ばばの日記

団塊世代 仲良し夫婦の暮らし
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畳と○○は新しい方が良いか?

2008年11月30日 13時52分22秒 | 日常生活

11月30日(日)

早いもので今日で11月も終わり。

あっという間にお正月だ。

師走は特に1日1日が早く過ぎるように思える。

計画的に日々の予定をこなして行かなくちゃ。

 

「じじ、畳と○○は新しい方が良いって言うけれど、

じじは、ばばがいちばん良いよね。そうよね。」

と強制的にじじに納得させたばば。

さて、お正月が近づいたからと言うわけでもないが、

じじ母が畳を新調したいと言うので、ついでにうちの畳も新調しようと

2,3日前、じじの教え子の畳屋さんに連絡しておいたら

昨日「明日朝、8時半に行きます」との電話があったとのこと。

「さあ、明朝は早く起きてタンスや本棚を動かさなくちゃ」とばばが言うと

じじは「明日は寸法を測るだけだよ。新しい畳が届くのは後日だよ」と言い張る。

(いいえ、前、畳を新調したときも電話をもらってばばはタンスの引き出しを

全部廊下に引っ張り出したり頑張った記憶あるもん)と心の中では自己主張続けるばば。

じじは、相変わらずの~~~んびりしている。

ばばは目覚ましをセットして、いつもより少し早めに寝た。

 

そして、朝も早めに起きて両親の仏壇やタンスの上に置いてある物

タンスの引き出しなどを少しずつ廊下に出していた。

8時半、ちょうどに「お早うございます」という爽やかな声と共に

じじのかつての教え子二人が玄関に立った。

 

じじが「今日は寸法測るだけでしょう?」と聞くと

「いえ、今日で全部終わりますよ」と言う。

(ねっ、ばばが言ったとおりでしょう)

慌てて、じじのタンスの引き出しを引っ張り出して廊下に並べる。

畳屋さんもテキパキと引っ張り出してくれあっという間に床板がむき出しに。

ばばが一番懸念していたじじの洋服ダンスも簡単な器具を使って

動かさずに下の畳を引っ張り出した。凄いな、プロの技は・・・・

6枚の畳を運び去った後でばばは以前から予約していた美容院へ。

 

帰ってきたのが1時前。

じじのタンスのあった部屋の畳は新しくなり戻ってきていたが

テレビのある部屋は床板がむき出しのまま。

じじはばばがいない間に、廊下に運び出してあった引き出しを戻したり

テレビを置いてある部屋の床掃除をしたり一生懸命頑張ってくれてあった。

ありがとうね、じじ。

 

慌てて昼ご飯を作りじじと食べている途中に又畳屋さんが新しい畳を運んできた。

食事は中止。

一緒になって畳を敷き込み、次はじじ両親宅の畳を引っ張り出すことに。

終わったら2時少し回っていたが、それから中断していた昼食を食べた。

 

ばばが新しい畳を拭いたりしている間、じじはお昼寝。

 

4時前になって両親宅の新しい畳が届いたので下りて行って敷き込みを手伝う。

その後、うちへ来てもらって一緒にお茶を飲みながら語らう。

 

畳屋さんは兄弟で、じじがk中にいたときの教え子だ。

やはり緊張してしまうらしく正座したままなので膝を崩してくつろいでもらう。

電話機の傍に張ってある、うちの家族写真を見ながら

「子どもさん達は3人ともお母さん似で良かったですね。

もし、お父さんに似たら○○みたいな顔になってしまっていたかも」

なんて言われて、じじは苦笑している。

そうか、他人から見ると3姉妹ともばばに似ているのか・・・・・・

ちょっと申し訳ないなぁ・・・・だって年と共にばばに似てくるってことでしょ。

 

ばばは、若い頃は父似と言われ、

年をとるにつれ母そっくりと言われるようになった。

うちの3姉妹、ま、どっちに似ているにしろ

きれいな年の取り方をしていってほしいとばばは願う。

 

4時もまわったので畳屋さんは次の配達があるからと帰って行った。

部屋を見渡すと青々とした真新しい畳。

気持ちが良いなあ。

ばばが子どもの頃、ばばの家では、い草を田んぼで育てていて

大きく育つと刈り取り、干して、その後親戚のお兄さん達にも夜なべを頼んで

い草を細かく裂いていた。

その後、父は畳の表のゴザを織り、そして畳を作っていた。

父の作る畳はとても軽くて大掃除の時など楽だった。

ばばは、最近の畳はとても重く感じる。

 

い草・ゴザ・畳裏まで全て自分で作っていた父。

父って本当に器用だったんだなあとあらためて思う。

今父や母が元気だったら色々と大人の会話をしてみたい・・・・・・叶わぬことだけど。

 

