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2017年01月04日 12時37分43秒 | base

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天を仰ぐ  (in the wind)
2017-01-04 12:41:39
 
 先日、確か、12月30日に散歩に出た時だったと思うけど、喫茶店が満席だったので、
待っていた時、コシ・ファン・トゥッテを聞いていて、あることに気がついた、そして、続けて
聞いていて、恐らくそうだと思った。

 ちょうど、あの、彼が、そして、彼らが、コシ・ファン・トゥッテ と、唱えるのを、聞いて、
あっ、そういう意味、と、改めて、思い当たった。今まで、僕が、このコシ・ファン・トゥッテを
解釈した意味からすると、この、コシ・ファン・トゥッテ には、あのような意味がある、そして、
彼らは、ここで、この言葉を 確認 するかのように、唱えている。

 そして、このように、モーツァルトが、彼が、何らかの 言葉を、句を、このように 唱えさせたのは、
他にあっただろうか、と考えた、僕の記憶の範囲では無い、特に、歌として、特に、確認するかのように
唱えさせた例は、他に思い出せない。

だとすると、そうだろう。


 そして、続いて、行進曲が現れたのに気がついた。ここで、行進曲、ドンピシャじゃん、と、思った。

 この行進曲、確かに、その通り、重量感、勢い は無いけれど、この 確実に歩を進める、曲調、
これこそ、このように歩んで欲しい、と、彼は、モーツァルトは、思っていたはず。

 天を仰いだ。あの、男、彼には、モーツァルトには、ここまで、彼は、計算尽くして、作っている。
ただ、ただ、天を仰いだ。
------ wrote in the wind at 11:56am Wednesday January 4, 2017 ------
(copied here, 2017.1.4(wed) 12:38pm MTT)




startrek English course  (in the wind)
2017-01-11 23:00:46
 
 最近、あることから、ようするに、その あることから、また、startrek 4 を見る機会があり、
で、そのとき、見ていて、これに気がついた、37分30秒の部分。

  https://www.youtube.com/watch?v=uzMIcc1c63g

 この部分、Kirk が、一言、earth と言う、the earth でなく、単に、一言、earth と言う。で、
これは、以前、僕は、a と the を付けるときの規則のようなものについて書いたけど、これも、
その規則に従って、the の付かない形で、earth と一言 言っているのだと 考えていいのだと思う。


 この部分、Kirk たち、スタートレックのメンバーは、タイム・トラベルをして 23世紀から
20世紀後半に 行くのだけど、この場面は、この、タイム・トラベルのためのワープが終わり、
目の前に現れた地球を見て、Kirk は、一言、earth と言うことになる。

で、通常は、地球というのは、もちろん一つしかないのだけど、この、Kirk たちの置かれた
特殊な場面では、もちろん地球は いつだって一つしかないのだけど、でも、この時、Kirk には、
いつ の地球か分からない、そのため、the を付けることもできない、そして、a も 不適当である、
ようするに、Kirk にとっては、彼の語彙の中にある、概念 そのもの以上の情報を付けようが無い、
地球が目の前に現れたので、一言、earth と言ったのだと思う。

また、それを表すように、Kirk は、続けて、but when と言っている。


 で、ようするに、僕が中学生のとき、earth には、無条件で the を付けるように教えられたのだけど、
でも、このように、まぁ、中学生には、あまり細かく教えるわけには行かないので、こうなってしまうと
思うけど、でも、とにかく、実際、通常、地球という意味での earth には、無条件に the を付けると
いうことにして いいのだけど、でも、ここでは、通常、でない、特殊な状況下が 演出され、このように、
the の付かない、earth というのを 見ることができるのだと思う。

 また、この部分、日本語に訳すとすれば、例えば、地球か、とか、地球だ、でも、とか いう感じの
訳し方が適当ではないかと思うのだけど、彼らは、一言、earth というだけで、分かってしまう、
ようするに、これも、以前お話ししたような 形 で、彼らには、earth と、一言 言うだけで、
日本人の、地球か、とか、地球だ、でも、とか いう言い方 と 同じような、感じ になるのだと思う。

