閉伊川ワカサギ博士の何でも相談室

地元の河川に生息する魚類を中心とした調査結果のblogです

マルセイユの海洋教育ー9 旧マルセイユ港を見る

2009-10-19 | フランスの海洋教育
 マルセイユの大型ショッピングモール前には2600年前の港跡が展示されている。ショッピングモールを建てるために掘り起こしたところ,出土した。今から4年前だ。市民の運動によって港跡を観光地として残すことになったという。この港跡の周辺は,埋め立てが広がり,海水はないが,石造りのしっかりした堤が展示されている。

 マルセイユは,地中海の最古の港として栄え,ギリシア,モロッコ,エジプト,トルコなど多くの国々と往来があった。また,天然の良港として漁業の町として栄えた。
 
 しかし,近年は漁獲も少なくなり,漁師の数は1000人足らず。魚港はレクレーションの港へと変貌した。
 
 ショッピングモールの食品売り場で買い物をした。肉とチーズ,バター,ヨーグルト等乳製品がほとんどである。魚は少ないという印象だ。鮮魚は皆無であった。スモークサーモンや,スズキなどの白身魚,冷凍エビなどマルセイユでは水揚げされていいないような魚介類だ。
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マルセイユの海洋教育ー8 マルセイユ領事館

2009-10-16 | フランスの海洋教育
セカルディー博士に案内され,マルセイユ領事館を訪問。番馬総領事と1時間にわたり会談。セカルディー博士は日仏学術交流の功労者で旭日中綬章受勲者である。
総領事「海洋学は幅が広いがどの分野なのか?」

ワカサギ博士「日本は,海を食と捉える。アメリカは環境問題だ。フランスも環境問題だ。」
総領事「これは,一神教的なものから来ているのだろう。一度決めたことは最後まで信じるというところが西洋にはある。それが良心へと訴えかけてくる。したがって,海を環境問題の対象とする傾向になりやすいのではないか?」
と,長年フランスにおいて感じていることを話していただいた。

また,番馬総領事は,
「フランスの学校教育の特徴は,体験教育である。目の前の結論までのプロセスを重視している。なぜそうなのか,どう思うのかを,時間をかけて教えている。そのため,体験活動を取り入れたあと,そのままで終わることはない。振り返りの時間を多く取っている。何でもいいからとにかく,話させ,感想を述べ合うことが多い。体験活動はすぐに答えが出ない。しかし,フランスの教師はすぐ結果が出なくても,徐々にステップアップするよう工夫している。体験を無駄にしない。体験活動を体系化するようにしている。体験活動は積み重ねが大切である」
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マルセイユの海洋教育ー7 オフィスデラメール

2009-10-15 | フランスの海洋教育
 ダウンタウンにある海洋教育施設「オフィスデラメール」を訪問。ちょうど,マルセイユ港を囲み市役所の対岸に位置する。日本語に訳すと海洋事務所である。施設といっても,海洋教育を直接行う機関ではない。マルセイユ市の海洋教育を統括する役割を果たす。ここは,20年前はNPOであったが,現在は国,州,マルセイユ市が支援する公的な機関となっている。
 
 主に海洋を守るための教育普及活動を行う。200あまりの海洋に関する諸団体をつなげており,8つのテーマに取り組んでいる。そのテーマは,主に海洋保護に関するものである。

 ミッションとしては海を通したマルセイユ市のイメージアップ,海洋環境に関する仕事を広める,一般人への海の環境保護を訴えることだ。この点は,水圏環境リテラシー教育に通じるものがある。
 
 4年前より進めているキャンペーン「オーシャンリスペクト」をNPOと共に実施している。このキャンペーンの目的は,ゴミ問題,海洋汚染が深刻化している中,この解決の第一歩として,観光客,一般人,児童生徒の意識を高めることである。

