遅いだろうなあ。

あのおじいちゃんの姿を又見てみたいな。

小柄で、笑顔が何とも言えず素敵で・・・・・・・

 

「自転車暴走族」は卒業してほしいけど

あの優し~~い笑顔に会いたいなぁ。

 

 

そういえば、ばばが加計呂麻にいた時も

自転車で集落中を走り回る80過ぎのおじいちゃんがいた。

ミカンや野菜を作っていて、ばばとすれ違う時は

必ず片手を上げて

「そろそろミカンが食べられるよ~」とか

「元気な~~」とか

「遊びにおいでよ~」とか

自転車に乗ったままで声をかけて下さったり

自転車の荷台一杯に自分で作った野菜を積んで

ばばの玄関先まで届けて下さることもあった。

徳之島の「暴走族おじいちゃん」のように

坂道をすっ飛ばすこともなく

いつも笑顔で、小さな体を左右にかしげながら

一生懸命自転車をこいでいた。

ばばも「○○おじちゃん、○○おじちゃん」と慕っていた。

ミカンの時期にはいつも

「そろそろ娘さん達にミカン送ってあげたら?」と

声をかけてくれた。

ばばが正月など島に帰ると

必ず段ボールでドォ~~ンと

ミカンを送って下さった。

 

 

でも・・・・・・・・・・・・・・・

そのおじちゃん、ばばが島に帰って2年目に亡くなってしまった。

あまりにも突然で信じられなかった。

 

おじちゃんが亡くなられてからも

毎年おばちゃんが必ず年末には

「おじちゃんのミカン畑のみかん」をド~ンと送って下さる。

 そして、ばばがおばちゃんに御礼の電話をすると必ず

おじちゃんの思い出話になる。

 

加計呂麻の「自転車おじちゃん」

徳之島の「自転車暴走族おじいちゃん」

 

お二人とも高齢で小柄で笑顔が素敵で。。。。。

ばばの大好きなおじいちゃん達だ

 

 

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迷惑です!

2009年01月28日 14時11分40秒 | 日常生活

1月28日(水)時々

「リリリリリリ~~~」

「りりりりりりりり~~~~」繰り返し鳴っている!

 

 

けたたましい電話のベル音で目が覚めた。

とっさにテレビの上の時計を見た。

3時38分!

何事!!!!

真夜中とか、明け方の電話に朗報は滅多にない。

胸騒ぎを憶え跳ね起きた。

「じじ、電話!」

しかし、じじは目覚めても起き出す気配はなく

「子機、子機・・・」と言う。

子機はいつもじじの身辺に置いているでしょ。

ばばは、知りません!

その間もベル音はけたたましく鳴り響いている。

仕方なくばばは心臓をバクバクさせながら

暗闇の中、表の電話の所へ走った。

ばばが電話の前に立った時、

ピタッとベル音は止んだ。

ふぅ~~~~と肩の力が抜けた。

 

食台の上にあった電話の子機を取ってじじの枕元に置いた。

「どこからだった?」とじじ。

「取る前に切れた」とばば。

「腹立つぅ~~~」とばば。

その後、どこからの電話だったのかじじとばばは想像を巡らせ

「あそこからかな?」

「ここからかな?」と言い合い

「何の用事だったんだろう?」と詮索し合う。

いくら話しても顔も見えない、声も聞いてない

相手を確定することは出来ない。

じじは「きっと、何処かの酔っぱらいが

間違い電話をかけてきたんだろう」と結論づけたが

ばばは完全には納得できない。

 

じじとばばはすっかり目がさえてしまった。

時計の数字は4時をまわった。

ばばは色々と考えた。

悪い方へ悪い方へと考えは進む。

 

じじは「もう眠れないから起きる」とベットから起き出した。

今のばばが起きるには4時は早すぎる。

ばばは布団をかぶったが、色々なことが頭の中を去来するので

テレビを付けた。

通販・天気予報などしているが見る気になれず

すぐに消した。

次ぎにラジオのスイッチを入れた。

NHKの「ラジオ深夜便」が続いている。

男性二人が色々話しているがあまり興味のある話ではない。

本を読もうかと思ったが薄暗い中での読書は

目の老化を早めると思い止めた。

あれや、これやグズグズしていたらいつの間にか5時になり

6時になった。

 