 では、お疲れなので、good night.
------ wrote in the wind at 10:54pm Wednesday January 11, 2017 ------
(copied here, 2017.1.11(wed) 10:55pm MTT)




エネルギー保存則  (in the wind)
2017-01-12 21:31:48
 
 で、この、earth だけど、お話ししてきたように、英語は、見たものを、お話として、伝えている
言語である、で、この場合、Kirk は、自分に向かって話しているので、敢えて、冠詞はいらない のでは
ないか、という風にも考えられる。

高校時代、新聞などの見出しでは、通常、冠詞は省かれる、というのを教わった記憶がある、また、
日記などでは、主語は、省かれたりする、というのも、教わった気がする。だとすると、この場合は、
どうなのだろうか、とも、思う、僕は、英語は、母語ではないので、分からない、果たして、このような
場合、単に、earth とだけ、言うことも ある のだろうか。

で、考えると、それは、人によるし、場合による、のではないかと思える。で、この場合、確かに、
Kirk は、自分に向かって言っているので、敢えて、このような意味で、the を付ける必要はない、とも
思える、でも、別の考えでは、そうであっても、念を押すように、自分に向かって 念を押すように、
the earth と言う場合もあるように思われる。

例えば、Kirk が、別の星に行っていて、地球に帰ろうとし、ようやく地球に戻ってきて、そして、
その時 地球の姿を見れば、例え自分に向かってであっても、やはり、the earth と言うのではないか
と、思える。

で、この映画のこの場面でも、Kirk にとって 地球の姿は、かなり、感慨深いものであったはず、
だとすると、やはり、可能であれば、やはり、the または、そのように思えば a を付けて、とにかく、
冠詞を付けた形で、呼ぼうとしたのではないか と思う。

 また、彼らにとっては、名詞が 単独で現れるのは、何か、宙ぶらりん の印象を受けるのだと思う。
ようする、確固とした 実体 を感じにくいのだと思う。そして、これが、物体としての実体が無いもの
なら、それでも かまわなくても、物体としての実体のあるものが、単独 で現れると、どうしても
宙ぶらりん の印象を受けるのだと思う。

で、この場合の、地球の姿が、まさに、そんな感じなのだと思う。ようするに、Kirk は、20世紀後半に
行こうとしていたけど、このタイム・ワープは、うまくいく可能性は 高くないと思っていた、そのため、
とにかく、どこかにたどり着き、目の前に地球がある、でも、これが、果たして 目指していた地球か
という 不安がいっぱいで、実体感に 乏しい、なので、冠詞を付けようとする気が起きなかったのだと、
考えた方がいいように思える。

 で、ようするに、やはり、昨日書いたような意味で、Kirk は、the を付けずに、単に、earth と
言った、というふうに、考えていいように、思う。


 で、昨日の補足が長くなってしまったのだけど、ようやく、これから、今日書こうと思っていた本題に
入れることになるのだけど、で、それは、invisible, but something is here, which is the wonderland? の
あとに 書こうと思ってた、何故、but something is here と、思うようになったか、という話の続きです。

 で、何故かというと、ようするに、変に、感じるのです、ようするに、日本語では、Jim だ、とか、
Jim だよ、なのに、彼らは、話すときの調子に工夫を入れているけど、でも、単に Jim というだけで、
的確に真意が伝わっているようである、これは、エネルギーの保存の法則に反しているように、そのように
気になるのです。これは、日本語では、だ、とか、だよ、の分だけ、余計にエネルギーを使っているのに、
英語では、このようなものを入れずに、同じ仕事 を成し遂げている、同じ仕事を成し遂げているなら、
同じ量のエネルギーを使っているはず、という、これは、僕としては、どうも感覚的に 受け入れにくい
のです。

で、僕は、英語を専門に勉強している訳ではなかったので、時々見かけたときに気になる程度だったの
だと思うのだけど、でも、見かけるたびに 気になっていたのだと思います。

