風信子(ひやしんす)の☆本の紹介&エッセー☆俳句

濫読・雑読の風信子(ひやしんす)が気の向くままに、お気に入りの本を紹介いたします。

4月23日 今日、紹介するのは『マニュアル不要のパソコン術』 朝日新聞be編集部 です。

2005年04月23日 | ☆ひやしんすの☆好きな本の紹介♪
嬉しいなあ。朝日新聞の土曜日にだけ入るサービス版のbe on Saturdayのパソコン教習の連載記事『マニュアル不要』が新刊書となって出たよ。毎週、せっせと切抜きをして保存しておいたものだよ。

現在は、『てくの生活入門』となって、新たな連載が昨年から引き続き始っているけれど。両方の連載とも非常に分かりやすい記事である。ただ、新書版になっているから図が小さくなって、見易さとしてはどうかな? 明日、さっそく購入してみよう。説明書きに、「最新の情報を取り入れ、パソコン生活を支援します」とあるのは、連載中の記事で古びたものを書き換えてくれているのだなあ。

パソコンの上達は、小さな紹介記事を切り抜いたり、こうした便利な記事を読んで残しておいたり、あるいは決まった雑誌を購入して読みつづけることが大事だと思う。すぐに忘れてしまうものも多いけど、情報の網を張っておくと意外にソコソコ知識が増えていくものだ。

楽しみながら続けるのには、雑誌でつまみ食い的な些細な記事を読んでホホウと感心したり、使ってみたいと興味を覚えることが大事だ。

その点、これは分厚いソフトの本と違って、毎週いろいろな便利なことを教えてくれて楽しかった。
4月23日(土)の『てくの生活入門』の記事は、T市の情報教育アドバイザーとして小学校へ派遣されていたときに、情報担当の先生から、パソコンのなかのホームページ用の写真ファイルが増えすぎて大変なことになっているので、整理して通し№をつけて欲しいといわれて挑戦。偶然に発見して成功したやりかただった。思い出して、ちょっぴり得意な気持になり嬉しかった。

飲み込みはたいして早くない風信子、わからないことも知識が深くないことも、こうしてみたら・・。ああしてみたら・・。と工夫して、試してみるうちに出来てしまうことが多かった。情報教育アドバイザーは小中学校の先生方に放課後研修をすることと、先生方の要望や依頼に応えて、色々なことをやったのだけど、自分自身の勉強になったし、ひょっとして自分には応用能力があるのではないかと凄く自信がついたのであった。

けれど、使わないとどんどん忘れていくのが悲しい。ある程度、使えるようになるのには、それは大変な使いこなしが大切だ。私には、手先の趣味ってないけれど結局これが向いていたのかなあ。

この本(新刊)について知りたい方は、↓のリンクからどうぞ。
『マニュアル不要のパソコン術』 朝日新聞be編集部

ビター(苦味)をちょっぴり 1回目 養老先生を斬る!

2005年04月20日 | ☆エッセー☆ビター(苦味)をちょっぴり
いやあ、大層な題名だけど、『養老先生と遊ぶ』という新潮MOOKの本のなかの
「脱線だらけの人生相談」という人を食った内容の一部を取り上げただけの話だよ。

たくさんの相談者へのお答えは大概においてキビシイ。読んだ人が、身もフタもない答えと思うかさすが名回答と思うか・・・ハテハテ。と編集者もどう思うかは、人それぞれでしょうとのことだといっているけどね。

私はある種、それもそうなのかなあ。と思うのであったが、一つだけ『船酔い』についての講釈は納得できなかったなあ。

というのも、私自身が子供の頃に乗り物酔いの質であったからである。
まず話は、不眠症を訴える人への回答から始るのであるが、
「眠れないという事自体はたいした問題じゃないけど、その眠れないという事が気になっているというのが不眠症の問題なんです。」

「要するに自分の事が気になっているんですよ。こういう人はこれを治してやると、別な事に転移する可能性が高い」

と回答されて、
「船酔いと同じです。訓練すれば船酔いを治すことは出来るんです」
ところがケースによっては乗り物酔いはシフトするから、今まで酔わなかった乗り物酔いになるんだ。揺れに酔うという状況は変わらない。

