ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

台風で倒木-河高住吉神社

2017年10月24日 06時31分39秒 | Weblog
 台風21号は雨と強い風が特徴でした。北からの強風のために加東市内でも木が倒れたり、折れた枝が散乱するなどの被害が出ました。
 このうち、河高地区では加古川右岸、福田橋西詰にある住吉神社境内の木が根こそぎ倒れ、本殿の北側の小宮の屋根に折れた幹が倒れかかりました。境内西側に並ぶ大木の一番北側の木で強風にまともに受けたのでしょう。
 住吉神社は室町時代の創建と伝えられる由緒ある神社です。以前は県指定文化財の石鳥居が倒壊し再建されたこともありますが、今回は倒木被害でした。
 倒木被害といえば、室生寺の五重塔が倒木で被害を受けたことが記憶にありますが、神社には鎮守の杜があり大木が植わっています。普段は神社を守り、人々の心に憩いと安らぎを与えてくれる神社の木々も台風という自然の猛威には勝てないこともあるということをあらためて思わされました。しかし、立ち寄られた地区の方が、午後から(人が)寄って片付けをすることになっている、と話しておられました。自然の災害にも負けず乗り越えて神社を守っていくのも地区の人々であるということです。倒木に台風一過の明るい日が射していました。
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台風接近の朝の河高コスモスまつり会場

2017年10月23日 06時03分03秒 | Weblog
 

 22日(日)、8時過ぎ、加東市河高のコスモスまつり会場に行きました。前日に台風接近のため中止という連絡を受けていましたが、100万本のコスモスを見ておかねばと車を走らせました。
 まだ雨はそんなに降っていませんでしたが、加古川右岸の堤防に近いコスモス畑には時折り強い風が吹いていました。犬の散歩をする人以外に誰もいません。
 加古川を跨ぐ水道管も播磨高野の五峰山も雨と低く垂れた雲で霞んでいます。風に揺れるコスモスの花もくすんだような色合いでした。
 毎年楽しみにしている河高のコスモスまつりです。脳裏には秋の光をいっぱいに受けて輝いているコスモス畑が浮かんでいます。来年を楽しみにしています。
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懐かしの社保育園-昭和30年代はじめ

2017年10月22日 05時48分21秒 | Weblog
 

 この写真は昭和32、3年頃の社保育園(当時の社町立社保育園、現加東市立社こども園の前身)の遠景と園庭の滑り台でポーズをとる園児です。
 当時、社保育園は社小学校に隣接してありました。家から300メートルほどの所にあり、学校道とよばれる真っ直ぐな道を歩いて通園していました。
 60年ほど経った現在、この学校道で社小学校に通う子供達の登校見守りに立っていますが、年月の経過とともに街や学校の風景もずいぶん変化しました。変わらないのは道がまっすぐに社小学校まで延びていることです。

 
 
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台風前の晴れ間-佐保神社と三草山

2017年10月21日 05時28分34秒 | Weblog
 

 20日(金)の夕方、空は青空が広がっていました。台風が刻々と本土に向かって北上しているとは思えない上天気でした。雨続きの中で、秋の日に映える郷土の景色が美しく見えました。
 加東市社の佐保神社前の交差点から色づき始めたケヤキの大樹や境内の桜の木の間に佐保神社の拝殿、本殿が見えます。この交差点には「社」の一字が書かれた標識がかけられています。まさに佐保神社のお社、そして、その門前町、宿場町として栄えてきた社を象徴しているようでした。
 もう一枚の写真は、京、丹波と播磨、西国を結ぶ国道372号、丹波道の旧道近くの道路から撮った三草山です。ちょうど西に傾き始めた日を受けて、山全体が明るく映えていました。手前の塔は、日本標準時、子午線の東経135度が通過している(西に150メートル地点)ことを示ています。いわば日本の「時」の軸を今まさに通り過ぎようとしているということです。もちろん車は脇に停車しての撮影しました。
 何でもない景色ですが、ちょっと立ち止まり、よく見るといろいろ語りかけてきます。それが楽しみの一つでもあります。
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曇天下、桜の枝にシジュウカラ

2017年10月20日 06時02分23秒 | Weblog
 

 19日、朝から雨が降って暗い朝でした。雨が一旦止んだ庭に出てみると、シジュウカラが桜や柿の木の枝を渡って飛んでいました。
 つがいで来ています。さっそくカメラを構えるのですが、細かく動き、じっとしていないのでなかなか撮れません。桜の枝の天辺にとまった瞬間、枝に飛び移った瞬間をとらえました。曇天の薄暗い中でしたが、今朝はシジュウカラに出会えてよかったと思いました。
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秋-ヒヨドリ、柿、コスモス