 で、ちょっと関連する別の話をすると、英語では、冠詞という ものが、名詞に付いて、ここでは、
逆にエネルギーを余計に使っています。で、これは 気にならなかったのかというと、気にならなかったの
です、それは、冠詞は中学で英語を習い始めて直ぐに出てきて、英語では、とにかく、このような物が
名詞に付くんだという ことで習い、僕は、これは、ある意味での 感覚の違い、ようするに、ある意味、
美的感覚の違いのようなものから、冠詞というのは、形容詞の一種、というような物 として理解していた
ので、ようするに、美的感覚の違いだから、気にしてもしょうがない、という感じで、気にならなかった
のだと思います。

で、その他の、文、なども、ようするに、ある意味 美的感覚の違いから、いろんな語が登場するのが
当たり前だから、そのようなことには、気にならなかったのですが、ある程度 英語の勉強も進んで、
いろんな場面が現れるようになって、そして、この、単に、Jim というような表現に 出会って、ここで、
何か、変 と、感じたのだと思います。

ようするに、これは、単発なので、最終目的の 仕事の結果も、明白、そして、成すべき仕事も明確、
ここで、英語と日本語の 違い を、使ったエネルギーの違い、のような物として、変に感じたのだと
思います。

で、このことに、気になっていた、で、気になりだしてから、たぶん、何十年か経って、一つの考えが
まとまり、今までお話ししたような、ことに 考えをまとめた ことになります。


 で、そう言うわけで、僕が、英語と日本語の 名詞の扱いの違いについて、お話ししてきたような考えに
たどり着いた 最大の要因は、時間と回数の問題だったと思います。ようするに、この、気になった、
僕にとっては、どうしても、気にしたくなる、ことだった、そのため、時間をかけて、このことについて
考えることになった、という ことだったと思います。


 で、また、あと、少し書くと、人は、みんな、文章や文献を読んでいるとき、常識を働かせながら、
その書いてあることに、常識を補足して、読んでいます、で、僕もそうしているのですが、でも、
僕の場合は、物理法則に反することは、あり得ない、ということも、補足して読んでいます。そして、
この地球上で起こる 全ては、物理法則に 反することは、起きない、人間のあり方も、物理法則に反する
あり方は無い、人間の成したことも、物理法則に反したものは 成されない。このことが、他の人とは
違ったことに気づく 一つの大きな理由のようにも思えます。

 では、good night.
------ wrote in the wind at 9:14pm Thursday January 12, 2017 ------
(copied here, 2017.1.12(thu) 9:26pm MTT)




much a do to a good end  (in the wind)
2017-02-01 06:35:43
 
 ちょっと私的なこと。

 先日の土曜日、急に 父が入院することになって、ただでさえ、毎日疲労困憊しているところに
あれやこれやと大変だった。で、入院は2週間の予定だったのだけど、予定よりかなり早く、
今日退院できることになった。病院の方が適切に対処してくださったのと、症状が出て直ぐに
対応したのがよかったみたいで、その後の経過はかなり良く、そして、高齢の場合、入院は、
入院している状態は、筋力低下や認知力低下を引き起こしやすいので、できれば長くない方がいい
とのことで、あとは、家で安静にして 完治するように努める、ということで、今日退院することに
なった。とにかく、大変だったけど、ほっとしている。


 で、このような話のときに、このような話は 相応しくないのだけど、でも、あることを考えて
書いておこうと思う。で、そのように、相応しくない、そのような話なので、そのつもりで読んでね。

 土曜日、帰ってから、父の腕時計が 居間のテーブルの上にあるのに気がついた。で、父の
この時計は、太陽電池で動く時計で、ようするに、放置しておくと止まってしまうので、そして
2週間の入院予定ということから、このテーブルの上の、太陽の日差しが当たるところに、時計面を
斜めに、日の光を受けやすいように、置いておいた。