畳がきれいになっただけで「よし、この際いらない物は全部捨てて

スッキリした部屋にするぞ」という気持になる。

2日くらいかかるかも知れないけれどボツボツ片づけていこう。

 

夕ご飯を食べながらも、

「じじ、畳と何とかは新しい方が良いって言うけど、

やはり新しい畳って気持ちが良いね。

ところで、じじも新しい○○が良い?」と言った後に続けて

「やっぱり、じじにはばばが一番よね」とだめ押ししたばばでした。ハイ。

 

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昨日の続き・・・・

2008年11月29日 21時25分17秒 | 自然のこと

11月29日(土)

約一ヶ月ぶりに「小鳥の楽園」に着いて

「今日はどんな小鳥に逢えるかな?」と、そぉっと覗くと・・・・・・

一月も散歩を休んでいる間に生姜は全部収穫され

小鳥たちの水飲み場は雑草が生い茂り

(これでは小鳥たちは来ないだろうなあ)と思いつつも

じじは三脚にカメラを設置し」、しばらく待つことに。

待てど暮らせど小鳥の姿は見えずやっとヒヨドリの番が木の枝に止まったが

珍しくもない。じじも諦めて大瀬川の鳥たちを写そうと出発。

 

しかし・・・・・・・・・・・・・・・

しばらく歩くとじじの様子が変。

「少しふらつく」と言う。ばばが心配した低血糖だ。

「飴玉持ってる?早く食べて」と急かす。じじは気だるそうに黒糖の小片を口に入れ

続いてブドウ糖・・・・・・・どちらもほんのチョッピリ袋の底の残っていただけ。

家を出る時「ばばは飴玉持たなくて良い?」と確認したのに・・・・・・

やはり保護者たるばば、じじに聞かずとも飴玉を持って出るべきだった。

 

じじがあまりにきつそうなので、道端に座らせた。

じじはバッグを探って、飴玉2個を見つけ出した。

良かった!これで血糖値が少しは上がるかも・・・・・

と期待しつつ時間の過ぎるのを待つ。

15分くらい座っていただろうか?じじが

「もう大丈夫」と言うのでホッとして歩き出す。

大瀬川に着いた時はもう、夜の帳がおり始め

川の鳥たちを写すことが出来なかった。

でも、セイタカシギ・バンの親子が揃って泳いでいた。

バンの親子が6,7羽、セイタカシギの親子も6,7羽はいた。

初めてバンを見つけた時は珍しく名前さえ分からなかった。

渡り鳥かと思っていたが大瀬川に留まり

子育てまでしているバンを見つけた時はとても嬉しかった。

 

夏前だったか、大瀬川の上流は重機で川底をさらい

雑草やゴミを大きなトラックの何十台分か運んだと聞いたが、

今又川には雑草が生い茂り

整備した所としてない所の区別が付きにくいほどの荒れ始めている。

たくさんの鳥たちが大瀬川で暮らしているのが分かったが

この鳥たちが安心して暮らせるような環境を保つことが

ひいては私たち人間の生活しやすい環境へも繋がると思う。

一人一人が今以上川を汚さないように気をつけなくてはいけないなあと思いながら

じじと二人帰路についた。

 

今日はじじのアクシデントで良い写真も撮れなかったが

明日はきっと・・・・・・・・・・・・。

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久しぶりに・・・・

2008年11月28日 21時38分09秒 | 家族のこと

11月28日(金)

これは何でしょう?

・・・・・・・・・・・答えはニンニク。

3週間前だったか、公民館講座で友人からニンニクをいただいたので

1片ずつ分けてビニル袋に入れて冷蔵庫の中に保存してあった。

 

今日、何とはなしに冷蔵庫の中を見ているとヒゲモジャの変な物が・・・

「何じゃ、こりゃ」とよく見るとニンニク。

それも、しばらく見ないうちに「おじいちゃん」になってしまったようで

白いヒゲが3㎝ぐらい伸びている。

ウヒャ~~、噂には聞くけどニンニクって凄いんだね。

冷蔵庫の中で長々とひげを伸ばして・・・・

もう少し入れておけば今度は葉っぱが出て伸びるのかなあ?

それを確かめてみたい気もするが、我慢して今度は冷凍庫へ入れたよ。

今度はどんな変化をおこすんだろう?????楽しみ楽しみ。

 

 

夕方4時少し回ったところでじじが「さあ、散歩に行くかな?」と呟くのを耳にしたばば。

「ばばも行くう~~~」とじじに遅れじと着替えた。

旅行から帰ってからもじじは早朝の体力作りを兼ねて

雨さえ降っていなければ海岸へ向かうのだが寝ぼすけばばは???