その後、電話のベルが鳴ることもなかったので

きっと間違い電話だったのだろう、

そうであって欲しいとばばは思った。

 

あ~あ、迷惑電話のせいで、夕べはまともな睡眠がとれなかった。

 

夕べは、寝たのが11時半。

電話がかかってきたのが3時38分。

約4時間は寝たことになるが、何だかスッキリしない。

 

今のような世の中だから

電話の相手のことも、やけに気にかかるし。

 

電話って、とても便利で、無ければとても不自由だと思うけれど

ズカズカと平穏な生活の中に踏み込んで来ることもある。

文明の利器といわれる物が、

大袈裟に言えば個人の人生をも破綻させてしまうこともある昨今。

便利だけれど恐ろしい世の中になったものだとばばは思う。

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悪口(あっこう)

2009年01月27日 17時50分46秒 | 家族のこと

1月27日(火)

昼食後、じじがパソコンで家族写真を見ていた。

ばばも覗いてみると、11月の京都旅行の写真だった。

じじとばばで、じじ・ばば・娘二人の4人で、ばばと娘たちと・・・

スライドショーで写真が次々出てくる。

立っている写真が多かったが

どの写真でもばばが一番小さく見える。

じじより大きいとも、娘たちより大きいとも思ったことはないが

写真は非情にもはっきりと現実を映し出している。

あまりの身長差に

ばばが「ばばって小さいね」って言うと

じじが「うちの家族でばばが一番小さいよ。今分かった?」

と言うので「じじよりは大きいと思っていたけどね」って応えてやった。

子どもは、いつか親を超えていくものなんですねぇ。

それは親として喜ぶべきことですよねぇ。

 

そう言えば・・・・・・・・

ばばの実家でも、母が一番小さかった。

苦労を重ね、いつの間にか小さく小さくなっていた母。

ばばは、愛おしさと共に寂しさを感じたものだ。

体は小さくてもあふれんばかりの愛情で家族を包んでくれていた母・・・・

 

 

じじとばばは、よく、無意味な意地悪を言い合う。

じじが「ばばって、足短いね」って言うことがある。

ばばは洗濯物を畳む時、そっと比べてみたよ。

じじのジーパンと、ばばのジーパンの長さをね。

そしたら、10㎝と変わらない。

・・と言うことは?

じじとばばの身長差は約20㎝として・・・・・・・

ジーパンの長さの差も10㎝くらいか?

まともな数字???

 

じじがばばに「足が短い」と言ったら

ばばは、じじにジーパンの丈のことを言うんだ。。。。。

これで、おあいこ。

 

背が高いとか低いとか

足が長いとか短いとか

シワがあるとか無いとか・・・

そんなこと問題じゃないよね。。。。。。。。人間って。

 

ばばは、御木幽石さんの

「本当に

大切な物は

年齢や

身長や

体重や

電話番号や

お給料や

成績じゃなくて

数字には

直せないもの」

っていう言葉が大好き!

柔らかなタッチのお地蔵や動植物の絵に添えられた

ごくごく普通の言葉が好き!。

ごくごく普通の言葉でありながらジィ~~ンと心に沁みる言葉が好き!。

 

じじは、ばばに

ばばは、じじに

何気ないけど優しい言葉が投げかけられるようになればいいね。

 

「優しい言葉のキャッチボール」のできる夫婦になろうね、じじ。            (言いたい放題言っている二人が急に言葉遣いが変わったら変かな?)

言葉遣いは変わらなくても、今まで以上に

「ありがとう」っていう言葉を口に出して言うようにしようと

ばばは思う。

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ひぇ~~

2009年01月26日 17時42分58秒 | 日常生活

1月26日(月)

昨日朝、目が覚めてふと天井を見ると

ヒェ~~~

回ってる!

天井がグルグルぐる!!