で、翌日の午後、その時計が見当たらないのに気がついた。で、そのときは、特に 気に留めなかったの
だけど、月曜日に 妹が 父のお見舞いに行ったとき、父が、時計が 無い 無い、と、かなり気にしていて、
妹や、看護士の方たちや、担当の先生の方たち に、かなり、何度も くどくど 聞いていたらしい。

で、父は、入院時の経緯を知っており、腕時計をしていなかったことも知っていた、また、入院当日も
そのことを知っていた、でも、月曜日には、入院時のことを忘れていて、そして、何故か、腕時計を
特に、気にしている。

 で、何故、こんなことを書いたか、というと、これと同じではないが、このようなことが、父と母には、
よくあるからである。えっ、なんで、そんなことを知っているの、なんで、そんなことを、急に
気にするの、という ことが、よくあるからである。

 では、とにかく、今日は、退院で、ほっとしています。
------ wrote in the wind at 6:26am Wednesday February 1, 2017 ------
(copied here, 2017.2.1(wed) 6:33am MTT)




much a do to nowhere  (in the wind)
2017-02-02 11:53:29
 
 で、そのような話なので、そのつもりで読んでね。

 何しろ20年間の出来事の話なので、思い出しながら書けば 書くことは たくさんあると思うけど、
とにかく、今は、今 頭の中にあることを書きたいと思います。

 2000年に、家に盗聴器が仕掛けられていることに気がついた、で、これは、ある意味では、
部屋に居て、独り言 を言えば、彼らに話しかけることができる、ということでもある。で、
このころ、こんなことがあった。

夜12時ごろのニュースを見ながら、何でこんなことをやっているんだ とか、散々文句を、テレビに
向かって言った。すると、そのニュースの最期に、木村太郎さんが、内容は覚えていないけど、
ある話をして、ある人たちが、あることで、どこそこに、苦情言っているのだけど、でも、
そんなところに言ったって、しょうがないのにね、とか、そのような話をして、番組終了となった。

ようするに、彼らから、対応、これは、反応、という言い方をした方がいいと 思うけど、
僕の、苦情、この苦情という言葉では 足りなすぎると思うけど、とにかく、僕の苦情に対して、
このように、ひきょうな、そう、卑怯 な、反応が、時々あるようになった。

 で、また、このころから、妙なことが起きるようになった、例えば、どこかの店に行き、
そして、後日、その店にあった ある品物を買いに行く、すると、店頭から無くなっている、
店員に聞くと、おかしな店員が、訳の分からない対応をして、とにかく、異常に待たされる、
で、こんなことが、よくあるようになった。

で、ある意味、僕が買いに行くとこを知り、店頭から無くす、おかしな店員を配置する、と、
このような、手回しの良さ、彼らは、なんで、そもそも こんなことを やりたがるのか
分からないけど、こんなことを、手回し良く やることに、熱中する。

 で、昨日 書いた、父の腕時計も、同様の 手回しの良さ がある。テーブルの上に置いた
時計を、どこかにやったのは、母以外考えられないのだけど、母は知らない、と、言っている、
そして、時計は、まだ見つかっていない。


 また、昨年の7月に入院したのだけど、こんなことがあった。
その病院では、入院している人たちに、朝昼晩の食後と、就寝前に、薬を配るのだけど、
僕が、薬を飲むのは、夕食後だけなので、その他の時 には、僕には 配りに来ない。なのに、
入院して、2日目あたりの 就寝前、看護士の一人が来て、薬です、と言う、僕が、そんなことは
ない、と言うと、持ってきた袋を見て、中に薬が入っていないのを 見て、あっ、そうですね、
と、言って、なんで、こんなのだけ、用意 して あったのだろう、と、言って帰っていった。

で、この病院には、3度目の入院だけど、こんなことは 初めてである。

で、このことは、翌朝にも、起こった。今度は、別の看護士の一人が来て、薬です、と言う、僕が、
そんなことはない、と言うと、持ってきた袋を見て、中に薬が入っていないのを 見て、なんで、
こんなのだけ、用意 して あったのだろう、と、帰っていった。

