もはやあなたの仕事は何ですか?という状態ですが(爆)、
だんだんこっちが楽しくなってきました
なんか先輩からメイドカフェの店長を紹介されるという
もう何が何だかわからない感じになってきてますが
私は楽しくてたまりません
エリートコースは嫌いなことくさいので
私はそんなものは拒絶したいです
…嫌い、じゃない、醜い、ですね
ちなみに神田のベビーカー事故のことなら
多分日本で10本の指に入るくらい詳しいので
知りたい方(いるのか?)なんでも聞いてください
先輩が
「北京オリンピックを前に反中感情を煽ろうって感じですかね」
と言っていました
正直私はあのTVで「残酷動物園」とか言われていたアレ、
行ってみたいですし、面白いと思います
何かトラ異常に飢えてねえか?ってのは置いといて
あれが動物、そしてうちらの現実でしょ?
ものを殺して食ってるって、そんなもんでしょ?
それを「残酷」とか普通に言える人の感覚が信じられませんね
(トラを飢えさせているのであれば、それは「残酷」です)
(ついでに、あれで餌代節約であれば、それも「残酷」です)
(ついでに、それを見せ物にしているという状況も「残酷」です)
と、いうわけで今週末もやってきました、
わたくしの「うさぎ!」コーナー
何度も言いますが、勝手に略してるので、
あんまり頼らないでね
全文が見たい方は全文を見てくださいな
雑誌「子どもと昔話」をちゃんと購入してください
小沢健二「うさぎ!」第3話(2)
(1)はこちら
----
給仕さんの中には、
謎が解けるような気持ちもありました。
それは、革命というのはこうやって起こってきたのだろう
という気持ちでした。
「革命家」とよばれる人たちの中には、残酷な支配者を倒そうと、銃を持って立ち上がった人たちがいました。
あるいは、戦争ばかり仕掛けていた国に、
もうそんなことはやめろと、
体を張って立ち上がった人たちがいました。
あるいは、核爆弾や、化学兵器による暴力を止めるには、
毎日の暮らしのなかにある、
差別や偏見の暴力から止めなければならないと、
真剣に、熱心に、あきらめずに考える人たちがいました。
そうやって、人びとは確かに、
種の保存のために、生存に適した行動を考えて、
みんなではげましあてきたようでした。
そして、生存に適さない、暴力が好きな人たちを淘汰しようと、
いつも頑張ってきたように思えるのでした。
すると、ふと、どこかの町にいたときに、
時間をつぶしに入った珈琲屋のことを思い出すのでした。
「あれは、どこの町だっけ。
確か、灰色がどうとか、
太った男の子と、靴を履いていない女の子が話していた。
今度の休みの日には、あの店を探して、行ってみよう。」
この男の子と、女の子が誰だかは、もうおわかりかもしれません。
そのうさぎときららは、飛行機に乗って、
南の大陸にある、銅山の国の首都の「平和市」に
着いたところです。
きららが、大きな旅行用の竹籠をしょって、
裸足で、元気よく、平和市の目抜き通りを歩いていきます。
うさぎはその後ろから、緑色の大きなリュックサックをしょって、
履き込んだ黒い革靴を履いて、ついていきます。
二人は、久しぶりに、大好きな友達のクィルに会えるので、
うれしくて、どんどん歩いていきます。
知らない国の町についた人は、みんなが、
いつもより3割くらい速いスピードで
歩いてしまうのかもしれません。
クィルという女の子は、
うさぎやきららと同じ町に住む、
「珈琲と本・あひる社」というお店を
溜まり場にしている仲間でした。
あひる社の常連たちが、クィルの姿を見かけなくなったのは、
何週間も前のことでした。
クィルはどこに行ったの、
ときららやうさぎに尋ねた常連たちは、
あのぼさぼさの、砂色の髪の毛をした女の子は、
銅山の国にいるということを知るのでした。
「ああ、銅山の国か。
沼の原では、もうすぐ水のことで、
大きな動きがあるかもしれないね。」
あひる社の常連たちは、
店においてある、手づくりの雑誌や、手づくりの本を広げては、
お茶や珈琲を飲みながら、
いつもお喋りをしています。
そのせいで、大きな新聞やテレ・ヴィジョンが伝えない、
世界の人びとの動きを、
みんながよく知っているのでした。
「クィルは平和市にいるんだ。
平和市なんて町の名前、胸が痛いよ。
きっともともとは、違う名前で呼ばれていたのに、
占領した人たちが、平和とか自由とか希望とか、
土地の風景も思いつかない名前をつけた町…。」
何日かたって、クィルからあひる社に届いた手紙には、
きららの推測したとおり、
平和市という名前は、四百五十年ほど前に、
当時の大帝国からやってきた侵略者たちによってつけられたこと、
それまでは「黄金の谷」とよばれていた土地であったこと、
そこは本当に、谷を流れる川から、
黄金が採れる土地だったことなどが書かれていました。
侵略や占領は、いつも、