 

本当に久しぶり・・・・・旅行などで1ヶ月近く歩いてなかったなあと思いながら。

じじは、カメラ・三脚・飴玉の三点セッとを持ち、

ばばはカメラ・時計・歩数計の三点セッとを持って・・・・・っと。

お~~っと、「じじの保護者」のばばは「じじ、ばばも飴玉持たなくて良い?」と確認。

じじは「自分で持つからいいよ」と言うので、そのまま出発。

なぜ、大の大人のじじが、おやつの飴玉を持たねばならないのか?

じじは夕方の散歩途中で、たまに低血糖になってしまうので飴玉が手放せないのだ。

準備万端出発!!

 

先日の京都旅行中、一番元気だったのはばばだった。

じじや娘たちが疲れた~~~と、ねを上げてもばばだけは元気、元気。

じじや娘たちから

「年とったら少し時間が経ってから疲れが出るって言うから

ばばは2,3日後にきっとあちこち痛いと言うよ」とからかわれながらも

ちぃ~~~とも疲れなかったよ。

「きっと、毎日ウォーキングしていたのが良かったんだよね」・・・・・・・

こんな話をしながら歩き始めたら、じじが

「ばばは、きっと旅行中ペンション高かったからどこも痛くならなかったんだが・・・」と言って

すぐに「違った、違った、テンション高かったから、

どこも痛くならなかったんだが」だって。

二人で笑いながら歩いていると

ナンバンギセルの群生している場所に着いた。

ナンバンギセルって年中咲くのかなあ・・・・・・・・・・

寒くなってくるとナンバンギセルの花色が濃くなっているような気がする。

道の反対側を見るとツワブキの蕾がたくさん付いている。

既に満開のところもある。

更に歩くと、しょっちゅう見ていた花があったが

じじとばば二人とも名前が思い出せない。

ばばは50音のあ・い・う・え・お順に頭の中で唱えてみるが

なかなか思い出せない。

じじは「ホラ、ホラ(の)がつく花よ~~」ともどかしげ。

じじに負けるもんかとばばも頭をひねりにひねって

「のあ・・・のい・・・のう・・・のえ・・・・のお」とやって「サ行」まで行った時

じじが「アッ、野ボタン」って。悔し~~~い・・・負けちゃったよ。。。。。。。

 

そして、ほどなく「小鳥たちの楽園」到着。

              この後は明日に続く・・・でごめんなさい。

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DNAのせい?

2008年11月27日 18時06分16秒 | 家族のこと

11月27日(木)時々小雨

自慢じゃないけれど、うちの家族はオッチョコチョイなことをよくする。

一番オッチョコチョイははばばで、次が次女、そしてじじだと思っている。

ばばの若い頃からの失敗は枚挙にいとまないほどだが、

次女がばばに負けず劣らずの素質を持っているらしい。

外見上もばばと一番似ていると言われる次女だが

小さい頃、じじ両親宅の台所で、鍋の蓋が置いてあったので

「蹴飛ばさないでよ」という傍から見事鍋ぶたを蹴飛ばしたり

海に泳ぎに連れて行けば、海中に入るや「お魚に噛まれた~~~~」と

水から飛び出してきて慌てて病院に連れて行くと

クラゲに刺されていたり・・・・・・・・

他にも色々笑えるエピソードの持ち主の次女。

あまりにもミスをするので「名前が良くない」なんて家族で笑ったりもした。

実は次女の名前はばばの父の名前をそのままひっくり返してつけてある。

本人も気に入ってくれてるかな?この名前・・・・・

実はこの名前の中に「ミ・ス」と言う文字があり、

それで「ミスが多いのは名前のせいだ~~」なんて言っていたのだ。

 

次女の名前は、まともに読めない人が多くて

小学生の頃までは、病院とかでも良く男の子に間違えられた。

 

その次女が、つい先日、普通の人なら滅多にやらないような

ドジをしてしまったという情報が入った。

本人に確かめてみると・・・・・

渋々失敗談を教えてくれたが、聞きながらばばも我が子ながら

「ついにばばを超えた」と思ったものだ。

免許皆伝。

これからは次女を「師匠」と呼ぼう。

 

その失敗の中身をここに書くと

きっと次女がばばを大嫌いになってしまうかも知れないので

詳しくは書かないことにしよう。

何せ、外見も物の考え方もばばそっくりと言われる次女だから。

これだけ似ていたら血液型もばばと同じかと信じていたら

あにはからんや、何と生後17,8年後にばばを裏切り

じじと同じ血液型に寝返ってしまった。

行動パターンや、ものの考え方が似ているのは同じ血液型のせい?

