どうでもいいこと

M野の日々と52文字以上

昨夜の雨の後

2017-06-27 00:53:29 | 日記

 

爽やかな一日になった。

まあトランプさんが、「オバマ氏が選挙のずっと前からロシアの件を知っていながら、何も手を打たなかったことを初めて知った」「情報があったのになぜ何もしなかったのか」言わなければもっと爽やかだったろう。どうも自覚がないようだ。

タカタの倒産も憂鬱な話だった。本当に情けない、日本的倒産だった。最大の問題は、爆薬の問題を自覚していたのにもかかわらず、改良しようとしていなかった。その上、事故を隠蔽しようとさえした。いやそう疑わざるを得なかった。無能な経営者がいたということだ。

 

 

明日も天気だ。

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盛岡で「大地の歌」が聞けた

2017-06-25 23:03:14 | 日記

 

岩手バッハアンサンブルというバロックの室内楽アマチュア合奏団がある。盛岡の中でも特に腕のいい人が集まっている楽団だ。それが事もあろうにマーラーの「大地の歌」シェーンベルク原案・リーン編曲というものだ。原曲は多分世界中でどこかで毎年演奏されている。だが東京でもそんなにできる演目ではない。それの室内楽版となれば、こんなの人生に一度聞けるかどうかわからない曲だ。そもそも大地の歌そのものが意外と演奏困難。リートの技術を持ったオペラ歌手、いやワーグナー歌手が必要ではないのかと考えているほどに歌手に負荷がかかる。ドラマティックに繊細な表現をできる歌手というのは、滅多にいないのではないのかと思う。

その前に弦のポルタメント奏法が簡単にできるアマチュアオーケストラというのは、多分ないだろう。

 

 

演奏そのものは、ある意味問題があった。譜面に忠実すぎる人とか、あとロマン派の歌手に慣れていない指揮者とか、そもそもギリギリなのだが。

冒頭で泣いてしまった。あのホルンで泣いてしまった。録音で散々聞いた曲だが、リアルではああ響くのだよ。本当にそう響くのだよ。

慟哭から始まる大地の歌は、録音では無理なのではないのかと思っていたが、そのようだ。

 

 

演奏が終わり、右の人が拍手をしたが誰も拍手をしない10秒があった。そしてまばらに拍手が始まった。

私は腰を抜かしていた。呆然と手を叩くしかできなかった。ただただマーラーに圧倒されていた。圧倒的な強度の曲、それを極限まで音を少なくした室内楽版の、骨格しかない世界のマーラーなのだ。

 

 

でもなぁ、こんなチャレンジングで確実にいい演奏があるのに、お客さんが少なすぎるの悲しいな。

特に若い人が全くいなかった。「大地の歌」は年寄りにはシャレにならない曲だ。夢も希望もある人が聞けば、ものすごいロマンティックな曲なのに、なんでだろうね。確実に感動があるはずの曲に、オケや合唱関連の人たちが全くいないというのはどうかと思った。

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天才を生み出すシステム

2017-06-25 01:12:06 | 日記

 

文科省が迷走しているのは、加計学院問題で将来予測などの数字を持っていないからだとわかった。未来予想ができなければ、将来に向けた立案などできない。教育行政でPDCAサイクルができないのはその長期にわたる、人の一生にわたる壮大な実験で、現実的にそれはPDCAのショートサイクルではない。国家というものから考えなければいけないのだが、国家がどうなるのかという超長期予測は、経産省が散々失敗したし、厚生労働省は人口動態から年金問題から国民健康保険まで40年前にわかっていたことを放置し続けた。そして財務相は、将来の税収減に対して増税を画策して減収を招いてきた。つまり誰も成功しなかったのだ。

文科省の迷走はゆとりから酷いものだったが、なぜ失敗したのかという理由がとても簡単だ。

日本人は経験主義であり、教育に全く力点を置いていない。もちろん家庭によっては違うが、これは間違いがない。テストの点数は気にするが子供がどんな回答をしたのかを気にする親はとても少ないだろう。本当はここが大事なのだが、それは実社会で役に立つものではないと考えている。あんなの受験テクニックでくだらないことだとすら思われている。なので大学に入ったものを、お勉強ができたのね、と暗に差別する。それでいて大学に入ったら大学のヒエラルキーに縛られてしまう。

で、どっちにしても勉強しない。大学で勉強する人はかなり変わり者だ。その変わり者が研究者になる。勉強しなかった人たちは、現実的に大学で学んだことは全く役に立たなかったと、ほとんどの人が喋るだろう。なぜ?

