どうでもいいこと

M野の日々と52文字以上

風邪をぶり返したようだ

2016-02-13 00:56:39 | 日記

 

大変な晴天だった。しかし朝飯を食べてボ〜っとしていると、どうも熱っぽい。体温を測ると37度3分だ。気持ち悪くはないがなにかボ〜っとする。今日は泳ぎに行こうかと思っていたのだが、もうむり。

家でネット見たりして過ごす。薬局に薬を買いに行き、このまま引きこもろうかと思ったが、外に出てしまう。

 

 

今日は重力波検出のニュースで持ちきりだった。今まで重力が光を曲げるとか、重力場の存在はわかっていたわけだが、それが振動するのは予言されていただけで、これで場としての存在が確定したわけだ。

さてここからが微妙なのだが、だからって世界が変わるわけでもないし新しいデバイスができるわけでもない。もしかすると宇宙空間の大部分を占める質量、ダークマターというやつだがそれの存在を調べる理論とかが出来てくるかもしれない。そうなったらそのダークマターをエネルギーにしたブラックホールエンジンで重力場の歪みを利用した、超光速航行の開発とかSFファンが喜ぶネタだけにしかならないわけで、でもそこが大切なんだけど、多分普通には関係ない。

日本のKAGURAが試験運用中なのでアメリカに先を越された格好になってしまったが、アメリカの二つの施設だけで観測を続けたとしても、重力波とその理論値とリアルな挙動の差が解明されるわけではない。距離が離れた日本とヨーロッパの施設が稼働して初めて研究が進むわけだ。その巨大すぎる測定器の問題もある。校正がかなり難しいわけで、できるだけいろんなところに観測機器があるのが望ましいわけだ。

ただその校正ということで言えば、正式運用の前からキャリブレーションを続けていたわけで、つまり重力波を観測していたわけだ。機器の誤差とかを詰めて詰めてようやく正式運用したから、運用後二日で観測成果を発表できたのだろう。

だがそれ以上に大きいのは、アメリカもEUも日本も、そのブラックホールで起きた重力波の発生を予測していたから、計画が大体同じ時期になっていたということだ。間違いなく重力波の発見はノーベル賞ものだが、重力波を計測するシステムを作ったチームと、初めて発見したアメリカのチームとそこから新しい理論を作り上げた国のチームに与えられるだろう。

人とか国に与えられるレベルではない、発見でもある。

 

 

子供の育児のために休職します!といって、不倫していた国会議員が辞職した。イクメンだけでも結構顰蹙買っていた。私はそうは思わないが、さすがに自宅で不倫というのは安っぽすぎる。完璧に始末しないと確実にカミサンにバレることをよくしたよなと思うと同時に、自宅だとマスコミに言い訳できると思ったのだろうがその了見が安っぽい。私は知らないが、確実にマスコミを避けられて全く違うように装うことができる場所はあると思う。ただそういった場所は値段が高い。例えば政治家が必殺で使う料亭とかはまだあると思う。そういった場所を使えばいいのに、それをしなかったというのは不倫する価値もない男だ。

イクメンはいいことだ。他の人はワンワン言っているが、イクメン正しい。権利を行使できるならしたほうがいい。だがその最中に不倫はないだろう。イクメンと不倫を両立させようとした努力はあるのだろうが、多分これはカミサンにバレバレだったのだろう。だから週刊誌に狙われたのだよ。女は怖いのだよ。

これを下衆というのは正しい。ここまで浅はかな男はゲスだ。

実はここまで前振りだったのだが、このゲスという言葉、最近不倫限定になりつつあるのが気に食わない。なんか「ゲスな極み乙女」というバンドのリーダー川谷氏とベッキーの不倫騒動で、不倫=ゲスという構図が出来つつある。だが下衆という言葉はもう少し面白いはずだ。

「浅はかな」「愚かな」「下世話な」「教養がなさすぎる」「品がない」という意味がある。この対義語は実はない。強いて言えば「高貴」「教養」なのだろうが、実際下々の民の中でも品がない行動をいう言葉だ。だが品がないと言ってもそれはエロだけではないのだ。何にでも顔を突っ込み浅い知識で適当なことを言いふらすヤツ、それが下衆なのだ。特に下の話ばかりに持って行くのは下衆の極みに成る。そういった言葉なのだ。

逆がある。石田純一氏が「「文化や芸術といったものが不倫から生まれることもある」」と、自分の不倫を肯定したことがあった。結果として火に油を注いだのだが、実際の所不倫が認知された事件でもあった。

石田純一に誰もが感じたのはなにか。確かに発言は強がりだった。だが「粋」に見せる所が大きかった。だから石田純一は職業生命を奪われなかった。ただその後がイマイチすぎたがね。

ベッキー騒動で確実に言えるのは、彼らは粋ではない。馬鹿な男と野暮な女の組み合わせだ。少しだけベッキーを擁護したい所はあるが、やっぱりおつむが弱いとしか言いようがない。実は清純派ということを証明したのだが、誰も気がついていない。