その土地の言葉に対する侵略や占領でもあって、
侵略された土地の言葉は、切り裂かれて、
犯されて、血祭りに上げられてしまうのだ、と続けていました。
「けれど、いのちのない名前がつけられたとしても、
そこで子どもたちが生まれて、友だちができて、
商店街で恋をして、病院で亡くなって、
という風に時が流れる。
すると、いのちのない、冷たい名前にも、
土地の霊が、いのちを与えていくのだと思う。」
読み終わると、
最近ボトルにつめられてうられている水の名前が
気になっているのだが、ときららに話しはじめるのでした。
ああいう水のボトルには、
「天国の水」とか、
水をくみ上げた場所の自然を謳い上げるような名前がついている、
というのでした。
けれども、そんな場所なら、
休みの日にその水のくみ上げ工場に行ってきて、
「あのボトルのくみ上げ工場に行ってきた。
いや自然がすごいのなんのって。」
という人がいるかというと、
まずいない、というのでした。
そして、どうもあの水の名前は、
知ってか知らずか、結果的に、
「水をくむためにぶち壊したものの名前」に
なっている気がする、というのでした。
つまり、天国のような自然をぶち壊してくみ上げ工場をつくったら
「天国の水」、
そしてそれと同じように、
人びとが平和に暮らしているところに攻めこんでいって、
平和をぶち壊すと「平和市」になるような気がしてならない、
まちがっていて欲しいのだが、
と言うのでした。
さて、今、きららとうさぎは、クィルが待っているはずの、
平和市の商店街の通りをめざして、歩いていきます。
平和市は、谷あいの町でした。
この町の人たちは、みんな背が小さくて、
顔には、小さな、すてきな笑顔が浮かんでいます。
その笑顔は、ただすてきなのではなくて、
なにか、秘密の合図と暗号があって、
一つの合図で、みんなが一斉に銃を持って立ち上がりそうな、
そんな、危険なすてきさなのでした。
きららとうさぎが、
目的の商店街のある通りを見つけて、角を曲がっていきます。
「あっ!」
きららが声をあげて、立ち止まります。
うさぎも、すぐ同じものを見て、
「すごいっ!」
とびっくりしています。
(つづく)
-----
おまけ
bjork "innocence"
歌詞
あまりにシンクロでびっくりですよ
人間は自分の奥を見つめれば
誰しもどこかでシンクロするのだと思う
だんだんこっちが楽しくなってきました
なんか先輩からメイドカフェの店長を紹介されるという
もう何が何だかわからない感じになってきてますが
私は楽しくてたまりません
エリートコースは嫌いなことくさいので
私はそんなものは拒絶したいです
…嫌い、じゃない、醜い、ですね
ちなみに神田のベビーカー事故のことなら
多分日本で10本の指に入るくらい詳しいので
知りたい方(いるのか?)なんでも聞いてください
先輩が
「北京オリンピックを前に反中感情を煽ろうって感じですかね」
と言っていました
正直私はあのTVで「残酷動物園」とか言われていたアレ、
行ってみたいですし、面白いと思います
何かトラ異常に飢えてねえか?ってのは置いといて
あれが動物、そしてうちらの現実でしょ?
ものを殺して食ってるって、そんなもんでしょ?
それを「残酷」とか普通に言える人の感覚が信じられませんね
(トラを飢えさせているのであれば、それは「残酷」です)
(ついでに、あれで餌代節約であれば、それも「残酷」です)
(ついでに、それを見せ物にしているという状況も「残酷」です)
と、いうわけで今週末もやってきました、
わたくしの「うさぎ!」コーナー
何度も言いますが、勝手に略してるので、
あんまり頼らないでね
全文が見たい方は全文を見てくださいな
雑誌「子どもと昔話」をちゃんと購入してください
小沢健二「うさぎ!」第3話(2)
(1)はこちら
----
給仕さんの中には、
謎が解けるような気持ちもありました。
それは、革命というのはこうやって起こってきたのだろう
という気持ちでした。
「革命家」とよばれる人たちの中には、残酷な支配者を倒そうと、銃を持って立ち上がった人たちがいました。
あるいは、戦争ばかり仕掛けていた国に、
もうそんなことはやめろと、
体を張って立ち上がった人たちがいました。
あるいは、核爆弾や、化学兵器による暴力を止めるには、
毎日の暮らしのなかにある、
差別や偏見の暴力から止めなければならないと、
真剣に、熱心に、あきらめずに考える人たちがいました。
そうやって、人びとは確かに、
種の保存のために、生存に適した行動を考えて、
みんなではげましあてきたようでした。
そして、生存に適さない、暴力が好きな人たちを淘汰しようと、
いつも頑張ってきたように思えるのでした。
すると、ふと、どこかの町にいたときに、
時間をつぶしに入った珈琲屋のことを思い出すのでした。
「あれは、どこの町だっけ。
確か、灰色がどうとか、
