ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

加東市赤穂義士祭のポスターが 

2016年11月26日 06時21分18秒 | Weblog
 

 25日(金)の朝、いつものコースを歩き、大師殿を出て持寶院の山門前まで来ると、向かいの「ゆらのホール」の広報掲示板に「加東市赤穂義士祭」のポスターが掲示されていました。
 12月14日の赤穂義士討ち入りの日には、加東市家原の観音寺で義士祭が行われます。観音寺には赤穂義士四十七義士の墓所があり、義士の追善法要が行われます。
 家原はじめ、加東市内には赤穂藩の領地があり、家原には吉田忠左衛門も郡代として駐在していました。本家の赤穂浅野家断絶後も家原には家原浅野家が明治維新まで続きました。
 四十七義士の墓碑は義士没後150年忌に義士を讃え追慕するこの地方の民衆の寄附によって造られました。東京高輪の泉岳寺、赤穂の花岳寺の四十七義士の墓とともに全国で3ヶ所しかない四十七義士の墓となっています。主君浅野内匠頭を中心に大石父子を取り巻くように四十七義士の墓碑がぐるりと並んでいます。
 義士祭では法要の他、少年剣道大会、早籠にちなんだ中学駅伝大会、お楽しみ抽籤会などが行われます。ぜひお越し下さい。
 
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 浮かびあがる大師像-朝の大師殿 | トップ | ウォーキングで見つけた秋景色 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL