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2010年1月29日開設
読書
大岡昇平+社会問題・社会保障

【消費税】財務官僚の華麗なる天下り 〜生涯で8〜10億円の稼ぎ〜

2012年07月29日 | 社会
 事務次官、国税庁長官経験者らの退職金は7,000万円。天下り、「わたり」をうまくやれば、生涯で8〜10億円を稼ぐ。
 大武健一郎【注】は、国税庁長官時代、「先輩の資産を辞めるまでに調べ上げてやる」と語り、実行した。

<例1>磯邊律男
 東京国税局長のときの1976年、故・児誉士夫の脱税摘発の総指揮を執り、後の田中角栄・元首相の逮捕につなげた。
 国税庁長官を1980年に退官後、日本損害保険協会副会長(財務省OBの指定ポスト)などに天下り。1983年に博報堂社長、1994年に会長。2003、2004年は相談役だが、推定年間給与収入はそれぞれ3,121万円、2,126万円。このときすでに80歳を超えていた。

<例2>土田正顕
 大蔵省銀行局長のときの1990年、地価上昇を抑えるため、不動産業などへの銀行貸し出しを抑制する総量規制を発動。しかし、住専を規制対象から除外したため、後の住専問題の原因を作り、批判を浴びた。
 国税庁長官を1993年に退官後、国民金融公庫副総裁に天下り。住専問題の渦中で引責辞任。しかし、わずか2年の「みそぎ」の後、証券保管振替機構理事長への「わたり」に成功。さらに2年後、東京証券取引所長、翌年には社長に就任。2003年には推定年間給与収入3,739万円。社長時代に得た収入だけで1億円を軽く越す【東証関係者】。翌年死去。

<例3>濱本英輔
 国税庁長官を1994年に退官後、日本損保協会副会長、北海道東北開発公社総裁、日本政策投資銀行副総裁など「わたり」を繰り返した。2003年にロッテグループ副社長、2004年にロッテ球団社長。2003年の推定年間給与収入は1,892万円、2004年は3,347万円。

<例4>長岡實
 現役時代は「大蔵のドン」と異名をとる。
 大蔵事務次官を1980年に退官後、日本たばこ産業社長、東京証券取引理事長など5回以上「わたり」を繰り返した。中でも資本市場研究会理事長は8年半務めた。2003年の推定年間給与収入は3,663万円、2004年は3,479万円。退任時は83歳だった。

<例5>吉野良彦
 現役時代は、平気でウソをつける頭のよさから「ワル野ワル彦」と呼ばれた。
 大蔵事務次官退官後、国民金融公庫総裁、日本開発銀行総裁を経て、81歳の今も公益財団「トラスト60」の会長だ。

<例6>斎藤次郎
 現役時代の1942年2月に細川護煕・首相(当時)が突如発表した「国民福祉税構想」を、小沢一郎と仕掛けて大物次官と呼ばれた。
 大蔵事務次官を1995年に退官後、大蔵省財政金融研究所顧問、研究情報基金理事長などを歴任。東京金融先物取引理事長を経て、2004年に同社長(財務官僚の天下り指定席)。2003年の推定年間給与収入は3,593万円、2004年は3,222万円。
 なお、2009年10月、天下り根絶を掲げたはずの鳩山由起夫内閣によって日本郵政社長に抜擢され、強い批判を浴びた。

<例7>国税庁長官の天下り先からの推計年間給与収入の例 〜2003年分〜
 寺村信行(1997年退官)・・・・2,348万円(当時・国家公務員共済組合連合会理事長)
 竹島一彦(1998年退官)・・・・2,983万円(在職中・公正取引委員会委員長)

<例8>財務(大蔵)事務次官の天下り先からの推計年間給与収入の例 〜2003年分〜
 小川是(1997年退官)・・・・5,427万円(当時・日本たばこ産業会長、イオン社外取締役)
 武藤敏郎(2003年退官)・・・・2,517万円(当時・日本銀行副総裁)

 【注】「【消費税】増税推進する財務官僚の高給・天下り・脱税 〜大武健一郎〜

 以上、森下香枝/國府田英之(本誌)「消費増税推進する財務官僚 天下り「ウハウハ高給」を暴露する!」(「週刊朝日」2012年8月3日号)に拠る。
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