まさか?気のせい?と思って起き出し

仏壇の水を替え、朝食の準備をと思ったが

何だかいつもと様子が違う。

「じじ、ごめん!めまいと吐き気がする」と再び布団に入った。

右半身をしたにして寝ると・・・・・・

今度は体がグルグルグルグル回されている気がする。

どうにも気持ち悪い。

何とも今まで体験したことのない気分。

仕方がないので、じじには悪いけど1日寝ることに決定。

寝ているか起きているか分からない夢現の状態で

時々、時計を見る。

11時過ぎ!

「ワッ、大変、もう夜中?」と思ってカーテンの方を見ると薄明るく見える。

(まだお昼前か・・・・)と思っているうちに又寝てしまったらしい。

 

寝ているうちに

何度も夢を見た。

長女の家族が出てきたり、次女と三女が出てきたり。。。。。。

 

昼過ぎに三女から

夜になって長女から電話がかかって来た。

電話の声で「お母さん、具合悪いの?」と言われた。

今朝起きると次女からメールが届いていた。

何だろう?

不思議な気持。

 ごめん!子どもたちに心配かけちゃった。

 

・・・と言うわけで昨日はほぼ布団の中で過ごした。 

可愛そうに、じじは自分で昼ご飯を食べ

夕方は刺身を買いに行き

一人で夕ご飯を食べた。

 

ここ最近、ばばが寝込むことはなかったのだが

昨日のようなことは経験したことがない。

 

夜も目覚めたり、いつの間にか寝ていたり状態だったらしい。

 

今朝は何とか起きられそうだと思い

起きてみるとふらつきもない。

 

九時過ぎに起き出した。

用事で出かけるという姉が寄ってくれた。

 

昨日も立ち寄ったがいないので(実は寝ていた)

気になっていたらしい。

ばばが「めまいがした」と話すと

姉の友人も同じような症状が出たので

「焼き肉をたっぷり食べたら治ったってよ」と言う。

 

ばばは肉は嫌いだけど

今日は肉づくしメニューを作ってみようかな?

 

つくづく考えた。

気持ちよく目覚め元気溌剌活動できることがいかに幸せかって。

若い頃とは違い、体のあちこちが悲鳴を上げ始める年齢になった。

自分の体をもっと大事にしてあげよう・・・・・

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なぜ?

2009年01月24日 21時15分31秒 | 日常生活

1月24日(土)

午前中は穏やかで暖かかった昨日

夕方になると気温が下がり寒くなってきた。

おまけに風邪が強くなり、冷たい雨がポツポツ降り始めた。

ばばが、いつもの買い物に歩いていると

公民館の横に出た。

公民館の横に小さな遊び場がある。

そこには小さな滑り台・二人座れるブランコがある。

ばばは、寒かったので家を出る時フード付きのダウンコートを着て

手袋もして傘をさして出かけた。

・・・・・・遊び場のブランコに小学生の低学年らしき男の子と

高学年らしい男の子二人が並んで座っていた。

帽子もかぶらず傘もささず雨に濡れてブランコで揺れている。

若いって寒くないの?

 

しばらく歩くと、今度は高校生らしき男の子二人が

前方から歩いてきた。

やはり、雨に濡れながら・・・・・・・・・

よくよく見ると、一人の子は傘を持っている。

閉じたままで。。。。。。

何のために傘を持っているの?

ばばには不可解だ。

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タンニャ

2009年01月23日 18時22分39秒 | 思い出

1月23日(金)

最近の子どもたちは「タンニャ」と聞いても

「何?それ」と思うだろう。

ばばの記憶の中ではタンニャは友達・ペット・時々食糧だった。

タンニャとは?

タ・・・は田んぼ  

ン・・・は「~の」

☆もしくは「タン」で田んぼのという意味かな?

ニャ・・は貝

とでも訳せば良いのかな?

