♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■十戒 - 自由への励まし6 / 大嶋重徳

2017年04月18日 | Weblog
2017/3/14放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 大嶋重徳です。
聖書には十戒と呼ばれる、神様と人との間に結ばれた愛の約束があります。
 今朝も十戒の第一戒を見ていきたいと思います。
 これまでも十戒は愛の約束であって結婚式の誓約のようなものだと学んできました。このあとに続く第一戒の「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。」(出エジプト記 20章3節)ということばが全く違って聞こえてくることとなるでしょう。

 十戒第一戒は「ほかの神々があってはならない」と非常に厳しい一神教の神を語っているとされて、他の宗教の神を認めない器が狭い神だと理解される原因となってきました。しかし十戒が結婚の誓約のような約束であるならば、この理解には問題が出てきます。例えばもし私の妻が私に対して「私が他の男性と関係を持っても良いでしょう? あなたは器が狭いね。」と言われたら「おおそうかあ。それを怒るのやっぱり寛容じゃないか・・・」と反省したりはしません。また「いいよ。じゃあ他の誰とでもいい関係を自由に持ったら。別になんでもいいよ。」と私が言うのであれば、それは愛の放棄です。私も妻から「あなたがどんな女性と時間を過ごそうと私は全然平気。」と言われると、本当に愛してくれてんのかなあ?、と不安に思ったりするでしょう。十戒の持つ性格が愛なのであれば、あなたはわたしのもの、と言われる神様にとっても、他の神々への心移りがあってはならない、というのは当然のことです。

 ここで「わたしのほかに」ということばをもともとの言語に正確に訳するならば、「わたしの前で」「私の顔の前で」という意味になります。あなたはわたしの顔の前で -神様の眼差しを受けながら- 生きて欲しい、と言うことを意味しています。今朝も神様は私たちに「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。」と語られます。他のものを見ないで欲しい、わたしだけを見て欲しい、と語られるのです。十戒は、続く第二戒で「わたしはねたむ神」と言われます。あなたが他のものを見つめているとわたしは嫉妬する、とこんなにはっきりと情熱を表す神様だと御存知だったでしょうか。 十戒に示される神様は厳しい神様ではありません。むしろ激しい愛情の神です。この神様の愛を今朝も感じながら、皆さんも激しく神様への愛を燃えたさせていっていただきたいと思います
 
  ( PBA制作「世の光」2017.3.14放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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