北京・胡同窯変

北京。胡同歩きが楽しい。このブログは胡同のあんな事こんな事を拙文と写真で気ままに綴る胡同お散歩日記です。本日も歩きます。

第143回 通州・西順城街(その四) 「 秧歌(yangge)」と中倉社区の11の胡同

2017-05-20 11:28:58 | 通州・胡同散歩
前回の結びは、

「椅子の人」に別れを告げて、路地を出ると、右手にあったはずの数軒のお店が
なくなっているのに改めて気付づいた次第。

ということなのですが、まずは次の写真(前回分の再掲ですが)を。



向かって右側の一番手前の建物、この建物の窓の下に赤い看板らしきものがありますが、この看板に
書かれているのは「博古軒」という骨董屋さんの店名で、このお店は4年前にもありました。



その隣は本屋さんで、文房具なども扱っているお店。





この本屋さんの4年前のお姿をご覧ください。


マックとケンタが合体したような、あまりに楽しすぎるお店でした。
中国語に馴染み薄の方のために・・・「マクドナルド」は中国語で「麦当劳(maidanglao)」、
「ケンタッキー」は「肯徳基(kendeji)」。

角を曲がると、赤と黄の組み合わせがそれなりに今風の装飾。



4年前の姿をご堪能いただければ幸いです。



こちらもハンバーガーやフライドポテトなどを提供するお店だったのです。



そして、その隣のお店の4年前の姿。


貼られたイケメンのポスターが場末のホストクラブを髣髴とさせ、営業内容とのあまりの落差が
微笑ましい、その名もロマン溢れる「茶物語」。

そこは、やはりハンバーガーやフライドポテトなどを供するお店。
「いったい、どんな客がここを訪れるの?」
そんな興味も当時あったのですが、一度も訪れなかったことが今からすれば悔やまれてしかた
ありません。

写真では分かりづらいかも知れませんが、4年後の現在は「佳運文具」「晨光文具」という看板の
掲げられた文具店になっています。なお、この「晨光文具」という看板には後ほど再びご登場ねが
いますので、乞うご期待。



さて、以上4年前にハンバーガーなどを売っていたお店をご紹介しましたが、お次は西順城街の通りを
はさんだ南側にある学校をご紹介。

上のお店の南側には、坂道。
ここは立地条件から関係車両しか入ってきませんので、生徒たちにとって安全といえば安全な場所
なのです。



この坂を下りきると、右手に立派な校門。







「東方小学」の前は「通州区第六中学」。



学校見学は現在、関係者以外の立ち入りは厳しくなっていますが、当日は警備員さんのご厚意で、
少しですが中に入ることが出来ました。ほんの一部ですが、ご覧ください。

校舎。



グランド。





つぶやき・・・先の「東方小学」や通州区六中の生徒の中には、4年前にはあったお店で、
楽しい買い食いをした生徒もいたに違いない。



警備員さんにお礼をいって、再び西順城街へ。
この辺りから胡同の中を歩いていた時とは雰囲気がずいぶん変わります。



左側はアパートで、その一階は貸し店舗になっています。
右側は、「中倉社区」「中倉小区」と呼ばれる巨大なアパート群。このアパート群は、西順城街に沿っ
て西側と北側にのびる「中倉路」に沿って広がっていますが、いくつもの胡同を取り壊した跡地に建て
られたもの。昔、この地にあった胡同については後ほどご紹介いたします。