田んぼの貝、即ちタニシのこと。

 

ばばが子どもの頃は米の減反政策などというのもなかったし

農家の現金収入はお米とサトウキビだった。

ばばの家でも5カ所くらい田んぼがあり

米作り作業は黒糖作りと並んで二大労働だった。

米作りのうち田んぼの中での作業で

ばばが一番好きなのは田植え作業だった。

田植えの後は「田の草取り」という作業もあった。

その後が稲刈り。

この3回の田んぼの中での作業のうち

どの作業の時だったかは忘れたが、

仕事よりタニシや鮒を捕まえるのがばばは好きだった。

当時は田んぼにはヤゴ・鮒・タニシ・ドジョウ・ヒル・ミズスマシなどもいた。

ばばが好きだったのはタニシと鮒。

二つとも捕まえた後持ち帰り家のミカンの木の側に置かれた

大きな瓶や壊れた鉄ヤカンの中で飼うのが楽しみだった。 

どういう訳か鮒は持ち帰るとあまり長生きしなかったが

タニシはけっこう長生きし

ある朝突然、赤ちゃんタニシがいっぱい生まれていたりして

嬉しかった。

親タニシそっくりの小さな赤ちゃん達が

鉄ヤカンに張り付いて動く様子が可愛かった。

何日か過ぎるうちに赤ちゃんは大きくなり

中には死ぬタニシもいたけれど小さな鉄ヤカンの中で

繰り広げられるタニシ達のドラマがおもしろかった。

このタニシ、ばばが壊れた鉄のヤカンで飼っていた頃も

脱走していたか定かな記憶はないが

加計呂麻にいた頃水槽で飼っていたタニシが

夜中に全員脱走し床に転がっていたのにはびっくりした。

水槽は机の上に置いてあったので大体1メートルくらいの高さから

落ちたタニシ達、固い殻のおかげか全員?無事だった。

落ちた瞬間は脳震盪を起こしたかもしれないな。

タニシに脳ってあるのかな?

 

このタニシ、何回か母が焼くか炊くかして

食べさせてくれたような気がする。

当時の重要なタンパク源だったと今は思う。

味は????普通の貝類と同じだったかなあ?

 

昔(ばばが子どもの頃)は理科の教科書に

タニシが出てきたかな?????????????

今はタニシを知らない子が多いと思う。

何処に行けばタニシと会えるのだろう?

 

国の減反政策によって、もう何十年も

徳之島で稲作はほとんど行われていない。

個人的にほんの少しだけお米を作っている所は2,3カ所ある。

だから、子どもたちは毎日のように食べているお米が

どのように作られているか、どのよう名成長過程を経て、

どのように実るのかさえ知らない子どもたちがほとんどだと思う。

代の移り変わりとはいえ、少し寂しい気がする。

 

ばばがタニシを見ることがなくなって何年か経った頃

ジャンボタニシなる生き物が輸入?されて?

学校の池にもいた。

「タニシ」と聞いてばばは子どもだった頃の

黒っぽいタニシの大きなものを想像したが

ばばの意に反して、薄茶色と白の斑模様があるような長い巻き貝で

ちょっと気味悪くびっくりした。

ある朝、学校の池の縁石いっぱいにピンク色のツブツブがあって

それがジャンボタニシの卵と知った時はゾッとした。

今は害虫として焼き捨てられているというジャンボタニシ。

同じ「タニシ」の文字を持つ生き物でもこんなに違うんだなあ。

 

人間は思いつきで色々な動物を安易に輸入したりしてはいけないと思う。

ジャンボタニシも、奄美のハブの天敵として放たれたマングースも

今や奄美の生態系を乱す有害動物になっている。

 

子どもだった頃、色々な生き物と共存していた時代に

郷愁を感じるばばだ。

年のせいかな? 

 

 

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なんじゃ~~こりゃ

2009年01月22日 14時59分30秒 | 日常生活

1月22日(木)おだやかぁ~~

夕べ、食事の後じじが

「ばば~こりゃ、何だ~~~」と笑いながら言う。

じじの言う「こりゃ」と言うのはばばが皮を剥いてお皿にのせたミカンのこと。

その数、約4個分。

 

果物の中でバナナやイチゴ等はテーブルに置いてあると

男の人でも気軽に食べるらしい。

でも、リンゴなどは皮を剥くのが面倒くさいので

誰かが皮を剥かないと食べられない。

面倒くさくて、男の人は特に自分から食べようとしないらしい。

ばばの友人の女の人でも、リンゴは皮を剥くのが面倒と

何日も冷蔵庫に入れっぱなしと言う人を知っている。

 