マ、ケースによってはと断っておられるけども、私の例でいえば、子供の頃は観光バスのような、郊外型のバスに乗ると乗り物酔いしていたけれど通勤で嫌でも毎日、乗らざるを得なくなると、しだいしだいに平気になっていった。その結果、船酔いさへもしなくなったということがありますね。

社内旅行で、皆が気分が悪いというなかで揺れが面白くてたまらないようなところがありました。
ところが、結婚して乗用車にも乗らない生活をおくるようになると、また雨の日の車がどうも気分悪くなったりしてきました。

バスで行くと大丈夫だけども、乗用車で送ってもらうとナンダカ辛い。やっぱり慣れでしょうかね。乗り物酔いの解決は。

しかし、非常に教訓になった回答もなかにはありましたね。
「人生はうっとうしいものなんですよ。避けようとすると面倒になっちゃうの。教訓としては面倒くさい方へ行けということなんです」

なかなか含蓄あるお言葉だと思うのでありました。



4月18日 今日、紹介する本は『メイ牛山の もっと長寿の食卓』メイ牛山 著作です。

2005年04月18日 | ☆ひやしんすの☆好きな本の紹介♪
本が出た当時(2002年)で91才と8ヶ月のメイ牛山さん、最近も、お元気らしい。
2004年の10月には黒柳徹子さんの『徹子の部屋』に出演されていたようだ。

私が食生活を改めようと考えたのは、平成2年のことだった。夫が血液検査を受けて「すい臓ガンの恐れあり」と指摘された。ガーンとなったのも当然。昭和天皇の崩御の原因がすい臓ガンだったからだ。昭和から平成になったばかりで、新聞記事でお馴染になった天皇、重態で「下血」とか、「黄だん」とかが生々しい記憶が残っていた頃だ。誰にも言えずに夫婦ふたりで怯えた日々。もっと精密な検査で一応は大丈夫ということで、3ヶ月おきの検査を続けていくことになった。数年間の検査ののち、検査は半年おきになったのだが。あれから15年かあ~。

薬局でもらった『月刊ヘルシートーク』に載っていた、メイ牛山さんの記事の見出しにくぎづけになった。
「すい臓ガンで余命3ヶ月。私は、夫、牛山清人の病気を自分の作った食事で治しました」
(だいたいこんな見出しだったかなあ~。ちょっと違うかも)
だから、この本が出ているのを見つけたときは即、購入したのでした。

50年前、メイ牛山さん一家は、全員がいつも体調が悪く、常に誰かが病気をしていたそうです。
思い余って、当時、自然食療法で有名な栗山毅一先生(故人)に教えを請うたところ、「毎日、レモンや夏みかんなど酸っぱいものを食べなさい。緑の生野菜を食べなさい」と勧められたそうです。

控えなさいと言われたのは、動物性脂肪。つまりお肉やバターです。
それを守って半年後
「私は体が軽くなったことに気づきました。階段の昇り降りが苦じゃなくなり、物忘れがひどかったのがそれほどでもなくなり、20代の頃のように頭が働き、やる気も出てきました」

ということでしたが、ほかの家族はこっそり外へ出ては豚カツや鰻などを食べていたようです。
そして、夫の牛山清人氏がすい臓ガンで入院したのは77歳のときでした。やせ細って手術しても助かるかどうかは分からないと言われたメイさん、退院して自宅で療養する道を選びました。

自分で作った青汁にレモンをまぜて、お猪口に一杯飲ませる食事。それを1日四回。かんきつ類のジュースも飲ませたそうです。夏みかん、グレープフルーツ、ネーブル。固形物がノドを通らないので、サツマイモをすりおろし、りんごのすりおろしと混ぜて、ハチミツをかけて食べさせる。

そういう工夫をして、だんだんに回復させ94歳まで長生きをさせたそうです。
そこまで厳重でなくても、普段の生活にできるだけ生野菜を取り入れるだけで元気がよみがえってくるんだそうですよ。

他にも、今年は確か95歳の美容家、メイ牛山さんの手を美しく保つ工夫とか、やりたいことが一杯!!
という、元気の元を作り出す食事について色々と納得のアドバイスが書いてあります。