  また,セプテンバーアクションという取り組みをNPOと共に実施している。このイベントではNPOと共に9月の1ヶ月間を通して海洋保護に関するイベントを実施している。毎日各地で海洋教育に関するワークショップを開催している(写真:Miss FONTAINEへのインタビュー)。
 
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マルセイユの海洋教育ー6 マルセイユ市立海洋教育学センター

2009-10-15 | フランスの海洋教育
 ニースから2時間半でマルセイユに戻る。セカルディー博士の出迎えを受ける。市立海洋教育学センターを訪問する。

 ここでは,教育者が3名と事務職員が1名配置されている。50坪程の2階建ての建物は,1階に事務室と4つの教室,2階に大教室1つと準備室が2つある。主に小学校からの体験学習の受け入れを行っている。20年の歴史があるという。
 
 所長のレニー博士によるとフランスの小学校は,月に2回ほど学外に出て,体験的な探究的な学習を実施することになっており,キャンプや山登り科学実験などを体験する義務が課せられている。この制度は1970年代から実施されている。

 ワカサギ博士「なぜ,フランスでは体験活動を重視しているのですか?」
 レニー博士「確かに,時間がかかり,大変であるが,その分だけ知識を理解する時に早く理解できる。座学と体験はとても重要なのよ。」と語った。高校生は哲学が必修であるフランスは,知識もさることながら,体験の重要性を認識しているということだろう。

 このような体験学習を重視しているのはフランスだけではない。アメリカや,フィンランドも同様に体験学習に力を入れている。アメリカのカルフォルニア大学バークレー校が実施しているMAREプログラム,シーグラントカレッジのエデュケーターによる教育活動,フィンランドの学校と地域が一体となって実施しているナショナルフィッシングデーなどだ。

 体験活動の推進方法としては,国により違いがある。アメリカは32の州立大学に存在するシーグラントカレッジが中心となっている。フィンランドは,学校と地域社会だ。フランスでは,オフィルデラメールも海洋体験活動の中心な役割を果たす。
 
 いずれにしても,海洋教育を推進するために大学や公的な機関が関わり,国を挙げて体験活動に取り組んでいるようだ。日本は,それぞれの活動団体が個々に活動しているが,体験活動の社会的認識を高めるためには中心となる機関が必要になって行くであろう。(写真は海洋教育学センター,chaine alimentaire<食物連鎖>を学ぶための展示コーナー)
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マルセイユの海洋教育ー5 モナコ海洋博物館

2009-10-12 | フランスの海洋教育
 マルセイユからTGVで東へ2時間と30分。山々と海に囲まれた国,モナコ公国にたどり着く。フランス語が公用語で,世界で2番目に小さい独立国である。

 駅は長いトンネルの中。長いトンネルきれいに配置された照明に感心しながら,私たちは,海を目指した。プラットフォームを西の方へと歩く。改札口を出て,さらに長いトンネルが続く。15分で色とりどりの美しい景色と建築物を見ながら,海岸線へと急ぐ。行き先は1906年にモナコ公国アルベール1世が建設した海洋博物館だ。この博物館は,山々に囲まれたモナコ公国と地中海を一望できる場所にあって,海に面した絶壁に立つ3階建てのビルディングである。

 なぜ,アルベール1世は海洋博物館を建てたのか?その答えが宮殿のそばにある石碑に刻まれている。「La science decouvrant les richesses ed l’ocean(恵みの海を科学的に研究する)」というのが設立時の彼の言葉である。ここでいう恵みの海とは何であろうか?と,思いを巡らせた。

 博物館の展示は,アルベール1世が活躍した時代の遺品や当時の研究成果や海洋観測機器だ。特に,採水機や採泥機,コアサンプラー,プランクトンネットは,現在も使用されており,先駆的な海洋研究を行ったことを伺わせる。事実,地中海並びに周辺海域の海洋研究の拠点として,様々な国際会議が開催されたことが紹介されている。

 アルベール1世が活躍した当時の歴史上重要な出来事をB4版ほどのプレートに紹介されている。そのプレートの一つに,1890年,北里柴三郎がベーリングと共に破傷風の血清を作ったと刻まれていた。この時代,とても大変な大発見であることが分かる。