と思っていたらそうでもないらしい・・・・・・・・・・・

 

とにもかくも、こういう失敗をする人は日本広しと言えど

10名といないだろう。。。。。と次女の失敗を笑っていたら・・・・・・・・・・・・・・

 

最近じじが少し変になってきたぞ。

ばばのパソコンデスクのちかくで何かしようとして

机の角にこめかみ当たりをゴツンと当てて悲鳴を上げていたのに

それから何時間も経たないうちに

又同じ場所でおでこをしたたかぶつけ呻いていた。

 

食事をしながら「最近じじおかしいね、しょっちゅう、あちこちぶつけるよね」

と話すと「うちの家系はもともとあわてん坊家系だから・・・」とじじ。

 

家系?

でも・・・・・・ばばの家系は両親も兄姉も

おっちょこちょいな行動をするのは見たことなかったけれど

ばばだけが異端児???

 

色々な人間の行動などは

DNAよりも個人の問題かなぁ・・・・と最近ばばは思う。

 

 

 

 

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じじったら~~~~

2008年11月26日 22時35分40秒 | 家族のこと

11月26日(木)

じじは、3泊4日で奄美大島の妹宅へ行って、今朝の船で帰ってきた。

奄美大島へ行ったのは、

妹宅の「調子が悪くなったパソコン」とじじの使っていないパソコンを交換し・・・・・・

大好きな義兄と飲み、語らうため。

行く時はパソコンをリュックに入れて軽々背負って行った。

これまで妹たちが使っていたパソコンよりは性能が良いということで

取り替えて、調整してくると。

 

そして今朝、ばばは港に迎えに行った。

すると、じじはキャリーカート?のような物を引いてタラップを下りてくる。

えっ、なんで?

行く時はあんな物引っ張って行かなかったよ。

(又、量販店で何か買ってきたのだろうか?先日、1週間も秋葉原に通い詰め

新しいパソコンも買ってきたばかりなのに)と不審に思いながら

タラップを下りきったじじのキャリーカート?をみて、ばば絶句!!!!!!!!!!!!

ん~~~~もうぅ~~~~~~~

何と大きなパソコンを乗せて引っ張っているではないか?

どうしたの?と聞くまでもない。

妹の家で使っていた古いパソコンを又引っ張って持ち帰ってきたのだ。

元々は、うちにあった物だが以前奄美大島の妹宅まで運び設置して来た。

しかし、今回持っていたパソコンと交換し、前持って行ったパソコンは持ち帰ってきたとうわけ。

このパソコンは徳之島と奄美大島を往復したことになる。

 

 

少しでも物の量を減らしたいばばは怒り心頭。

「絶対、このパソコン家には入れないでよね。

何で、そんなの持ち帰ってくるのよ」とばば。

「いいから、いいから」とじじ。

じじは良くても、ばばは、ぜぇ~~~んぜん、よくありませ~~~ん。

 

ばばがあまりグダグダ文句を言うものだからじじも不機嫌になってしまった。

 

なんで、一人でパソコン4台もいるの?

両手、両足で1台ずつ使うつもり?

 

キャリーカートごと、ばばの車にパソコンを積むのも一苦労。

10㎏以上?くらいはあるパソコンを乗せたキャリーカートを

持って家の15段の階段を上がるのに一苦労。

いくつ苦労するのっ!!!

ああ~~いやだ、やだ~~~~~。

 

ばばは新しく性能の良い機械が好き。

じじは古くても修理しつつ納得いくまで使い込むのが好き。

全く正反対のふたり。

 

秋葉原で買ってきた部品を組み立てた自作のパソコンだから、

それは愛着もあるだろうけど。

ばばは、家に物が溢れかえるのが嫌なんだ。。。。。。。。。

 

しばらくしてじじの妹に、無事帰ってきたことを報告するため電話をした。

パソコンのことを話すと

「兄ちゃんが持って帰ってくれて嬉しいよ。輸送代送らなくていい?」と

妹が言うので「5万円ぐらい持たせたら良かったのに」ってばばが言って

電話口で二人して大笑い。

 

正月も近づけば、少しくらい家も片づけなければならないけれど、

じじのパソコンは動かしようがない。

一番大事な場所も大きなパソコンが占拠しているし・・・・・

 

そんなばばの不平不満、心中の悪態も知らず

じじは持ち帰ったパソコンを早速電源を入れて、嬉しそう~~~幸せそう~~~~~

 

誰か~~じじのパソコン、うま~~く唆して取り上げてくれぇ。

 

 

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いつの時代も

2008年11月25日 17時45分20秒 | 思い出

11月25日(火)

いつの時代も女の子は可愛らしく・美人になりたいと願い

男の子はハンサムでかっこよくなりたいと願っているんだろうな・・・・・

 

ばばの家からは登下校する小・中・高の子どもたちがよく見えるが

最近の子どもたちは体格が良くなり、可愛くなったなあとつくづく思う。

そしてスーパー・空港・港・町中で見る若い女の子達はみんな可愛い。

ファッション・髪型にしても都会の子とほとんど変わらない。

 

