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2010年1月29日開設
読書
大岡昇平+震災・原発事故/社会保障
bk1書評の鉄人

書評:『アルコーリズム』

2010年01月31日 | 医療・保健・福祉・介護
 なだ いなだは、1964年、国立としては日本初のアルコーリズム専門治療施設(国立久里浜病院東六病棟)の責任者となった。
 当時、治療法はおろか、アルコーリズムとは何かが、医療従事者にもよくわかっていなかった。看護職員や家族に説明しなければならない。患者に、自分がどんな病気にかかっているかを自覚させなければならない。
 よいテキストがない。
 ないから、自分で書こう。
 こうしてできた啓蒙書、実用書が本書である。

 1966年に初版が出て以来、医師にも患者にも33年間にわたって読みつがれてきた。
 文庫化にあたって、統計をはじめ、随所に手が加えられている。文庫化からさらに10年たったが、いまではネットでも必要な資料をもとめることができる。
 いや、資料はおおすぎるくらい多い。さればこそ、本書からアルコーリズムに対処する基本的な考え方をたしかめたい。

 アルコーリズムは、いかにして生じるか。
 ごく図式的にいえば、一日に清酒に換算して3合から4合を毎日飲みつづけ、10年間たつと、平均的な人間は手指のふるえや幻視など(振戦譫妄)をおここすようになる。
 身体に病的、慢性的な変化が生じるのである。

 アルコーリズムは、いつ生じるか。
 コップに水を一滴づつたらしていくと、いつかは縁をあふれ出る。あふれだしたら、顕在患者となる。
 その一滴前、十滴前がすでにアルコーリックである。
 一人の顕在患者の背後に、十倍の潜在患者がいる。

 アルコーリズムは、社会の文化・伝統・習慣の中で生きている人間の病気である。
 たとえば、フランスでは、昼夜をわかたず、食事ごとにぶどう酒を飲む。国民一人あたりの年間飲酒量は、他の国に比べてダントツに多い。肝硬変による死亡率が高い。他方、酩酊を恥ずべき行為とみる社会の空気がある。
 ひるがえって、日本では、腹をわった話をかわす時に、酒の力を借りることがおおい。
 無礼講の社会的慣習もある。
 時たまの飲酒で酩酊して反社会的行為におよんでも、酒のなせるわざと寛大に許される。
 他方、勤務中に酒気を帯びるのは厳禁である。
 そして、2002年(平成14年)には、道路交通法改正により、酒気帯び運転の基準が厳格になり、違反の罰則はきびしくなった。酒酔い運転も厳罰化された。

 朝酒・昼酒は、酒なしではいられなくなったことを意味する、とされる。
 わが国では、朝酒ほどうまい酒はない、と旅先でいっぱいやったりする習慣がある。
 施設や法律は、それぞれの国の事情に応じたものでなければならない。
 アルコーリズムには、心の病気と身体の病気というふたつが含まれる。
 アルコーリックが毎日飲み続けるのは、飲まずにはいられないからである。アルコールにとらわれているのだ。この心の病気(嗜癖)に、身体的なとらわれが加わり、離脱症状(酒が体から減りつつあるときに生じる症状)をともなう身体的な病気としての中毒に進んでいく。肝硬変・食道癌・膵臓炎などの内科的疾患も出てくる。

 アルコーリズムは、国民の身体的健康を損なう点で重要だが、社会的影響のほうが大きい。
 無断欠勤、傷害・暴行や器物破損、交通事故、借金は、家庭を崩壊させるし、社会的地位を喪失させ、経済的な破滅につながる。
 中川昭一前財務大臣のG7における失態は、国民の記憶にあたらしい。

 アルコーリズムの治療は、糖尿病の治療に似ている。
 糖尿病患者は一生食事療法を守らねばならない。
 同様に、アルコーリックは一生断酒をつづけなくてはならない。
 断酒は、日常の治療行為なのだ。日常の治療行為を守っているかぎり、社会生活を送ることができる。
 入院は、通過点にすぎない。
 病院の外でのケア、ソーシャルワーカーの活動が重要になる。
 だが、日本では、ソーシャルワーカーの仕事に対する理解がじゅうぶんではなく、その地位が確立されていない。実績を積みつつあるが、まだまだ評価は低い。
 なお、病院の外での治療には、断酒グループが大きな役割をはたしている。

 日本人のアルコール消費量がかつてのヨーロッパの人なみになった今、アルコーリズムの社会的影響、対策の必要性はますます高まっている。
 治療法、治療にあたっての経験的知恵、公衆衛生との関わり、対策とその財源の案まで、アルコーリズム対策の原点を本書で確認することができる。

□なだ いなだ『アルコーリズム −社会的人間の病気−』(朝日文庫、1999)

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