この本について、もっと知りたい方は↓のリンクからどうぞ。
『メイ牛山のもっと長寿の食卓』 メイ牛山 著作

4月16日 今日、紹介する本は『勇魚(いさな)』 C.W.ニコル著作です

2005年04月16日 | ☆ひやしんすの☆好きな本の紹介♪


1995年に日本国籍を得たクライヴ・ウィルアム・ニコルさん。現在は黒姫山の
アファンの森の自然を保護する活動を続けておられます。

勇魚(いさな)とは、鯨のこと。江戸末期、アメリカの捕鯨船は大体749隻。油(オイル)を取るためにだけに捕鯨が盛んでした。僕が捕鯨の歴史を小説に書かないといけないと思ったのはこうした事実を伝えるためだと、ニコルさんは『野生の呼び声』で開高 健さんとの共書で語っています。

だから、アメリカの反捕鯨運動は、反捕鯨ではない。反日本運動であったと。
メディア・マニュピュレーション(マスコミ操作)のエキスパートにより、巧妙にしくまれたものだったらしいです。事実は、アメリカが大量に鯨を殺戮したから数が減ったのだということ。にもかかわらず、日本のせいにされた。そのことを言うニコルさんには、脅迫状がドスンと来たそうです。ニコルさん、とても腹が立った。よし、それならば本当のことを書いてやろうと思った。しかし、その怒りを過ぎると・・・。ニコルさん思った。駄目だ、やはり文学にしなくては・・・。

出来上がった幕末から明治へかけての捕鯨をからめた歴史小説は、是非、映画化して欲しいと思うほどの仕上がりであった。もっと、話題になってもよさそうな大作であると思う。



この本について、もっと詳しく知りたい方は↓のリンクからどうぞ。

『勇魚』 C.W.ニコル 著作

4月14日、今日、紹介する本は『天上の虹 持統天皇物語』 里中満智子 著作です。

2005年04月14日 | ☆ひやしんすの☆好きな本の紹介♪


風信子の通っていた高校は図書館の蔵書数が豊富でおかげで放課後は本を堪能した。
新しい本も沢山、増えていくし、並んでいる背表紙を見ていくだけで幸福感で満ち足りていく。

美しい歌舞伎の名場面集などをのぞいていると、外国へ向いていた気持ちが、次第に日本について知りたいという風に変わっていくのであった。歴史の本も良い本があり古代史に夢中になりました。
けれど、飛鳥や奈良を描いた歴史小説は少なくて・・・続く
 ちょっと、また
夜中に続きを更新したのにアクセスがなんたら~とかで、上書きできなかったね!! 皆、夜中にしか出来ない人が多いと思う。できるだけサービス向上に努めて欲しいヨ。一時過ぎまでかかって文を練っていてUP出来ない悲しさを考慮してよ。抗議のメールが殺到するのもわかるよ。でも、それを、抗議するほうが勘違いしているんじゃないと批判する人もいるし、親切な人は更新する前に、文章をメモ帳でコピーとっておくといいよって教えてくれる。だからアタシもそうしていた。 疲れるわあ。便利なつくりがブログなんだから頑張って!! ネッ♪

ということで続きです。
けれど、飛鳥や奈良を描いた歴史小説は少なくて、素敵なものを読んでみたいなあと思うのでした。黒岩重吾氏などの「天の川の太陽」などで壬申の乱を取り扱った歴史小説はありましたが、男の視点だけで描かれているので、女性が類型的で魅力的でないのでした。たとえば、十市の皇女(とうちのひめみこ)が、夫と父が戦うと聞いてヨヨと泣き伏すとか・・・。まったく旧弊な女性観だ。彼女は、父に内通して封書を川魚の腹に詰めて情報を送ったとか歴史家が書いていたぐらいの女性である。もっと、映画:「間諜X27」の主演女優であるマレーネ・デートリッヒのようなタイプで書くとかするとかサ。フフフ古いけど良い映画だよ。

