ふるさとは誰にもある。そこには先人の足跡、伝承されたものがある。つくばには ガマの油売り口上がある。

つくば市認定地域民俗無形文化財がまの油売り口上及び筑波山地域ジオパーク構想に関連した出来事や歴史を紹介する記事です。

つくば市 六所皇大神宮聖跡 

2016-09-29 | 茨城県南 歴史と風俗

修徳 六所皇大神宮霊跡縁起 

六所神社は関東勇逸の名社にして筑波神社と同一社なり 古来 里も宮と称しつくばの祭事を執行せし神社なり 仝(とう)社は往古伊勢神宮の分社として遠近臣民の崇敬深く伊勢大廟の代拝所となせし由緒赫々たる霊域なり

人皇9代 開化天皇廿八年正月勅あり 夏冬の祭日を定められる 夏至と冬至は山上の里の宮との神霊遷座の式を行い 里の宮の天照大神の更衣を執行し奉る神御衣祭なり 

神社は歴代天応の崇敬深く 人皇13代成務天皇の朝(5世紀頃) 忍凝見命(おしこりのみこ)の孫阿閑命(あべしこのみこと)筑波国造に封ぜられ祭政一致の政務に基づき奉仕せし以来 

大化2(646)年の新政府の新政発布に至る迄其子孫奉仕せられたり 降りて人皇50代桓武天皇の 延暦廿年征夷大将軍坂上田村麿(758~811年) 奥州を征討し凱旋奉告の際 社殿を造営し大同2(807)年 寶庫(ほうこ)を建立し仝将軍は石材大華衣を奉献す

斯(かか)る由緒歴然たる六所神社と領主領域の交替と世の変遷と共に筑波神社と分離し加え氏子の大半は筑波神社に編入せられ 神社の維持困難に陥り神霊は日本一社の称ある蚕影神社に合祀し

輪換の美を極めたる社殿を始め寶庫(ほうこ)随神門及び其他を破壊し遂に此畏(ここかしこ)き霊跡は荒廃に帰したり

予大正4(1915)年旧三月此所に巡拝し神域の荒蕪に化し了(おわ)りたるに驚嘆し 茲(ここ)に霊跡の再興を主唱し本會の所管となして霊跡保全の工事を施し
大正四年旧八月十五日其式典を挙行し 尚 神光不滅の為め會員と相謀り 昭和二年 此碑を建て以て後世に傳(つと)う
                   奣照修徳會々 長 奣照  高木福太郎  謹誌
                         會  員 可園  山上  隆充  拝書

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         筑波山麓 六所皇大神宮聖跡

 【関連文書】
 

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