それでは辞職した国会議員はどうなのかといえば、立場がある。安っぽい事したらアウトなのだ。それこそ野暮。やってはいけない事だ。そこをいかに切り抜けるかが粋なのに、防御のなさがひどい。おまけに女を大切にしていないフシが野暮天だ。おまけに下衆だ。女房抱くベットと不倫のベットが一緒というのは、貧しすぎる。

ということで、多分ゲス=不倫は今年に入って3例目だと思う。流行語大賞に入る可能性すらある。だから言いたい。一番下衆で野暮なのは、この報道を楽しんでいる私だということだ。



北帰行が初まってますね。

日本人ってすごいと日本人が言うたびに違和感を感じている。それはこのブログを始める前からあったのだが、最近建設現場を見るたびに思う。正確に言えば、すごい日本人とダメな日本人の落差がすごいのだ。あのアリの25%だけが働いているという話は有名だが、まさしくその通りなのだ。ただなぜうまくいくのかといえば、管理者が優秀だからだ。

私の周囲だけだと思うのだが、日本人はルーティンワークを好み、そこから出た隙間時間をダラダラと過ごして、残業して働いているフリしかしていないように思える。もっともその場合はだいたい上司が悪いのだが。

建設関係で特に電気系かな?という人がいて、先日その話になった。彼はアメリカである小さい会社が集まってジョイントベンチャーのような形で建設を請け負うというワーキンググループがあって、そこに参加したのだが実際の現場は大混乱に成ってしまったという。みんな好き勝手作業しようとして大混乱になったのだ。建設スケジュールは守らないし駐車場も守らない。スケジューリングは打ち合わせていたはずだし、現場もわかっているはすなのだが好き勝手に作業を始める。

彼は、日本的なゼネコンや工務店のシステムを超えるはすだったのが、結果ダメだったというのがわかった。日本にある、このシステムというのが何かはわからないが、あるというのだけはわかった。そう言っていた。

もちろん大工や内装屋などの技術レベルが低いわけではない。ただトップが誰になるかで仕事が変わるという、あまりよろしくない状況があるようだ。

 

 

アオサギがいた。今日は高松の池の東側にいたわけだが、そこは私の生息域でない。南側は最も危険な場所だ。北が一番安心できる。実はカメラマンの質が違うのだ。南はマジメ過ぎる人しかいない。だいたい白鳥一筋だ。東側はフツーの人が多いが、ゆうひバック白鳥を狙う極度にマジメな人が多い。私のように、うまそうだとかキンクロハジロをお風呂に浮かべたいという不真面目な人は行ってはいけないポイントだ。

だがそのあたりを考えない人と知り合いになった。空気がいいね。アオサギが来た!と言って二人で撮影しに行きました。

白鳥はあんまりいい被写体ではないと思うのだがね。鷺とか鵜は、かなり日本的でかっこいいのだがね。オナガガモとマガモもえらいものがあるのだけどね。

白鳥ってレッドオーシャンだと思うのだがね。もっと正確に言えば、野鳥を撮影するのはレッドオーシャンそのものなのだがね。

 

 

話は元に戻るが、なぜアメリカのシステムが日本でできないのかというのは、アメリカは組合で管理されているというところはある。職業別の組合があって最低賃金を出している。それ以下の仕事は組合に入っているとない。組合に入っている以上、最低賃金は守らなければいけないし、仕事の質も一定保証する。ギルド制に近い。組合加盟以外の業者に頼む場合は、自己責任となる。

実はここが大きい。システマティックになっている世界の話と、個人事業者に近い日本の建設では話が変わるわけだ。だから彼のジョイントベンチャーの話は消えたわけだ。

職人に対する品質保証がないというのが、日本だろう。そう言い切っていいのかはわからないが、多分なのだが、自己判断できない状況かあるから、職人の質が悪くなるのだろう。単純に労働力不足だけではない

 

 

日本的な「言葉のない」信用社会はいつまで続くのだろうか。

言葉を使って維持しているのが現実だ。それは現場を見ているとつくづく思う。だがその言葉が分断されている。一発の言葉が必要なのだが、その言葉がでてくるのは天才としか言いようがない。

だがそれは恐ろしく不安定な時代だからなのだ。その例は第一次世界大戦の後の話で終わる。

 

 

またまた戻ろう。結局ゲスと言われている、最近のあの事件は、野暮なんですな。

バカがやった話です。なんで笑えないのかといえば、やっぱりベッキーが純粋(天然orバカ)なんですが、野暮をやってしまう下衆というのは、下衆より下ということで、ゲスという言葉の自虐が、自分に降りかかってくるのを分からんで使いたくないですね。

 

 

自分を全否定して生きていたのだが、なかなかにこれは面白いことだと今気がついた。ないというのはなかなかなのだ。

そして、なかなかというのはキーを打ちやすいな。

人を叩き潰して喜ぶというのは、ニャカニャカだぞ。それこそ下衆だ。

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