文と不呂愚、私とPogosyan

異形の蒐集
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金があっても何も手に入らない?

2009年02月19日 23時38分37秒 | Weblog
また記事から。
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益川さん

1年生の男子生徒が「研究者になるのを迷いませんでしたか? 僕はいろいろ興味があって迷っています」と尋ねると、「私も数学か物理か迷ったし、大脳生理学の勉強会も開いた。重要なのは何をやるかではなく、その瞬間に大事と思うことに全力で取り組めるかということ」と励ました。

最後に「学者になるのも一つの道だが、人生にはいろんなことがある。努力を惜しみなく傾注できる道を発見してください。そしてこの道は違うと思ったら、躊躇(ちゅうちょ)する必要はない。120%の努力を傾注してもなお楽しいなら、新しい道を進めばいい」と後輩へエールを送った。

益川さん「勉強よりstudyを」母校で語るより

最近は仕事をなんとなくこなしているのでその場しのぎになっていると感じる。
世の中は残酷だね。
金がないと今は違くともいずれ不自由を被るという不安に似た感情。
今のままそれなりにやることやっていけば、このある意味安定した生活は続いていくんだろうが現状打破願望が常に疼いているのはなんでだろう。
でも近頃は動かしたくとも動かない心があります。
仕事をやってる間は時間が早く過ぎ去るのを待っている感じがしていていやなのです。でもその圧倒的な流れに押されて心が動かせない。
今こうやって書いているのも流れに抗う行為の一環でもあるのですが、なんか気休めでしかない気がする。
本当に現実の力は圧倒的だなぁ。保っていたバランスが崩れる。

120%の力を出してもなお楽しいもの、、、見つかるのだろか。
そういうものが見つかる希望は今は5%くらいしかもてない。
その5%に賭けたい気もするんだけど。

高望みですが今は変態になりたいです。
ゲヘ。

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村上はん

たぶん他の小説家多数と同じように、私は言われたのときっちり反対の事をやる癖があります。「そこに行くな」「それをするな」などと誰かに言われたら、ましてや警告されたなら、「そこに行って」「それをする」のが私の癖です。そういうのが小説家としての根っこにあるのかもしれません。小説家は特殊な種族です。その目で見てない物、その手で触れていない物を純粋に信じる事ができないのです。

そういうわけでここにいます。ここに近寄らないよりは、来る事にしました。自分で見ないよりは見る事にしました。何も言わないよりは何か話す事にしました。


非常に個人的なメッセージをお届けするのをお許し下さい。これは私が創作にかかる時にいつも胸に留めている事です。メモ書きして壁に貼るようなことはしたことがありません。どちらかといえば、それは私の心の壁にくっきりと刻み込まれているのです。

「高く堅固な壁と卵があって、卵は壁にぶつかり割れる。そんな時に私は常に卵の側に立つ」

ええ、どんなに壁が正しくてどんなに卵がまちがっていても、私は卵の側に立ちます。何が正しく、何がまちがっているのかを決める必要がある人もいるのでしょうが、決めるのは時間か歴史ではないでしょうか。いかなる理由にせよ、壁の側に立って作品を書く小説家がいたとしたら、そんな仕事に何の価値があるのでしょう?

この暗喩の意味とは?ある場合には、まったく単純で明快すぎます。爆撃機(bomber)と戦車とロケット弾と白リン弾は高い壁です。卵とは、押しつぶされ焼かれ撃たれる非武装の市民です。これが暗喩の意味するところのひとつです。

しかしながら、常にそうではありません。より深い意味をもたらします。こう考えて下さい。私たちはそれぞれ、多かれ少なかれ、卵です。私たちそれぞれが壊れやすい殻に包まれた唯一無二のかけがえのない存在(soul)です。私にとってほんとうの事であり、あなたにとってもほんとうの事です。そして私たちそれぞれが、多少の違いはあれど、高く固い壁に直面しています。壁には名前があります。それはシステム(The System)です。システムはもともと、私たちを護るべきものですが、ときにはそれ自身がいのちを帯びて、私たちを殺したり殺し合うようしむけます。冷たく、効率的に、システマティックに。