昔々のその又昔、ばばが子どもの頃はおしゃれなんて考えることもなかった。

おしゃれより、元気いっぱい遊び回るのがみんな好きだった。

 

とは言うものの、小学2年生の時に美人?になりたくてあることをやった。

今でも鮮明に覚えている。

当時、女の子は「鼻が高かったらなぁ・・・」という子がたくさんいて

昼休みとかになると校庭の銀杏の落ち葉を拾っては、その茎を使って

鼻の高さを測って遊んでいた。

でも、友達と比べて「高い」「低い」と比べることもなく

ごくごく平和的な光景であった。

 

ある日、一級先輩のMちゃんが

「夕べ洗濯ばさみで鼻を挟んで寝たら、朝、鼻が高くなっていた」と言った。

学年が違うし、Mちゃんの鼻が高くなったかどうかなんて、ばば達には分からなかった。

でも、Mちゃんは何を根拠にしたかは分からないが

「確かに鼻が高くなった」と言うのだ。

 

ばば達はシレェーーと聞いていたが、内心は興味津々。

ばばも早速家に帰って母から洗濯ばさみを一個借りて寝る前に鼻を挟み、

心の中で「鼻高くなあ~~~れ」と念じながら寝た。

翌朝、目覚めて鏡で自分の顔を見てびっくり、そして失望。

ちぃっとも鼻は高くなっていないし、おまけに鼻の両側には

洗濯ばさみで挟んだ跡が赤く付いている。

なるべく顔を上げないように教室に入ったが、ばばの他にも同じように

鼻の両脇に赤いスジをつけた友達を発見してばばは何だか嬉しくなった。

でも、この出来事以来、「決して友達の口車に乗るまいぞ」と

ばばは決意したような気がする。

 

高校時代も、おかっぱ頭を三つ編みにしたくらいで、何らおしゃれをすることもなく

ただ、ひたすら図書室へ通い本を読んで日を過ごした。

 

大学で鹿児島へ出て、ばばの視野はぱぁ~っと広がったような気がする。

学生寮で2年間過ごしたが

口紅一つ塗っていなかった離島出身のばば達に比べ

鹿児島の友達はお化粧をしていたし、おしゃれのことを良く話題にしていた。

 

ある日、ばば達も少しくらいはおしゃれをしようと、

親友のJちゃんと談話室に入り戸を全部閉めた。

そして、繁華街、天文館で思い切って買った安物のファンデーションを

そぉっと塗ってみた。

談話室には鏡もなかったのでコンパクトの小さな鏡を見ながら・・・・ね。

初めての化粧故、どのくらいつけたらいいのか予想もつかないばばとJちゃん。

思い思いに自分の納得いくまで塗って口紅も塗ってみた。

紅筆を使うこともなく、直塗りで・・・・・・・・・・・・・・・

さて、思う存分お化粧をしたつもりでお互いの顔を見合ったJちゃんとばば。

次の瞬間二人同時に「プゥ~~~~~ッ」と吹き出してしまった。

思い切りファンデーションを塗ったJちゃんの顔(ばばも同じだったろうが)。

ファンデーションの塗り方はムラがあり、口紅もきちんとは塗れていない。

可愛くなったなんていうものではない。

かえっておかしな顔になってしまっていた。

ばばと、Jちゃんは畳の上を転げ回りながら

お互いの顔を見ては笑い、涙を流しながらお腹が痛くなるほど笑った。

 

どのくらいの時間だったか、ばばとJちゃんの「「大変身中?」

誰も談話室の戸を開ける友達がいなくてラッキーだった。

ばばとJちゃんの初化粧は散々なものだった。

 

その後も友達は髪にカーラーを巻いてウェーブをつけたり

睫を長く見せる化粧法をしたり

マニキュアを塗ったりとどんどん進化していったが、ばばとJちゃんは全然進化無し。

 

ばばはその後も「進化無し」のまま今日に至っている。

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ハプニングから始まりハプニングで終わる

2008年11月24日 18時49分31秒 | 家族のこと

11月24日(月)

じじとばばが旅行から帰ってもう1週間が過ぎた。

旅行の出発時、色々なハプニングがあったことは先日のブログに書いたが

帰る時もまたまたハプニングの連続だった。

忘れないように書き残しておこうと思う。

 

11月16日、じじとばばは東京の娘の家で朝5時前に目覚め

6時には家を出た。

何回か乗り換えて空港には7時半頃着いた。

8時発の飛行機に乗るので待ち時間はほとんどない。

ところが、チケット切り替え窓口に行ったじじがなかなか出てこない。

そのうち、リュックやキャリーバッグやウエストポーチを開けたり閉めたり始めた。

??????もしや、チケットを忘れた?