それから永井通子さんの「穢土荘厳」によって、天平時代が華々しく書き起こされた。待ってました!とアタシは期待した。しかし、さすが吉川英治の愛弟子と世間の評価が高い割には私にはピンとこない作品だった。そりゃ、永井通子先生は歴史小説においては評価の定まった大人サ。しかし、あれだけ魅力的な題材を取り扱いながら、資料を散りばめるのに精一杯って感じは否めない。

読んでいて、良く調べたわねえと思うのだけど、主人公を含め登場人物の性格が画一的だ。繊細な感じがない。映像が立ち上がらない。本当に凄い歴史小説は読んでいて全てが私の脳裏に映像化される。吉川英治にはそれがあった。ああ~。

もう匙を投げた。古代史を取り扱った歴史小説には期待しない!! 
と思ったときに、里中満智子さんの素晴らしいスペクタクル歴史漫画の登場である。ダイナミックで、怒涛のような時代の動きに、数多くのヒロイン達が実に生彩を放つ。そうだ、ダイナミックさにおいて既成の歴史小説は欠けるのだ。血沸き、肉躍るって感じじゃないなあ。俯瞰も足りない。と思い込むのはアタシの勝手でしょう

『天上の虹』1984年末に連載が始まったらしいが、大化の改新の場面あたりから書き下ろされて、現在(2005年)も執筆中であり、既刊が単行本にして19巻まで刊行中という長いもの。やっと、持統天皇の譲位あたりまで筆は進んできて最終章くらいには来ているものの、年に一度、新しい巻が発行されたら御の字という待たれる作品です。

この本について、もっと詳しく知りたい方は↓のリンクからどうぞ。
『天上の虹 持統天皇物語』1~19巻 里中満智子 著作

4月11日 今日、紹介するのは『アメリカ居すわり一人旅』 群ようこ 著作です。

2005年04月12日 | ☆ひやしんすの☆好きな本の紹介♪


無印良品が社会に提供された頃、『午前零時の玄米パン』をデビュー作として作家・群ようこは誕生した。そして次々と話題作を生んでいった。『無印良女(むじるしりょうひん)』を中心とした無印シーリーズの始まりである。私が手に取ったのも、最初は無印シリーズからだったと思う。

1954年生まれの同世代である。しかるに私より若い女性にも人気がある。読みやすく手にとりやすいのであろう。話してみると今の20代でも愛読書だったりする。

本が好きというと、話の取っ掛かりが見つからなくて引っ込み思案にしている若い女性が顔をパッと輝かせて身を乗り出してくる。『ホント、誰が好き?』
そりゃ、長年、生きてりゃその時その時で好きな作家は変化するし、同時進行もありうるのよ。好きな作家は五萬といるわさ。でも、こういうものの言い方をすると、とたんにオドオドした彼女は「そうだね。ごめんね」とそれっきり、気持を引いてしまうのだ。せっかく仲良くなりそうなのに・・・。
こんなとき、「群ようことか好きよ」というと嬉しそうに「そうなんだ。アタシも好き」と笑ってくれる。世代を超えて人気がある作家なのだなあと、アタシはあらためて思うのである。

群ようこの『アメリカ居すわり一人旅』は20歳で日本を飛び出してアメリカを見に行った群さんの物凄い体験記だ。しょっぱなから、入国許可がおりずに強制送還か! というのも、団体ではなくその頃めずらしい個人旅行としていったからなのか。とりあえずは入国管理局へ行きなさいと言われて仰天する。やっと3ヶ月の滞在が認められてみれば、さくら叔母さんの家に泊まる予定だったのに、パリへ行ってしまうというのだ。少ない予算で宿賃を払って、どう三ヶ月を過ごすか。さて、お楽しみ! 彼女の実行力! たくましい、自活旅行は読んでのお楽しみ!!



この本についての詳細は↓のリンクからわかりますよ。
『アメリカ居すわり一人旅』 群ようこ 著作

4月10日 今日、紹介するのは『恋のすれちがい』 呉 善花(お そんふぁ) 著作です。

2005年04月10日 | ☆ひやしんすの☆好きな本の紹介♪


パンソリをテーマにした韓国映画を見たことがある。題名は『風の丘を越えて~西便制(ソピョンチェ)』
(林權澤監督、1993年作品)は、とっても良かった。アタシは映画のなかで流れる歌、パンソリに心惹かれた!