 で、僕は、彼らの行動を知っているので、担当の看護士の人に、何か、問題はありませんか、
何か、おかしなことは ありませんか、と、聞いた、で、特に、無さそうだった、でも、その後、
退院する頃 に 知ったのだけど、ちょっとした 事件 が、そのころ、起こっていた ことを知った。

彼らは、ようするに、妙なことを 起して、異変に気がつかない、お前が悪いんだ、我々のせいじゃ
ないよ、という ことに したがる、ところがある、このこときも、そうだった、ようだった。


 また、父や母が、別人状態の時には、本当に、別人、といか感じである。例えば、以前、
母の家系は貴族、というような 言い方 をしたけど、例えば、母は、言葉使いは、かなり良く、
例えば、母にとって、死ぬ という 言葉は、母が 日常使う言葉としては存在しない。

ようするに、別人のときは、父や母の、語彙に無い言葉が 出てきたり、また、知っていても、
使わない 言葉が、出てくる。


 また、テレビだけど、テレビは見ないことにしているのたけど、ここ数日、テレビを少し見た。
で、テレビ業界は ぶっ壊れている、と、思った、見るに耐えない、番組ばっかり だと思った。

テレビ業界は、例えば、民放は、人に番組を見てもらって、そのついでに、スポンサーの広告を
見てもらって、スポンサーからお金を貰っているのだけど、とても、人が、見たい と、思うような
番組では 無い と、思った。

また、NHKも 同様に、とても、人が、見たい と、思うような番組では 無い と、思った。
で、このような番組でも、民放は、何からの収入が あるような、何か、妙な 仕組みが 出来上がっている
のではないか、と、思った。また、NHKも、このような番組だと、番組制作費は、かなり安くすむ
と、思われるのだけど、では、受信料収入で、かなりの巨額の収入があるはずなのに、では、
残ったお金は、どこに消えているのだろうか、と、思った。


 で、彼らは、この20年間、嘘がまかり通る、卑怯な行動がまかり通る、そして、ようするに、
悪事がまかり通る、という その、中 で、過ごして来て、そのように 行動してきた。そして、
20年間そうして来て、彼らの頭の中自体が、ぶっ壊れてしまっている のでは、ないか、と思われる。

そう言えば、竹村健一さんが、テレビから姿を見せなくなる直前の頃、絶対権力は腐敗する、という
言葉を、何度も言っていたのを 思い出す。


 で、彼らの、頭の中の ぶっ壊れ かた、だけど、2008年ころから、僕にも、気がつくようになり、
年々 大きくなっていき、そのため、悪事のやり方も、分かりやすくなり、僕にも、どんどん、
明確に 分かるように なっていった。

 で、自分の部屋にいる とき の、独り言 だけど、例えば、彼らの気に入らないことを言うと、
外で、物音がする、時に、威嚇するような 音がする、そして、最近は、恐怖、としか、言いよう無いの
だけど、父や母が、物音を立てる。2階の僕の部屋で、独り言を言うと、一階で、父や母が物音を立てる。

想像してみてください。恐怖 としか、言いようが無いですよね。

 分からないが、でも、もう、この3人は、もう 長くないような気もする、とにかく、今は、
悲観もせず、楽観もせず、何とか、毎日を送っている。
------ wrote in the wind at 11:50am Thursday February 2, 2017 ------
(copied here, 2017.2.2(thu) 11:51am MTT)




much a do to nowhere, story the 2nd  (in the wind)
2017-02-03 14:57:23
 
 で、そのような話なので、そのつもりで読んでね。

 病院関連の話で、思い出したことあったので 書かせてね。

 僕は、定期的に通院しているけど、2014年の2月に、今 通院している病院に変更した、これは、
それ以前に通院していた病院で起こったこと。

 たぶん、2012年に起こったことだと思うけど、その病院では、一年に一度、ある手続きをする
必要があった。ようするに、通常は、外来診療で診てもらって、そのあと、お金の支払いなどの手続きを
して 帰るのだけど、一年に一度、その、お金の支払いなどの手続きをする前に、ある手続きをしてから、
お金の支払いなどの手続きをする必要があった。

