♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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■十字架の言は / 板倉邦雄

2017年05月16日 | Weblog
207/4/11放送

  世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。今日は「十字架のことばは」という題でお話しいたしましょう。

 始めに聖書をお読みします。
 「十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。
 コリント人への第一の手紙1章18節 (口語訳聖書)

 イエス様は十字架の死の苦しみの中で幾つかのことばを発しました。今日はその内の二つの十字架のことばを紹介しましょう。

 まず第一の十字架のことばは、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」(ルカ福音書23章34節 口語訳聖書)。

 イエス様は自分を十字架につけた人々のために神様に赦しの祈りを捧げました。それは当時のユダヤ人の指導者と民衆たちのためです。更にローマの兵士たちのためでした。このイエス様の十字架のことばは時代を超えてこの私の罪の赦しのために祈ってくださったことを私は18歳の春に気づかされました。この私の罪と悪が罪のないイエス様を十字架に磔(はりつけ)にしたのだと理解させていただいたのです。

 次の十字架のことばは、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ福音書27章46節、マルコ福音書15章34節 口語訳聖書)

 父なる神様に捨てられた神の独り子です。このイエス様の十字架のことばの中に神様の義と神様の愛とが表わされているのではないでしょうか。正義の神様は私たちの罪をそのまま赦すことはできません。罪は必ず償いが求められます。罪の償いは死をもってしか償うことができません。「罪の支払う報酬は死である」(ローマ6章23節 口語訳聖書)と聖書にある通りです。神様は私たちの罪を憎みます。しかし、この世にいる私たち罪人を愛しているのです。このお神様の義と神様の愛の両方をかなえるために、罪のない神の独り子が父なる神様に捨てられたのです。
神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」 (ヨハネ福音書3章16節 口語訳聖書)

 以上、イエス様の二つの十字架のことばは私の人生を大きく変えることになりました。父なる神様に私はどんなに愛されているか、どんなに赦されているか、私がイエス様を信じた時、私の心と人生に喜びと安らぎが訪れました。十字架のことばは私にとって神の力となって私の心と人生に宿ったのです。

  (PBA制作「世の光」2017.4.11放送でのお話より )

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