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2010年1月29日開設
読書
大岡昇平+社会問題・社会保障

【佐藤優】金正恩はなぜ金正男を殺したのか? ~その「内在論理」~

2017年03月01日 | ●佐藤優
 ★金正恩『最後の勝利をめざして』(一部の邦訳が『金正恩著作集』、白峰社、2014、所収)

 (1)北朝鮮が、金正男の暗殺(2月13日、於マレーシア)に関与したことを認める可能性はない。また、各国の思惑が錯綜し、さまざまな情報操作が行われるため、マスメディアで報じられる情報の真贋を判定することが難しくなる。よって、この事件に関してはどうしても主観的要素が入ってしまうが、それでも大きな流れは間違えずに分析することは可能だろう。

 (2)金正恩は、北朝鮮国内では労働党、軍、秘密警察を完全に掌握し、権力基盤は盤石だ。
 しかし、父親の金日成時代に北朝鮮の事実上の後見国であった中国との関係が緊張している。
 金正恩にとって最大の関心事は、米国から「北朝鮮の体制を転覆させない」という保証を取りつけることだ。そのために国際社会の反発を無視して核実験、弾道ミサイル発射実験を続けている。しかし、米国は金正恩の思惑どおりには動かず、むしろ北朝鮮に対する姿勢を硬化させた。
 中国が金日成、金正日の血筋を引く金正男を北朝鮮の指導者にして、金正恩体制を転覆させる危険があるという情報が、金正恩の耳に入ったので、このタイミングで北朝鮮は暗殺作戦の発動に踏み切ったのだろう。

 (3)以前から、金正恩は金正男を警戒していた。2013年に平壌の外国文出版社から刊行された金正恩の著作集『最後の勝利をめざして』(一部の邦訳が『金正恩著作集』、白峰社、2014、所収)に、2012年10月12日付けの「革命家の遺児は万景台の血統、白頭の血統をしっかり継いでいく先軍革命の頼もしい根幹となるべきである」と題する書簡が収録されている。そこで金正恩は次のように述べている。
 <革命家の血筋を引いているからといっって、その子がおのずと革命家になるわけではありません。偉大な大元帥たちが述べているように、人の血は遺伝しても思想は遺伝しません。
 革命思想は、ただ絶え間ない思想教育と実際の闘争を通じてのみ信念となり、闘争の指針となり得るのです>
 金正男は、金日成、金正日という革命家の血筋(白頭の血統)を引いているが、正しい思想を持っておらず、実際の闘争も経験していないので、革命家ではない、という意味だ。

 (4)ところで、金正恩は2016年5月6~9日、北朝鮮の平壌で行われた朝鮮労働党第7回大会で、自らが政治的フリーハンドで持つことができるような態勢を整えた。この党大会で金正恩は、新設ポストの朝鮮労働党委員長に就任した。
 <北朝鮮の首都平壌で10日午前、前日に閉幕した朝鮮労働党第7回党大会を祝う集会とパレードが行われた。党大会で党最高位にあたる「党委員長」に就いた金正恩(キムジョンウン)氏も出席した。36年ぶりに開かれた党大会は、正恩氏の権威を強めるための大会として終わった。
 正恩氏は人民服姿で出席し、市民がパネルで作る「金正恩」「宇宙強国」などの巨大文字やパレードを見守った。金永南(キムヨンナム)最高人民会議常任委員長が正恩氏の党委員長就任を祝い、核開発の業績を称賛した。正恩氏は発言しなかった。>【注1】
 第7回党大会で、金正恩は側近で党幹部を固めた。金正日から金正恩への権力委譲は基本的に成功したといえる。

 (5)第7回党大会で、金正恩は「金日成・金正日主義」という言葉を繰り返した。金正恩は、従来の金日成主義を金日成・金正日主義に改め、その解釈権を金正恩が独占することを考えている。かつてソ連のスターリンが、独裁体制を構築するにあたり、マルクス主義をマルクス・レーニン主義に改めて、その解釈権を独占した事例に似ている。
 『最後の勝利をめざして』には、2012年4月6日に行われた「偉大な金正日同志をわが党の永遠なる総書記として高く戴き、チュチュの革命異形を立派に成し遂げよう」と題する金正恩の演説が収録されている。
 <限りなく謙虚な金正日同志は、金正日主義はいくら掘り下げても金日成主義以外のものではないとして、わが党の指導思想を自身の尊名とむすびつけることを厳しく差し止めました。
 今日、わが党と朝鮮革命は金日成・金正日主義を永遠なる指導思想として堅持していくことを求めています。
 金日成・金正日主義はチュチュの思想、理論、方法の全一的な体系であり、チュチュ時代を代表する偉大な革命思想です。われわれは金日成・金正日主義を指導指針として党建設と党活動を進めることによって、わが党の革命的性格を固守し、革命と建設を金日成同志の思想と意図どおりに前進させていかねばなりません。
 全社会の金日成・金正日主義化はわが党の最高綱領です。全社会の金日成・金正日主義化は全社会の金日成主義化の革命的継承であり、新たな高い段階への深化、発展です>

 (6)金正日は、「自分の名と結びつけた金正日主義という言葉を朝鮮労働党の指導思想としてはならない」と言明したにもかかわらず、金正恩はこの遺訓に反して、金日成・金正日主義を作り出したということだ。金正恩は、祖父の金日成、父の金正日の軛から解放されて、自由に政策を決定できる。だから、核実験と長距離弾道ミサイル発射によって恫喝をかけながら、米国を交渉に引き出そうとしている。
 米国と本格的に対峙することを避けるというのが金日成と金正日の政策だったが、遺訓から解放された金正恩には抑制が働いていない。だから、白頭の血統を守るという祖父と父の遺訓に背いた兄殺しに、金正恩は踏み込むことができたのである。
 北朝鮮情勢を分析する際には、『最後の勝利をめざして』に収録された金正恩の著作を読み、この男の内在的論理をつかむことが死活的に重要になる。

 【注1】記事「正恩氏の妹、党中央委員に選出 党大会祝うパレードも」(朝日新聞デジタル 2016年5月10日)
正恩氏の妹、党中央委員に選出 党大会祝うパレードも
 【注2】記事「」(朝日新聞デジタル )


□佐藤優「金正恩はなぜ金正男を殺したのか? その「内在論理」をつかむ ~名著、再び ビジネスパーソンの教養講座 第28回~」(「週刊現代」2017年3月11日号)
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