私が小説を書く理由はひとつだけです。個人的存在の尊厳をおもてに引き上げ、光をあてる事です。物語の目的とは、私たちの存在がシステムの網に絡みとられ貶められるのを防ぐために、警報を鳴らしながらシステムに向けられた光を保ち続ける事です。私は完全に信じています。つまり個人それぞれの存在である唯一無二なるものを明らかにし続ける事が小説家の仕事だとかたく信じています。それは物語を書く事、生と死の物語であったり愛の物語であったり悲しみや恐怖や大笑いをもたらす物語を書く事によってなされます。生と死の物語や愛の物語、人々が声を上げて泣き、恐怖に身震いし、体全体で笑うような物語を書く事によってなされます。だから日々私たち小説家は、徹頭徹尾真剣に、創作をでっちあげ続けるのです。


今日みなさんにお知らせしたかった事はただひとつだけです。私たちは誰もが人間であり、国籍・人種・宗教を超えた個人です。私たちはシステムと呼ばれる堅固な壁の前にいる壊れやすい卵です。どうみても勝算はなさそうです。壁は高く、強く、あまりにも冷たい。もし勝ち目があるのなら、自分自身と他者の生が唯一無二であり、かけがえのないものであることを信じ、存在をつなぎ合わせる事によって得られた暖かみによってもたらされなければなりません。

ちょっと考えてみて下さい。私たちはそれぞれ、実体ある生きる存在です。システムにはそんなものはありません。システムが私たちを食い物にするのを許してはいけません。システムがひとり歩きするのを許してはいけません。システムが私たちを作ったのではないです。私たちがシステムを作ったのです。

村上春樹:常に卵の側により


村上春樹の小説はそこまで好きじゃなかったけど、この演説は素直にカッコいいと思いました。
でも、こういういいことを言っている人を見るたびに、本当に現実を変える人は誰なんだろうと思う。
世界的にこんなに著名で、巨大なメディアに取り上げられている人がここまで言っているのにどこで何が変わるのか。なかなかわからない。
自分の中にも大きな変化は見当たらない。
もしかしたら、良くはなってないけど悪い方向へ進むのを食い止めてくれているのかもしれないんだけど。

でもほんとに現実に自分と自分の周りを変えるのは当事者たちであり、この自分か、と多少望みが生まれる。
そしてしばらくしたらまた消えていくのかも。


こんなことを考えている日々ですがさっきまでThe Simpsonsを見て大笑いしてました。いつ見てもクレイジー。犬が「ヤバいことして、一生うらまれる」って言ってるところに一番感動しました。
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2 コメント

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Unknown (Yumi)
2009-02-20 13:18:50
確かにね。
特に、院生を経験するとそういうのすごく切実に感じるんじゃないかな。
研究に120%エネルギーを注ぎ込めれば、お金の事とかもそこまで考える必要ないのかもしれないけど、一度研究生活と社会人生活の選択について迷いが生じるとなかなか研究だけび没頭するってことは難しくなるんじゃないでしょうか。
これは、自分の経験談でもあるんだけどね。

ただ、社会人になってお金稼いで、それなりの生活をしたとしても満たされない気持ちって必ず出てくると思う。

なかなか自分の好きな事ばかり出来る仕事ってそうそうないしね。

ひろぶー、元気?

Unknown (n)
2009-02-20 23:48:28
やりたいことだけやっていければいいがそうは問屋が卸さないのが現実。主に金?認めたくないけど結局そこに行き着く。それを言われるとそうなんだよねーと苦笑い。そういうシステム(The System)だし。そんな中で少しでも好きなことに関わっていきたいという思いはある。それがいつの間にか120%になっていれば結果オーライなんだけど。
目的があって会社人になるのはいいと思う。その目的をぶれないように持ち続けるのはもしかしたら大変なのかも。Soulのための戦いです。勝ちを求めています。勝つために生きます。どうやったらこの社会に勝てるのか。
なんかいい案あったら教えてねw

ご心配さんきゅー。元気といえば元気です。先週は暑かったんで半袖短パンで近くの公園のアスレチックで遊んでました。

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