で、その時も、そのように、手続きをして帰ったのだけど、次回 行った時、その、一年に一度やる
手続きは、まだ、今年は行われていません、と、言われ、まず それをやってください、と 言われた。

で、僕は、前回やったはずだ、と、言ったのだけど、とにかく、行われていないので、と 言われ、
仕方なく、その窓口に行き、事情を説明すると、窓口の人は、コンピュータの端末で調べて、
確かに、行われていません、でも、前回、お金の支払いなどの手続きは 完了している、この手続きが
終わっていないと、お金の支払いなどの手続きは できない はずなのに、と、言いながら でも、
とにかく、行われていないので、行いますので、待っていてください、と、言われた。

 で、その手続きが終わって、その窓口を離れる時、その人に、一つ 考えられることとして、
誰かが、コンピュータ・システムに侵入して データを書き換えたのだと思います、と、言った、
その人は、不思議そうな顔をして、返答に困っている様子で、僕は、そのまま、その窓口を
離れた。

 で、もし、僕が言ったことが 合っていたと すると、でも、何故、彼らが こんなことを やったのか
分からない、でも、一つ考えられるのは、いつもの、異変に気がつかない、お前が悪いんだ、
我々のせいじゃないよ、ということのために、このようなことを やったのではないか、と 考えられる。

 とにかく、こんなことを、思い出しました。
------ wrote in the wind at 2:48pm Friday February 3, 2017 ------
(copied here, 2017.2.3(fri) 2:54pm MTT)




彼  (in the wind)
2017-03-03 00:06:13
 
 西武デパートで見かけた本 はつ恋 から、ツルゲーネフのことを考えた。世の中、つまらん人間
ばっかしだけど、もう居ない人間には、面白い人間はいた、この人もその一人だと思う。

で、以前、ひょんなことから、ヨーゼフ二世は、農奴解放を最初に行った人らしいことを知った、えっ、
っと、思った、そう言えば、ツルゲーネフの猟人日記は、ロシアにおいて、農奴解放のきっかけになった、
というような、解説を思い出した。

 で、改めて、思い返して、考え始めた、そう言えば、猟人日記には、農奴に関しての記述は無かった と
記憶している、また、これは 覚えているけど、農奴反対とか、農奴の制度をやめよう、とか、いう
主張や記述も無かった。

彼は、ロシアの自然の美しさ、田園での生活の楽しさ、田園風景の美しさ、を、描いただけである、
これで、農奴解放に持って行った、やるじゃん、面白いやつだ、と、思う。

また、ロシアの自然の美しさ、田園での生活の楽しさ、田園風景の美しさ、を、直接的に記述した
部分も無かったと思う、ただ、彼が、猟人として田園の中で過ごした日々のことを書き綴っただけである。
そうとうなやつだ、ね。

 ところで、細井に、以前、ツルゲーネフに関する電子メールを2通書いた、掲載させてね。

-------------------------------------------------------------------------------
Subject: ニヒリスト

こんにちは、細井様、

 ロシアの雑談その2です。
 今度は、軽い話題です。

 ロシアということと、世代という事から、ちょっとした事を思い出しました。
 ニヒリスト、という言葉の語源を知っていますか。また、この言葉を 何語
だと思いますか。
 知っていれば、この問いは簡単なのですが、ちょっとこの話をします。

 まず、一応、ニヒリストというのはロシア語だとするのが、妥当かも知れな
いということです。
 ニヒリストというのは、ドイツ語の 二ヒット という言葉に、イストがくっ
ついた物です。すなわち、物事を否定する者、という意味です。

 そしてこの言葉が、なぜロシア語がというと、この言葉が始めて使われたの
が、ツルゲーネフの小説 父と子 の中だからです。
 この小説の中で、始めてニヒリストという言葉が世に出現したことになりま
す。

 小説 父と子 は、父と世代と子の世代の、世代間のギャップを描いた物です。
 僕は、確か、この小説を大学2年生の時に読んだと記憶しています。
 そして非常に面白いと感じたことを覚えています。

