ゴミ拾いに挑戦してて、休み中だったけど再開しました

いつの間にか浜がゴミの山に。自分自身の健康のためにもゴミ拾いを始めました。引っ越し先から戻ってきてゴミ拾い再開しました。

今年のノラボウナ

2016-12-06 15:20:19 | 伯方島・大三島

今年のノラボウナです。

手前の大きな株は、今年の春のノラボウナのこぼれ種から勝手に芽が出て育ちました。
鳴門金時のツルの間で負けそうになりながらも頑張ってきました。
(抜かずにおいてありました)
夏を過ぎ秋が来て鳴門金時は芋が出来てお役御免で抜かれました。
残ったのがこの手前の大きなノラボウナの株です。
今からこんな大きな株になっちゃって春までどうするんだろう???



奥に見える小さな株は
これも10月頃から急に出てきたこぼれ種から育ったノラボウナです。



今年はほとんどこぼれ種です。







ホームセンターで買ってきて植えたソラマメが
病気になったみたいです。
ウイルス性の病気かなぁ。
もうこの苗は諦めて引っこ抜かなければならないのかなぁ。
害虫かも知れないのでオルトランを撒いてみました。
葉っぱが変になってるところだけ取り除いて病気が広がっていくか様子を見てみることにします。


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昭和南海地震70周年フォーラム

2016-12-06 15:14:54 | 徳島県
11月19日(土)
隣町の徳島県牟岐町で昭和南海地震70周年フォーラムが徳島県の主催で開催されました。




「武士の家計簿」を書かれた歴史学者の磯田道史さんの記念講演がありました。
私は磯田さんの事は全然知らなかったのですが、ダンナがファンでした。
田舎の講演にしては申し込みが少々面倒くさくて行きたい人が当日気軽に行けるものではなかったのですが
それはダンナが私の分も申し込んでくれたのでした。
ネットで申し込んで、入場整理券みたいなのを印刷して持っていかないと入場できないみたいな感じなのでした。
ダンナに感謝です。


磯田さんは牟岐町にかかわりのある方なのでした。
磯田さんのお母様が幼いころに牟岐町にあずけられていて昭和南海地震津波を経験されていたのです。
磯田さんのお話はさすがに上手で最後まで飽きさせず興味を引くものでした。
磯田さん自身が本当によく研究なさっていて、この昭和南海地震の事をよく知っておいでなのも分かりました。
それもそのはず、知らなかったのですが
「天災から日本史を読みなおす」という本も書いておられたのでした。
な~~んも知らんと講演に行っていました。恥
その著書の中に牟岐町の事も書かれているんですね。


「南海道地震津波の記録 海が吠えた日」を書いた「牟岐町南海道地震津波の記録を残す会」会長の中山清さんの話や
嫁ぎ先の蔵に埋もれていた16~19世紀の地元の地震や津波の様子を伝える記録「震潮記」を
独学で現代語訳した田井晴代さん(凄い!!!!)の話も聞けて
中身の濃いフォーラムだったと思いました。

何の関心もなかったけれど、ダンナのお蔭で、とても興味深いフォーラムに行くことが出来たのでした。
いつ来るかわからない津波の為に何が出来るんだ出来るはずがない
と醒めた目で見ていたところが私にはありましたが「心がけ」こそが大事なのだと思いました。

徳島県海部郡の海岸には地震発生から5分で津波が来るとの事。
地震が長く続く事も考えられるので、地震がおさまる前に既に高台に避難し始めないと間に合わない
津波が川をさかのぼるとスピードは3倍にもなる
高台に近道でも川の方には絶対逃げない
等々
実際に避難するときに必要な知識も得られました。
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足摺岬を散策

2016-11-29 21:09:11 | お遍路
11月22日(火)

昨日とは大違いの良いお天気でした!!
青い空、青い海です。


金剛福寺
早速、納経に行きました。





ジョン万次郎の銅像
後ろに見える塔は金剛福寺の多宝塔です。






足摺岬の灯台





とうとうやって来ました、足摺岬。
お天気予報の中継でしか見たことなかったけど本物が見られましたよ。





天狗の鼻




灯台の下まで行ってみました。



椿の花が何輪か咲いていました。
花が咲くころには椿の花のトンネルになるのだそうです。




足摺七不思議のひとつ
潮の満干手水鉢





さらに遊歩道をどんどん進むと
白山洞門




穴が開いているんです。




浜からでは近すぎて広角レンズでないと入りきりません。
なので、こっちを↓


白山洞門



昨日雨風の中を30㎞も歩いて疲れたので、この日は足摺岬を散策しただけで帰る!!事にしました。
散策と言っても結局、山道の遊歩道をかなり歩き回りましたが。
話し合いの結果
1日30㎞はやめよう
最高1日25㎞ね
無理はやめよう
雨の日に必死に歩くのはやめよう
と言う事に決まりました。


この次は来年になりそうです。
その頃は椿が咲いているでしょうか。



天狗の鼻に行く途中で
アサギマダラがいました。
ここで越冬するのかな?
それとも、まだまだ南下していうのかな?