特に、透き通った声でヒロインが歌う沈清(シムチョン)歌には心を奪われた。音楽は知人にいただいた。でも物語歌である沈清の歌詞を読みたくて、古典として岩波文庫ででていないか探したことがある。身も凍るような雪の朝に歌う沈清の曲。日本の演歌はあまり好きではない。でも、恨(はん)の歌パンソリは身に沁みるものがある。

と思っていたら
河合隼雄文化庁長官が韓国文化院でパンソリを鑑賞 という記事をネットで発見。

昨年(2003年)11月、韓国のパンソリと日本の文楽がユネスコ世界無形遺産に登録されたことを記念し、両国の伝統芸術分野の交流拡大を目指し、韓国文化院では日本の文化庁と共同でパンソリと文楽の共同公演を計画しています。今回の訪問はこうした流れを受け実現したものです。

とあり、なんて素敵と思った! そうだ!パンソリは文楽と非常に似合う。どちらもユネスコの世界無形遺産に登録されていたなんて知らなかった。交流で、共同公演ができたら『沈清』物語を文楽を使って表現できるのかもしれないなあ。

ともあれ、パンソリが縁で、呉 善花(お ふぉんふぁ)の本を手に取ったのでありました。
彼女の解説で、映画で繰り返しでてきた「恨」なる言葉の微妙な性格をしった。韓国の男女の交際の様子もわかった。ふう~ん。韓国の男性は日本の男性より非常に紳士的ながら、押しの一手で、かなり強引にアタックするのか。しかもやさしい。しかし、いったん釣り上げた魚(結婚すると)にはエサはいらない、ということであろうか、結婚したとたんに立場は逆転するらしい。

その結果が、「韓国ほど女が男につくす国もないが、また韓国ほど女が男になぐられる国もない」という現状であり、呉さんいわく
「韓国ほど結婚前と結婚後の男の態度が変わる国もない」ということになるのである。

最近は、こうした『古き悪しき伝統! 人前でも、夫が妻を殴る妻は日常茶飯事』という状況は変化しているのだろうか。どうも、美容整形がお見合いのために母親、自分、子供と三世代で行われるというTVのニュースをみると、変わっていないような気がするのだが。

最近の「よん」さまブームを見ていて、フワフワとして憧れの眼差しをみせる日本の老若女性に、あのう、表面だけみないでよといいたくなるなあ。「よん」さま、ちーとも好みではないわあ~。でも、韓国映画は面白いけどね。

かくも醒めたアタシの性格は昔っから。中学の頃に世を席巻したグループサウンズのテンプターズのショーケンがどうたら、タイガースのジュリーがどうした。という話題には全く盛り上がれなくて浮いていたアタシ。現実の人には憧れず、歴史のなかに登場する人物に恋をしていたのでした。

パンソリについては、↓のホームページに詳しいです。映画「風の丘を越えて~西便制(ソピョンチェ)」についても写真や解説がみれますよ。
韓国の伝統芸術 「パンソリ」

この本のことをもっと知りたい方は、↓のリンクからどうぞ♪
『恋のすれちがい』 呉 善花 (お そんふぁ) 著

4月8日 今日、紹介する本は『指揮のおけいこ』 岩城宏之 著作です。

2005年04月08日 | ☆ひやしんすの☆好きな本の紹介♪


マエストロ岩城さん、どこかのホールで舞台に一歩踏み出したとき、右腕をムンズと掴まれて、引き戻されたらしい。「何するんだヨ?!」 驚くマエストロ岩城さんに、ステージマネージャーが言った。「マエストロ。コ、これは困るんでサー」

あはは、驚いたことにマエストロ岩城さんは、ヘアブラシを掴んで出て行こうとしていたんだって!
ヘアブラシをもぎ取られて、そのまんま指揮棒なしで一曲目を指揮したんだそうな!

