北京・胡同窯変

北京。胡同歩きが楽しい。このブログは胡同のあんな事こんな事を拙文と写真で気ままに綴る胡同お散歩日記です。本日も歩きます。

第115回 通州・頭条胡同(その五) 影壁と“鳩の家”

2016-11-08 10:25:49 | 通州・胡同散歩
この胡同に人が住み始めたのは明末以降。その時の名前は「草廠胡同」。「草廠」は、
明の駐屯部隊に燃料を提供するため、ここに燃料用草木の集積場のあったことに由来
しています。

明末に「草廠」がなくなり、人が住み始めますが、時代が下り、清の初めに居住
者が次第に増加。その結果この胡同を含め、北側から南側へかけて大小三本の胡同
が形成されました。北から「草廠頭条胡同」「草廠二条胡同」「草廠三条胡同」が、
その時の名前。そして中華民国期の1913年前後「頭条胡同」「南二条」「南三条」
と改名され、現在まで続いています。

なお、先にご紹介した「草廠」が設けられる以前、ここには運河で運ばれて来た
物資用の倉(東倉)が置かれていたそうです。


前回ご紹介した花飾りのあるお宅斜め前に「あれっ」と思わせられるお宅がありました。
門墩があり、しかも、なんと石段の両脇には上馬石を想い起こさせるような石まで置いて
あるではありませんか。





痛々しくも獅子の顔が削り取られた箱型有獅子門墩。



この界隈の住宅では影壁はほとんど見かけませんが、宅門の中を見ると影壁がありました。
しかもアラビア語が書かれています。



「廂房」すなわち「正房」(日本語で母屋・上房、主房とも)の左右の部屋の側壁を利用して
しつらえられた影壁を跨山(式)影壁と呼びますが、この影壁も跨山式の仲間と言って良いか
もしれません。





よく整頓された中庭。



凝った色使い。





影壁としてよく知られているのは、他の家屋から独立したものではないかと思われます。
「独立(式)影壁」。撮影は、北京の胡同。



胡同や四合院関係の本を見ますと、影壁には他に次のようなものもあり、ここで簡単にご紹介。

「二門」(宅門の次の門)を入ると目前においてある屏風のようなもので、木製が多いようです。


(『京城民居宅院 鄭希成鋼筆白描画集』学苑出版社刊より、一部を拝借。)

上にご紹介した「跨山式影壁」「独立式影壁」などはすべて宅門の内部に設置された影壁ですが、
宅門の外部に置かれている場合もあります。

「“一”字形」。
宅門の対面に置かれているもの。


(北京の胡同で撮影。)

次の写真は、北京の「法源寺」の山門前にある「“一”字形」。


(その大きさ、豪華さで有名なのは、北京の北海公園の「九龍壁」。)

なお、「一字形」影壁に似ているものに「“八”字形」というものもあり、やはり宅門の対面に
置かれているのですが、「“一”字形」の両側が内側に少し折れ、『〔・きつこうカッコ』のよ
うな形をしています。北京の孔子廟(「北京孔廟」)の前のものをご覧になった方は多いのではな
いでしょうか。

他に、次の二つのものを影壁とする場合もあるようなので、やはりご参考までに挙げておきます。

1つは、「垂花門」の両側の壁で、「看面墙」と呼ぶのだそうです。
もう1つは、次の写真に見られるような宅門両脇の内側にやや折れた壁。
「撇山影壁(pieshanyingbi)」。「撇山」は日本語で「へつざん」。
この形のものを「燕翅影壁」とも。なお、この壁は俗に「撇子墙(pieziqiang)」と
呼ぶそうです。


(写真は、北京の「文天祥祠」。)


(北京の胡同で見かけたもの。)


(このお宅は次回ご紹介予定の「南二条胡同」。)

以上六種類の「影壁」をご紹介しましたが、あくまでも1つの参考例としてあげて
います。出来ればご自身で胡同を歩き、さらに四合院や胡同関係の本に当たってみ
ることをお薦めいたします。ご自分なりの「影壁」を発見するかもしれません。

話は変わりますが、上にご紹介したお宅の影壁にはアラビア語がまるで絵のように
描かれ、独特の美しさを湛えていました。アラビア書道にご興味をお持ちの方は次
の記事をご覧ください。アラビア語は、北京に住む回民の方たちに関係の深い文字。
回民の方たちを理解するための一助ともなれば幸いです。

