飄評踉踉

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下天の内をくらぶれば、夢幻の如く也

2006-12-31 11:51:48 | 映画
今日は、私が今年見た最後の映画である『パプリカ』(監督:今敏)について書きます。
1.本作は筒井康隆の同名小説をアニメ映画化したものです。
 私は、小説の映像化というのは一種の「翻訳」だと思っています。しかし、小説というのは読者のイマジネーションに直接訴えかけるものですから、いくらでもスケールを大きくして描ける媒体といえます。他方、映像は映画にせよドラマにせよ時間的・技術的な制約があるので、小説と比べてスケール負けしがちです。そのため、小説の映画化は小説の読者にとっては不満なものに終わることが多いように思われます。
 しかし、結論として、映画『パプリカ』はこの「翻訳」に成功していると思います。私は、竹熊健太郎氏に倣って映画を見た後に小説版を読んでみましたが、それでも映画版が小説版に劣っているとは思わないし、むしろ映画版の方が優れているとさえ感じます。
 その理由は、今監督がアニメという媒体の性質を熟知されている点にあると思います。アニメが持つ最大の特徴は、当たり前ですが「すべてを虚構で用意する」という点です。本作は現実と虚構が入り混じってしまう話だったので、本作をアニメとして映像化したのはベストな選択でした。
 この点、今監督は「『パプリカ』を実写にすることは可能だとは思うがアニメの呼吸をフィルムにしたかった」と言っていました。もし、この「アニメの呼吸」というのが上記のアニメの最大の特徴を意味するのだとすれば、今監督は本作を「現実もまた虚構だ」という唯識的な捉え方をしていたのではないかというようにも感じられます。
 さらに今監督が素晴らしかったのは、筒井氏特有のブラック・ユーモア調だった小説版をきれいな人間ドラマにまとめた点にあると言えます。これは、今監督が、小説版のブラック・ユーモア要素をすべて映像に任せて、映画の本筋では人間ドラマを描こうとしたからでしょう。
 そして、映画『パプリカ』を確立させたもう1人の立役者は間違いなく次に述べる人です。
2.本作の主演は90年代アニメ界の大黒柱たる林原めぐみです。私が彼女の声優仕事を聴いたのは久しぶりでしたが、豊富な経験に裏打ちされた実力が遺憾なく発揮されていて痛快でした。それどころか、彼女以外にこの主人公「千葉敦子/パプリカ」を演じることができる声優はいただろうかとさえ思いました。
 彼女は、90年代前半は陽のキャラクター中心で演じてきましたが、95年にエヴァで綾波レイを演じて以降は陰のキャラクターも多く演じてきました。本作において、千葉敦子は陰のキャラクターである一方、パプリカは陽のキャラクターであったので、陰陽ともに豊富な役をこなしてきた林原めぐみにとって本作は自身の声優業の集大成であったともいえそうです。
3.本作を見ていて非常に印象に残っているのは、敦子とパプリカのどちらが実体なのかを問いかけるシーンでした。
 「『パプリカ』は敦子が自身の中に作り出したもう一つのperson(人格)だったはずが、実は『敦子』とはパプリカが被ったpersona(仮面)だったのではないか?」こういうアプローチは小説版には見当たらないものでした。これこそが映画『パプリカ』を人間ドラマたらしめた最大の要因だったと思います。このアプローチは哲学的・心理学的・精神医学的に大変面白いものです。
 本作について公式パンフやサイトで香山リカ氏がエッセイを書かれていますが、是非とも斎藤環氏にもコメントを頂きたいところです。



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