百聞百見

ふじもと百男の政治活動日記

夏祭り-真夏の子ども相撲

2010年07月26日 08時02分38秒 | インポート

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 25日(日)、今日も猛暑が続く中、加東市北野の天満宮、新町の愛宕神社の境内では、伝統の奉納子ども相撲が行われた。夜には佐保神社境内で御大神宮さんの祭りが行われた。

 北野地区では、午前中に地区を神輿が練り、午後1時半から北野天満宮境内の相撲場で子ども相撲が行われた。幼児の相撲から始まり、ふんどし姿の小学生の取り組みが保護者や家族、地域の住民の応援する中行われた。女子は東光寺薬師堂の前での腕相撲大会に参加した。北野地区は子どもの数も多く、伝統の夏祭りの行事を地区ぐるみで楽しんでいた。

 新町地区では、高台にある愛宕神社の境内に拵えられた相撲場で午後2時から相撲大会が行われた。緑陰を涼しい風が吹き抜ける中、まわしをつけた子ども達が東西にわかれて、個人戦、勝ち抜き戦を行った。優勝した子どもには、弓が渡され、一年間大事に預かることになっている。今年もまわしをまく手伝いをやった。中学時代に加東郡相撲大会に出場し、佐保神社の境内で相撲をした思い出がある。今の子ども達は相撲にあまりなじんでおらず、まわしを取って組むことをしない。レスリングのような感じで相撲をとっている。それでも真夏のまぶしい日射しの下で、家族や地域の人たちの見守る中、元気いっぱいに相撲を取る光景は素晴らしい。

 夜は地元町内会でお守りしている御大神宮さんのお祭りだった。社の田町筋のちょうど真ん中辺りが我が中田町(なかたまち)町内会である。十数戸の小さな町内会だが、元は田町通りにあった御大神宮さんが昭和9年に佐保神社の境内に遷されたが、元の中田町町内会でお祭りを続けている。この小さなお社の玉垣には昔田町が栄えていた頃の記憶が彫られている。加東米穀取扱所と彫られた玉垣がそれだ。そんな昔の話もこの祭りで伝え続けることができる。北の空には黒い雲が出ているが、雨は降らない。


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夏休み-ラジオ体操始まる

2010年07月23日 08時03分44秒 | インポート

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 梅雨明けとともに夏休みが始まった。毎朝通学時の見守り隊は8月末までお休み。今度は6時半からのラジオ体操が始まった。私の住んでいる地区は加東市社の3区で、通学班の子ども達が公民館前の路地に集まってラジオ体操をする。

 例年だと2,30人の子どもと大人が集まっていたが、今年は10数人の子どもと大人が2人。少しさびしい感じもするが、高学年の子どもが当番になって前に出て体操をする。数年前は、体操のあと、公民館で朝の勉強会も運営されていたが、今は開かれていない。

 地区によっては、老人会も一緒になって100人以上の大ラジオ体操をやっているところもあるようだ。かつて教員時代に和歌山市に出張した折り、早朝ウォーキングに出かけると、和歌山城の天守閣まで歩いてのぼり、再び下りてきたところの広い芝生で、体操が始まった。中央に立って独特の体操をやる人があり、みんなその人に合わせてしばらく体操をする。私も一緒にやってみた。終わると、そのままみんな歩いて散ってゆく。それが毎朝続いているという。いいなあと思ったことを今も鮮明に覚えている。

 大雨から梅雨明けへ。一転猛暑が続く。教員時代はこの炎天下、女子中学生にソフトボールのノックの雨を降らせた。あの日々を忘れることはないが、それにしても暑い。皆さん、熱中症にはくれぐれもお気をつけて。


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総務常任委員会管内調査(東播淡路地区)

2010年07月16日 05時00分59秒 | インポート

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 13~14日にかけて、総務常任委員会の今年度最初の管内調査を東播淡路地区で行った。東播磨、北播磨、淡路の3県民局とその管内の諸施設を調査、視察した。梅雨明け前の大雨の中だったが、2日間にわたり濃密な調査を行うことができた。

 東播磨県民局の調査を終えた後、加古川総合庁舎の1,2階の東播磨生活創造センター「かこむ」を視察した。広いオープンなスペースには図書などの情報コーナー、展示、催し会場などの他、グループが会議や活動に使う小部屋もあり、利用頻度も高いとのことだった。過日の疎水フォーラムで紹介されたいなみの台地の疎水の写真も展示されていた。

 JR加古川線の「おのまち駅」に開設されているNPO法人のそば処「ぷらっときすみの」を視察。駅舎を活用したにぎわいづくり、きすみの地区営農組合が地域の食材を使って加工品づくりに挑戦し、地域の食文化の発掘、伝承、さらには食育などにもチャレンジしている。いなか巻き寿司、水ようかんをいただきながら説明を受けた。友人がこのそば処で働いていて、いつも宣伝してくれる。