基礎的すぎて役に立たないというのはある。だが一番大きいのは人間関係に役に立たないということだろう。日本の緻密な社会では大学を卒業しただけでは、大人として扱われることはない。修士あたりから専門家として扱われるようになるが、それは研究室で揉まれたという修行の成果が評価される。

 

 

ゆとり教育は、余った時間を子供達が自分の興味のある分野に振り向けるようになったというのがある。なので表現系ではかなりの進歩があったと思う。だが全体での教育水準を下げてしまった嫌いがある。

だが大学はまだ人の多様性がある。地方の多様性を認めない世界からそこに入った人は、ようやく考えるということを覚える。

ゆとりの考える教育の失敗は、結果考えさせなかったからだ。そして日本の社会は緻密で、考える必要が常にない。

大学は異論を認める社会だ。日本から切り離されているとも言える。だから考えないとどうしようもない所でもある。でもそこから出てきた人は、ある意味役に立たない人物なのだ。

 

 

教育の現場では常にPDCAサイクルが回っている。その上情報共有も行われている。学科別や教科別ではかなり進んでいる。これは間違いがない。ただ先生の個性や学生の個性によって結果の濃淡が出るだけで、これは幼稚園から大学まで全く同じだと思う。

なぜ専門の教科のPDCAサイクルが進むかと言えば、教材の内容が同じだからだ。大学でも文系は最新の事例を扱うことが多いので、さらにそうなる。

だが目標は高度な知識の取得でしかない。でもそれは必要がないと誰もが思っている。

それ以上の目標、つまり文科省のどっかの審議会で出た天才を育成する大学とドメスティックな大学とを分けるという考えは成立するのだろうか。天才を入学させてきた東大は、果たして天才的な官僚を輩出して日本を変えてきたのだろうか。確かに戦前生まれの70年代まではあった。だが今はない。

 

 

天才を生むのは教育だけではない。天才を守り育てる社会が必要だ。だが天才ってだいたい変人なのだ。

変人を守り育てる教育がアウトになった今、PDCAサイクル程度で天才は作れるのだろうか。いやもっと面倒なことを言おう。量産できるのか?実は社会的な要請はそうなんだとおもう。もっとひどいことにヤンキーに寄り添う天才哲学者とか、それは社会学者ではないのかと思うが哲学者としてね、そういった人物が欲しいのだろうか。

まあ哲学が日本で一番いらない学問と言われていますがね。西洋倫理学の個人主義を右翼は嫌いますなぁ。

ここが問題なのだ。

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カメが四匹

2017-06-24 01:11:17 | 日記

 

今日は程よく晴れた。夏至の頃の快晴はかなり残酷な光で、写真に撮るとコントラストがつきすぎて見るも無残な状態になる。程よい薄雲がちょうどいい感じになった。最高気温は26度と暑くないはずなのだが、南風が吹き込んだせいか妙に暑い一日になった。

 

 

北水の池に涼みにゆく。目が涼しければ暑さも和らぐものだ。いつもの島にカメが二匹いた。しかしその先に怪しげな生き物が。

 

 

でた、ミシシッピアカミミガメ、通称ミドリガメだ。誰だこいつを捨てたのは。本当ちょうど捨てたくなるサイズだなぁ。

昨年誰かが捨てたのが一匹。今年になって1匹、そして更に二匹捨てた奴がいるようだ。

 

 

カメがカメよ呼ぶんだろうなぁ。

食物連鎖のピラミッド最上位の凶悪な生物がいるところに、こうして放してゆく人がいるというのは奇特なことだ。そう行った方々はきっと供物としてカメを育てていたに違いない。そうして大切に育てられた供物を受け取らないわけにはいかないだろう。そう最強生物は言っていました。

とは言え、実はカメは捕獲困難です。水を得たカメはなかなかに素早いものです。

 

 

要注意外来生物だから罰則規定はないが、それにしても買うときにわかっていたはずだろう。

まあ人は感情でしか動かないからな。こうして感情で捨てるのだろう。

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極端だね

2017-06-23 01:26:56 | 日記

 

かなり前にどこの記事か忘れたが、人間は高度なコミュニケーションが必要になった大昔、しかも縄文時代のような半農狩猟時代から、不正に対する嫌悪感がDNAのようにあるという。嘘もその中には入るが、不正に関しては本能的に反応してしまうという。比較的少人数の狩猟時代の公正な分配から、農業が定着してからの大家族的なものからもっと大きな単位になってから、さらに強化された。