2017年10月19日 05時54分49秒 | Weblog
  

 18(水)、久しぶりに朝、日がさす中を歩きました。子供達も今日は傘をささずに登校していきました。
 田圃ではこの日を逃すまいと、一斉にコンバインが出て稲を刈る光景が見られました。わが家の庭には柿が色づいています。去年は生り年でしたが、今年は数えられるほどしか生っていません。その柿を毎朝ムクドリの一団が食べにくるのですが、今朝は鳴き声が違うなと思って見回すと、ヒヨドリでした。朝日を受けて仲間を呼んでいるのか、鳴いていました。
 県庁からの帰り道、すでに曇ってはいましたが、加東市山国の県道脇のコスモスが風に揺れていました。明日から雨だから、今撮って、という声が聞こえてきそうで、車を止めて撮りました。だいぶ稲刈りも済んだようですが、まだ残っています。台風までくるという予報ですが、雨がうらめしい。
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もう一度佐保神社秋祭-太鼓屋台の勇姿

2017年10月18日 05時14分40秒 | Weblog
 

 

 10月7,8日に行われた佐保神社(加東市社)秋祭りの勇壮な太鼓屋台の姿を紹介します。
 佐保神社境内には、新町、上中、上組、下組の4台の屋台が伊勢音頭で宮入、4台練り、下向で勇壮な練りを披露します。これに先だって、社市街を4台の屋台が並んで巡行する光景も豪華で、沿道には大勢の人が出て迎えます。子供曳きも行われ、多くの子供が長い綱で屋台を曳く子や孫の写真を撮る家族で大人気です。宵宮では、門前まで出た上組、下組屋台が電飾に浮かび上がりました。
 もう一度その姿を紹介します。
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佐保神社で明神講秋季例祭

2017年10月17日 05時06分50秒 | Weblog
 16日(月)、佐保神社(加東市社)で明神講の秋季例祭が行われました。
 明神講は佐保神社の講社で、200年以上の歴史を持つ古い講です。昔は正月・5月・9月の年3回開講されていましたが、明治以降は春と秋の年2回開講されるようになったということです。
 雨の中、11時前から次々と講員が集まり、11時には拝殿に入場。神崎宮司によって祭礼が執り行われ、全員で大祓の詞を朗唱し、罪、穢れを浄めました。
 拝殿での祭りが終わり、社務所で直会が開かれました。講員は減少の傾向にありますが、新たに講員となる人もあって入れ替わりがありますが、こうして、春と秋の2回、拝殿で祭礼を行い、佐保神社とともに社の町の繁栄を祈願することに意義があると思っています。写真は神事が始まる前の拝殿から本殿を望んだものです。
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伊能小図-「はたらくくるま大集合!」会場で

2017年10月16日 05時36分22秒 | Weblog
 14日(土)、東条湖おもちゃ王国の駐車場で開催された「はたらくくるま大集合!」の会場に、神戸市立博物館の移動展示車が出展され、展示物などを紹介していました。その一つに、伊能小図西日本とよばれる地図の拡大図が展示されていました。
 西日本の測量で通った道が赤い線で描かれ、大きな矢印マークの先を見ると、加東市域の丹波道が描かれていました。清水寺、鴨川、馬瀬、三草、木梨、社、鳥居、貝原、河高、青原、繁昌、中野、笠原・・・と加東郡から加西郡の村の名が書き込まれていました。係の方のお話によれば、加東市域でも丹波道を通っています、ということでした。
 伊能忠敬e史料館(インターネット)で測量行程を調べてみると、丹波道を通ったのは、第7次測量の時、文化8年3月の頃で、6日に社村、本陣福田屋喜左衛門、脇隅屋弥兵衛に、7日に上鴨川村の本陣、庄屋宇左衛門、別宿、百姓喜右衛門宅に宿泊していることがわかりました。コースは淡河から三木、加西を経て、丹波道を社、鴨川を通り、三田へと向かっています。文化8年といえば、西暦1811年ですから206年前。日本に異国船が次々とやってきた頃で、伊能忠敬が66歳の時でした。

 
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播磨国風土記の加東-やしろ歴民研研修会

2017年10月15日 05時35分24秒 | Weblog
 14日(土)、やしろ歴史民俗研究会の研修会が行われ、「播磨国風土記からみた古代の加東」のテーマで、加東市教育委員会の藤原光平氏が講演しました。
 播磨国風土記に書かれた古代の加東市域は、賀毛郡の中にあり、12の里のうち、起勢里、掎鹿里、穂積里、雲潤里の4つの里が記されています。藤原氏は、それぞれの里について、風土記の記述と遺跡の発掘の成果、遺物などと照らし合わせながら、古代の加東の姿を分かり易く話されました。掎鹿里の掎鹿廃寺、穂積里の喜田清水遺跡や木梨北浦遺跡、雲潤里の中心部にあたると推測される河高地区の遺跡群、特に最新の発掘で出土した縄文土器の破片などの成果など興味深いものばかりでした。
 縄文から弥生、古墳、奈良、平安時代と加東市域には古代の遺跡があり、風土記にも記された古代の里が今も地名や伝承、遺物などによって伝えられています。そうした古さにあらためてロマンを感じる研修でした。
 