このブログを読んだ人は(きっと心優しいばばがじじのために、みかんでも

皮を剥いてあげているのだろう)と思うかも。

そう思うあなたは正解です!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・なあんちゃって、違います、違います、違います。

実は・・・・ばばが無類のミカン好きなことはブログでも何回か書いた。

でも、ばばは酸っぱいミカンは大の苦手。

あちこちからいただいたミカンが30個くらいあって

食後に食べているのだが、皮を剥いて一房食べて

「酸っぱい!」と判断すると即、お皿の上に。

昨日のお昼は4個剥いても甘いミカンがない!

それで、お皿にのせたまになっていたのだ。

 

たまたま食後のフルーツが欲しくなったじじが

テーブルを見ると、そこには皮を剥かれたミカンが山積み・・・・

そこで、じじは怒らないところがいいねぇ。

笑いながら「ばば~こりゃなんじゃ!」と、きました。

 

ばばは沈黙。

じじは一人でミカンを食べている。

ばばは「美味しいミカン、ばばも、どう?って声かけないじじって意地悪ねぇ」

と言いながら大爆笑!笑いが止まらない。

じじも、あきれ果てて大笑い!

じじとばば、二人していつまでも笑いが止まらない。

なんやかや、いらないことをしては笑い

いらないことを言っては笑い。。。。。。

 

「笑う門には福来たる」っていう諺もあるくらいだし

大いに笑おうね、じじ~~~~

 

 

 

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静止・・・・他

2009年01月21日 19時19分24秒 | 自然のこと

1月21日(水)

散歩途中、大瀬川が大きく泡立っている場所があり

気になって覗き込んでみるとプールからの排水らしい。

道路を挟んだ場所にプールがありその水位が50㎝ほど下がって

排水の跡があったので間違いないだろう。

配水管から大量の水が川に流れ込んでいる。

それが河原の雑草の中に流れ込み画像のように泡立っていた。

何故、こんな大量の泡が?????

この泡が流れ込んでる大瀬川の河原では

たくさんの鳥たちが生活している。

 

夕方の散歩途中、ばばは鴨や白鷺・ゴイサギなどの姿を見ると

10分、20分は同じ場所で時間を過ごすことができるほど心が安らぐ。

鳥たちにもそれぞれ縄張りがあるようで

毎日、同じ場所で同じ鳥を見ることが出来る。

白鷺が首をピィ~ンと伸ばしているのに対し

ゴイサギ(ばばが信じこんでいるだけで別の鳥かも知れない)は

いつも首をすくめて立っているように見える。

この鷺たち、どういう訳か5分、いや、それ以上

微動だにせずじっと水の中に立っていたり

河原のブロックの上に立っていたりする。

微動だにせず何を考え、何を見ているのだろう・・・・とばばは思う。

水の中に立って、その周辺で

さざ波立ててボラ?等が無数に泳ぎ回っても狩りをする様子もない。

あくせくしない彼らの姿を見ると

何だかホッとする。

 

話は変わって。。。。。。

最近の天気予報は良く当たるなぁと思う。

今朝の天気予報で「奄美地方は夕方から夜にかけて

雨になるでしょう」と言っていた。

夕方、4時頃になるとポツリポツリと。。。。。

だから、今夕はじじとばばの散歩は取りやめに。

じじは本当は最近はあまり散歩したくないんだよねぇ。

大相撲がある間はじじは散歩よりもテレビでの相撲観戦が優先。

だから、夕方、雨でも降ろうものなら内心は万々歳だと思う。

今日は、折しも「いざ散歩に」と思った途端ポツリポツリ・・・

散歩は取りやめに。。。。。

 

しばらくして雨は上がったが、

約1時間後ばばが夕食の買い物にでた途中からポツリポツリ。

買い物を終え、帰るまでずっと小雨。

家を出た時たまたま雨が降っていなかったので

傘を持たずに出たのが大失敗。

小走りで約400歩。

大降りにならずに良かった良かった。

最近の天気予報は良く当たるなあ・・・・・・・・

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