その不正への反応は人類共通であり、それが現在の混乱を生んでいるという。

とんでも説ではあるが、説得力もある。だがその不満がなぜ今世界中で爆発しているのかと言えば、実際のところ理由はバラバラで、人類共通なはずなのになぜ不正を犯す人は、それを罪と思わないのか、彼らは宇宙人なのかとも思うが、なかなか説明しにくい。

ただこれがインターネットの普及によるものと考えれば、簡単なのだろう。これはかなり古くから言われていることだ。情報が広く伝わることで、今まであまり見えなかった金持ち達の生活が見えてしまった。彼らの邸宅はいくらで、彼らのあの服はいくらで、それが見えてしまった。そうすると当然、なんであんなにお金を稼げるのかがわからなくなる。IT長者はまだわかりやすい。天才でありバクチうちだからだ。そして彼らの生活はひどくかけ離れていないように見える。実は違うのだが、服が普通なのだ。正確には違うのだ。アップルのスティーブ・ジョブスはミヤケ・イッセイのタートルネックのセーターを好んだ。そんなには高くはない。だが彼は気に入ったから100枚以上まとめて買った。そういった変なところがある。

だがそうではない、よくあるセレブの発信はどう見えるのか?

アラブの春は、自由な表現がネットからなだれ込んだことで、もともとあった不正への不満が、この場合かなり複雑な、宗教対立や部族対立も含めて、噴出したとも言える。そのせいか、ISがネット利用を重視するのは、その時のインパクトなのかもしれない。

圧政が不正だと思うのは、意外と高度な話だと思う。やはり比較対照できる事例がないとわかりにくいだろう。ネットはそれを提供した。

ただここで考えたいのは、IT系のトップエリートの考えているのは、新しい世界の創造なのだ。ヒッピー文化の極地の世界なのだ。天才が徹底的に自由に生きられる世界、全てが解放された世界だ。その彼らの影響で不正に対する不満が世界中で広まったとすれば、つまり一般市民に武器を与えたとすれば、今ある現象は序盤戦でしかないのかもしれない。

ただ、不正のない社会というのが想像できないので、この新しいマルクス主義はどうにも宗教のように見えてしまう。

 

 

溢れた情報が量産系女子を生み出したように、今後は情報を制御するためにAIが重要になる。これは間違いがないだろう。人は今ある情報を制御できなくなっている。これが原因で人の不正検知DNAを発動させている可能性は、ないわけではない。

ネットで人をどう誘導するのかというのをアーキテクチャーといっているが、その考えを現実世界に出してみようかという考えも出ている。今ある法も法制も、その考えで再構築されるべきだという考えだ。

AIによりそれが精緻になり、人の不満なども誘導されてゆくのではないのだろうか。

手始めに自動車の高速道の自動運転から始まるだろう。交通事故撲滅の最も有効な手段だ。そしてドライバーの過重労働も激減させられる。そしてそのために標識システムから白線から全てが微妙に変わるのだろう。実はこれはもうすぐくる。

 

 

トランプさんの支持率が若干上がったという。ということでやっぱり楽しいネタを。メキシコ国境の壁は太陽光パネルになるという。

「ユニークなことを考えている。南の国境についてだが、日光が降り注ぎ、暑い場所でしょう。建設する壁を太光発電の壁にすることを考えている。それでエネルギーが作られるし、費用も賄える。それにこれなら、メキシコが払わなくちゃいけないお金はずっと減る。いいことでしょう?」

このアイディアはすでに壁の設計案の募集した中にあるのだが、それを自分のアイディアだというのもどうかと思うが、悪くはない。だがあのパネルは簡単に壊れるのだな。

事業的に考えれば壁そのものが太陽光パネルというのは、赤道に近いメキシコ国境では効率が悪い。なので角度をつけないといけない。しかもその角度が浅い。壁の高さが5メーターとして最大の高さが、パネルの角度が多分20度以下だと思う。

上まで行ったら歩けるよな。そしていろんな方法で登ってゆこうとする人たちからみれば、太陽光パネルの意味がない。なのでかなり壊されるだろうな。むしろどんな高さになっても積極的に壊しにゆくだろう。

その前に太陽光パネルのメンテナンスのために、メキシコ人を雇うのだろうか。

まあもう少しすればもっとすごいアイディアを出すはずだ。太陽光パネルに覆われた、国境沿いの高速鉄道とかね。

で、これも募集された中にあるのだな。

 

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