 で、ちょっとこのツルゲーネフの話を少し続けますと、僕は、大学時代にツ
ルゲーネフの作品を何編か読んでいます。
 彼は、女性を描く達人、ということで名が通っていますが、本当に、今思い
返しても、ツルゲーネフの作品に登場する女性には、魅力的な女性が多いです。

 ツルゲーネフは、時代の変わり目を感じていたのかも知れません。
 そして、この時代の主役の男性と、次の時代の主役に成るべき男性に対して、
ある種の たよりなさ を感じていたのかも知れません。
 だから、その対称として、あんなにも女性が魅力的に描かれているような気
がします。
 そして、小説父と子も、時代の変わり目を感じて書いたのだと思います。


 で、最後にちょっと、小説の中の魅力的な女性の話です。
 大学時代に多くの小説を読む事は出来ませんでしたので、あまり大々的なこ
とは言えませんが、僕の読んだ小説の中で、先も書きましたが、ツルゲーネフ
の小説に出てくる女性には、魅力的な女性が多かったように思います。

 また、他に記憶に残っているのは、シェイクスピアのジュリエット。
 ジュリエットは、映画などでいろいろな人が演じているけど、本で読んだ印
象から感じるジュリエットを演じきれる人がいるようには思えません。
 また、スタンダールの 赤と黒 に登場する女性も魅力的だったように記憶し
ています。

 では、つまらない雑談でした。
 失礼。

平成 12年(2000年) 2月 2日(水) 午前 3時05分

○○○○(***** ********)   Have your own light and make your way.

-------------------------------------------------------------------------------
Subject: おしまい。

こんにちは、細井様、

 細井の方も、飽きて来ただろうし、僕も何となく他の事をやりたくなったの
で、ロシアの雑談その3は、無しにします。
 最後は、音楽の話題を書こうと思ったけど、音楽の話題はいつも書いていま
すので省略します。

 --- 以下の文 略 ---

 では、また。

平成 12年(2000年) 2月 2日(水) 午前 3時18分

○○○○(***** ********)   Have your own light and make your way.

-------------------------------------------------------------------------------
Subject: アレグロ・コン・グラッィア

こんにちは、細井様、

 雑談です。久々に、ちょっと長めの雑談です。

 以前、かなり前だけど、僕が昼夜逆転の生活をしていたころ、深夜に、今日
は朝までにロシアに関する話を3つほど書こうかと思っています、という話を
したことがあったと思います。

 そしてその時は、2つ書いてエネルギー切れになってしまったと思います。
 確か、一つはツルゲーネフの 父と子 の話題、もう一つはよく覚えていない
のですが、ソ連の 計画経済 の話を書いたのではないかと記憶しています。

 で、今日は、その時書こうとした、もう一つの話を書きたいと思います。

 前にもお話したように、僕は、大学時代、細井と同じように、時間のある時
に小説をよく読んでいました。よく、休み時間に、読んだ本の話や、題名を言
って、著者を当てるゲームをしたことを覚えています。

 で、その大学時代に、ツルゲーネフを好んで読んでいたのですが、確か僕は、
ほとんどのツルゲーネフの作品を、新潮文庫で読んでいました。
 そして、その当時、新潮文庫で出ているツルゲーネフで、一つだけ読むこと
が出来ずにいたのがありました。

 それは、猟人日記という作品で、短編集のような形を取っているのですが、
長めの作品でした。
 で、大学時代にその本は買ったのですが、読む時間を取ることができなかっ
たです。

 そして会社に勤めるようになると、なかなか小説を読むことができなかった
です。
 理由は、一つには時間を取りにくかったこと、そしてもっと大きな理由は、
小説を読むような、ある意味でそのような心理状態になりにくかったことです。

 で、それでも、ある冬に、小説を読めるような気がして、意を決して、猟人
日記を読み始めました。
 そして最初は、なかなか小説の世界に入り込めませんでしたが、しばらくす
ると、昔の調子が戻ってきて、ツルゲーネフの世界に引き込まれていきました。