『アラビア書道を語る-朝日新聞GLOBE』
globe.asahi.com/feature/120108/02_1.html
『書体-日本アラビア書道協会HP』
alqalam.jp/shotai.htm
お手数をおかけしますが、次の記事は、コピペのうえ、検索してください。
『「文字の美しさを極限まで追求した芸術です」アラビア書道家・本田孝一』


アラビア語の書かれた影壁のお宅の前から、前進方向。



左に改修中のお宅。





中を拝見すると・・・



ご覧のように洋式トイレが設置されています。

後日、再び訪問すると・・・



清潔な白の窓枠。


トイレの顛末を見届けたいと気になっていたのですが、残念なことに中を確認することは
出来ませんでした。

対面のお宅も改修中。




後日、再び訪問。




右側に門墩。





門墩としての基本的な機能は果たしていないのですが、にも関わらず置いてあるところに
住民の方の門墩に対するこだわりが感じられます。






彫られた図柄を調べてみたのですが、削り取られているため、何が描かれているのかよく
分かりません。二匹の猿に松の木、そして左側の猿の上方に蜂がいるように私には見える
のですが。岩本公夫さんのWEB版「中国の門墩 」をもとに敢えて書けば「昇進の願い」を
表す吉祥図「封侯掛印」の図か?



タイル貼りの玄関まわり。この界隈の胡同の何箇所かで見かけるのですが、一時の流行であった
らしく、最近改修や新築された建物では見かけない意匠。



胡同内の建物の意匠にも流行り廃りがあるようです。言うまでもなくその流行り廃りには人心の変
化を含め時代状況の移り変わりが反映されているので、反映している時代状況がどのようなものか
を考えながら胡同を歩くのも、胡同歩きの楽しみの一つになっています。

斜め前に胡同植物園。











アルファベットの「Y」を想い起こさせるような、手作り感たっぷりの取っ手・把手。



胡同を歩くようになってから、このような道具たちと向き合う機会が多くなり、このような道具
たちの誕生した場所・生まれ故郷を訪れてみたいと思うようになりました。

さらに歩くと左側の物置の中に生き物の気配。



ペットのウサギ。



さらに歩きます。





あと少しでこの胡同の東端です。







やはり本来の機能を果たしていない門墩がありました。









いよいよこの胡同の東端が近付いてきました。



左上に鳩小屋。







人が鳩小屋に入ろうとしています。



水をやっています。



この角を曲がって少し行くと、前にご紹介した「白将軍胡同」。





鳩小屋から出た飼い主さんが、鳩たちの様子を眺めています。







鳩小屋のところに戻って鳩たちを眺めていると、飼い主さんに突然声をかけられ
ました。



こちらが気押されてしまうような声で「どこから来たんですか!!」。
「日本から・・・」
やっとのことで応え、続けて訊かれもしないのに胡同を見て歩いていることを告げると、
飼い主さん、頭を縦に一回振ったかと思うと、近くにあった腰掛けのところに行き、腰掛
けを手で勢いよくポンと叩くではありませんか。どうやら「ここにお座りなさい」という
ことのようです。

そこで遠慮なく腰を掛けたのですが、飼い主さん、何を思ったか突然ご自宅の中に姿を
消してしまいました。



仕方がないのでしばし鳩たちを眺めていると、飼い主さん、今度は手に茶葉の入ったグラスを
持って現れました。お茶をご馳走してくれるというわけです。

魔法瓶からグラスになみなみと注がれたお湯の熱かったこと熱かったこと。飼い主さんは急須
の口からその熱いお茶を平然と飲んでいました。



鳩たちを見守る飼い主さん。



飼い主さんのお名前はDさん。年齢62歳。



趣味はもちろん鳩の養育。お訊きすると飼っている伝書鳩の数は30羽だそうです。



無口でちょっと見ると頑固そうで「こわもて」のDさん。でも、鳩たちに寄せる愛情には、
クルマ除けとして置かれたこの倒木のような揺るぎないものが一本貫いているようで、鳩
たちに注ぐ眼差しには優しく穏やかな光が宿っていました。



午後3時半ごろから4時ごろの間にこの界隈の胡同を訪れた人は、上空に鳩笛の音を聞くで
しょう。見上げた瞳に映るのはDさんの30羽の鳩たちなのです。




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