どうも、今から演奏する曲を髪を梳かしながらも頭の中でさらっていたらしい。ついには櫛を指揮棒のかわりに振っていたのかも。そして、持ち出したってわけだ。

かくもゆかいなお話が続くから、指揮者のエッセイは読みたくなる。文章上手は芥川也寸志さんも名文家だったなあ。

女性で、指揮者として現在、本物の恒常的な活動を続けているのは、松尾葉子さんひとりである。とマエストロ岩城さんが書いている。オオ、松尾葉子さん!! 

平成12年の12月16日に高槻市コンサート協会の主催で、ベートーベン作曲・合唱『第九』の演奏会があった。アタシはソプラノで参加した。そのときに指揮をしたのが、松尾葉子さんではないか。演奏は、関西フィルハーモニー管弦楽団だった。1982年フランスのブザンソン指揮者コンクールで、女性としては史上初めて、また日本人としては小澤征爾に次いで二人目の優勝という壮挙により、一躍注目を集めた才媛であるそうな。とても自信に満ち溢れた、力強い指揮ぶりであり、すっかり安心して気持をゆだねられた。懐かしーい。

この本について、もっと知りたい方は↓のアドレスからどうぞ♪
『指揮のおけいこ』 岩城宏之 著

4月6日 今日、紹介する本は『武士の娘』杉本鉞子 著作です

2005年04月06日 | ☆ひやしんすの☆好きな本の紹介♪


雪深い、越後長岡藩に彼女は生まれた。生まれた時、へその緒が首の周りに巻き付いていた。当時の人は、このことを仏様に特別の思し召しを受けていると解釈したようである。『ヱツ坊』は、尼にして仏様に差し上げる。杉田家の女たち、祖母や母はそう決めていた。

かくして、6歳の歳に菩提寺の僧が勉学の師匠として家に通ってくることになった。『ヱツ坊』はいそいそとしてこの勉学にいそしんだ。わからないなりに漢籍の勉強が始められた。

彼女は師匠のことを、こう語っている。
「後になってこのお方は、真の信仰を持つ人はまた同時に革新的な心情の持ち主でもあることを身を以って証明されました。と申しますのは、このお方は、仏教とキリスト教とを結びつけた新しい教義を主張されたため、本山から破門されたのでした」

父は、偶然か故意か、寛い心の僧侶を私の師匠に選んでくださったのだと言っている。このことは彼女自身が、成長してから日本という伝統社会とアメリカという文明社会で二つの世界を生きながら、両方の長所短所を理解し、自分を解放していこうと考えていたことを示す良い例だ。

尼になるはずが、どうしたことか不問に付されて、アメリカへ渡っていた兄の知人と結婚することになった。婚約した。相手が長期間アメリカから戻れないことがわかり、家族会議の結果、東京の親戚へ預けられて、宣教師の経営する学校で勉強することになった。

とまどいは多かったが、「質問することは進歩の第一歩である」と悟るようになったとある。固くむすぼれていた精神がだんだんに解放されていく驚き。歓喜、心のときめき。

やがて渡米。夫との新婚生活をおくりながら、彼女は、アメリカへの思い込みや誤解があったことを知る。女の人が結婚を申し込むんでしょう。どうして自分で選んでおいて離婚が多いの。

なぜ、寄付やバザーでわずかな家庭用品を買うのに夫の許可がいったり、夫にお金を管理されていて上手にお金をおねだりしないと駄目なの。なんて恥ずかしい立場なんでしょう。日本では妻は自ら判断して一家の支出を司っているのに。婦人が自由で優勢な、このアメリカで、威厳も教養もあり、一家の主婦であり、母である婦人が・・・。







この本について知りたい方は、↓のリンクからどうぞ。
『武士の娘』 杉本鉞子 著

4月4日 今日、紹介する本は『嫁してインドに生きる』 タゴール暎子 著作 です。

2005年04月04日 | ☆ひやしんすの☆好きな本の紹介♪


ちょっと前、スイス人と結婚してスイスで暮らしている人のブログ日記を面白く読んだ。他のことで検索をしていたら、その女性の日記が引っかかってきたのである。ちょっと気になって読んでみた。イタリア系の夫さんは、イタリア語、ドイツ語、中国語、英語ができたらしい。彼女は英語がしゃべれた。幼いときから外国人と結婚すると固く決心していて、スイス人と結婚することによって目的を果たしたのであり、英語はそれこそ夢中になって勉強したのだそうだ。凄い。色々な人がいるんだなあ。