ハラハラしながら待っているとやっとじじが出てきた。

徳之島空港でじじの教え子が帰りのチケットまで

きちんと手続きしてくれていたのをじじはすっかり忘れてしまっていたようだ。

そのまま手荷物検査を受けたがここでもばばはスムーズに通れたのに

なぜか、じじはまたしても予想外に時間がかかってしまった。

 

早く搭乗口へ行き、お土産を少し買おうと思っているばばはイライラ。

お弁当とお菓子を2個買うと、もう搭乗は始まっていた。

何とあわただしい出発。

定刻通り鹿児島空港に着き、いよいよ徳之島へ向けて。。。。。。

 

徳之島空港にも定刻通り着き、いよいよ我が家へ・・・・・・・・・・・・・・

と、空港駐車場に止めてあったじじの車へ。

ところが、ところが神様は最後にも試練を準備していた。

何とじじの車のエンジンがかからない。

後のドアも開かない。

その日は日曜日で整備工場も休みだった。

じじは空港で客待ちをしているタクシーの運転手さん達に助けを求めたが

どうしようもない。

(そうだ、空港近くにレンターカーのお店がある)と思いだし、

たまたまじじの車の前に、そのお店の車が止まっていて

車体に連絡先の電話番号も書いてあったのですぐに連絡をとった。

あと10分ほどで来てくれると言うことだった。

待つことしばし、お店の人がきてくれ、何やら手に持った器具を

じじの車のフロント部内のどの機械かに当てると一瞬にしてエンジンはかかった。

時間にして4,5秒。

いよいよ、我が家へ出発だ。

走り出して一安心。しかし、1分ぐらい走ったカーブのところで

何か地面に落ちたようなゴツンという音が。

ハッとして後部座席を見ると運転席の後のドアが開いて

じじのハードディスクなど貴重品の入ったバッグが道路に落ちた。

慌てて車を止めさせばばはバッグの方へ走った。

後ろから車が2台来ていたが走っているばばに気づいたのかスピードを緩めてくれ

又、落下物にも気づいたようでばばは無事、じじのバッグを拾い上げることが出来た。

 

それにしても、何故、島に帰り着いた途端に・・・・と思っていると

農道を走りながらじじが「しまった、この車、車検切れだ」と言う。

何と旅行に出発した11月5日の1日前で車検が切れていたというのだ。

なんということ・・・・・・まったく。

もし、検問に引っかかれば。。。。。。。ドキドキドッキンのばば。

 

途中、明日の朝食のパンを買ったりいくつか用事をしたが、

じじは(エンジンを止めれば次ぎかからなくなる)と

「エンジンを切らない、エンジンを切らない」と呪文のように言いながら

エンジンをかけたままで待っててくれた。

日曜日だったせいか、何とか検問にも引っかからずに家には着いたが

やはり罪の意識で胸が痛い。

 

次の日、早速じじは車を車検に持って行こうとしたが

又、エンジンがかからない。空港から我が家まで相当な距離を走ったにもかかわらず・・・・・・・・・・

バッテリーは全然充電されていなかった。

やはりバッテリーが相当弱っていたらしい。

じじは友人の整備会社に電話して車を取りに来てもらった。

それから10分ぐらいした時じじが突然

「あれっ、じじの車、車検は来年だったかも」と言いだした。

「エ~~ッ。ちゃんと調べてみてよ」と、ばば。

じじは書類を引っ張り出して調べた結果、やはり車検はあと1年残っていた。

じじは、すぐ整備会社に電話。

整備会社の人も気づいていたようで双方大笑いしていた。

かくした大騒動から1時間もしないうちに、

じじの車は新しいバッテリーを積んで帰ってきた。

全く、じじったら~~~~~~~~~~

ともあれ、めでたし、めでたし。

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子どもに厳しく、じじには優しく

2008年11月23日 19時49分45秒 | 家族のこと

11月23日(日)

3姉妹が幼かった頃、躾には厳しかったと自負しているじじ&ばば。

高校生まで夜間外出は絶対ダメ。

お小遣いは手伝いを決めて、手伝いを頑張った分だけあげたりもしたが基本的には

小学校では300円~500円。

中学校で1000円~3000円。

高校生になって3000円~5000円だったと記憶しているが・・・・・・。

この少ないお小遣いの中から祖父母・両親・姉妹・友人への誕生プレゼントを買ったり

たまにはおやつも買ったかな?

テレビ番組も見る番組を決めていて親子で、動物の出てくる番組をよく見ていた。

 

今考えると、あまりに厳しかったかな?と思う面もあるが・・・・

 

ばばよりもじじが子どもの躾面でもきちんとしてくれたと感謝している。

 

3姉妹は小学校高学年になると、しぜんと上の子がするのを見て

制服のスカートに自分でアイロンをかけ

遠足のお弁当も自分で作り

高校生になると毎日の弁当を自分で作り

ばばは一体娘たちに何をしてあげただろう?

