ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

昭和20年鶉野飛行場勤労動員-婦人も老人も子供も

2016年11月08日 05時52分05秒 | Weblog
 加東市の隣、加西市にある鶉野飛行場跡が戦争遺跡として整備が進められています。
 昭和20年(1945)当時の社部落(現加東市社)の文書綴の中に鶉野飛行場の工事への勤労動員に関する資料が綴じられています。
 この歴史ブログではこれまでにも関係資料を紹介してきましたが、昭和17年(1942)に建設された鶉野飛行場は海軍のパイロット訓練用でしたが、戦局の悪化とともに昭和20年には特攻兵がこの飛行場から各地の出撃基地に飛び立っていきました。
 鶉野飛行場の工事には、周辺地域から住民が勤労作業に出ていました。昭和20年4月の社町常会徹底事項の資料の中に鶉野飛行場勤労作業に関する項目が挙げられています。
その中に「婦人ニテモ老人ニテモ子供ニテモ出来ル仕事」と書かれています。



七、鶉野行出役(海軍関係)(舗装工事従事)
   婦人ニテモ老人ニテモ子供ニテモ出来ル仕事
   (社区ハ600人ノ約三割五分 約二百十人出役)
   (社町戸数千二百 半数トシテ六百人 三十人ガ二十日間)

 ◎社駅二番発六時・三七分 ◎粟生駅着七時・〇一分 ◎同駅発七時・〇二分 ◎法華口着七時・一七分

  備考(内務省関係) 出不足数  社区 一六七
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