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足摺岬に到達する

2016-11-29 10:44:11 | お遍路
11月21日(月)22日(火)とお遍路に行きました。
結果、「中高年、2日旅して3日寝込む」と申しますが(綾小路きみまろが)
まさにその通り!!・・な自分達でしたよ~。


11月1日(火)に伊豆田トンネルの入り口、大師前バス停から引き返しましたので
今回はその続きです。

大師前バス停から金剛福寺まで、およそ30㎞を一日で歩きました。
1日で30㎞歩けたのは初めての事でした。
万歩計の電池切れで歩数は分からなくなったのですが、49000歩くらいかなぁと思います。








伊豆田トンネル
出口が見えない




ちょうど真ん中です。




やっと出ました。
1620mです。





トンネルを出ると土佐清水市なのですね。
「ざまに」は「本当に・すごく・とても」の意味の高知の方言みたいです。





下ノ加江のあたりで雨が本降りになってきました。
雨合羽着用しました。







下ノ加江の浜
雨は降り続きます。



波もちょっと高くなったかも。
穏やかな青い海とは言えない事は確かです。





ジョン万次郎がNHKの大河ドラマになるのですね。
??
ってこともないのでしょうか。
大河ドラマ化を目指しているって事なのですね。





目指せ実現・・・だそうですんで。






雨が降る道中、屋根のある休憩所がなかったのですが
やっと見つけた休憩場がすごくうれしい。
ザックカバーはしていても、雨がしみ込んできて中の物が濡れていました。
ザックカバー過信してました。
靴もびしょびしょ。






大岐の浜
雨は降り続いています。






大岐の避難タワー
大きいです。
お遍路で回ってきて見たなかでも一番大きな避難タワーかも。
遍路道は大岐の浜の砂浜を歩くことになっているようですが天気も悪いし足元が悪いので舗装された車道を歩きました。







以布利漁港を過ぎて小さな橋を渡り、





ゴミの打ち上がるちょっと怖い浜に出て
山道の遍路道を上がります。
あちゃ~~~~~~!!
雨の中を行くのかい?





行くんだ~~~っっ
大丈夫なのか?





やっとアスファルトの道に出ました。





途中
山の中に入る、多分近道なんだろうなと思われる遍路道の案内の板がありましたが
天気も悪いので車道を歩くことにしました。



その後も雨は増々強くなり
風も吹きつけて、嵐の中を歩いているみたいな感じになってきました。
どうする私達
歩くのをやめてバスに乗るのか??
と、思ったけれどバスはこの時間には来ませんし。
雨の中、屋根もないバス停に立ち尽くすのは何となくはばかられるし。
歩くしかないし。



そんな中
お遍路さんの休憩所が!!!
少しの間、腰を掛けて休ませてもらいました。
ありがとうございます。
お蔭様で元気が出て金剛福寺まで歩き通すことができました。






金剛福寺に着いたのは5時を少し過ぎていましたので納経は残念ですができませんでした。
明日にする事にして、宿に急ぎました。
すっかり濡れ鼠でした。


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四国の最東端 蒲生田岬

2016-11-14 21:59:55 | 徳島県

お遍路では今、四国の最南端、足摺岬を目指しているところですが
こちらは四国の最東端、蒲生田岬

昔、私が小学生の頃は「蒲生田」は「がもうだ」と呼んでいました。
が、最近「かもだ」と呼ぶようになったみたいです。






沖に見える島は伊島



反対側を振り返ると浜があります。
その浜にはウミガメがたくさん産卵に来ていました。
が、今は来なくなりました。
浜の砂がなくなって産卵には適さなくなってきたからの様です。
何故砂が無くなったのかというと、海岸の護岸のためのブロックのせいではないかとのことです。



蒲生田岬からは直線距離では近いけれど
山越えしないと行けない陸の孤島と言われた伊座利にある人気カフェ
カフェ
と言っても定食物が主です。
安くて新鮮な魚のお刺身などが人気です。


伊座利カフェ





午前11時開店
こんな山奥の漁村なのに
いつの間にか、どこからかお客さんがやってきて満員
魚が無くなり次第閉店と言います。


この日は海が荒れていて魚は無し
あるのはエビフライ
な~~~んだ、エビフライかぁ
と思ったけれど、それが侮ることなかれ絶品
しかも安い
なので人気なのもわかる 


エビフライ 1200円




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