ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

光明寺合戦の伝説

2006年08月11日 04時41分27秒 | Weblog
白旗伝説

 光明寺合戦にまつわる伝説を紹介しましょう。光明寺の境内には、町の観光協会が設置した合戦の案内立て札があちこちにあります。その一つに、白旗の伝説を紹介したものがあります。

 光明寺合戦では、足利直義方の石塔頼房らの立てこもった光明寺城(五峰山にある寺の建物などをそのまま城として使った)を足利尊氏、高師直の軍勢は激しく攻めたてましたが、城方の抵抗も強く、寄せ手も攻めあぐんでいました。
 そんな中、空の向こうから怪しげな雲がわきたったかと思うと、風に流されて飛んできました。その下に鳥の大群がいて、その中から一枚の白い旗が風に流されながら飛んできました。
 両軍の兵は、八幡大菩薩が加護して下さるものだと、自分たちの陣営に落ちてくるようにと手を挙げて取ろうとしました。旗は城方の上を上下に流れながら、やがて、寄せ手の上に飛んできました。兵は祈りました。そしてとうとう高師直のもとに落ちてきたのです。兵はこれで勝利間違いないと喜びました。
 白旗は反古(いらなくなった紙)をつないだもので、その裏に二首の歌が書かれていました。

 吉野山峯の嵐のはげしさに高き梢の花ぞ散りゆく

 限りあれば秋も暮れぬと武蔵野の草はみながら霜枯れにけり

人々の喜びもつかの間。これらの歌の不吉な内容を噂しあいました。
「高き梢」の高きは高家をさし、それが散りゆく・・・、「武蔵野の」は武蔵野守である高師直が、枯れる・・・といういずれも高師直方の不吉な運命を暗示しているということだったのです。
 写真は本陣跡から引尾山へ続く尾根づたいの山道です。


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