語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】率直過ぎる米情報将校の直言 ~『戦場 -元国家安全保障担当補佐官による告発』~

2017年11月10日 | 批評・思想
★マイケル レディーン、 マイケル フリン(川村幸城・訳)『戦場 -元国家安全保障担当補佐官による告発』(中央公論新社 1,800円)

 (1)トランプ米政権が発足して早くも10カ月になるが、政権の発信するノイズがあまりにも大き過ぎるため、逆に慣れてきたような気がするから不思議だ。

 (2)ところが、政権発足当初にロシアとの関係を疑われて最初に辞任に追いこまれた人物を覚えているだろうか。それが、マイケル・フリン元米陸軍中将だ。
 フリンは、米陸軍の情報将校として異例の出世をし、最終的には国防情報局(DIA)長官になった人物だ。ただし、以前から物議を醸してきた人物でもある。
 本書は、フリンがオバマ政権に解任されてからインテリジェンス企業を立ち上げた後で、トランプ候補の選挙アドバイザーを務める最中にベストセラーとなった回顧録だ。その率直過ぎる物言いが、実に雄弁に披露されている。

 (3)本書の特徴を三つ挙げてみたい。
  (a)インテリジェンスでさえ、政治のツールの一つとなると指摘している点である。19世紀に『戦争論』を書いたクラウゼヴィッツ(1780~1831年)は「戦争は政治のツール」であるという考えを有名にしたが、フリンはこれが情報の分野に当てはまると示唆する。オバマ政権は、イラクやアフガニスタンからの撤退を政策として決めていたために、上層部に正確に伝わるべき情報が、官僚機構の中で政治的に改ざんされた。フリンは、「インテリジェンスの政治化」と名付けて、猛烈に批判しているのが新鮮だ。
  (b)テロリスト側が米国側の諜報活動に対して柔軟に対応する様子が生き生きと描かれる点だ。米軍は、2001年9月11日の同時多発テロ事件から本格的に中東に軍事介入を始めた。すでに米国史上で「最長」の戦いとなったが、ハードパワーではまだしも、情報面で二重スパイなどに翻弄されてきたことが反省と共に赤裸々に描かれていて興味深い。
  (c)その「やる気」の強さだ。フリンは敵をイスラム過激主義だと臆することなく指摘し、勝つためには徹底して考えなければいけないと説く。心強い反面、逆にイスラム過激派に対抗する米国自身を過激化させることにならないか不安になるほどだ。主流派から彼が嫌われた理由も分かる。

 (4)本書で描かれる中東での現実の数々は激しい。日本人のわれわれにはまるで別世界の出来事のように感じられて現実味がないことや、日本語版の出版時期がやや遅れてしまったために、いまひとつ注目度が低いことが残念ではある。
 だが、短いながらも充実した内容は、企業などの組織で働く人にとってヒントになるエピソードが含まれていて有益である。

□奥山真司(IGIJ(国際地政学研究所)上席研究員)「前政権で解任、現政権は辞任/率直過ぎる米情報将校の直言  ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2017年11月11日号)
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 【参考】
【佐藤優】宗教改革の物語 ~近代、民族、国家の起源~」」
【本】舌鋒鋭く世の中の本質に迫る/地球規模で読まれた洞察の書 ~『反脆弱性』~
【本】【神戸】「自己満足」による過剰開発のツケ ~『神戸百年の大計と未来』~
【本】英国は“対岸の火事”にあらず ~新自由主義による悲惨な末路~
【本】人材開発でもPDCAを回す ~戦略的に人事を考える必読書~
【本】仮想通貨が通用する理屈 ~『経済ってそういうことだったのか会議』~
【本】進化認知学の世界への招待 ~『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』『動物になって生きてみた』~
【本】「戦争がつくっった現代の食卓」 ~ネイティック研究所~
【本】IT革命、コミュニケーションの変容、家族の繋がりが希薄化 ~『「サル化」する人間社会』~
【本】生命はいかに「調節」されるかを豊富な事例で解き明かす ~『セレンゲティ・ルール』~
【本】メディアの問題点をえぐる ~『勝負の分かれ目 メディアの生き残りに賭けた男たちの物語』~
【本】テイラー・J・マッツェオ『歴史の証人 ホテル・リッツ』
【本】中国から見た邪馬台国とは
【本】核兵器は世界を平和にするか ~著名学者2人がガチンコ対決~
【本】『戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係』
【本】梅原猛『梅原猛の授業 仏教』
【本】東芝が危機に陥った原因は「サラリーマン全体主義」 ~『東芝 原子力敗戦』~
【本】バブル崩壊後の経済を総括 ~『日本の「失われた20年」』~
【本】20世紀英国は実は軍事色が濃厚 ~通念を覆す『戦争国家イギリス』
【本】時代による変化、方言など ~『オノマトペの謎 ピカチュウからモフモフまで』~
【本】冷笑的な気分に喝を入れる警告と啓発に満ちた本 ~『日本中枢の狂謀』~
【本】物質至上主義批判の古典 ~『スモール イズ ビューティフル』~
【本】日本近現代史を学び直す ~『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』~
【本】精神の自由掲げた9人の輝き ~『暗い時代の人々』~
【本】遊牧民は「野蛮」ではなかった ~俗説を覆すユーラシアの通史~
【本】いつも同じ、ブレないのだ ~『ブラタモリ』(1~8)~
【本】分裂する米国を論じた労作 ~『階級 「断絶」社会 アメリカ』~
【本】否応なきグローバル化、つながることの有用性 ~「接続性」の地政学~
【本】読書の効用、ゆっくり丹念な ~より速く成果を出すメソッド~
【本】国谷裕子『キャスターという仕事』

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