 これらの展示物から,アルベール1世が目指した海洋研究とは,海洋の科学的な研究である。
特別展示は,極域の科学研究の歴史と現状である。全体的に,漁業という視点からみると,決して十分とは言えない。あくまでも,海洋科学の歴史を展示した博物館なのである。(写真は海沿いに建つモナコ海洋博物館)
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マルセイユにおける海洋教育ー4 地中海大学海洋科学研究所を訪問

2009-10-11 | フランスの海洋教育
 ストーラ教授に案内され,地中海大学海洋科学研究所を訪問した。

 インタビューしたある海洋生物学教授は自分の研究を教材化し,小学生などを対象に海洋教育に取り組んでいるという。
研究を行いながらのボランティアとして実施しているようだ。

 海洋教育は,政府から支援を受けているオフィスデラメールが中心となってとりまとめを行い,マルセイユ市海洋教育学センターや各NPO機関が海洋教育を推進する構図になっている。

 シーグラントカレッジのように,大学の中に教育推進を行うための施設はない。しかし,中央政府や自治体がシーグラントカレッジに関わる部局を設けているようだ。

 元海洋科学研究所教授のセカルディー博士は,研究協力とともに,海洋リテラシーの重要性を強調した。また,教育こそが,海洋環境を守る最大の方法である,とも述べた。私たちも同意見であると伝えた。

 海洋研究のみならず,海洋教育を通して学術交流がさらに深まることを期待したい。 
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マルセイユの海洋教育ーその3 ナチュレスコープ

2009-10-10 | フランスの海洋教育
 セカルディー博士に案内され,ナチュレスコープという,博士の教え子がディレクターを務める海洋教育センターを訪問する。彼は,マリンサイエンスを大学で学び,修士は教育学である。このNPOは,国や州政府,マルセイユ市から資金的な支援を受けている。職員は,10名ほどおり,マネージメントの他に教材作成などを彼が担当,指揮する。

 毎日のように訪れる小学生の生徒に,事務所に併設された教室で海のことを教え,目の前に広がる美しい遠浅の海岸でフィールドワークを行う。この教室の大きなテーマは,海洋保護である。漁業についても教えている。漁獲が減少していることを問題視している。いわゆる日本のような食=海という印象ではない。海は保護の対象だ。漁業者は毎年減少し,現在はマルセイユで1000人足らずである。かつての漁港は,高所得者が所有するヨットでひしめきあっている。漁船は景観から外された。今は離れた場所が母港になっている。

 マルセイユ周辺は1年中海水浴が出来る。気候がとても安定している。リゾートの場所として観光客が大勢集まり,漁村のイメージはまるでない。確かに,シーフードが堪能できるレストランは多い。スズキとタイの養殖はここマルセイユで始まった。しかし,今は漁村というイメージは薄い。

 ポシドニアと呼ばれるスガモによく似た海草を増やす運動が活発だ。稚魚のゆりかごとして重要であるという。これも,海洋保護活動の一環である。しかし,話の中で,海藻にはあまり触れられていない。小さな海藻はあるが,ラミナリヤ(昆布)のような食用となるものは生えていない。実際,海岸線に海藻が打ちあがっていない。

 また,アメリカと同様に産業活動を許可されたエリアと保護エリアを分けている。地中海大学の対岸に広がる産業エリアからは,黒い空気がもくもくと上がり青い空を覆う。ちょうど,昨年海洋教育者学会でジョージア州をおとずれた際,サバンナの保護区と産業エリアの極端な空気のギャップに驚いたことを思い出す。

 マルセイユでは,約60近くのNPOが海洋教育活動に従事している。ナチュレスコープでは,年間1万人の子どもたちに海洋教育を施しているという。(写真はナチュレスコープのディレクターのクリルさん,事務所にある生物と環境との関わりを学習する教室)
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マルセイユにおける海洋教育ー2 ノートルダム大聖堂,セントビクトル大聖堂を訪問

