制御屋の雑記

気になる出来事や感じたことなどを、すこしばかり言ってみようかとw

【台湾】「私たちは日本人だった」「高砂義勇隊忘れないで」2ちゃんねらー含む日本の募金で慰霊碑が再建

2006-02-19 | 海外関連

 この高砂義勇隊の存在を、私たちは歴史のかなたに葬り去ってはいけないと思います。
 ましてやこれを私たち日本人が無関心ですませてしまっては、末代までの不義理であり恥であるような気がします。
 

 【台北8日共同】
 日本統治下の台湾で、日本兵として南太平洋へ出征した先住民、高砂義勇隊の戦没者を追悼する新たな慰霊碑の除幕式が8日、台北郊外の烏来郷で行われた。
 1992年に、近くに慰霊碑が建立されたが、敷地権を持っていた会社の倒産で撤去を余儀なくされた。これを伝え聞いた日本人からの募金約3200万円で約1キロ離れた公園内に再建された。
 慰霊碑には李登輝前総統が揮毫(きごう)した「霊安故郷(霊は故郷に眠る)」の文字が刻まれ、除幕式には前総統のほか、義勇隊の遺族や日台の関係者ら約50人が出席した。

 ソース(goo 共同通信)
 http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/kokusai/20060208/20060208a3130.html

「高砂義勇隊忘れないで」慰霊碑再建…台湾
 【烏来(台湾北部)=石井利尚】
 太平洋戦争中、日本軍として戦った台湾の先住民族からなる高砂義勇隊の慰霊碑が、タイヤル族が暮らす烏来の観光公園に再建され、8日、李登輝・前総統ら、日台関係者が出席して記念式典が行われた。

 高砂族は日本植民地時代の先住民の名称。日本軍は、南太平洋のジャングルでの戦力として、山の生活に精通している先住民部隊を組織し、4000〜5000人が派遣され、半数以上が戦死したとされる。
 李登輝政権下の1992年に慰霊碑が建立されたが、敷地を提供した観光会社の倒産に伴い、昨年1月に撤去された。
 その後、日本からの資金支援や地元当局の土地提供を受け高さ約80メートルの滝が望める山の斜面の公園に場所を移して再建された。
 遺族の一人、タイヤル族の元烏来郷長、タリ・ワタン(簡福源)さんは、
「60年以上前、私たちは日本人だった。志願して日本の兵隊になった義勇隊を忘れないでほしい」などと、日本語で話していた。

 http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20060209id01.htm

 ☆高砂義勇伝のサイト(感動するFLASHあり)
 http://www.takashago.com/

 ☆2ちゃんねらー有志作成のFLASH
 http://www.takashago.com/index_flash.html

ジャンル:
社会
キーワード
高砂義勇隊 タイヤル族 日本植民地時代 太平洋戦争 日本統治下の台湾
コメント (0) |  トラックバック (1) |  この記事についてブログを書く
Messenger この記事をはてなブックマークに追加 mixiチェック シェア
« 女系天皇反対:予... | トップ | 中国は「日本が軍... »

コメント

コメントはありません。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
※文字化け等の原因になりますので、顔文字の利用はお控えください。
下記数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。この数字を読み取っていただくことで自動化されたプログラムによる投稿でないことを確認させていただいております。
数字4桁

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
烏來再訪と高砂祈念碑(その1) (私の「認識台湾」)
この週末はまた寒さが戻ってきたようで「冬来たりなば 春遠からじ」という言葉を思い出しつつ、不在中に溜まった新聞二紙を目にしております。そんな訳で時流に遅れておりますので、今日も「旅行記録電子落書き帳」路線で・・・・私は何処に行くにも「無計画に気の向くまま

あわせて読む