♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して65年の
「世の光」を文字で 

■奮い立って、すがる / 福井 誠

2017年05月10日 | Weblog
2017/4/5放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「奮い立って、すがる」です。 それではイザヤ章64章70節から読んでみましょう。
 「 しかし、あなたの御名を呼ぶ者もなく、奮い立って、あなたにすがる者もいません。あなたは私たちから御顔を隠し、私たちの咎のゆえに、私たちを弱められました。
 今日の箇所では、イザヤの祈りが捧げられています。大ざっぱに、神の救いのみわざの偉大さを賛美し、イスラエルの罪に向けられた神の怒りを語っています。そしてイスラエルの父である神に叫び、イスラエルの救いを執り成す内容になっていますね。イザヤは信仰者を代表して神に祈っているのです。そこには神の裁きの厳しさを覚えつつも、神が愛の方であり、イスラエルを赦し回復させてくださるお方であるという信仰がありますね。
 もちろんイザヤは自分たちが赦されるものだとは考えていないのです。神に逆らい通しで、神を認めず、神のことばに聞こうとしない歩みを続けてきたイスラエル。だから自業自得のように、他国の侵略を受けて滅ぼされることも無理はないと理解していました。自分たちが受ける分は神の恵みなどではなくて、呪いこそふさわしいと考えていました。

 しかしそれでもイザヤは神の恵みの深さは計り知れず、その愛が偉大であることを知っていました。ですから厚かましくも神を仰いで、神の愛によりすがって、神がイスラエルを回復してくださるようにと祈らざるをえなかったのですね。

 私たちはしばしば罪を犯したり、やましい気持ちがあると、神が私たちを赦し私たちの人生を新しくしてくださると語る聖書の単純なことばが受け入れられなくなったりするものです。神の恵みに依りすがることが厚かましく思えて来るのです。

 けれどもたとえ何も受けられない存在であるとしても、私たちの回復に対する神の熱心さ、神の思いはそれに勝るものがあります。神の御名を呼ぶことすらためらわれることがあろうとも、神が私たちの父であることに変わりはありません。イザヤが言うように、奮い立って主にすがることが求られているのです。自分の罪深さを感じようと、素直に神の愛に甘んじ、神を呼び求め、神の恵みと祝福を受け取る人生でありたいものですね。

(PBA制作「世の光」2017.4.5放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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