イタリア系なので、スパゲッティ料理を作るとやさしい彼がこればかりは『どうして、スパゲティを盛る前にお皿を熱く温めておかないの。これは美味しく食べる基本だよ』とそりゃうるさかったようだ。

お気に入りに登録していなかったので再び読もうとしても検索にピッタリと重ならないのが悲しい。驚くべきことに、似たような内容のブログ日記はたくさんあるのである。

国際結婚の体験談はどこの国の人との結婚談でも面白い。ましてやインドで、それもノーベル文学賞に縁(ゆかり)のタゴール家に嫁ぐとあれば面白そうである。私は、タゴール暎子さんの本、『嫁してインドに生きる』を文庫で見つけると、すぐに買った。今回、ブログで紹介しようと題名を入力したら、アハハ間違って漢字を読んでいたよ。嫁(か)して、なんだなあ。嫁(と)してだと思っていたわ。あさはか。  

結婚は1958年の終戦後すぐだから、大家族主義の暮らしは昔どうりではないかもしれないが、読んでいてインドの暮らしを垣間見る楽しさがあった。

インドの人が金や宝石を身につけるのは、魔よけの他に医学療法としてかなっているという。金を肌身につけると高血圧やリュウマチの効くのだそうだ。

人が亡くなるとガンジス川で荼毘。
ここ近畿でも近親者が薪のうえに亡骸を乗せ、火葬したという。どうして田舎のように土葬でなかったのだろうか。母方の祖父が小さい時に近畿で過ごしていて、それを体験したと昔、直に話を聞いた。焼けた亡骸が筋(すじ)がちぢんでくるからだろうか、遺体の半身が起き上がってくるらしい。恐い話だった。

インドでは身内の遺体を荼毘にふすのは男子の役割だそうだ。本によると一体が灰に帰するまでは4、5時間くらいかかる。その間、頭蓋骨が音をたてて割れるのだが、ヒンドゥー教では、魂は頭にこもり、割れてはじめて昇天すると信じられている。とあった。音をたてて割れる・・・。凄い話である。

最後にひとこと。T市で昭和60年国勢調査票の点検作業という仕事をした。細かい作業で記入漏れや勘違いがないか見ていく仕事である。かなりの人数で、配布後に戻ってきた市民の調査票を手分けして見ていくのである。タゴール○○という一家の票があった。ふとインドのタゴールさんの親戚かなあなどと考えたが、まさかなあと思った。
あらためて本のあとがきを見て驚いた。
1984年初夏 大阪高槻の寓居にて、タゴール暎子  とあった。世間は狭し。




4月2日  今日、紹介する本は『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』 遥 洋子著作です。

2005年04月02日 | ☆ひやしんすの☆好きな本の紹介♪


ジェンダーについては何も知らない。無知である。2001年にT市の情報発信のための編集講座を受講したときに初めて聞いた言葉だ。講師のHaneko先生が解説してくれた言葉なのだ。だが、一筋縄でいく言葉ではなかった。この言葉は女らしさと言う言葉の対極にあるものなのだが、学ぶには、おどろおどろしすぎた。私の性格がシャイであるせいもある。この性格がまた問題ありとみなされそうである。トホホ・・・。

だがしかし、私の性格はもちろん男女平等論である。
アアーしかし、女というものは体裁を繕う。あるいは、古くからの常識というものをシッカリと身に躾られておりますると口吻で物をしゃべる方が多い。特に、この近畿では。

私の同年輩の女性たちはこういう風に話すのである。キチントした正社員の身分であり、高給を取っているのにもかかわらず。
「でも、やっぱり最終的には夫の判断にしたがうわ。お父ちゃんに任せておけば間違いないものねえ。絶対にね。なんやかんやといっても男やしねえ」
オヤオヤ。なんだか鼻高々である。アタシって古風で、見かけによらず奥ゆかしくナンテ良識的でしょうとひけらかしているようである。そして賛成といいあう女性たちは、「やっぱり男の判断に間違いないわよねえ」と笑いさざめくのであった。アタシは一人で鼻白んでいた。アァ~、男女平等について度々、会社の研修を受けているこの人々なのにねえ。

