語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】避難が残す割り切れないもの ~津波てんでんこ~

2012年10月06日 | 震災・原発事故
 (a)一番シンプルな解釈・・・・てんでんこを教え込んでおくことが、個々人の生存可能性を上げる。そのための言説だ。
 (b)てんでんこは自分一人で逃げるわけだから、一見利己主義のように見える。しかし、逃げおおせた後はどこかで会うと決めているのだから、実は家族や共同体の人々同士の信頼が濃厚にあって初めて成立している。
 (c)もっと嫌らしい解釈・・・・てんでんこの話は、結局、津波でたくさんの人が死んだ中で、生き残った者たちが後世に伝えたものだ。彼らには、自分だけが生き残ったことに対する非常につらい罪の意識がある。それを払拭するために、「このような言い伝えがあったのだから仕方なかった」という言い訳を許すものとして残っている。

 (2)3・11で全員が津波から避難しとおせた学校がある。そこで防災訓練を施していたのが、片田敏孝・群馬大学教授だ。彼も、中学生にてんでんこと同じことを徹底的に教えた。その結果、津波が近づいた時、校庭で遊んでいた中学生が一斉に高台に走り出した。隣の小学校では3階に避難していたが、中学生が走っているのを見て、一斉に1階に下りて逃げた。そのため、全員が無事だった。
 片田教授も、(1)-(b)と同じことを書いている。中学生には、こう教えた。親は子が心配なので迎えに来るだろう。すると、一緒に津波に呑まれる。したがって、家に帰ったら言いなさい、「お母さんたちは自分のことだけを考えて逃げてね。僕もそうするから信じてね」と。つまり、罪の意識を持つ必要はない、結果としてみんなが生き残るから正しいことなんだ、と。 

 (3)話はそこで尽きない。お互いに逃げることを了解するのはいいが、では寝たきりのお爺ちゃん、お婆ちゃんはどうすか。はっきり言って、見捨てるわけだ。
 消防団員や、津波からの避難を呼びかけ続けた町職員は死んだ。彼らがてんでんこをしなかったのは、美しい自己犠牲だ。しかし、もう一方では、確かにてんでんこが正しくて、美談を追及していると町が全滅してしまう、というのも冷厳たる事実だ。互助精神を発揮していると、逆説的なことに、共同体が死滅してしまう。
 よって、てんでんこは、恐るべきことに、「走って逃げられない弱い人間は犠牲になっても仕方ない。村の共同体や一族が生き残るためだから」という厳しい現実を意味している。平時においては助け合いの精神が重要だとしても、津波のような限界状況は平時の倫理をぶっ飛ばす。「集団のために個人が犠牲になってはいけない」といった戦後日本の教えをもぶっ飛ばす。 
 限界状況においては、人間が結局生命体であることが剥き出しになる。敢えて言えば、人間の野蛮な世界が展開されてしまう。
 深沢七郎『楢山節考』も、恐ろしい原初的な因習を残しているものとして解釈できるが、単純なヒューマニズムでは割り切れない。
 てんでんこは、ある意味、制度というものの本質を明らかにしている。個人の道徳のレベルで合理的に考えていても問題が解決できないから、てんでんこという風習としての制度に従う。このことは震災が見せたものの中でもかなり重いもので、きれい事ですませてはいけない。
 戦後の日本人が考えないで済ませてきたことだ。

 (4)てんでんこは、さらに言えば、種の保存といった単純な話でもない。
 確かに、家族の間にある種の信頼関係がないと、てんでんこはできない。しかし、「みんなが逃げてくれることを信じよう」という信頼ではないのではないか。そうではなく、「私だけが生き残っても、誰も私を非難しないだろう」という信頼ではないか。生き残ってくれたことを喜んでくれるだろう・・・・。
 その意味で、剥き出しの生身の生存競争という説はとれない。やはり、てんでんこは、すごく人間的なことなのだ。「死んでも見捨てられたといって恨まない。だから、自分も逃げるけれども、みんなも逃げてくれ。お互い恨みっこはしないでおこう」
 そのような信頼関係で家族はつながっている。そのことをてんでんこは教えているのではないか。それを象徴するように、てんでんこをして最後に家族が落ち合う場所として約束されているのが、一族の墓の前なのだ。

 (5)先祖の墓の前に集まる理由は、
  (a)みんなの知っている場所だ。
  (b)寺社仏閣と同じく高台にあって、津波に流されない安全な場所だ。
  (c)それだけなら、高台の他の場所でもいいのだが、シンボリックな深い意味がある。墓は死んだ人からまだ生まれていない人までを含む、一族の共同体の血統を思い出す場所だ。そこに生き残った者が集まって確認するのは、あらゆる犠牲を払ってでも○○家の一族を残す、ということだ。墓は、戦後日本が忌み嫌った古い家制度を伝えている。
  (d)墓には当然、宗教色がある。生き残った者には、親兄弟を見捨てて走ってきた罪の意識、仏教でいえば業の意識がある。災害を食って生きる、という言い方を借りれば、人の目を背けさせるような、どうしようもなく汚いものを食って生きてきたのだ。そのことを墓の前で確認するのではないか。
 こう考えると、自分が逃げたことに対する言い訳としててんでんこが利用されている、という解釈も採れない。その解釈は、近代的な意味でシニカルな感じがする。
 結局、災害は、宗教あるいは聖的なもの、世俗の世界を超えたものと、どうしても絡まざるを得ない。災害によって、人間は業の深い俗世を生きていることを確認せざるを得なくなる。

 (6)災害と祭りは結びついていた。祭りは政治の原型だ。政治と宗教的なものとは分離できない。・・・・てんでんこ一つをとっても、こうしたことを考えさせられる。
 ところが、日本人は、宗教について極力考えないようにしている。政治と宗教を切り離すべきだ、と言っている。しかし、政治と宗教とは、どうしても分離できない。

 以上、藤井聡/中野剛志『日本破滅論』(文春新書、2012)の第1章「大震災を食う--危機論」に拠る。

 【参考】
【震災】によって日本人は変ったか ~震災を食う~
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