♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して65年の
「世の光」を文字で 

■強がりと勇気 / 関根弘興

2017年08月04日 | Weblog
2017/6/30放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
 今日も聖書のことばを最初に紹介いたしましょう。新約聖書 第二コリント12章9節
しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。
  ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。


 パウロという人が記したことばです。

 私が高校生の時ですけど、カンフー映画が流行りました。ブルース・リーという人の映画を私はよく見に行ったんです。朝から夕方まで映画館に入り浸って何度も繰り返して見る訳ですねえ。するといつの間にか、自分がまるで映画の主人公になったかのような気分になって来るんです。中身は全く変わっていないのに、ただ映画を見続けたら自分がまるで強くなったかのような気がして来るから不思議ですよねえ。ま、勘違いというものです。でも、人は同じような勘違いをときどきするんです。

 例えばほんの少し力を持つと、また成功をおさめると、自分がまるで別人になったかのように錯覚するんです。時には急に威張り出したり、高慢になったりすることもあります。でも、私たち人間はほんの少しの間も息を止めることさえできない弱い存在ですね。明日のことさえ分からないんです。まして、命の終わり、死というものの前ではなす術を知りません。「いや俺は大丈夫」と豪語しても、「俺は誰の世話にもならない」と言っても、結局人は弱くもろい存在なんですねえ。

 だから強がりではなくて永遠の励ましと支えがどうしても必要なんです。本当の勇気というものは自分をいかに強く見せるかという振る舞いにあるのではありません。自分の本当の姿、弱さを持ち明日のことすらも分からない存在なのだということを素直に認めることから実は始まるんです。

 パウロという人は「私は誇ることがあるとするなら弱さを誇ろう」( 2コリント 12章9節参照)と言いました。しかし大胆に「私はどんなことがあっても勇気を失いません」( 2コリント 4章16節参照)とも語った人物でした。なぜでしょう。それはイエス・キリストこそが自分の弱さを覆ってくださる方であることを知っていたからです。

 大変有名な讃美歌の中に「主、我を愛す」という讃美歌があります(讃美歌461番、新聖歌505番、讃美歌21-484番)。「主は強ければ、我弱くとも恐れはあらじ」とあるんですね。私たちの勇気はキリストの恵みと愛によって覆われていることから来るんですね。

 (PBA制作「世の光」2017.6.23放送でのお話しより)

***

 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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