けっ、またアニメか。と思った人はまずオープニングを見てほしい。
Elfenlied Opening
映像モチーフはクリムト。全ラテン詞のこの歌の題名は「LILIUM」(日本語でユリ)だ。
ユリの花言葉は純潔。
クリムトの主題はエロスと死。
二つの大戦に挟まれた戦間期のウィーンでは、芸術・科学の分野でほとんど奇蹟的ともいえる成果が花開いた。
音楽の新ウィーン学派、クリムトやエゴン・シーレの表現主義、シュレーディンガー、ハイゼンベルク、そしてハイエク。
混乱と動揺の中、この街で西洋的理性への懐疑が生まれた。
(この段落は「ハイエク」池田信夫の最初をまとめた)
代表的な事件を一つ、今度はウィキペディアから抜粋
クリムトは1894年にウィーン大学大講堂の天井画の制作を依頼される。
『学部の絵』と名づけられたこの天井画は『哲学』、『医学』、『法学』の3部からなる。
人間の知性の勝利を高らかに歌いあげるという依頼者が意図したテーマに反し、これら3枚の絵は理性の優越性を否定する寓意に満ちたもので、その是非をめぐり大論争を引き起こした。
翻ってアニメの舞台の古都・鎌倉。
安寧の中の我々は、やはり奢りたかぶっているのではないか。
研究室の面々は我々人類の寓意だろう。
生命体をコントロールして我々の行く先を作り上げる-そんな傲慢。
隔離された研究棟が象徴する人間の理性の優越性・・・それを軽々と乗り越える研究対象たち、そして人間の葛藤。
生殖・恋愛・死。
それらのことすら満足に解決できない我々が「高次の」存在などとはやはり傲慢。
ここでのエロスとは生への衝動、嫉妬や動揺といった端的な恋愛、繋がりへの欲求。
純潔とエロスとはなんぞや、という問いを、このように解釈すれば、このオープニングも自ずと理解できよう。
エロスに対する純潔な思い、それがこの物語の本質であり、全てである。
出来すぎたオープニングテーマに沿って物語を当てはめた、そして見事当てはまった。
もしこの物語を見て、繋がりへの思いに涙したら、また人間の愚かさについて考えてみようじゃないか。
そうでなくても今日も明日も繋がりへの思いに涙している我々なのだから。
Elfenlied Opening
映像モチーフはクリムト。全ラテン詞のこの歌の題名は「LILIUM」(日本語でユリ)だ。
ユリの花言葉は純潔。
クリムトの主題はエロスと死。
二つの大戦に挟まれた戦間期のウィーンでは、芸術・科学の分野でほとんど奇蹟的ともいえる成果が花開いた。
音楽の新ウィーン学派、クリムトやエゴン・シーレの表現主義、シュレーディンガー、ハイゼンベルク、そしてハイエク。
混乱と動揺の中、この街で西洋的理性への懐疑が生まれた。
(この段落は「ハイエク」池田信夫の最初をまとめた)
代表的な事件を一つ、今度はウィキペディアから抜粋
クリムトは1894年にウィーン大学大講堂の天井画の制作を依頼される。
『学部の絵』と名づけられたこの天井画は『哲学』、『医学』、『法学』の3部からなる。
人間の知性の勝利を高らかに歌いあげるという依頼者が意図したテーマに反し、これら3枚の絵は理性の優越性を否定する寓意に満ちたもので、その是非をめぐり大論争を引き起こした。
翻ってアニメの舞台の古都・鎌倉。
安寧の中の我々は、やはり奢りたかぶっているのではないか。
研究室の面々は我々人類の寓意だろう。
生命体をコントロールして我々の行く先を作り上げる-そんな傲慢。
隔離された研究棟が象徴する人間の理性の優越性・・・それを軽々と乗り越える研究対象たち、そして人間の葛藤。
生殖・恋愛・死。
それらのことすら満足に解決できない我々が「高次の」存在などとはやはり傲慢。
ここでのエロスとは生への衝動、嫉妬や動揺といった端的な恋愛、繋がりへの欲求。
純潔とエロスとはなんぞや、という問いを、このように解釈すれば、このオープニングも自ずと理解できよう。
エロスに対する純潔な思い、それがこの物語の本質であり、全てである。
出来すぎたオープニングテーマに沿って物語を当てはめた、そして見事当てはまった。
もしこの物語を見て、繋がりへの思いに涙したら、また人間の愚かさについて考えてみようじゃないか。
そうでなくても今日も明日も繋がりへの思いに涙している我々なのだから。