左手のアパート一階の貸し店舗は現在借り手がいないようで、ほとんど空室。



次の写真は「中倉社区」が、西順城街と「中倉路」とに分かれる角地。



右から(ここは写真では小さくて見えませんが)「超市」すなわちスーパーマーケット、薬屋、本屋と
お店が並んでいます。

4年前。



角には先にご紹介した「晨光文具」がありました。

現在、スーパーの隣は薬屋さんですが、



写真は省略ですが、4年前は、ありませんでした。

そして、「希望の弦」という名の本屋さん。



このお店、4年前は通りの反対側の、現在は借り手のいないアパート一階にあったのです。
おそらく家賃の値上がりによって現在の場所に移ったのでは、と考えられます。



当時、店頭には若い男の子や女の子向けの雑誌が置かれていました。



でも、現在のお店のウインドウに飾られているのは、幼い男の子や女の子向けのもの。


オジさんやオバさんが買っても、もちろん問題はありません。



お店入口脇には、女の子が欲しがりそうなものが溢れています。



さらに西順城街を歩きます。



スーパーがありました。



「北京大運河超市」。
お店はこじんまりとしていますが、名前はでっかいのです。



窓のガラス越しに飾られた商品をご覧ください。









店内を拝見。


店員さんが「没有(メイヨウ)」としか言わなかった時代の中国とは違い、所狭しと商品が並んでいます。
今の中国の縮図を見るようです。

私の好きなパイナップル。



店員さんはテレビを観ながら店番してました。



スーパーの斜め前には、中華レストラン。



店構えはおとなしいですが、このお店は4年前にはすでにあり、一時の流行に左右されない実力派かも。



先ほどのスーパーを過ぎると、ホテル。



「記憶にないなぁ、このホテル。」

そんなことは、さておいて、ホテルの名前は「東方之珠国際温泉酒店」。



金ピカな飾り付け。







ここは「酒店」、つまりホテルであることに間違いはないのですが、宿泊中心というより、
のんびりと温泉に浸かってから、食事を楽しんだりする娯楽施設といってよく、先にご紹介
した金ピカの飾り付けも、このホテルが非日常性、娯楽性を優先していることが分かります。
温泉、そこは憂き世(浮き世)の垢を綺麗さっぱり洗い流す場所。天使たちに俗世間からの
離脱への願いが込められているかのようです。

そして私が驚いたのは、玄関周り。



玄関脇にでっかい「泰山石敢当」。
この大きさのものは、はじめて見たような気がします。



この温泉ホテル、ひょっとして邪悪なものを完全にシャットアウトした聖なる場所なのかも。
ちなみに、私の経験範囲では温泉は水着着用てす。

金ピカの天使たちや「泰山石敢当」に見送られながら、さらに前身。





私の前を横切っているのは、ダック店やお粥屋さん、刀削麺や喫茶店、ホテルや郵便局に銀行などが
軒を連ねる「車站路」という商店街。



さて、ここまでが「西順城街」ですが、向かい側の公園からかすかに楽しげな音楽が
聞こえてきます。行ってみると、北方農村に伝わる田植え踊り「秧歌(yangge)」の真っ最中。


動画も撮っておいたのですが、当ブログではご覧いただけないのが残念です。



オヤジのつぶやき・・・北京の前門あたりで、この「秧歌」やらないかなぁ。チャルメラと太鼓の
音に合わせて、ガンガンねり歩いてほしいゾ!! しかも、プロの踊り手がやるんじゃあなくて、
素人の愛好家たちにやってほしい。1990年代の北京の東単なんかでもチャルメラと太鼓の音に
合わせて愛好家さんたちがねり歩いていたのを見かけたものです。

前門と踊りの取り合わせで思い出した。以前、前門で「阿波踊り」を踊るという企画があった。
奥さんも参加が決定していたのに、ちょっとした問題があってお流れになってしまった。その後、
あの計画はどこへ行ったの?

世界中の踊りが北京・前門に集結。
題して、ちょっと微妙ですが、『みんなで踊れば怖くないゾ in前門!!』。



さてさて、つぶやきはこの辺にして、かつて中倉社区(小区とも)にあった胡同名をご紹介。

まずは、次の清・光緒時代の通州城の地図(複製)。



オレンジ色が「西順城街」、左の水色部分が「車站路」。「車站路」から右に延びているのは
「西大街」という通りの一部、その右端から下がっているのは「中倉路」という通り。

これら4本の通りに囲まれているのが中倉社区(正確にはこんな長方形はしていませんが)。
ここには現在35棟ほどのアパートが建っていますが、かつては11本の胡同がありました。

次の写真は西順城街西側の出入口、その左側一帯に11本の胡同が広がっていたのです。



今回は、それら11本の胡同名のご紹介をもって当記事の結びとさせていただきます。

中倉胡同・・・・1992年取り壊し。
大焼酒胡同・・・1991年取り壊し。
中焼酒胡同・・・1991年取り壊し。
小焼酒胡同・・・1986年取り壊し。
華厳寺胡同・・・1991年取り壊し。
倪家胡同・・・・1991年取り壊し。
西麦芋胡同・・・1986年取り壊し。
東麦芋胡同・・・1991年取り壊し。
神路街・・・・・1991年取り壊し。
前板井・・・・・1991年取り壊し。
後板井・・・・・1991年取り壊し。



 
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