♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■十戒 -自由への励まし 35 / 大嶋重徳

2017年12月07日 | Weblog
2017/11/2放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 大嶋重徳です。

 聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。十回第四戒の「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。」(出エジプト記 20章8節)と語られた神様は休みをとられる前に働かれた神様でもありました。

 神様が造られた最初の人間のアダムとエバは良く絵画に描かれているようにエデンの園の大きな木の下で動物たちとじいーっと座っていたのではありません。
 
 アダムとエバには神様から「園を耕させた」(参照 創世記 2章15節)という仕事が与えられていたのです。そして創造の世界は、「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。」(創世記 1章28節)と神様が造られた世界を広げ、神様を信じる子どもたちが生まれ家族が出来、地に満ちていくように、と計画された動きのある世界でした。そしてその世界を従えよ、と管理する仕事が人間にはあったのです。

 聖書の最後に記されている黙示録は、やがてこの世界が完成する時のことを描いています。そこにはあの最初の創造のエデンの園に戻るのではありません。この造られた世界が完成する場所は新天新地と呼ばれる新しい都エルサレムと記されています(参照 黙示録 21章1節、2節、10節)。つまり、園が耕されて都になっていく計画があったのです。

 神様はアダムとエバに、神様を信じる者たちに、神の国の建設をするようにと使命を与えられておられました。そして神様ご自身も、神の国をこの地上に生み出そうとされて六日間働かれました。そして七日目の休みを人間と共に取られたのです。そして世界を見つめて、「非常に良かった」(創世記 1章31節)と喜ばれ、更にここから始まる永遠の完成に向かって新しい一週間を始めようとされたのです。

 しかし、創世記の3章を見ると、人間は堕落し、罪を犯し、神の国の建設という使命を見失ってしまいました。生きる目的を失った労働は苦痛となり、食べるための労働となりました。神様の交わりを失った労働は際限もなく働くこと、働かされることにもなりました。そして生きることは、やがて土に帰る虚しさに変わってしまったのです。神様を見失い、安息日を見失ったことは、働くことの意味、生きることの意味を見失うこととなりました。

 安息日をきちんと持つと言うことは、神様がこの世界を造られ、神様の働きを見つめ、自分の生きる意味を取り戻すこととなるのです。だからこそ次の日曜日に、教会に行ってみませんか? そこで私たちは働くこと、生きることの意味を取り戻すことができるのです。

   ( PBA制作「世の光」2017.11.2放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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