だけど、「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」の本にはびっくりした。ウーム。私なんぞ、メッタメッタ切りである。アホの見本と思われかねない。

遥洋子は、フェミニズムという学問の最先端を、ダンボール3箱分の文献を1年で読むというハードなスケジュールのなか、学ぶ。そして私に学ぶということのエッセンスを味あわせてくれた。そういう時間を取った彼女はナント幸福なのだろう。積読主義の私には、これからもフェミニズムの膨大な資料を読むことはないだろう。けれど、その滴(しずく)をゴクンと飲み込めて幸せな気分にさせてくれたのであった。アー、学生したいなあ。勉強したい。昔、そんなこと思ったかしらん?



4月1日 今日、紹介する本は『血脈』 佐藤愛子 著作 です。

2005年04月01日 | ☆ひやしんすの☆好きな本の紹介♪


今晩は、突然の思いがけないことがあって読書日記も中断して、オオ・・・。なんと、もう4月。入院した身内(6才しか違わない母方の叔母)を案じる物憂い気持が、すっかりと意欲を失わせてしまっていたのだと今になって気がつきます。それほどの情を感じるのも、幼い頃にたっぷりとその女が情を掛けてくれていたからなのです。

とはいえ、相手(叔母)にも家庭があり家族も、嫁いだとはいえ娘たちもいれば、不安を感じているだけです。果たして病院の手配は大丈夫かなとか、口に出せるはずもなく医療は都会のほうが良いのではないかななどと、心配するばかり。今は回復に向かっているのを嬉しく思っています。目を掛けられて、微笑みを向けてくれて、孤独な子供時代のオアシスであった母の実家。

2月末からは、こちらも夫の入院とヘルニア手術。流行のディンクスではないけれど、子供のいない共稼ぎの夫婦の一方が病気をすれば、並ならぬ孤独を感じます。田舎の身内は遠くて誰もくることはかなわず、病院帰りに一人で夜の街に電車を降りれば、つい本屋へ寄って、深夜の息抜きに本を求めたくなるのでした。

思えばPCの勉強ばかりに明け暮れて、小説を手に取る余裕のなかった昨今でした。なんだかストレスと戦うようにというか、息抜きといっては文庫本や雑誌を手当たりしだいに買いこんでは家路につくのが日課になってしまっていたよ。

今日、紹介する本『血脈』 佐藤愛子著はその中でも、分厚い本です。8百円×3冊は読み応えあるけれど、文庫になるのを待っていた本。
孤独な気持で、孤独な作中人物の生と死を読んでいきました。
佐藤紅緑とサトウハチローの2人ともハチャメチャナ人生を送った親子作家を、佐藤愛子が出版社から届けられる膨大な資料を読み解きながら、あたかも歴史小説のように、家庭騒動を俯瞰して綴っていきます。愛子さん、マダ生まれていないときから始まっている話を、このときはハチローはこんな気持だったんだ、義理の母のシナはこう思って不甲斐なかったんだと、忖度する。そして、自身の愛子も正直に描かれる。実に面白い。

しかし、私が身につまされたのは愛子さんの姉の早苗の変化だった。生活費をギリギリしか渡さない夫にひたすらつくし、ミシンを踏んで暮らしを立てた姉、早苗。夫と子供に好きなおかずを譲って、それを喜んでいた早苗。突然に変異して利己主義者になってしまった。35年目の夫への反乱である。ソコを読んだ時に、ハラリと解けた気持がした。そうなのか、人は夫の横暴を我慢して耐えて生きていくと、あるときから反乱するのか。田舎の身内(母)もそうであった。良き夫と他人からは羨ましがられても、納得いかないやり口で人生を曲げられた悔しさは耐えがたいものであったのだろう。

身内(母)は流産して、会社に出社してみると、夫から退職願いが出ていたのであった・・・。もう覆すことは出来ないと人事に言われたときの無念さ。無断でしたことも、お前の健康を考えた結果だと言われておしまい。我慢したことは、人生の最終章で取り戻そうとされるものらしい。