 そして、お話ししたように、それは長い小説でしたので、会社から帰ってか
ら、時間を見つけて読んでいき、確か3週間くらいかけて読みました。

 で、その当時、僕は、家にいる時は、たいていクラシック音楽をかけていた
のですが、この猟人日記を読んでいる間も、絶えず音楽をかけていました。
 音楽を聞きながら本を読む、ある意味で、とても幸福な時間だと思います。

 そして、この時聞く音楽は、何となく選んでいたのですが、ある時、猟人日
記を半分くらい読んだころ、何とはなしに、本当に意図的ではなく、何とはな
しに、聞く音楽として、チャイコフスキーの交響曲第6番を選びました。

 そのCDをかけ、そしてツルゲーネフの猟人日記の世界に没頭していきまし
た。
 そして曲が終わるころに気づいたのです。小説として読んでいる世界と、聞
くとはなしに聞いている音楽が、僕に同じもの語りかけているような気がした
ことに気づいたのです。

 ツルゲーネフの猟人日記は、舞台はロシアの田舎です。そこで繰り広げられ
る物語です。そして細井もよく知っているように、チャイコフスキーはロシア
の作曲家です。

 僕は、お話ししたように、意図してこの組み合わせを選んだ訳ではないので
すが、偶然に選び、そしてこの偶然の中で、読んでいる本と聞こえている音楽
が、同じ風景を僕に見させていることに気づいたのです。

 僕は、ロシアには行ったことはありません。
 でも、僕は、ロシアの大地とは、きっとこんなところなんだろう、と思いま
した。


 そして、猟人日記を読み終えるまで、ずっと、このチャイコフスキーの交響
曲第6番をかけていました。
 本を読み終えた時、とても素晴らしい時間を持ったように思いました。

 僕は、今でも時々あの瞬間を思い出します。
 本を通して僕が見ていた風景が、ふと気づいた音楽の中に同じ風景が見えて
いることに気づいた瞬間を。

 人の中には、本を読む楽しみ、音楽を聞く楽しみを知ることなしに死んでい
く人もいます。
 だとしたら、僕は、幸福な人生を過ごしているのだと思います。

 以上、お約束の雑談でした。

平成 15年(2003年) 11月 1日(土) 午後 8時21分

○○○○(***** ********)  Today well lived makes
              every yesterday a dream of happiness and
              every tomorrow a vision of hope.

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------ wrote in the wind at 11:44pm Thursday March 2, 2017 ------
(copied here, 2017.3.3(fri) 0:00am MTT)




言葉の魔術師  (in the wind)
2017-03-05 12:12:24
 
 ジュリエットのある場面での台詞。

  The clock struck nine when I did send the nurse;
  In half an hour she promised to return.
  Perchance she cannot meet him: that's not so.
  O, she is lame! love's heralds should be thoughts,
  Which ten times faster glide than the sun's beams,
  Driving back shadows over louring hills:
  Therefore do nimble-pinion'd doves draw love,
  And therefore hath the wind-swift Cupid wings.
  Now is the sun upon the highmost hill
  Of this day's journey, and from nine till twelve
  Is three long hours, yet she is not come.
  Had she affections and warm youthful blood,
  She would be as swift in motion as a ball;
  My words would bandy her to my sweet love,
  And his to me:
  But old folks, many feign as they were dead;
  Unwieldy, slow, heavy and pale as lead.
  O God, she comes!


 シェイクスピアは、言葉の魔術師だね、えっ、そうなの、うん、それに、
なんで、物理屋が、そんな本を読んだりするの、えっ、だって、物理屋は、自分たちを
科学者だと思っていない んだよ、philosopher だと 思っているんだよ、科学者なんて
そんな、ちまちましたこと、やってられないよね。
------ wrote in the wind at 12:07pm Sunday March 5, 2017 ------
(copied here, 2017.3.5(sun) 12:08pm MTT)




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