太った男の子と、靴を履いていない女の子が話していた。
今度の休みの日には、あの店を探して、行ってみよう。」
この男の子と、女の子が誰だかは、もうおわかりかもしれません。
そのうさぎときららは、飛行機に乗って、
南の大陸にある、銅山の国の首都の「平和市」に
着いたところです。
きららが、大きな旅行用の竹籠をしょって、
裸足で、元気よく、平和市の目抜き通りを歩いていきます。
うさぎはその後ろから、緑色の大きなリュックサックをしょって、
履き込んだ黒い革靴を履いて、ついていきます。
二人は、久しぶりに、大好きな友達のクィルに会えるので、
うれしくて、どんどん歩いていきます。
知らない国の町についた人は、みんなが、
いつもより3割くらい速いスピードで
歩いてしまうのかもしれません。
クィルという女の子は、
うさぎやきららと同じ町に住む、
「珈琲と本・あひる社」というお店を
溜まり場にしている仲間でした。
あひる社の常連たちが、クィルの姿を見かけなくなったのは、
何週間も前のことでした。
クィルはどこに行ったの、
ときららやうさぎに尋ねた常連たちは、
あのぼさぼさの、砂色の髪の毛をした女の子は、
銅山の国にいるということを知るのでした。
「ああ、銅山の国か。
沼の原では、もうすぐ水のことで、
大きな動きがあるかもしれないね。」
あひる社の常連たちは、
店においてある、手づくりの雑誌や、手づくりの本を広げては、
お茶や珈琲を飲みながら、
いつもお喋りをしています。
そのせいで、大きな新聞やテレ・ヴィジョンが伝えない、
世界の人びとの動きを、
みんながよく知っているのでした。
「クィルは平和市にいるんだ。
平和市なんて町の名前、胸が痛いよ。
きっともともとは、違う名前で呼ばれていたのに、
占領した人たちが、平和とか自由とか希望とか、
土地の風景も思いつかない名前をつけた町…。」
何日かたって、クィルからあひる社に届いた手紙には、
きららの推測したとおり、
平和市という名前は、四百五十年ほど前に、
当時の大帝国からやってきた侵略者たちによってつけられたこと、
それまでは「黄金の谷」とよばれていた土地であったこと、
そこは本当に、谷を流れる川から、
黄金が採れる土地だったことなどが書かれていました。
侵略や占領は、いつも、
その土地の言葉に対する侵略や占領でもあって、
侵略された土地の言葉は、切り裂かれて、
犯されて、血祭りに上げられてしまうのだ、と続けていました。
「けれど、いのちのない名前がつけられたとしても、
そこで子どもたちが生まれて、友だちができて、
商店街で恋をして、病院で亡くなって、
という風に時が流れる。
すると、いのちのない、冷たい名前にも、
土地の霊が、いのちを与えていくのだと思う。」
読み終わると、
最近ボトルにつめられてうられている水の名前が
気になっているのだが、ときららに話しはじめるのでした。
ああいう水のボトルには、
「天国の水」とか、
水をくみ上げた場所の自然を謳い上げるような名前がついている、
というのでした。
けれども、そんな場所なら、
休みの日にその水のくみ上げ工場に行ってきて、
「あのボトルのくみ上げ工場に行ってきた。
いや自然がすごいのなんのって。」
という人がいるかというと、
まずいない、というのでした。
そして、どうもあの水の名前は、
知ってか知らずか、結果的に、
「水をくむためにぶち壊したものの名前」に
なっている気がする、というのでした。
つまり、天国のような自然をぶち壊してくみ上げ工場をつくったら
「天国の水」、
そしてそれと同じように、
人びとが平和に暮らしているところに攻めこんでいって、
平和をぶち壊すと「平和市」になるような気がしてならない、
まちがっていて欲しいのだが、
と言うのでした。
さて、今、きららとうさぎは、クィルが待っているはずの、
平和市の商店街の通りをめざして、歩いていきます。
平和市は、谷あいの町でした。
この町の人たちは、みんな背が小さくて、
顔には、小さな、すてきな笑顔が浮かんでいます。
その笑顔は、ただすてきなのではなくて、
なにか、秘密の合図と暗号があって、
一つの合図で、みんなが一斉に銃を持って立ち上がりそうな、
そんな、危険なすてきさなのでした。
きららとうさぎが、
目的の商店街のある通りを見つけて、角を曲がっていきます。
「あっ!」
きららが声をあげて、立ち止まります。
うさぎも、すぐ同じものを見て、
「すごいっ!」
とびっくりしています。
(つづく)
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おまけ
bjork "innocence"
歌詞
あまりにシンクロでびっくりですよ
人間は自分の奥を見つめれば
誰しもどこかでシンクロするのだと思う
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