娘たちにとても申し訳ないような気がしてならない。

 

娘たちには何もしてあげられなかったばばだが

こと、じじが旅行にでも行くとなると、

お弁当はもちろん、お手ふき、爪楊枝、おやつまで・・・・・・

出かける前には「免許証は?」

「保険証は?」

「財布は?」などと「口うるさいお母さん」している。

じじも「まるで、じじはばばの子どもみたい」なんて笑いながらまんざらでもなさそう。

 

これからは、「娘たちに優しく・じじには厳しく」をばばのスローガンにしようかな。

 

理想は「娘たちに優しく・じじにも優しく・自分に厳しく」だけどね。

 

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またまた

2008年11月22日 10時56分44秒 | 日常生活

11月22日(土)

この日が来なければいい・・・なんて思っていたけど

情け容赦なく時間は流れ、今日になってしまった。

または医者に行く日だ。

今回もきっと抜歯だろうなぁ。。。。

怖い反面、悪いところはこの際徹底的に治しておかなくちゃという気持の方が強い。

だから、予約時刻の8時40分ピッタリ歯科医院に到着。

ほどなく名前を呼ばれ。。。。。

そして今日は何と、はの根っこが残っていたと言うことで2本と

きっと、近いうちに抜くことになるであろうという先生の診断でもう1本抜くことに。

ばばも、嫌なことは一気に済ませてしまいたい方だから先生にお任せすることに。

麻酔後、しばらくして抜歯が始まったが、前回と比べあまり痛みも感じない。

慣れてしまったのかな?

・・・と油断しているとドォ~~ンと痛みがやってきた。

ヒェ~~~。

でも、先生はとても優しい。

「大丈夫ですよ。」

「もう少しですよ。」

「頑張りましょうね。」と絶えず声をかけて下さる。

今回3本も(と言ってもまともな歯は1本で2本は根っこだけだったが)

と先生が決断されたのは、3本とも下の右側だったから

一回の麻酔で出来るからと言うこともあってのことだった。

抜歯そのものは10分ぐらいだったかも知れない。

でも、その後止血に時間がかかる。

途中で何回かガーゼを替え、痛み止めの薬を飲み、消毒を繰り返し・・・・・・

ばばは血を見たり、血の臭いを嗅ぐのが大嫌いで

痛みよりも視覚・嗅覚的なもので意識が朦朧となる。

でも、1時間も我慢すればこれも終わることと割り切れば、

歯の痛みに耐えるよりはずっと良い。

歯科医院の椅子に寝てからほぼ1時間で全て終了。

ホッとした。

 

でも。。。。。じじから用事を言いつかっていた。

お土産用のお酒を買って帰ること。

止血用のガーゼを口にくわえたままなので、どうしてお店で話そうか気が重い。

そこで、ばばは車に戻り、レシートの裏にペンで

「抜歯後でうまく話せません。お酒2本をセットにして、2セット下さい」と走り書き。

行きつけのお店で顔見知りの子にメモを渡して用事を無事済ませた。

 

家に帰ってじじにお酒を渡し、ガーゼをくわえたまま

「歯は大事にしなくちゃいけないねぇ」とばばがモゴモゴ言うと

「もう手遅れだよ」とじじに言われた。

「それは子どもたちに言わなくちゃ」って。

でも、最近土曜日や平日の昼、歯科医院に行っても

子どもの患者さんを見ることはほとんどない。

10年ほど前までは、けっこう子どもたちがいたのだが。。。。。。

最近の子どもたちは歯が丈夫になったのだろうか?

それともお母さん方がきちんと子どもの歯の管理もして気をつけているからだろうか?

そう言えば、家の孫達も食後、娘が歯を磨いてあげていた。

 

ばばも子どもの頃は歯が丈夫で固いサトウキビの皮などもどんどん剥けたが

今のこの惨状はどうだ。

昔は、歯がぐらぐらしても自分の手でぐらぐら何回も動かして抜いたり、

糸で歯を縛って「エイッ」とばかりに引き抜いたり

歯を縛った糸に重い石をくくりつけて抜いたりしているのを見たことがある。

 

時代は変わったなぁ~~~。

 

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飲酒運転の罰金で家が建つ

2008年11月21日 16時36分45秒 | 日常生活

11月21日(金)

今日は秋晴れのいい天気。

気持いぃ~~~~っ。

 

ばばは朝から免許証交付に行ってきた。

10月末に切り替え手続きをしてあったのが今日交付されたのだ。

ばばが運転免許を取ってから30年以上。

 