 北播磨では、もう一カ所、加東市地域情報センターを視察した。地元のケーブルテレビ局があり、日頃から加東市の情報発信センターとして身近にある存在だ。しかし、局内部の番組づくりの現場を見る機会は滅多にない。合併間もない加東市の一体化、防災等にケーブルテレビの果たしている役割は大きい。この後、北播磨県民局での調査を行い、淡路に向かった。  

 2日目は、まず淡路市防災あんしんセンターの視察。ちょうど淡路に大雨警報が発令中という状況下、防災センターの機能をはじめ、有事の配食センター、平時の給食センターといった効率的な施設となっていることに特色がある。センターのすぐ隣には太陽光発電施設の建設が進んでいた。

 淡路県民局での調査を終え、南あわじ市の淡路人形浄瑠璃館を視察。生憎の雨、濃霧で眺望はきかない。しかし、淡路人形の歴史、伝統芸能としての価値を説明や実演(公演前の)でよく理解することができた。来年秋には福良に新たな浄瑠璃館の建設が予定されており、その計画についても概要を知ることができた。初めて知ったことだが、淡路人形の祖は百太夫だった。その名を通してぐっと親しみが深まった。

 最後の視察は加古川に戻り、兵庫県生きがい創造協会、いなみの学園だった。高齢者大学の全国的先駆けとして、40余年もの間リードしてきた同学園の施設、運営について調査した。新しく建設された中教室をはじめふだん見ることのない諸施設を見学することができた。現在、社会状況の変化に対して、高齢者大学のあり方等の検討が行われている。

 


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加東市歴史の会-民話の奥深さ

2010年07月15日 05時49分05秒 | インポート

 11日(日)午後、多目的研修センターで「加東市歴史の会」の総会と例会が行われた。加東歴史の会は3年前の平成19年の5月に発足した。「加東市を中心に播磨の歴史を楽しむ」ことが会の趣旨である。月に一回程度の例会(楽しい史話会)、年2回程度の散策会を軸に、歴史ボランティアガイドの養成やミニ歴史講座の出前などを活動内容としている。

 なかなか例会に出席できないが、今回は午前中に公務も済み、総会から出席することができた。総会では、そろそろ歴史ボランティアガイドの養成に本気で取り組んでみようという話になり、加東市には多くの歴史遺産があり訪れる人も多いのにボランティアガイドがない、ということで市や観光協会などの関係機関と協力してぜひつくろうという話が進んだ。

 例会は、吉田省三先生による「北播磨の民話」の発表が行われた。吉田先生は、この度JAみのりに連載されている「民話」をまとめた冊子を発刊されたが、その中から、また、先生がこれまで発表された数多くの民話の中から、北播磨5市1町それぞれ2題を選んで民話を紹介された。

 先生は北播磨や加古川筋の地域に伝わる民話を歩いて採録されて4,50年になる。脚色したりせず、できるだけそのまま伝えるよう心がけておられるとのことだった。三木市の「さすらいの二皇子」、「笛吹きの松」、小野市の「長造ばさみ」、「とりもち草鞋」、加西市の「潮の井」、「おなぎ坂」、加東市の「竿の先で拾った神様」、「お菊むし」、西脇市の「ぬえ退治」、「子授け地蔵」、多可町の「峠の地蔵水」、「あまんじゃこ」の各民話とエピソードを聴くことができた。聴けば聴くほど、民話のもつ豊かさ、奥深さ、そうしたおもしろさに引き込まれてしまった。


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荒天下の北播消防操法大会

2010年07月13日 05時44分05秒 | インポート

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 11日(日)、三木市の兵庫県広域防災センターで、第23回北播地区消防操法大会が開催された。朝から雨が降り、時折り突風も吹く悪条件だったが、各支部代表の出場各消防団による操法競技が行われた。

 加東市支部からは、小型ポンプ操法の部で新定分団が、そしてポンプ車操法の部では社分団が出場し、磨き挙げてきた腕を披露した。ともに出場順は一番。そのプレッシャーを感じさせない完璧な動作、操法だった。昼前には風雨は強まり、本部テントも吹き飛ぶ荒天になったが、競技は最後まで行われた。

 接戦を物語るようになかなか結果が出ず、出場各消防団は荒天下やきもきしながら発表を待った。小型ポンプ、ポンプ車の部とも多可支部が見事に優勝を飾った。加東市代表の2チームは残念ながら入賞しなかったが、結果発表までは入賞間違いなしとの確信をもつほどの素晴らしい出来だった。本当にお疲れ様でした。

 


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疎水フォーラム

2010年07月07日 05時18分01秒 | インポート

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 5日(日)午後、「疎水フォーラムinひょうご2010」が県公館で開かれた。「会場がこれほど満員となったのは久しぶり」という井戸知事の言葉の通り、会場は県内外からの出席者で満員だった。私も教員時代から関心を持っていた分野だったので楽しみにしていた。

 オープニングは県立農業高校演劇部の女子生徒による演劇、「水を求めて-過去から未来へつなぐ思い-」が披露された。ため池研究会の生徒の会話を通して、ため池や疎水の価値に目覚めるといった内容だったが、その内容もよかったが、それ以上に演技力に関心した。