2009-10-08 | フランスの海洋教育
 マルセイユは,開港以来地中海の中心的な港としての役割を担ってきた。フランスの地中海の玄関口である。そのマルセイユの歴史は古く,26000年前に港が建設され,ギリシャ,モロッコ,クリミアなどの海外との交流が盛んな場所であった。マルセイユのキリスト教会はレバノンから移住したクリスチャンに遡る。彼らは,マルセイユの港を見下ろせる高台に教会を建てた。3世紀である。その後,ローマ人がやってきて,キリスト教を学んだ。今でもここには3世紀に建てられた教会「聖ビクトル教会」が現存し,マルセイユの人々の心のよりどころになっている。聖ビクター教会を訪れると,18世紀も変わらずに,厳然としてキリストの教えを未来に渡り伝えている事がよくわかる。聖ビクトルをはじめとした,歴代の司祭の遺骨が,宝物にくるまれて教会の正面にディスプレイされている。石棺に掘られた装飾は,2世紀に作られたものである。キリストの永遠の教えを今に伝えている。命がけで一生をキリストに捧げた証である。
 2000年経ても変わらないキリストの厳然とした存在があり,その教えを守り続けている信仰心が存在することが伺える。神は,偉大な存在であることをこの建物の歴史を通して感じるようになっているのだろう。その建物に刻まれた人間の歴史には,誰一人として逆らうことが出来ないのだ。信仰心の厚い人であればなおさらである。皆が信じる,心のよりどころを誰も破ることが出来ない。それを破ろうとした科学者が中世で悪人扱いを受けた。そんなにたやすく神の教えは破られなかったのだろう。
 また,ノートルダム寺院は最も高い場所に位置し,古来より船の守り神としてマルセイユの船乗りの信仰を集めた。日本の神社とは異なり,願いことがかなってはじめて感謝のプレートを飾る。プレートと一緒に自分の船の絵画や船の模型も飾る(写真)。ちなみに,江戸末期の日本人がはじめて訪れたヨーロッパもマルセイユであった。彼らは,ノートルダム寺院のエレベータに驚いた。
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マルセイユにおける海洋教育

2009-10-07 | フランスの海洋教育
 オランダ経由でマルセイユに入る。朝,自宅を5時に出て,マルセイユ着は24時間後の朝6時であった。
 ヨーロッパといえば,ネアンデルタール人が最期を遂げた場所である。彼らは,ヨーロッパでどのような生活を送っていたのだろうか?
 ネアンデルタール人の最後を考えた。彼らは,スペインから日本に近い極東域のユーラシア大陸に広く生活していたが,スペインの南橋,ジブラルタ海峡の洞穴に最後の住処を得る。今から,2万5千年前のことだ。その頃,ホモサピエンスがジブラルタ海峡にやってくる。両種は3000年の重なりがあるらしい。
 彼らは,戦ったのかどうか,わかっていないようだが,少なくとも,武器,装飾品などホモサピエンスとあまり変わらない生活様式や技術を持っていた。言語についても,遺伝子の解析から使用能力があったことがわかっている。興味深いのは,ネアンデルタール人もアシカ,魚類など海の幸を食べた痕跡があることだ。3000年の間に一体何があったのだろうか?
 私が注目したのは,生物としての適応である。生物は,極限まで環境できる能力を持ち得ている。ただし,急激ではなく,少しずつ少しずつ環境に適応していく。その厳度を超えると,絶滅へと向かう。急激な環境変化に生物は弱いのだ。おそらく,それまで安定的であった洞窟の環境に大きな変化が起きた。津波等の災害,気候の大きな変化が重なったのだろう。「強い生き物が残るではなく,環境に適応できるものが生き残る」のである。
写真は,地中海大学の本部(ナポレオン3世が后のために建てたもの。生涯で1度しか使わなかったという。)
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