ばばは仕事の関係で通勤にはどうしても車の免許証が必要だったので、

両親にお願いして免許を取った。

勤め始めて2年目だった。

島の北の方に職場があったばばは放課後とか土曜日の午後、日曜日に教習に通った。

当時試験は学科と実地があって、学科では法令と構造があったと記憶している。

法令の方は丸暗記が得意なばばにとって少しは理解できたが

構造の方は全くチンプンカンプン。

車が動く仕組みなんて機械音痴のばばはお手上げ。

構造で学習したことで今でも、吸入・圧縮・爆発?とかいう文言が頭に浮かぶ。

大体の意味は字面から想像できる。

苦労に苦労を重ね学習したが、実際車に乗るとまたまたばばは問題児。

いつも「車輌感覚」という項目の評価は「C」だった。

実際道路に出て走る時は路肩に寄りすぎていたり

道路中央を走っていたりで何回も注意された。

又教習所内でバックで車庫入れの練習をする時なんか今考えても可笑しいことを平気でやっていた。

例えば、車庫になる部分の近くに生えている草を目印にしてハンドルを切ったり

小さな石ころを目印にしたり、全くばばときたら・・・・・・・・

仮免試験一回目は「車輌感覚C」が災いして見事不合格!

2回目で何とか合格できた。

本試験は、5つくらいだったか教習所内にコースがあって

「どのコースを走りなさい」と言われるか分からなかった。

だから、5つのコースの走順をしっかり頭に叩き込んでおかなくてはならない。

そんな時、ばばの従姉妹姉さんが遊びに来て

コースの覚え方を「鉄道唱歌」のメロディーで覚えたら簡単よとアドバイスしてくれた。

この従姉妹姉さんはばばより10才くらいは年長だと思うが

当時田舎で女の人が車の免許を取り、車を乗り回すことはとても珍しかった,そんな時代、

ばばの集落でも真っ先に運転免許を取得した方かも・・・・・・・

この従姉妹姉さんの教えに従ってばばは5つのコースを歌いながら憶えていった。

例えば「♪第1コースは車庫を出て、右折で車庫入れ、

すぐに出しぐるっと回って幅寄せし・・・・・・…♪」ってな感じだったかなあ。。。。

従兄弟姉さんのアイディアのおかげもあって、

何という奇跡か、本試験は一回で合格してしまった。

あれ以来30余年。

今やばばの生活に車はなくてはならないものになっている。

当時は、教習所内で実地試験を行っていたが今でもそうなのかなあ・・・・・?

 

免許とりたての頃、初めて買う車は中古車が良いだろうと買った車は軽貨物車。

ばばの家は集落の一番外れで車が離合出来ない小さな道が続いてるのに。。。。。。。。

車の左右にはほとんど余裕はなくカーブを曲がる時なんか脱輪するのではとヒヤヒヤもんだった。

おまけに車のナンバーが「4269」(死に向く)。

縁起が悪いと買って間がないのに、すぐに新車に買い替えた。

ばば両親は明治生まれで車などとは無縁の人だったし、

娘を毎日「死に向く」という車なんかに乗せたくはなかったのだろう。

車の買い換えに反対もしなかった。 

当時車の知識のある人も周囲にあまりいなかったので、

知り合いのお兄さんの言う通りに車も買っていた。

田舎の隅っこの無知なお姉さんだったんだね、ばばは。

今なら絶対自分の好みを言うし、主張もするんだけどね。

職場までずうっとローギヤでギアチェンジもせず走った伝説のドライバーばば。

今考えると冷や汗もんのエピソードがいっぱい・・・・・・・・・・・・・・

 

もう何十年も車に乗っているけれどヒヤッとしたことも何回もある。

車は「走る凶器」だもんね。

最近は飲酒運転での悲惨なひき逃げ事故が多発している。

被害者の家族の方の心中を察するといたたまれない気持になる。

加害者の罪の軽さにも腹が立つ。

徳之島も焼酎愛好者は多いと思う。

今日の免許切り替えの講習の中で講師の方が

「徳之島で1年間、飲酒運転の罰金はどのくらい払われていると思いますか?」と問うた。

ばばは頭をひねっていたが、「答えは1500万円です」と。

「島でなら、立派な家が1軒建てられます」とも。

ある焼酎1本、約1000円で買って飲んで事故を起こし100万円罰金を払ったら・・・・・という

誇張した例話もした。

ばばは一口もアルコールは飲めないけれど、酒の怖さはよく知っているつもりだ。

長寿の薬とも言われる焼酎が、車を運転する人が運転する前に飲めば「悪魔の水」ともなる。

他人事と考えず一人一人が飲酒運転についても考えなくてはいけないね。

 

雑記

このブログを書いている途中に、ばばに運転免許を取るためのコースの憶え方を

教えて下さった従姉妹姉さんが玄関先まで立ち寄って下さった。

偶然とは言え、とても嬉しかった。

ばばの尊敬するお姉さんです。

 

 

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