 第一部は「水ネットワークの再発見」をテーマに鼎談が行われた。まず、「疎水」という言葉には、「用水」という機能的な意味以上に文化の香りがするというとらえ方、すなわち、共生文化としての疎水、歴史の継承や日本の原風景としての疎水といった内容の話が、織作さんの写真とともに展開され、非常に奥深い鼎談だった。

 第二部は「循環する水の路」と題した映像を視聴した。いなみの台地のため池、御坂サイフォン、水路、頭首工、分水筒など田園風景の中にとけ込んでいるこうした疎水の多様な姿が描かれていた。映像に続き、池本兵庫大学教授の司会で、作家の玉岡かおるさんの講演、児童の読書感想文(「水をもとめて」)の表彰と朗読、そして南埜兵庫教育大学准教授の講演が行われた。

 南埜先生は、兵庫教育大学附属中学校に勤務していた頃から地域学習等でご指導いただいていたこともあり、関心をもって聞かせていただいた。「疎水とため池~いなみ野の水利システムの今昔」の題で、世界的にも珍しい水利システムである疎水とため池の取り合わせを詳しいデータ、地図等で説明していただいた。その価値をもっと我々自身が知ること、そして、子どもたちにも伝えていくことが過去と現代、そして未来をつなぐことになる、ということだたが、まさに共感する内容だった。

 29年前、創立2年目の兵庫教育大学附属小学校に勤務していた当時、4年生の社会科を担当していた。副校長だった長岡文雄先生(初志の会)のご指導で「東条ダムと嬉野開発」の単元づくりに取り組んだ。その調査のために、東条ダム(鴨川ダム)と東条川用水の水路を単車で見てまわった。ダム、谷を渡る水路、サイフォン、隧道、分水筒等、どこまでも延びる水の路の魅力にとりつかれてしまった。昭和初期に造られた昭和池、その水路、サイフォンの呑口、吐口の施設なども調査した。その過程で、ダムの湖底に沈んだ土井部落の藤原さんや、嬉野台地の開発にあたった平川さんらとの出会いから、先人の苦労も知った。台地の水路に遙か山の向こうの東条ダムの水が勢いよく吹き出し、その水の先端を走って追いかける子どもの姿は今でも鮮明に残っている。そうしたことを思い出しながらのフォーラムだった。

 公館の会場通路には疎水百選の東条川用水を紹介するパネル写真が掲げてあった。東播土地改良区の小池理事長は、建設中の鴨川ダムの写真を見ながら、懐かしそうに子どもの頃の思い出を語っておられた。この写真パネルを使って地域の小学校で子ども達が学習できたらなとも思った。

 未来へ伝えたい貴重な遺産、そして、今私たちがそのために価値を再認識し、しっかり保守していかなければならない。その思いを強くした。


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東条地域まちづくり協議会設立

2010年07月06日 05時28分31秒 | インポート

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 5日(日)、加東市東条公民館において、「東条地域まちづくり協議会設立総会」が開かれた。会場の東条公民館には区長会、老人会、学校関係など各種団体の代表等約80人が出席した。

 県民交流広場事業の趣旨を生かし、交流や学び、情報発信など、東条地域の住民の皆さんが主役になって、主体的に地域づくりを推進していこうとするものである。スポーツ大会やふれあい喫茶、歴史伝統イベントなどが企画されている。

 会長の針木さんは、歴史の古いこの東条に育まれてきた伝統や文化を守り、次代に伝えていくためにも積極的に取り組んでいきたいと力強い挨拶を述べておられた。東条地区には東小学校、西小学校の2校区があるが、今回の協議会は2校区が一つとなって推進することになっている。準備に長い時間がかかったのもそうした事情と幅広い組織とするために何回も会合を重ねて設立までこぎつけられたということがあったと聞いている。

 「舞台は地域」、「主役は住民」。これが県民交流広場事業の要だ。東条公民館がその拠点としてさらに重要な役割を果たしていくことも期待したい。


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藤村拓太作陶展

2010年07月05日 06時49分59秒 | インポート

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 7月2日から7日までの6日間、神戸のそごう百貨店北側駐車場に隣接の神戸葉月ギャラリー(3階)で「藤村拓太作陶展」が開かれている。

 1日午後、ギャラリーを覗いてみると、翌日からの個展に向けての準備中だった。藤村拓太氏は教え子である。兵庫教育大学附属中に兄の元太氏とともに遠い秋津(加東市)から自転車で通っていた。中学当時は小さくて可愛い面立ちの少年だったが、その後、亡き父上のあとを継いで陶芸の道へ。そんな話や中学時代の思い出話にしばし時の過ぎるのを忘れて話し込んでしまった。

 今家で愛用しているコーヒーカップは兄元太氏の作。これまで使ったコーヒーカップの中で一番気に入っている。今回は登り窯で焼いた湯呑みを求めた。

 兵庫の若い陶芸家の個展を覗いてみてやって下さい。


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