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秋の農作業風景-昭和30年代

2017年10月14日 04時26分46秒 | Weblog


 私が社保育園の園児だった頃(昭和30年代前半だと思いますが)、そのアルバムに、秋の穫り入れの作業風景の写真がありました。
 弟と稲木(いなき)の上にのぼって遊んでいます。天日干しをした稲を脱穀しているのは、母と母の実家の人たちです。よく覚えていませんが、発動機や脱穀機などを田圃まで運んで行ったのでしょう。脱穀機から出る埃が立ちこめ、首などについてかゆかったように思います。家族親戚総出で農作業を行っていた当時のことを思い出させてくれる写真でした。
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朝の大師殿と桜の古木

2017年10月13日 05時49分41秒 | Weblog
        

        

 朝のウォーキングで持寶院の大師殿(加東市社)にお参りするのが日課になっています。境内には桜の古木が植わっており、毎年春には満開の桜の下で地元の社一区の皆さんが花見を楽しまれます。12日の朝、今にも雨が落ちてきそうな空模様でしたが、古木の幹がわかれるあたりにふと秋を感じました。
 大師殿は加東四国八十八ヶ所霊場の根本道場として大正時代に建てられました。堂内には日本一といわれる木像の大師像があり、お大師様のふくよかなお顔を正面から見上げる形で対面でします。大きな目をじっと見つめながら今日も一日、お大師様の心をわが心として働かせていただきます、ゴーン、と合掌し、朝の清浄な時間を持つことができます。この短い時間が日々の日常の中の聖なる時間になります。
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上中八幡神社境内の紀元二千六百年記念碑

2017年10月12日 05時56分35秒 | Weblog
 

 11日(水)、加東市上中(かみなか)の眼科まで、社から千鳥川に架かる明治橋を渡って川沿いに歩いて行きました。加東消防署前につきあたる手前に公園があります。すべり台などの遊具や公衆トイレも備えられ、川の流れが望める東屋もあるいい公園です。
 この公園は八幡神社の境内で、石鳥居、広場、その奥に玉垣に囲まれた八幡神社の拝殿、本殿があります。
 以前にもこの歴史ブログで、石鳥居(文化13年・1816建立)や拝殿前の石灯籠(天明2年・1782建立)、狛犬(天保12年・1841建立)、百度石(大正15年・1926建立)などを紹介したことがあります。その時にも玉垣の外側に立つ一本の石柱を紹介しましたが、あらためて写真とともに紹介します。
 この石柱は、昭和15年(1940)の紀元2600年を祝って地元上中の青年団が建立したものです。表には、「紀元二千六百年記念」と刻まれており、背面には「昭和十五年十一月十二日」「社町青年団上中支部」と刻まれいます。側面には建立者等の名前が刻まれているようなのですが、判読しにくい状態です。
 今年は紀元(皇紀)2677年にあたります。この記念碑も77歳になりました。当時の青年団員はもう90歳、100歳代になっておられるのでしょう。
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秋の空高く-筋と飛行機

2017年10月11日 05時40分32秒 | Weblog
  

 10月4日(水)の朝、登校見守りに立つ時間帯は秋の空が高く澄み切っていました。地上の飛び出し坊やの影もくっきり。東の空には飛行機雲と電線の直線が描かれていました。飛行機雲のその先をよく見ると飛行機の機体が白く光って静かに進んでいました。カメラの望遠を最大限にしてシャッターを押しました。
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祭りの翌日、体育の日の稲刈り

2017年10月10日 05時55分55秒 | Weblog
 

 9日(月)、今日は体育の日です。秋祭り明けの今日、わが家の田圃の稲刈りをしました。といっても専業農家の隣家の先輩がコンバインを操作し稲を刈ってくれます。私は軽トラに積んだコンテナに籾を積み、隣家の乾燥機まで運ぶのが仕事です。もう一つ、コンバインが入るための隅刈りをやることです。祭り前の雨で水が溜まり、低いところはじゅるくなっていて稲を鎌で刈るのは結構大変でした。
 稲刈りが始まると、いつも白鷺が飛んできて、刈ったあとに跳ね回るカエルや虫を食べます。カラスも飛んできます。広々とした秋の空の下、刈りとられた稲のワラのにおいがたちこめる中で、今年も稲刈りができたという安堵感がわいてきました。田植えがすめば安心し、稲刈りがすむとまた安心する。これでまた一年生きていける。この感覚は、日本人のDNAでしょう。
 今年の田植えは先輩が体調を崩していたので同級生に植えてもらいました。その先輩も「いつまでできるやら」と言いながら、稲刈りには復活しました。秋祭りも終わり、稲刈りも無事済みました。感謝、感謝。
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