語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【ロシア】中東戦略 ~レアルポリティーク外交(1)~

2014年02月17日 | 社会
 (1)隣国の影響力を過小評価するか、あえて正確に見ようとしないのは、国益上マイナスだ。
 中東とくにアラブの人々は、ロシア帝国やソビエト連邦を隣人として認識したことは少ないのではないか。
 もっとも、カフカスのチェルケス人やグルジア人たちは奴隷軍人(マムルーク)としてイスラムの歴史期に大きな役割を果たした。ロシアはアラブの内なる存在でもあった。
史は自分たちの歴史の一部でさえあった。

 (2)ロシアの中東関与を、領土的野心と南下政策からだけ見るのは正しくない。長年にわたり、英仏と東方問題やグレートゲームで競合してきた結果、外交と軍事の複合化した戦略の産物だったからだ。この戦略性の一面は、ロシア革命によって帝国がソビエト連邦に変わっても受け継がれた。
 ソビエト連邦が解体し、いまのロシア共和国になると、中東戦略も受動的な性格を帯びつつ、歴史的伝統性を継承している。

 (3)山内昌之『中東国際関係史研究』(岩波書店、2013)は、トルコとロシアが2つの革命を経験する大変動期の中東とカフカスを舞台にしている。ここで明らかになったのは、ロシアの中東関与が意外なほど受け身であり、カフカスに対する積極攻勢を取引材料に、ソビエトへの譲歩を求める新生トルコの指導者ムスファ・ケマル・パシャやキャーズィム・カラベキル・パシャの戦略に押されがちな姿であった。
 ロシアの伝統的に慎重な施設は、ゴルバチョフ・ソ連邦大統領の最終年の湾岸戦争当時にも表れていた。
 これとは裏腹に、積極的な印象を与えがちなプーチン・ロシア大統領は、確かにペルシア湾岸やイランの安全保障に関心を深めており、シリア危機でも存在感を発揮している。彼は、中東の旧ソ連邦勢力圏の孤塁シリアを守り、国益優先の新たな外交ヴィジョンを示そうとしているかのようだ。
 しかし、それは武器輸出の顧客や地中海の海軍基地タルトゥスの確保といった実益次元のことだけではない。
 そもそも、いまのロシア外交にとって、中東の優先順序は、ヨーロッパ、アジア、「いちばん近い外国」(旧ソビエト諸国)よりも劣るのであった。
 2004年、ラブロフ外相は、ロシアの政策は親アラブでもなければ親イスラエルでもないと、当然至極ながら国益第一主義を確認したことがある。
 ロシアの安全保障にとって死活の、「いちばん近い外国」が不安定になるか、ロシアの脅威になると見て取ると、国家益の優先十女を考慮して、自らの別の利益を犠牲にすることも躊躇わなかった。

 (4)グルジアは、サーカシヴィリ大統領の下で独自の石油パイプライン敷設や南オセチアやアブハジアの領土問題をめぐってロシアと戦火を交えた。
 そのグルジアがイスラエルから軍事支援を受けそうだと見て取るや、すぐさまイランに提供するはずのS-300防衛システムの売却を取り止めるという思い切りのよさであった。この選択は、ロシア外交の優先順序をこよなく示す。
 ソビエト初期においても、トルコがイギリスの影響下に取り込まれそうとみるや、思い切ってアルメニアやグルジアの領土をトルコに譲ることも辞さなかった。トルコを軸に、旧オスマン帝国のアラブ圏や、イランはじめイスラム世界の民族運動をイギリスに反抗させる点こそ、ソビエトのグローバルな戦略の優先事項だったからだ。そのためには、カフカスや中央アジアの外郭線の安全保障とゑ領土保全を大局的に図りながら、一時的な退却を正当化する強さがソビエト・ロシアの戦略にはあった。

 (5)プーチンとラブロフ外相の姿勢は、積極的に自分の方から外交のイニシャティブを発揮して国際的に大きな失敗を招くのを避ける慎重さで際立っている。『中東国際関係史研究』でも触れたチチェーリン・ソビエト外務人民委員の立場と似通った面もある。「じっくり観察せよ、そして時機を待つべし」という点に尽きるか。
 チチェーリンが子細に観察し、反応をうかがった大国がイギリスであり、ロイド=ジョージ首相やカーゾン外相であるとすれば、プーチンとラブロフが忍耐強く動きを待ち受けた相手とはオバマ・米国大統領にほかならない。
 ロシアが、対抗する欧米の大国の立ち位置を検討し、コストベネフィットを分析する方法は、『中東国際関係史研究』が熱かった1918-23年にも見られた。
 できたばかりのアンカラ政府は、持続して他のイスラム世界から指示を得られるのか、またトルコ民族運動はイギリスに妥協しないのか、こうした点を判断するのに、ソビエト・ロシアは驚くほど慎重に時間をかけた。大使を派遣せず、各種援助の供与を引き延ばしていたロシアが、いざ決断すると、逡巡は去り、トルコ共産党はじめ地元の社会主義運動や匪賊の類の民衆運動を切り捨てるのも早かった。

□山内昌之(明治大学特任教授)「観察せよ、そして時機を待つべし」(「図書」2014年1月号)
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